<40>MISSING 失われているもの

2023年04月12日

<113>ユーチューバー

矢健介という老齢の作家を主人公にした四編の連絡短編集。2021年から2022年にかけて文芸誌に連載された三編に、新たに書き下ろされた表題作を加えたもの。字が大きくて余白が多く老齢の読者にも優しいつくり。矢健介は「世界一もてない男」を自称する登場人物が制作するYouTubeの動画に出演して女性遍歴を語るのだが、矢のモデルは村上龍自身であり、要は村上が自分の女性遍歴を語るという構造になっていてまず気持ち悪い。

それに加えてさらに気持ち悪いのは、「世界一もてない男」が矢を持ち上げるところである。「いい笑顔だなとわたしは思った。こういう笑顔を自然に作る人ってなかなかいない」とか、「私たちは感動していた。自由ってことをこういう言い方で聞いたことがなかった」とか、作中人物の口を借りて自分のことを持ちあげているわけで、どうやったらそんなに気持ちの悪いことが可能なのか。そこにはもう抑制みたいなものはみじんもない。

おっさんがダジャレを言うのは頭のなかに浮かんでしまったつまらない冗談を言わずに我慢するだけの抑制が効かなくなってしまうからだと聞いたことがあるが、そういう意味では文学的抑制というリミッターをはずして自己言及のメタ構造のなかに自らハマりに行く村上はパンクであり、ここにきて「さすがにこれは気持ち悪い」という一線をも力ずくで突破する姿勢はすがすがしい。帯が恥ずかしいのでカバーはかけてもらった方がいい。

(2023年発表 幻冬舎 ★★★)


going_underground at 00:51│Comments(0)書評 

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