2009年03月20日

<111>空港にて

単行本「どこにでもある場所とどこにもいないわたし」を改題して文庫化したもの。表題作の他、「コンビニにて」「居酒屋にて」「披露宴会場にて」など、シチュエーションを変えて特定の場所で起こる一瞬の出来事や登場人物の心の動きを描写した短編が全部で8編収録されている。どれも息が詰まるようなコミュニケーションの中からどのようにして(村上龍の言葉を借りれば)「個別の希望」を探すかについて書かれた物語である。

僕たちの社会では、伝統的な共同体が崩壊する一方で、家庭や学校、職場といった逃れることの容易でない集団の中のコミュニケーションが加速度的に濃密になり、その劇的な落差がいくつかの悲劇を生んできた。村上龍がここで書いているのは、希望は結局個人的なものでしかあり得ないということだが、それは孤独を受け入れるということと同義で、宗教的契機の希薄な我が国では、それに耐え得る個とか自我は容易には形成されない。

ここで描かれる主人公はみんな孤独である。だが、本当は孤独なのは彼らだけではない。僕たちはみんな本質的には一人であり孤独なのだが、コミュニケーションから外れた瞬間にそれが明らかになるだけのことなのだ。村上龍は恐ろしいまでに密度を上げた描写によって感情までを物質に還元しそのことを分かりやすく示す。海外で人はより直接孤独と向かい合う。それを受け入れる覚悟がなければ希望など持ち得ない。今、希望は特権だ。

(2003年発表 文春文庫 ★★★★)



going_underground at 00:15│Comments(0)TrackBack(0)書評 

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