2008年11月15日

<20>KYOKO

村上龍が監督した映画「KYOKO」のノベライズ。子供の頃、米軍の兵士であるホセからダンスを教えてもらったキョウコが、13年後にホセを探しにニューヨークへ渡るという物語である。キョウコはホセを探し当てるが、ホセは末期のエイズで死の床にあった。キョウコはホセをマイアミの母親の元に送り届けようとクルマで出発する。キョウコとホセを結びつけたダンスの力を借りながら、ロード・ムービーのように物語は走り始める。

村上龍自身が「あとがき」で言う通り、この物語は「一種の妖精譚であり、悪意が存在しない寓話だ」。むしろ悪意だけで成り立つ物語の中に希望とか再生とか救済のイメージを探し求めてきた村上龍の作品群にあって、その意味でこの作品は相当異質であり、読み終えた後の手応えも他の作品とはかなり違ったものである。村上龍がキョウコやキューバのダンスを通して描きたかった景色とはいったいどのようなものだったのだろうか。

ホームを離れ困難な環境に身を置いたとき、自分を助けるのは余分な自意識を剥ぎ取った真っ直ぐな意志だけなのだというのがおそらくこの物語の核なのではないかと僕は思う。物語はキョウコと行き会うアメリカ人たちの視点でリレーのように語り継がれるが、そのことがキョウコの「意志」を外側から際立たせて行く。ただ、キューバ音楽にもダンスにも何の興味もない者にとっては、そこに依拠した物語の作りがピンとこなかった。

(1995年発表 集英社文庫 ★★★)




going_underground at 16:59│Comments(0)TrackBack(0)書評 

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