「日本の夜明け」(政治・歴史評論)


引継ごう!『日本らしさ』を子や孫へ
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 本日8月15日は終戦の日(戦歿者を追悼し、平和を祈念する日)であります。
靖国神社 72年前の今日(昭和20年8月15日)、日本が米英支蘇に対し共同宣言を受諾する形で大東亜戦争における一つの区切りが付けられました。
 大東亜戦争において散華された英霊を始め、また先の大戦(大東亜戦争)により犠牲となられた人々に対しまして、謹んでここに哀悼の意を表します。

 欧米列強の植民地支配が世界のスタンダードであった当時に、祖国日本を想い、家族を想い、後の日本の栄光を願い、また東亜の解放を願い、散華された英霊のお陰で今の日本があり、世界地図が一変し、また私たちが「日本国民」として今もなお存在することができています。

 8月15日の今日だけでも、このことに対し主義・主張を問わず、単なる批判や賛美に陥るのではなく、大東亜戦争を我が身の事として受け止め、英霊は今の日本に対してどのような希望を描き散華されたかを考える日になればと願います。

 最後に、本年も、過去数年来訴え続けている一文を記載します。
 「他国の干渉に屈する事なく、国内において歴史の真実が正しく公表され、日本人が自然発生的な純粋な気持ちで英霊に敬意を表すことが出来る国にせねばならない。我々は、これを訴え続けなければいけない。」

↓英霊に感謝の誠を捧げましょう!↓
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大東亜戦争終結ノ詔書

 朕深ク世界ノ大勢ト帝國ノ現状トニ鑑ミ非常ノ措置ヲ以テ時局ヲ收拾セムト欲シ茲ニ忠良ナル爾臣民ニ告ク
 朕ハ帝國政府ヲシテ米英支蘇四國ニ對シ其ノ共同宣言ヲ受諾スル旨通告セシメタリ
 抑ゝ帝國臣民ノ康寧ヲ圖リ萬邦共榮ノ樂ヲ偕ニスルハ皇祖皇宗ノ遺範ニシテ朕ノ拳々措カサル所曩ニ米英二國ニ宣戰セル所以モ亦實ニ帝國ノ自存ト東亞ノ安定トヲ庶幾スルニ出テ他國ノ主權ヲ排シ領土ヲ侵スカ如キハ固ヨリ朕カ志ニアラス然ルニ交戰已ニ四歳ヲ閲シ朕カ陸海將兵ノ勇戰朕カ百僚有司ノ勵精朕カ一億衆庶ノ奉公各ゝ最善ヲ盡セルニ拘ラス戰局必スシモ好轉セス世界ノ大勢亦我ニ利アラス加之敵ハ新ニ殘虐ナル爆彈ヲ使用シテ頻ニ無辜ヲ殺傷シ慘害ノ及フ所眞ニ測ルヘカラサルニ至ル而モ尚交戰ヲ繼續セムカ終ニ我カ民族ノ滅亡ヲ招來スルノミナラス延テ人類ノ文明ヲモ破却スヘシ斯ノ如クムハ朕何ヲ以テカ億兆ノ赤子ヲ保シ皇祖皇宗ノ神靈ニ謝セムヤ是レ朕カ帝國政府ヲシテ共同宣言ニ應セシムルニ至レル所以ナリ
 朕ハ帝國ト共ニ終始東亞ノ解放ニ協力セル諸盟邦ニ對シ遺憾ノ意ヲ表セサルヲ得ス帝國臣民ニシテ戰陣ニ死シ職域ニ殉シ非命ニ斃レタル者及其ノ遺族ニ想ヲ致セハ五内爲ニ裂ク且戰傷ヲ負ヒ災禍ヲ蒙リ家業ヲ失ヒタル者ノ厚生ニ至リテハ朕ノ深ク軫念スル所ナリ惟フニ今後帝國ノ受クヘキ苦難ハ固ヨリ尋常ニアラス爾臣民ノ衷情モ朕善ク之ヲ知ル然レトモ朕ハ時運ノ趨ク所堪ヘ難キヲ堪ヘ忍ヒ難キヲ忍ヒ以テ萬世ノ爲ニ太平ヲ開カムト欲ス
 朕ハ茲ニ國體ヲ護持シ得テ忠良ナル爾臣民ノ赤誠ニ信倚シ常ニ爾臣民ト共ニ在リ若シ夫レ情ノ激スル所濫ニ事端ヲ滋クシ或ハ同胞排擠互ニ時局ヲ亂リ爲ニ大道ヲ誤リ信義ヲ世界ニ失フカ如キハ朕最モ之ヲ戒ム宜シク擧國一家子孫相傳ヘ確ク神州ノ不滅ヲ信シ任重クシテ道遠キヲ念ヒ總力ヲ將來ノ建設ニ傾ケ道義ヲ篤クシ志操ヲ鞏クシ誓テ國體ノ精華ヲ發揚シ世界ノ進運ニ後レサラムコトヲ期スヘシ爾臣民其レ克ク朕カ意ヲ體セヨ

