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2012年01月23日
お知らせ
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2011年12月05日
コドモの家族
「小人は同じて和せず」という言葉がある。
大したことのない人物というのは、周りの意見にただ同調しているだけで、人と協調しているとは限らない、という意味だ。
日本人は特に周りに合わせたがる民族で、「周りに合わせないようにする」という行動すらも「合わせよう」とする。
たとえば中高生による「不良化」である。
髪を染めたり、眉をそったり、ピアスを開けたり、服をだらしなく着崩したり、という一連の行動である。
きちんとした格好をすべしという体制に対する反抗のようだが、たいがいこういう行動を起こす人物というのはひとりではない。
先輩であったり、友人であったり、何らかの集団を形成し、なされるものだ。
友人がしているから自分もする、というのは実に日本人らしい発想だ。
そうして形成された集団は仮想敵として、学校の教師や、他のクラスメイトを設定し、それらに反抗することで自分たちの仲を深めようとする。
それが彼らの「青春」なのだ。
決められたレールに従うのが嫌で非行化するというのは割とポピュラーで、昔からあることである。
学校をさぼったり、親に逆らったりしている彼らは、学校に居場所を作り、親に保護されて生きている。
「ガキ扱いするな!」と言いつつ、家に帰ってご飯を食べさせてもらっている。挙げ句の果てにはケータイの代金を払ってもらい、お小遣いまでもらっている。
学校が嫌ならやめればいい。
中学校は義務教育だが、高校は別にいかなくてもいい。
じゃやめるのかというと、ほとんどが嫌々ながらも行く。でも、普通に受けるのが嫌なのでわざわざ反抗する。
親がむかつくなら家も出て行けばいい。
自分で働いて、その金で暮らせばいいのだ。
でも、ほとんどが文句を言いながらも家にいる。でも、親の言うことは聞かずに、でかい口ばかりたたく。
さらに彼らはやたらと感情論を持ち出す。
たとえばこちらが論理立てて話をしてみても「うるせえ」「だまってろ」「関係ねえだろ」などと、実に非理論的な返答をしてくる。どうも考えるという行動が苦手らしい。
以上から考えて、彼らが子ども以外の何者でもないということは明らかであろう。
そんな彼らのほとんども、大人になると普通に家庭を築いて、子どもがいたりする。改心してちゃんとした大人になっていればまだしも、子どものまま親になってしまう人も最近は少なくない。「子どもの家族」というのは実に恐ろしい集団だ。
果たしてこれをなくす方法があるのだろうか。生憎、そのような妙案は今のところ思いつかない。
大したことのない人物というのは、周りの意見にただ同調しているだけで、人と協調しているとは限らない、という意味だ。
日本人は特に周りに合わせたがる民族で、「周りに合わせないようにする」という行動すらも「合わせよう」とする。
たとえば中高生による「不良化」である。
髪を染めたり、眉をそったり、ピアスを開けたり、服をだらしなく着崩したり、という一連の行動である。
きちんとした格好をすべしという体制に対する反抗のようだが、たいがいこういう行動を起こす人物というのはひとりではない。
先輩であったり、友人であったり、何らかの集団を形成し、なされるものだ。
友人がしているから自分もする、というのは実に日本人らしい発想だ。
そうして形成された集団は仮想敵として、学校の教師や、他のクラスメイトを設定し、それらに反抗することで自分たちの仲を深めようとする。
それが彼らの「青春」なのだ。
決められたレールに従うのが嫌で非行化するというのは割とポピュラーで、昔からあることである。
学校をさぼったり、親に逆らったりしている彼らは、学校に居場所を作り、親に保護されて生きている。
「ガキ扱いするな!」と言いつつ、家に帰ってご飯を食べさせてもらっている。挙げ句の果てにはケータイの代金を払ってもらい、お小遣いまでもらっている。
学校が嫌ならやめればいい。
中学校は義務教育だが、高校は別にいかなくてもいい。
じゃやめるのかというと、ほとんどが嫌々ながらも行く。でも、普通に受けるのが嫌なのでわざわざ反抗する。
親がむかつくなら家も出て行けばいい。
自分で働いて、その金で暮らせばいいのだ。
でも、ほとんどが文句を言いながらも家にいる。でも、親の言うことは聞かずに、でかい口ばかりたたく。
さらに彼らはやたらと感情論を持ち出す。
たとえばこちらが論理立てて話をしてみても「うるせえ」「だまってろ」「関係ねえだろ」などと、実に非理論的な返答をしてくる。どうも考えるという行動が苦手らしい。
以上から考えて、彼らが子ども以外の何者でもないということは明らかであろう。
そんな彼らのほとんども、大人になると普通に家庭を築いて、子どもがいたりする。改心してちゃんとした大人になっていればまだしも、子どものまま親になってしまう人も最近は少なくない。「子どもの家族」というのは実に恐ろしい集団だ。
果たしてこれをなくす方法があるのだろうか。生憎、そのような妙案は今のところ思いつかない。
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2011年10月20日
何回言ったらわかるんだ!
