「日本の夜明け」(政治・歴史評論)


引継ごう!『日本らしさ』を子や孫へ
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 本日9月1日は防災の日(関東大震災発生の日)です。
 復興へたゆまぬ歩みを続ける東北地方、また先週にも今までにないルートで列島を襲う諸処の台風被害と、四季折々の豊かな自然に囲まれた”日本”であるからこそ、その自然の持つ大きな力と向き合ってきた歴史があります。
 過去の先人の教訓を今に活かす意味におきまして以下に関東大震災における簡単な復興の道筋を記載したいと思います。

大正12年(1923)/09/01  関東大震災
大正12年(1923)/09/02  東京に戒厳令
大正12年(1923)/09/02  第二次山本内閣成立
大正12年(1923)/09/12  帝都復興ニ関スル詔書(以下原文)

 朕神聖ナル祖宗ノ洪範ヲ紹キ光輝アル国史ノ成跡ニ鑑ミ皇考中興ノ宏謨ヲ継承シテ肯テ愆ラサラムコトヲ庶幾シ夙夜兢業トシテ治ヲ図リ幸ニ祖宗ノ神祐ト国民ノ協力トニ頼リ世界空前ノ大戦ニ処シ尚克ク小康ヲ保ツヲ得タリ
 奚ソ図ラム九月一日ノ激震ハ事咄嗟ニ起リ其ノ震動極メテ峻烈ニシテ家屋ノ潰倒男女ノ惨死幾万ナルヲ知ラス剰ヘ火災四方ニ起リテ火焔天ニ冲リ京浜其ノ他ノ市邑一夜ニシテ焦土ト化ス此ノ間交通機関杜絶シ為ニ流言蜚語盛ニ伝ハリ人心洶々トシテ倍々其ノ惨害ヲ大ナラシム之ヲ安政当時ノ震災ニ較フレハ寧ロ凄愴ナルヲ想知セシム
 朕深ク自ラ戒慎シテ已マサルモ惟フニ天災地変ハ人力ヲ以テ予防シ難ク只速ニ人事ヲ尽シテ民心ヲ安定スルノ一途アルノミ凡ソ非常ノ秋ニ際シテハ非常ノ果断ナカルヘカラス若シ夫レ平時ノ条規ニ膠柱シテ活用スルコトヲ悟ラス緩急其ノ宜ヲ失シテ前後ヲ誤リ或ハ個人若ハ一会社ノ利益保障ノ為ニ多衆災民ノ安固ヲ脅スカ如キアラハ人心動揺シテ抵止スル所ヲ知ラス朕深ク之ヲ憂Ε郡ニ在朝有司ニ命シ臨機救済ノ道ヲ講セシメ先ツ焦眉ノ急ヲ拯フテ以テ恵撫慈養ノ実ヲ挙ケムト欲ス
 抑モ東京ハ帝国ノ首都ニシテ政治経済ノ枢軸トナリ国民文化ノ源泉トナリテ民衆一般ノ瞻仰スル所ナリ一朝不慮ノ災害ニ罹リテ今ヤ其ノ旧形ヲ留メスト雖依然トシテ我国都タル地位ヲ失ハス是ヲ以テ其ノ善後策ハ独リ旧態ヲ回復スルニ止マラス進ンテ将来ノ発展ヲ図リ以テ巷衢ノ面目ヲ新ニセサルヘカラス惟フニ我忠良ナル国民ハ義勇奉公朕ト共ニ其ノ慶ニ頼ラムコトヲ切望スヘシ之ヲ慮リテ朕ハ宰臣ニ命シ速ニ特殊ノ機関ヲ設定シテ帝都復興ノ事ヲ審議調査セシメ其ノ成案ハ或ハ之ヲ至高顧問ノ府ニ諮ヒ或ハ之ヲ立法ノ府ニ謀リ籌画経営万遺算ナキヲ期セムトス在朝有司能ク朕カ心ヲ心トシ迅ニ災民ノ救護ニ従事シ厳ニ流言ヲ禁遏シ民心ヲ安定シ一般国民亦能ク政府ノ施設ヲ翼ケテ奉公ノ誠悃ヲ致シ以テ興国ノ基ヲ固ムヘシ朕前古無比ノ天殃ニ際会シテ卹民ノ心愈々切ニ寝食為ニ安カラス爾臣民其レ克ク朕カ意ヲ体セヨ
   御名御璽

大正12年(1923)/09/19  帝都復興審議会 設立(総裁 山本権兵衛)
大正12年(1923)/09/27  帝都復興院 設置 (総裁 後藤新平)
大正12年(1923)/10/27  東京株式取引所再開
大正12年(1923)/10/28  東海道本線全線復旧
大正12年(1923)/11/10  国民精神作興に関する詔書
大正12年(1923)/11/24  第一回帝都復興審議会開催
大正13年(1924)/05/23  内務省、同潤会設立
昭和05年(1930)//03/24  帝都復興祭

