2008年11月10日

<19>ピアッシング

殺人衝動を持つ男と自殺願望を持つ女の物語。枚数は少なく高いテンションのまま一気に読ませる。もちろんシリアスな小説なのだが、互いに心の深いところに癒し難い傷を抱えた二人の思惑が微妙にというか絶妙にすれ違って物語がどんどん取り返しのつかないところに進んでいってしまう運び方はむしろコミカルですらあり、よくできたナンセンス・コントを見ているような気になる。このテンポのよさがこの作品のひとつのキモである。

恐怖は想像から生まれる、それが起こってしまえば恐怖はなくなるというテーゼは村上龍のこれまでの作品にも頻繁に現れるものだし、自傷、幼児虐待、薬物やSMなどいかにものアイテムがこれでもかと詰めこまれていて焦点が曖昧になってしまった感は否めないが、この救いのない物語の中で最も読まれなければならないのは川島昌之や佐名田千秋の抱える自分の中のもう一人の自分の声であり、その絶望的な切実さではないかと思う。

ただ、そうした切実さが僕たちの抱えるものと地続きの場所にあって、意外なほど理解可能なものであることをこの物語は残念ながら示しきっていないと思う。村上龍はこの作品を自らサイコスリラーだと形容しているが、本当に怖いのは血が流されることではなく、そのような異常さが自分の当たり前で平穏な生活のすぐ隣にあることに気づく瞬間であり、これは自分のことかもしれないという認識だ。それを描ききれなかった憾みは残る。

(1994年発表 幻冬舎文庫 ★★★☆)



going_underground at 23:59│Comments(0)TrackBack(0)書評 

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