「何回言ったらわかるんだ!」
文面は多少異なるかもしれないが、こんな言葉をあなたも何度も耳にしたことがあるだろう。
親が子どもに、教師が生徒に、上司が部下になどなど、いろいろなシーンで頻繁に聞く言葉だ。
一見すると同じことを言われても理解できない方が悪いように思える。しかも往々にしてこういうことは言われている方が弱い立場であることが多い。
だがこの言葉、よくよく考えてみると、言っている方にも少し問題があるのではないだろうか。
たとえば、ほとんど英語を理解できないものに対し、英文を暗唱させるとする。
対象となる人物は簡単な英単語どころか、アルファベットもろくに読むことができない。
そういう人に対し、その英文を5回読み聞かせるとする。それでも理解できないなら、もう5回と数を増やしていく。果たしてそれで英文を覚えることができるだろうか。まず無理だろう。
そう、「何回言っても」わからないのである。
ならばどうするべきか。
一般的に考えれば順序立てて教えていくのが順当であろう。
まずはアルファベットから始まり、発音の仕方、英単語、文法と教えていけば、ある程度の英文を覚えるのはさほど困難なことではない。
つまり、やり方を変えれば理解度は格段に変わるはずなのだ。
何を今更そんな当たり前のことを、と思われるかもしれない。
だが、ちょっと自分を振り返ってみてほしい。
先に挙げた言葉、あなたも言ったことがないだろうか。
そのときあなたは同じやり方で、同じことを何度も言ったのではないだろうか。
それでも理解できない相手に対し、ついついキツい口調になったりしなかっただろうか。
少なからず思い当たる人はいるはずである。
そんなことになる前にまず立ち止まって自ら省みる必要がある。
本当にこの方法で相手は理解できているのか。他にもっといい方法があるのではないか。相手の理解を助けるにはどうすればいいか。
そういうことを考えればもっとコミュニケーションは円滑に進むはずである。そもそも先の言葉を言う必要もほぼなくなるはずだ。
自分と相手というのは、持っている知識も違うし、育ってきた環境も違う。同じ言葉に対して抱くイメージすら異なっていることもある。
そんな相手に対し、何度も同じ言葉を繰り返せば絶対にわかるはず、と思いこむのは、いささか短絡にすぎやしないだろうか。
文面は多少異なるかもしれないが、こんな言葉をあなたも何度も耳にしたことがあるだろう。
親が子どもに、教師が生徒に、上司が部下になどなど、いろいろなシーンで頻繁に聞く言葉だ。
一見すると同じことを言われても理解できない方が悪いように思える。しかも往々にしてこういうことは言われている方が弱い立場であることが多い。
だがこの言葉、よくよく考えてみると、言っている方にも少し問題があるのではないだろうか。
たとえば、ほとんど英語を理解できないものに対し、英文を暗唱させるとする。
対象となる人物は簡単な英単語どころか、アルファベットもろくに読むことができない。
そういう人に対し、その英文を5回読み聞かせるとする。それでも理解できないなら、もう5回と数を増やしていく。果たしてそれで英文を覚えることができるだろうか。まず無理だろう。
そう、「何回言っても」わからないのである。
ならばどうするべきか。
一般的に考えれば順序立てて教えていくのが順当であろう。
まずはアルファベットから始まり、発音の仕方、英単語、文法と教えていけば、ある程度の英文を覚えるのはさほど困難なことではない。
つまり、やり方を変えれば理解度は格段に変わるはずなのだ。
何を今更そんな当たり前のことを、と思われるかもしれない。
だが、ちょっと自分を振り返ってみてほしい。
先に挙げた言葉、あなたも言ったことがないだろうか。
そのときあなたは同じやり方で、同じことを何度も言ったのではないだろうか。
それでも理解できない相手に対し、ついついキツい口調になったりしなかっただろうか。
少なからず思い当たる人はいるはずである。
そんなことになる前にまず立ち止まって自ら省みる必要がある。
本当にこの方法で相手は理解できているのか。他にもっといい方法があるのではないか。相手の理解を助けるにはどうすればいいか。
そういうことを考えればもっとコミュニケーションは円滑に進むはずである。そもそも先の言葉を言う必要もほぼなくなるはずだ。
自分と相手というのは、持っている知識も違うし、育ってきた環境も違う。同じ言葉に対して抱くイメージすら異なっていることもある。
そんな相手に対し、何度も同じ言葉を繰り返せば絶対にわかるはず、と思いこむのは、いささか短絡にすぎやしないだろうか。
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2011年08月19日
ソーオンのヒト
軽く酒を飲み、夜はネットカフェで過ごすことにした。
いつも利用するところがあるのだが、たまには違うところにしようと思い、行ったことがないところへ。19時から7時までの12時間パックを利用することにした。
リクライニングベッドタイプの個室で、PCとテレビもあり、簡易式の金庫までついている。ただなぜか自分のところは壊れて使えなかった。
連日暑い夜が続いていたが、ここは少し肌寒いくらいだった。カウンターに行ってブランケットを借りてくる。
とりあえずたまりにたまっている未読の新刊を読もうと、漫画を何冊か持ってきて、読み始める。
ガサガサ。
ビニールぶくろを開く音が。
ちなみに、この店は持ち込みもOKなので、それ自体は問題ない。
ガサガサ。
ガサガサ。
え? そんなに開けるものあるか?