 以上の道筋からも分かる様に、関東大震災の際は、発生から1ヶ月以内に「復旧(原状復帰)に留まるものでなく復興(創造)である」という大目標の下、国民への周知徹底、政治としての意思表示が為され、更に復興に関係する機関の設置も行われています。
 この速さで体制を創るにあたり重要なことは総理を始めとする政治家(指導者層)の覚悟とあたかたの道筋を立てる際の決断力の速さ、そして本当の意味での挙国一致体制で大災害に向き合う事が出来るのかということにあると感じられます。また、どのようなビジョンで復旧或いは復興をするのかといった大目標を早々に国民に宣言していた事は、多くの迷える人々に対して図り知れぬ安心をあたえたものと推測しています。

 過去からの繰り返しになりますが政治の第一義は国民の生命と財産と固有の領土を守ることであるはずです。
 災害は起こらないにこしたことはありませんが、起こる事がないと言い切れるものではありません。
 この意味におきましても来るべき有事に常に備え、防災の日や過去の災害の発生日に際し、為政者の皆さんには今一度、認識を新たにして頂き党利党略を超え国民が生きる政治を実践して頂き、また私達も私達で協力できることがあれば身近な事から実践をしていく覚悟を確認する必要があると考えます。
 これらの心が上手く歯車の如く噛み合えば、本当の挙国一致体制というものに繋がっていくような気が致します。
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 明治天皇(第百二十二代)の御製

 「山をぬく 人の力も しきしまの やまとごころぞ もとゐなるべき」
                       (折にふれて)

 (明治天皇御百首より訳)
  大意:山を抜くといふ程の勇猛な力は何処から来るかといへば、それも敷島の大和魂が基礎であらう。との御意と拝す。

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 日本人が日本人たる上で最も大切にしなけらばならないもの、また日本国が日本国として存在し続ける為に、守り続けると同時に後世に伝え引継がなければならないもの、これらのことを含めた上で”日本の要諦”とは何かということを考えますと真っ先に頭に浮んで参りますことは天皇陛下の大御心であります。
 また一重に大御心といいましても、御神勅、御詔勅、勅令、御製等々と国民が天皇陛下の大御心を拝する機会を得られるものには幾つか種類があり、その中においても歴代天皇〜今上陛下に至るまでの天皇の大御心を最も身近に感じられるものを考えますとやはり御製ではなかろうかと考えます。
 この意味におきまして、折に触れ諸処感じるところがある度に御製を紹介しています。

 本日8月15日は終戦の日(戦歿者を追悼し、平和を祈念する日)であります。
靖国神社 71年前の今日(昭和20年8月15日)、日本が米英支蘇に対し共同宣言を受諾する形で大東亜戦争における一つの区切りが付けられました。
 大東亜戦争において散華された英霊を始め、また先の大戦(大東亜戦争)により犠牲となられた人々に対しまして、謹んでここに哀悼の意を表します。

 欧米列強の植民地支配が世界のスタンダードであった当時に、祖国日本を想い、家族を想い、後の日本の栄光を願い、また東亜の解放を願い、散華された英霊のお陰で今の日本があり、世界地図が一変し、また私たちが「日本国民」として今もなお存在することができています。

 8月15日の今日だけでも、このことに対し主義・主張を問わず、単なる批判や賛美に陥るのではなく、大東亜戦争を我が身の事として受け止め、英霊は今の日本に対してどのような希望を描き散華されたかを考える日になればと願います。

 最後に、本年も、過去数年来訴え続けている一文を記載します。
 「他国の干渉に屈する事なく、国内において歴史の真実が正しく公表され、日本人が自然発生的な純粋な気持ちで英霊に敬意を表すことが出来る国にせねばならない。我々は、これを訴え続けなければいけない。」

