儀一の独り言

「儀一の城館旅」の管理人が綴る独り言ブログ。 城館跡や城館まがい地を巡って、書いたりしています。

移転のお知らせ

続きは(新)儀一の独り言にあります。

http://gokeningi001.blog.fc2.com/

堂城 (群馬県勢多郡新里村)

武井城と山上城の丁度中間ぐらいに、山上城の支城である堂城があったという。

resize10959
堂城の本曲輪へ真っ先に着く。
若干の草が生えてる程度で本曲輪には特に何も無し。
山崎一氏の図面によればこの先に堀があるようだが、
ココを通過するのをためらった為、今回は未見である。

resize10955
どちらかと言えば西側の方が堀らしき雰囲気を残しているので要害らしさはあるか。
本当に微高地に築かれた城という印象もある。

さて、次は本城たる山上城・・・と言いたい所だが、
過去に何度も行っているので山上城・膳城は今回スルー。
今回はあくまでも遺構の乏しい城館跡巡りに徹する事に。

武井城 (群馬県勢多郡新里村)

元新里村役場の北には武井城という中世の城があったという。

resize10948
緩やかな傾斜地に武井城はあったとされるが、今は農地および宅地、
工場地になり遺構を発見することは出来なかった。
恐らく右奥の工場が本曲輪であったのではないかと推測する。

resize10950
武井城の西端部。
ここに平場があるように山崎一氏の図面には描かれているが、
藪が凄くて入る気が萎え萎え。
この直下には鏑木川が流れている。

少々歩いてみたものの、やはり遺構は発見する事ができなかった。
ここは地形を見て楽しむが吉か。

中務館 (群馬県勢多郡新里村)

善昌寺城シリーズも西に位置する中務(なかつかさ)館で全て揃う。

resize10936
中務館というより、中塚古墳の方が有名のようで、案内すらも付いている。
赤城山塊から南に延びる緩やかな傾斜地にあり、日当たりも実に良好。

resize10939
古墳には標柱と解説板が付いているが、中務館についての事は一切かかれていない。
『新里村誌』には「中塚古墳の東端、地続きにある」と書かれているので、
恐らくはこの辺りかと思われる。

resize10944
北山館ほどではないが、こちらもそれなりの眺望はある。
眼下は資材置き場になっているが、それも現代にマッチした光景と見るべきか。

空が真っ青なので、散歩をしているだけでも気持ちいい天気だった。

北山館 (群馬県勢多郡新里村)

北山館は善昌寺の北に位置し、背後の守りを固めているように見える。

resize10927
北山館があったと思われる付近の風景。
そこは比較的緩やかな丘の上で、要害と呼ぶには相応しくない地形でもある。

resize10930
だが、眺望だけは非常に優れており、南側はかなり遠くまで見通せる。
その傍らには個人的にお好みの電源開発所有の鉄塔只見幹線がある。
調べれば福島県の奥只見から発し、東群馬変電所と新坂戸変電所などを経由して
西東京変電所へと伸びる素敵な程長距離の幹線鉄塔である。
特に埼玉県坂戸市にある423号鉄塔は見る者を圧巻する。

resize10934
北山館に話を戻すと、この果樹園辺りに遺構があったと思われるのだが、
今回はその遺構を発見することが出来なかった。
『新里村誌(昭和49年刊)』には「濠跡塁跡が認められ・・・」とはあるが、
流石に40年近く前の郷土史からなので、遺構が失われている可能性もある。
また再調査しに行ってもいいかなっと思える景色の良い場所であった。
記事検索
最新コメント
本日のこよみ
livedoor 天気