そのガサガサは数時間ほぼ途切れることなく鳴り続けた。フードファイターでも滞在しているのだろうか。
夜中になり、ほとんど話し声もなくなる中、かすれるような女性の声が聞こえる。音量はそこそこあるのだが、何を言っているかまったく分からない。ペアシートに女性ふたりでいるようで、もう片方の声ははっきり聞こえる。年齢差から考えて、親子だろうか。
かすれ声の女性(老婆?)はやたらと痰がからむらしく、「うあ、げはっ、うー、かっ」と、ちょっとしたモンスターのようである。頭の中で、幼い少女とあまり言葉の通じないトロル的な生物の組み合わせが思い浮かぶ。
彼女は本当に苦しそうで、まともに息もできてないような感じなのだが、その割にやたらと話し続けており、1時を回っても、その話声はおさまらなかった。そして思い出したかのように鳴るガサガサ。さらには歩くとき、やたらとキュッキュッと音が鳴る。これほどまでに、ひとりで騒音を出すのは日本のネカフェ界の中でもそうそういないのではないか。
あまりにもうるさいので「うるせ」と小声で何度かつぶやいたそれに比べたら別の個室から聞こえるおっさんのいびきなどかわいいものである。
丑三つ時を回るとようやく音もやんできた。これでようやく眠れるかと思ったら、5時過ぎには再開。
あまりにも苦しそうなので店員に言った方がいいのではないかと考えるが、もう片方は普通に接しているので、珍しいことでもないのだろう。
結局、こりゃもうたまらんということで、7時前に店を出た。
あんなに苦しそうなら、ふたりでビジネスホテルにでも泊まればいいのに。
いつも利用するところがあるのだが、たまには違うところにしようと思い、行ったことがないところへ。19時から7時までの12時間パックを利用することにした。
リクライニングベッドタイプの個室で、PCとテレビもあり、簡易式の金庫までついている。ただなぜか自分のところは壊れて使えなかった。
連日暑い夜が続いていたが、ここは少し肌寒いくらいだった。カウンターに行ってブランケットを借りてくる。
とりあえずたまりにたまっている未読の新刊を読もうと、漫画を何冊か持ってきて、読み始める。
ガサガサ。
ビニールぶくろを開く音が。
ちなみに、この店は持ち込みもOKなので、それ自体は問題ない。
ガサガサ。
ガサガサ。
え? そんなに開けるものあるか?
そのガサガサは数時間ほぼ途切れることなく鳴り続けた。フードファイターでも滞在しているのだろうか。
夜中になり、ほとんど話し声もなくなる中、かすれるような女性の声が聞こえる。音量はそこそこあるのだが、何を言っているかまったく分からない。ペアシートに女性ふたりでいるようで、もう片方の声ははっきり聞こえる。年齢差から考えて、親子だろうか。
かすれ声の女性(老婆?)はやたらと痰がからむらしく、「うあ、げはっ、うー、かっ」と、ちょっとしたモンスターのようである。頭の中で、幼い少女とあまり言葉の通じないトロル的な生物の組み合わせが思い浮かぶ。
彼女は本当に苦しそうで、まともに息もできてないような感じなのだが、その割にやたらと話し続けており、1時を回っても、その話声はおさまらなかった。そして思い出したかのように鳴るガサガサ。さらには歩くとき、やたらとキュッキュッと音が鳴る。これほどまでに、ひとりで騒音を出すのは日本のネカフェ界の中でもそうそういないのではないか。
あまりにもうるさいので「うるせ」と小声で何度かつぶやいたそれに比べたら別の個室から聞こえるおっさんのいびきなどかわいいものである。
丑三つ時を回るとようやく音もやんできた。これでようやく眠れるかと思ったら、5時過ぎには再開。
あまりにも苦しそうなので店員に言った方がいいのではないかと考えるが、もう片方は普通に接しているので、珍しいことでもないのだろう。
結局、こりゃもうたまらんということで、7時前に店を出た。
あんなに苦しそうなら、ふたりでビジネスホテルにでも泊まればいいのに。
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2011年07月20日
福コン
「福コンに行こう」とOからメールがくる。
福コン?