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大東亜戦争終結ノ詔書

 朕深ク世界ノ大勢ト帝國ノ現状トニ鑑ミ非常ノ措置ヲ以テ時局ヲ收拾セムト欲シ茲ニ忠良ナル爾臣民ニ告ク
 朕ハ帝國政府ヲシテ米英支蘇四國ニ對シ其ノ共同宣言ヲ受諾スル旨通告セシメタリ
 抑ゝ帝國臣民ノ康寧ヲ圖リ萬邦共榮ノ樂ヲ偕ニスルハ皇祖皇宗ノ遺範ニシテ朕ノ拳々措カサル所曩ニ米英二國ニ宣戰セル所以モ亦實ニ帝國ノ自存ト東亞ノ安定トヲ庶幾スルニ出テ他國ノ主權ヲ排シ領土ヲ侵スカ如キハ固ヨリ朕カ志ニアラス然ルニ交戰已ニ四歳ヲ閲シ朕カ陸海將兵ノ勇戰朕カ百僚有司ノ勵精朕カ一億衆庶ノ奉公各ゝ最善ヲ盡セルニ拘ラス戰局必スシモ好轉セス世界ノ大勢亦我ニ利アラス加之敵ハ新ニ殘虐ナル爆彈ヲ使用シテ頻ニ無辜ヲ殺傷シ慘害ノ及フ所眞ニ測ルヘカラサルニ至ル而モ尚交戰ヲ繼續セムカ終ニ我カ民族ノ滅亡ヲ招來スルノミナラス延テ人類ノ文明ヲモ破却スヘシ斯ノ如クムハ朕何ヲ以テカ億兆ノ赤子ヲ保シ皇祖皇宗ノ神靈ニ謝セムヤ是レ朕カ帝國政府ヲシテ共同宣言ニ應セシムルニ至レル所以ナリ
 朕ハ帝國ト共ニ終始東亞ノ解放ニ協力セル諸盟邦ニ對シ遺憾ノ意ヲ表セサルヲ得ス帝國臣民ニシテ戰陣ニ死シ職域ニ殉シ非命ニ斃レタル者及其ノ遺族ニ想ヲ致セハ五内爲ニ裂ク且戰傷ヲ負ヒ災禍ヲ蒙リ家業ヲ失ヒタル者ノ厚生ニ至リテハ朕ノ深ク軫念スル所ナリ惟フニ今後帝國ノ受クヘキ苦難ハ固ヨリ尋常ニアラス爾臣民ノ衷情モ朕善ク之ヲ知ル然レトモ朕ハ時運ノ趨ク所堪ヘ難キヲ堪ヘ忍ヒ難キヲ忍ヒ以テ萬世ノ爲ニ太平ヲ開カムト欲ス
 朕ハ茲ニ國體ヲ護持シ得テ忠良ナル爾臣民ノ赤誠ニ信倚シ常ニ爾臣民ト共ニ在リ若シ夫レ情ノ激スル所濫ニ事端ヲ滋クシ或ハ同胞排擠互ニ時局ヲ亂リ爲ニ大道ヲ誤リ信義ヲ世界ニ失フカ如キハ朕最モ之ヲ戒ム宜シク擧國一家子孫相傳ヘ確ク神州ノ不滅ヲ信シ任重クシテ道遠キヲ念ヒ總力ヲ將來ノ建設ニ傾ケ道義ヲ篤クシ志操ヲ鞏クシ誓テ國體ノ精華ヲ發揚シ世界ノ進運ニ後レサラムコトヲ期スヘシ爾臣民其レ克ク朕カ意ヲ體セヨ

                   御名御璽

                   内閣総理大臣 鈴木貫太郎
                   各国務大臣連署

関係各位、読者各位
 私事で大変恐縮でありますが本日、8月12日をもって34歳になりました。
Livedoor-プロフ 誕生日に際し多くの皆さまよりメッセージ、FBコメントを頂きましたことに対し深く御礼申し上げます。
 お一人おひとりのお顔を思い描きながら大変嬉しく拝読をさせて頂きました。
 この日をまた新たに、皆さまより頂きましたメッセージでの励ましに答えられるよう奮励努力して参る所存で御座います。
 今後とも変わらぬご指導、お付き合いの程、何卒宜しくお願い申し上げます。
 すべてのご縁に感謝。

  平成28年 8月12日 (君が代記念日)
   辰巳 史浩

 本日8月12日は「君が代」記念日です。
君が代
 この記念日は明治26年(1893年)、文部省(文部科学省)により告示さた「小学校祝祭日大祭儀式規定」(祝日大祭日唱歌)が公布され、小学校の祝日・大祭日の唱歌として「君が代」「一月一日」「勅語奉答」など8曲が定められた事に起因します。


 日本の国歌である「君が代」の由来にはあらゆる方向からの考察により諸説ありますが、その代表的なものとして、10世紀初め、醍醐(だいご)天皇の命令で紀貫之(きのつらゆき)らが編集した最古の勅撰和歌集『古今和歌集』にある「読人しらず」の「わがきみは千代に八千代に細れ石のいはほとなりて苔のむすまで」でという和歌の引用させて頂きます。

 また国歌なんてものは無い!認めない!という人が国内に多々おられり事を踏まえ法的本拠を補足として挙げますが、正直なところ自身は国旗や国歌というものを単に法律の有無によって縛る(制限する)という事に対して多少の違和感を禁じえませんが、事実のご紹介として{「国旗及び国歌に関する法律」第2条、国歌は、君が代とする}と明記されていることを併記致します。

 色々と端的に申し上げましたが、「国歌・君が代に記念日が存在した」ということを知って頂き、少しでも興味を持って頂ければ幸いであると考えています。
 また由来を探る事、また国歌として認識する事も非常に重要なことではありますが、まずは皆が難しい理論を抜きに、体で日本を感じ、その発露として、公的な行事の前、或いは民間においても重要な行事の折には是非、国旗「日の丸」を掲揚し、国歌「君が代」を斉唱してゆくことこそが肝要ではなかろうかと考えるところであります。

image↓祝・祭日には国旗を掲揚、国歌を斉唱しよう!↓
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