2008年11月07日

<18>五分後の世界

僕たちの「現実」から5分だけズレたパラレル・ワールドの物語。その世界では日本はポツダム宣言を受諾せず、本土を占領されながら地下にトンネル王国を作り上げてゲリラ戦を続けている。主人公の小田桐は何の脈絡もなくその世界に迷いこみ、ゲリラ軍と国連軍との戦闘に巻きこまれる。「高い城の男」もびっくりのSF巨編だが、もちろん村上龍にあってはそんな設定はただの舞台装置に過ぎない。問題なのはそこに描かれるものだ。

そこで描かれるのは酸鼻で醜悪な戦闘だ。人の命は限りなく軽く、死はいつでもすぐそこにある。だが、村上龍がここで描こうとしているのは間違いなくユートピアだ。誇り高いが柔軟で合理的な民族、シンプルな原理に支配された社会。本土が蹂躙され文字通り地下に潜行しているとはいえ、ここにあるのは、日本が、あるいは日本人が、もしかしたらこのように存在し得たかもしれないという祈りや憧れにも似た一つの理想郷の姿なのだ。

しかし、村上龍はそのような社会が戦争という装置なしには成り立ち得ないこともまた十分に認識している。生きるか死ぬかという最も単純で明快な問いかけが背後にあってこそ、ここに描かれる理想郷はその緊張を維持できるのだ。この作品はもちろん反語的に僕たちの「現実」の曖昧さを苛立ちとともに告発しているのだが、徹底してリアルな戦闘シーンの書き込みによってこの作品は単なる右翼イデオローグに堕することを免れている。

(1994年発表 幻冬舎文庫 ★★★★☆)



going_underground at 23:24│Comments(0)TrackBack(0)書評 

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