2009年01月08日

<33>最後の家族

自身の脚本でテレビドラマ化もされた作品。大学に合格したもののすぐに自室に引きこもるようになった長男を中心とした、家族の葛藤と再生の物語である。結末があまりに清々しくハッピー・エンディングであるところに、この作品の寓話としての限界もあるが、家族のそれぞれが自立し、自分の生に自分で責任を持つことこそが、結局家族という共同体の意味を明らかにするのだという村上龍のこの作品での認識は明確であり正しい。

だが、当然だが自立するのは簡単なことではない。自分に関わる決断をすべて自分で下し、それによって起こる結果はどんなものであれ自分の責任として受け入れるためには、それを受け止めることのできる強い意志と覚悟が必要だが、それは子供の頃からのきちんとした訓練がなければ身につけることが難しい。ここでは家族それぞれが深刻な葛藤を経てその認識に至るのだが、こうした覚醒に到達することは実際には難しいのではないか。

僕たちの中には不可避的にそれぞれ固有の「弱さ」があり、完全に自立してだれの助けも必要としない人間はおそらくいない。だれもが何らかの依存を抱え、だれかに認められること、だれかに頼られることで自己確認しようとする。自立は寂しく、冷たく、苦しいものだ。だが、「個」の寂しさを支えることができなければもはや寄りかかれる共同体はどこにもない。そのことをハッピー・エンディングで明らかにした恐るべき作品。

(2001年発表 幻冬舎文庫 ★★★★)



going_underground at 23:44│Comments(0)TrackBack(0)書評 

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