2012年12月15日

<112>55歳からのハローライフ

地方紙に連載した5つの連作中編を収録した作品。どれも現役を退き、自分の生について振り返り、問い直す局面に立ち至った60歳前後の男女の物語である。主人公たちの境遇はさまざまで、村上龍自身の言葉を借りれば「悠々自適層」「中間層」「困窮層」のそれぞれを代表するような人物を選んで書いたということだが、そこにあるのは結局今ここにいる自分の「意味」とか「価値」をどこにどう位置づけるかという問いかけに他ならない。

それは多くの場合「不安」という形で表れる。主人公たちはそれまで当然だと思っていたもの、あるいは何とも思ってもいなかったものの中に、自分の存在の大事な核が含まれていたことに薄々気づき始める。しかし、それを自分の中で意識化し、それと向き合うには恐ろしいエネルギーが要る。それがここにおける「不安」の本質である。そしてそれは僕たちにももちろん切実な認識だ。ただ走る速度が落ちると不安が顕在化して来るだけだ。

圧巻なのはホームレスになり山谷のドヤで瀕死の心臓病に侵されている旧友を母親の許まで送り届けようとする男を描いた『空を飛ぶ夢をもう一度』である。この作品は読み手に圧倒的な、強制的なまでの共感を求める。「怒れ」とけしかける。「それは無力感に押しつぶされて何か大切なものを放棄しないための、最後の手段としての怒り」だ。不安と向かい合う僕たちに残された最大のものは「怒り」なのかもしれない。村上龍は健在だ。

(2012年発表 幻冬舎 ★★★★)



going_underground at 23:02│Comments(0)TrackBack(0)書評 

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