                   御名御璽

                   内閣総理大臣 鈴木貫太郎
                   各国務大臣連署

関係各位、読者各位
 私事で大変恐縮でありますが本日、8月12日をもって35歳になりました。
Livedoor-プロフ 私の誕生日に際し多くの皆さまよりメッセージ、FBコメントを頂きましたことに対し深く御礼申し上げます。
 お一人おひとりのお顔を思い描きながら大変嬉しく拝読をさせて頂きました。
 この日をまた新たに、皆さまより頂きましたメッセージでの励ましに答えられるよう奮励努力して参る所存で御座います。
 今後とも変わらぬご指導、お付き合いの程、何卒宜しくお願い申し上げます。
 すべてのご縁に感謝。

  平成29年 8月12日 (君が代記念日)
   辰巳 史浩

 本日8月12日は「君が代」記念日です。
君が代
 この記念日は明治26年(1893年)、文部省(文部科学省)により告示さた「小学校祝祭日大祭儀式規定」(祝日大祭日唱歌)が公布され、小学校の祝日・大祭日の唱歌として「君が代」「一月一日」「勅語奉答」など8曲が定められた事に起因します。


 日本の国歌である「君が代」の由来にはあらゆる方向からの考察により諸説ありますが、その代表的なものとして、10世紀初め、醍醐(だいご)天皇の命令で紀貫之(きのつらゆき)らが編集した最古の勅撰和歌集『古今和歌集』にある「読人しらず」の「わがきみは千代に八千代に細れ石のいはほとなりて苔のむすまで」でという和歌の引用させて頂きます。

 また国歌なんてものは無い!認めない!という人が国内に多々おられる事を踏まえ法的本拠を補足として挙げますが、正直なところ自身は国旗や国歌というものを単に法律の有無によって縛る(制限する)という事に対して多少の違和感を禁じえませんが、事実のご紹介として{「国旗及び国歌に関する法律」第2条、国歌は、君が代とする}と明記されていることを併記致します。

 色々と端的に申し上げましたが、「国歌・君が代に記念日が存在した」ということを知って頂き、少しでも興味を持って頂ければ幸いであると考えています。
 また由来を探る事、また国歌として認識する事も非常に重要なことではありますが、まずは皆が難しい理論を抜きに、体で日本を感じ、その発露として、公的な行事の前、或いは民間においても重要な行事の折には是非、国旗「日の丸」を掲揚し、国歌「君が代」を斉唱してゆくことこそが肝要ではなかろうかと考えるところであります。

image↓祝・祭日には国旗を掲揚、国歌を斉唱しよう!↓
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 本日は8月9日、72年前の今日、米国により長崎に原爆が投下されました。
 先の大戦において、また原爆により犠牲となられた人々に対しまして、ここに心より哀悼の意を表します。
5cb2a73a 広島原爆の日に際し、これらにまつわる一連の歴史に対する国内世論について苦言を述べさせて頂きましたので、本日は米国の原爆投下という暴挙に対して所感を交え記載致します。
 まず冒頭から暴挙(遂行の必要がなかった原爆攻撃を実行した。)と述べました動機として、まず昭和20年8月6日時点で日本は、ソ連を頼みとして戦争を終わらせたい旨の意向を伝えようと努力をしていた事実が一つとして挙げられます。また我が国の状況のみならず、米国の8月6日以前の米国軍部の戦況報告会議でも、「たとえ日本国本土に上陸せずとも、また攻撃を加えずとも日本は降伏する」という旨の分析が発表されていた事実も存在します。
 これらの事実は極めて重く、これにより米国の主張する、原爆により戦争を終結させることが出来たという大儀は否定されます。
 史実を紐解きましても、鈴木貫太郎当時首相を始め政府においても戦いを終わらせる場合はどのようなるのかということを考えていたことがわかりますし、軍部首脳においても国内状況を冷静に考え両論あったことが拝察されます。
 また講和とならずとも戦争を継続できない状況に陥りつつあったことは、当の米国の側から見ても明らかであったことを認めているのですから確信に近いものがあります。

