常に『今』を意識する方法
意識を常に今に置いておく方法についてお話ししてみたいと思います。
眉間に意識を置くだけです。
何をする時も、常に眉間に意識を置いておく。最初の頃は意図的にやっていかないと、すぐに意識がどこか適当な所に行ってしまいます。
頭の右上とか左とか、ほとんどの人が、意識を今に置けていないのであります。
瞑想中は、眉間の所に、『神の白光の玉』を自分でイメージすることで、神を想う(=瞑想)が出来るのですが、瞑想以外の時は、意識が今に無いのでございます。それで神我一体は無理であります。

目を開けている時でも、上のような白光の玉を眉間の所にイメージします。これが意識を眉間に置くということであります。
常に眉間に意識を置くことが、神を観ずるということでありまして、これが瞑想であり、目を閉じて座っている時だけが瞑想ではございません。
常にイメージする、意識を置く。この行為が、常に『我、神と一体』であり、『我、既に神』ということであります。
精神世界のことを学んでいる人の多くは、座っている時だけ瞑想をしておりますが、日常生活を送っている時は、神不在なのであります。それではいつまで経っても真我意識は現れてまいりません。1日のほとんどが自我(=偽我)意識なのでありますから、そういうことをしていては、真我顕現までに何十年もかかってしまいます。
歩いている時も、誰かと会話をしている時も、常に眉間に意識を置いておく。神の白光の玉をイメージすることが、神を意識することになり、その努力を惜しまずにやっている人には、神が来てやってもらえます。
神を少しでも顕現しようという努力を、多くの人は怠けております。そのような怠け者に、神が来てやってくれるということはございません。
自ら努力を惜しまずにやった者のみに、神が来て色々とやってくれるのであります。
心ここにあらず、ということにならぬよう、常に神我一体である努力だけは惜しまずにされてみてください。
最後までお読み頂いて、ありがとうございますm(__)m