調べてみると、男女1000対1000の壮大な規模の合コンらしい。
震災以来、外で飲むこともなくなったので、いい気晴らしになるかと思って行くことにする。
考えてみると、新幹線に乗るのも久しぶりだ。記憶をたどってみると、どうも2006年以来のようだ。5年ぶりになるのか。
福島駅に到着し、温度計を見ると37
かなり暑い。時間は17時少し前である。
福コンでは3枚つづりのチケットが渡される。最初の1軒目は指定されているのだが、次からは参加40店舗の中から自由に選んでよい。ちなみに料金は前売りだと男性6500円、女性3500円である。
3軒で飲み食いできると考えれば、なかなかリーズナブルである。
1軒目は大きめの店で120人超の客がいた。
基本的に1軒での滞在は1時間以内となっている。福コンの開催時間は17時から21時なので、移動時間も考慮すると、そのくらいがちょうどいい時間となる。
50分くらい滞在したところで、次の店に行くことに。
今度はOの知っている人の店だった。
まだ前の人たちが残っていて、しばらくカウンターで待つことに。さっきの店に比べると、規模も小さく、20席くらいである。
カウンターで待っていると、徐々に人が増えてはくるのだが、なぜか男ばかりである。
やがて前の人たちが移動し、席に通される。だが、各テーブルに男だけが座っているという、ちょっと滑稽な状況に。
さすがにとうとう女性がやってくる。
この調子だと男性率が高いのは間違いなさそうなので、店員がテーブルをくっつけて、なんとか男だけというさびしい状況を回避してくれた。といっても、自分たちのところは男7、女2だった。
というわけで、そこそこにその店を切り上げつつ、3軒目へ向かう。
ここで困ったことに。
どこへ行っても席がないのだ。
一斉に時間が切り替わるわけではないので、どうしても滞在時間にずれが生じ、まだ前の人が残っているというケースがほとんどで、行けども行けども店に入れない。
できれば飲み放題の店がいいなといっていたが、最終的には入れればいいやということで、3杯制限の店に入った。
Oと2人で空いているテーブルについたので、こりゃいつもの飲みと変わらないかなと思っていると、ちょうどいいタイミングで女性が2人きて、2対2になった。というわけで、本来の趣旨通りの展開となる。
まぁ特になにもなかったが。
それでもなかなか新鮮な体験であった。
福コン?
調べてみると、男女1000対1000の壮大な規模の合コンらしい。
震災以来、外で飲むこともなくなったので、いい気晴らしになるかと思って行くことにする。
考えてみると、新幹線に乗るのも久しぶりだ。記憶をたどってみると、どうも2006年以来のようだ。5年ぶりになるのか。
福島駅に到着し、温度計を見ると37
かなり暑い。時間は17時少し前である。
福コンでは3枚つづりのチケットが渡される。最初の1軒目は指定されているのだが、次からは参加40店舗の中から自由に選んでよい。ちなみに料金は前売りだと男性6500円、女性3500円である。
3軒で飲み食いできると考えれば、なかなかリーズナブルである。
1軒目は大きめの店で120人超の客がいた。
基本的に1軒での滞在は1時間以内となっている。福コンの開催時間は17時から21時なので、移動時間も考慮すると、そのくらいがちょうどいい時間となる。
50分くらい滞在したところで、次の店に行くことに。
今度はOの知っている人の店だった。
まだ前の人たちが残っていて、しばらくカウンターで待つことに。さっきの店に比べると、規模も小さく、20席くらいである。
カウンターで待っていると、徐々に人が増えてはくるのだが、なぜか男ばかりである。
やがて前の人たちが移動し、席に通される。だが、各テーブルに男だけが座っているという、ちょっと滑稽な状況に。
さすがにとうとう女性がやってくる。
この調子だと男性率が高いのは間違いなさそうなので、店員がテーブルをくっつけて、なんとか男だけというさびしい状況を回避してくれた。といっても、自分たちのところは男7、女2だった。
というわけで、そこそこにその店を切り上げつつ、3軒目へ向かう。
ここで困ったことに。
どこへ行っても席がないのだ。
一斉に時間が切り替わるわけではないので、どうしても滞在時間にずれが生じ、まだ前の人が残っているというケースがほとんどで、行けども行けども店に入れない。
できれば飲み放題の店がいいなといっていたが、最終的には入れればいいやということで、3杯制限の店に入った。
Oと2人で空いているテーブルについたので、こりゃいつもの飲みと変わらないかなと思っていると、ちょうどいいタイミングで女性が2人きて、2対2になった。というわけで、本来の趣旨通りの展開となる。
まぁ特になにもなかったが。
それでもなかなか新鮮な体験であった。
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