 次に視点を少しずらして考えますと原爆の形を比較してみることで米国の大儀とは違った意図が垣間見えるのではなかろうかと考えます。
 広島: エノラ・ゲイ(B−29)より、リトルボーイ(濃縮ウラン型)を投下。
 長崎: ボックスカー(B−29)より、ファットマン(プルトニウム型)を投下。
 (今回の論点にその機能性自体は関わらないので割愛させて頂きます。)
 この違いに関して私は、百歩譲り、もし戦争終結を急ぐという大義の下で原爆投下を実行したのであれば、わざわざ異種の原子力爆弾を使用する必要は無かったのではないか?という疑問が真っ先に頭を過ぎります。というのも効果を比較する為に異種のものを使用したと考えることができるからです。
 これに関しては当時の米軍の核保有状況を具体的に調べ上げ、その作戦に関しての文章をもっと慎重に調べ考える必要があろうかと思いますが、これも原爆は環境的・人的被害の分析を行う為の投下であった事の一つの証左となると思います。

 上に暴挙と考えるに至る動機を二つ程を挙げてみましたが、最近の動向を交えて云いますと当時の秘密文章や資料の発禁が解け世に生の証拠が出回るようになってきた為か、環境写真の他に被爆者の(人体の)写真も多く残っていることが分かってきています。
 これらの証拠も先ほど述べたものの根拠を示すものであり、この先もまだまだ準ずる資料が出てくることと思います。「歴史は勝者によって造られる」という格言があり、またこれは普遍的なものであります。しかし、敗者だからと言ってこれに甘んじる必要はありません。
 正しいものは正しい、誤っているものは誤っていると、立場を明確にし「正義」を示すことこそ肝要です。
 我が国がもっと自国の歴史(過去)に引け目を感じず積極的に調査し、当時を総括していく、このことが最も重要であり、一定の結論が出された暁に、戦後体制からの脱却への光明が見え、やっと主権国家日本となり進める日がくることと信じます。
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 本日は8月6日、72年前の今日、米国により広島に原爆が投下されました。
 先の大戦において、また原爆によって犠牲となられた人々に対しまして、ここに心より哀悼の意を表します。
原爆
 本年も夏休み期間を契機として平和学習と称し「被爆の悲惨さ」「戦争行為の愚かさ」のみを再三繰り返す催しが各地で開催をされておりますが「米国に謝罪を求めるべきである」と言う旨の声は聞こえてくることがありません。
 ただ常言っていることになりますが、この原爆投下こそ「人道に対する罪」「平和に対する罪」に問われるべき性質のものであるという事を、この8月6日であるからこそ強く訴えたいと考えます。
 たとえ米国史観でいうところの「戦争を終わらせる為の攻撃であった」という詭弁を盲信したとしても、また米国世論の60%が投下を正当であったと評価しても、また大東亜戦争における戦勝国であったという事実をもってしても決して許される行為ではないのは明らかです。
 また、根拠は8月9日(長崎原爆投下の日)に記載することを考えていますが、原爆投下自体が実戦における兵器実験、人体実験であったという一面も否定ができません。
 どちらにせよ官営工場や兵器工場がその地に存在しているからといって、何の罪も無い一般市民(当然婦女子・子供・老人も多数)がいるのが明白であるにもかかわらず、大量惨殺を実行したこの事実に大義などはありません。

 このことは、かのパール判事(インド代表)も発言しておられましたが、意見書が裁判で採択されなかった為、正当な主張は陽の目を見ることは無く、今も歴史に埋没し黙殺されています。
 どちらにせよ事実と質を顧みることなく平和についての論議など出来ようもなく、史実を客観的に評価し、その結果を真摯に受け止め、その上にた立って本当の意味の安全保障、国防、その先に平和と言うものがあるのか否かを含めて真剣に考えてゆかねばならない日であると感じます。

 平成17年 今上陛下 御製
   「戦なき世を歩みきて思ひ出ずかの難き日を生きし人々」

 
最後に私が日本の為政者であるならば、また世界で唯一の被爆国である日本の一国民として発言するのであれば以下の様に発言します。

 「我が日本は核保有を早期に現実させることを宣言する。また日本の核保有、並びに配備完了以降は諸国家間、諸紛争において利害関係を問わずして、或一国が核の脅威を発動させた場合は、その抑止の為に日本の核を活用する。」
 つまり現核保有国が核兵器を使用する姿勢を見せれば、日本はこれに対抗する姿勢を示す。またこの事が現在における非核保有国にとっての間接的な抑止力となり、中立的立場に立ち世界に睨みをきかせる事が可能となる。ということです。
 簡素に言い換えれば日本の核により世界平和を担保するという事です。

 最終の私ならこう発言するという部分は、国際社会の風潮を鑑みれば極論という面が否めませんが、国民の安全を考えるならば、これくらいの議論や発言があって然るべきであり、是非、ねじれも解消された現政治体制において本質に基づいた安全保障政策が掲げられる事を心より願うところです。

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