May 26, 2009

DiVa ダブル・リリース記念コンサート 「うたをうたうとき」:スペシャルゲスト:谷川俊太郎

詩は歌に恋をする~DiVa BEST
詩は歌に恋をする~DiVa BEST
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 代々木八幡の駅を降りるともう夕方で、商店街に西日がさしている。少し早めについてしまったので、駅の真横のそば屋さんで、おそばをいっぱい食べる。こういうちょっとした余裕を持てるようになった自分が誇らしい。東京に来てもう八年目になるが(僕は18から東京にいるのだ)、やっと(やっと)東京という街に、いや、街というのでも足りない。街が複合的に重なり合った怪物のような帝都に、少し身体が馴染んできた。緑がなまなましい香りを発する初夏のこの季節に、僕は初めて代々木のHAKUJU HALLに行った。

 会場は300人というキャパシティで大きくも小さくもなくて、非常に見やすい。縦長で、どこか映画館のような作りだ。僕は開場して、舞台に向かって左側の隅っこに陣取る。理由一、隅っこが好き。理由二、左側だとピアニストの手が見える。そういう理由で。

 Divaは「現代詩をうたうバンド」というキャッチコピーの通り、現代詩を歌う。ほとんどはメンバーの一人、谷川賢作の父でもある谷川俊太郎の曲を歌う。詩に曲をつけるというのは、何かへんな作業で、言葉が強度を持ちつつ、それが音楽になるというのは不思議な感じがする。たいていの音楽は、音楽に言葉が引きずられたりしてしまう。韻をムリに踏もうとして言葉が途切れ途切れになってしまう。しかし谷川俊太郎の詩は、音楽に決して負けることなく、屹立している。といういい方は、あるいは正しくないのかもしれない。作曲者の谷川賢作自身、言葉を活かすということをおそらくは第一に考えて作曲しているのだろうから。

 同時に、谷川俊太郎の詩は決して音楽と対立はしない。音韻よりも、その断裂、ずれ、などに焦点を当てた現代詩の世界の中では珍しく、谷川俊太郎は音に、特にその日本語の滑らかさに意識的な詩人であるように思う。本人もまさしく言っている通り彼は「音韻に敏感」な詩人だ。だからそれに詩をつけるほうも、その滑らかさと、その強度とを意識して音楽をつけざるを得ない。

 ある意味での対立項として、僕はどうしても吉増剛造の名を挙げたくなる。僕が最も好む詩人は、スタイルの上で、常に谷川俊太郎の正反対であり続けてきた。美しい響きや、滑らかな進行を、彼は嫌ってきた。「彼はワルツを踊れない人だ」とある人が言っていたのが、非常に印象的だった。谷川俊太郎には、ワルツを踊るような優雅さがある。もちろんどちらがいいとか悪いとかいう問題ではない。ただそうだというだけだ。

 谷川俊太郎の詩に曲をつけるという試みは何もこのDiVaによって初めて行なわれたわけではない。フォーク世代の小室等や、その他にもさまざまな合唱曲にも使われ、「鉄腕アトム」もそうだ。CDを聴いた時点で、僕は彼等の曲にはどこか静的なものを感じた。言葉を前に押し出すために、曲が童謡のようになっているのでは、という疑問を持った。

 しかしライヴを聴いて、そうした印象は変わった。ヴォーカルの高瀬麻里子の声は、彼女が劇団出身だけあって、非常にのびがよく真っ直ぐで、どういう歌い方をしても言葉が届いてくる。迫力といってもいいだろう。こんなに明瞭に言葉を聴かせるバンドは確かに珍しいかもしれない。
谷川賢作のピアノは時に柔らかく、それはあくまでジャズの文脈で捉えられるだろうけれども、時に激しく、しかし自己主張し過ぎない。ベースの大坪寛彦もまた、ウッドベースを控え目に弾いている。言葉は悪いかもしれない。そしてそれは本人たちの意図とは違うのかもしれないけれども、やはりどこかで、「ことば」を強く意識させるバンドだ。もちろんバンドとしての一体感は素晴らしい。しかし最後にここまで届くのは「ことば」だ。

 途中、谷川俊太郎がゲストでおもむろに出てくる。ふだんの様子とまったく変わりない、Tシャツ姿で、まったくどうじない様子で、ふらりと舞台に現れる。気取りもない。へんなナルシシズムもない。ただ来て、お客さんに頭を下げ、冗談を言い合う。この柔らかさが谷川俊太郎の、そしてDiVaの魅力なんじゃないかと思う。この間友人のTと電話で話していたらTが「谷川俊太郎さんって朗読が怖いって聴いた事あるよ」と言っていたので、ドキドキしながらその登場を待っていたが、全然怖くはなかった。むしろその自然さに驚かされる。ここでも彼が吉増剛造とは対極にいることがわかる。「ことば」なのだ。それ以外に必要ないのだ。だから彼の朗読は非常にオーソドックスで、これでつまらない詩を読まれたらたまらないのだが、それは天下の谷川俊太郎である。一言一言がズシンと胸に沈み込んでくる。このライブ、うたでも音楽でも朗読でも、何かと胸に来る。僕が一番感動した詩は、うる覚えなのだが、以下のようなものだったと思う。

 あんなにも空が青いのに
 あんなにも虚ろだった
 あの日
 公園のブランコに座っていた
 あの日
 わたしは二十歳だった

 確かこんな感じだった。これ以上ないくらいのシンプルなことば。これ以上ないくらいにシンプルな読み方。しかしこれだけズシンとくるものなのか。まさしくひきつけられる経験を僕はした。

 アンコールには谷川俊太郎が「百三歳になったアトム」という詩を読み、そこから名曲「鉄腕アトム」になだれ込む。この「なだれ込む」感じがよい。このような展開にはすごく入り込みやすい。今の状況では、少し音楽と詩とのバランスがよくないというか、それぞれが独立しているような気がするのだが、その二つをうまく融合していくとよりライヴの一体感が生まれるのではないか。

まちかどに ラララ
うみのそこに
きょうもアトム 人間まもって
こころはずむ ラララ
かがくの子
みんなのともだち 鉄腕アトム
(谷川俊太郎「鉄腕アトム」)

 あ、アトムって「かがくの子」なんだな。その響きに一つの時代を感じた。そんな小さな発見と、ずっしりと重い言葉をお土産にして、僕は東京メトロに乗った。

(2009.5.22.@HAKUJU HALL)




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