欲望の真実を知らぬ者は、幸運にはなれない
欲について、お話ししてみたいと思います。
このテーマは、よく話題になっております。
『肉欲・物欲・金欲』などの私利私欲。これを消し去らないと悟れない、と。
自我で自我を消し去るのは無理がございます。
結論から申しますと、真我意識になれば自然となくなります。無理になくそうとしなくとも、段々と関心が薄れてまいります。執着がなくなるということであります。
そうしますと、このように考える者もおります。「生活ができなくなるのではないか?」と。
ご安心くださいませ。
異性の身体を欲しがる肉欲、物を欲しがる物欲、お金を欲しがる金欲。自ら欲しくなくとも、必要なものはすべて揃いますので、ほとんどの人は今より生活が良くなるかと思います。
むしろ、低次の自己(エゴ)で貪ろうとしますと、揃わないのでございます。
例えば、金欲にしましても、お金のことを考えるわけであります。お金というのは、対価として受け取るものであります。であるならば、あなたは何を与えているのでしょうか? 与えるものがないのに、どうやってお金を受け取るのでしょうか? これですと、奪うしか方法はないのですよ。
お金のことを思考に走らせる時間があるのなら、与えるものを考えることが、お金に対しての正常な思考ということでございます。
多くの人は、お金が欲しい!とは言いますが、それを受け取るために必要な『与えるもの』を一切考えていないのであります。奪うつもりでいるのでしょうか?? 当たり前のことすらせずに、お金だけ欲しい、と。こういう者をサタンと呼ぶのですよ。
肉欲にしましても、神が神の肉体を貪り、興奮して喜んでいる。神ではなく、サタンだからこそ出来るのかもしれませんが。性欲がダメと言っているのではありませんよ。愛し方にも色々とありますよね、ということをお伝えしたいのであります。
サタンに人生の舵を握らせてしまいますと、「性行為も愛情表現の1つ!」と言い始めます。
自我でもって自我欲を消し去ろうとするのではなく、真我に移行することで、何が大切なのかも分かってまいりますし、自然と私利私欲が薄れていき、真の魂欲が現れてまいります。
サタンにだけは屈することがないよう、軸をしっかりとお持ちくださいませ。
最後までお読み頂いて、ありがとうございますm(__)m