プロ雀士吉田光太の横向き激闘記

最高位戦日本プロ麻雀協会 吉田光太のblog。

雀豪列伝[1] 暴走族の男  -第1話- 

 
 それは、「部屋」と呼ぶにはあまりにも異形の姿をしていた……。


 暴走族あがりの佐々木の後に従い、繁華街のアーケードにあるキャバレー脇の鉄階段を登る。
 カツン、カツン――と乾いた音が喧騒に包まれた夜の街に鳴り響いた。


「入れや」


 そう佐々木が促す部屋の間取りに私は酷く困惑した。


 間取り、という以前の問題である。
 玄関の扉が無いのだ。


 部屋の入口からいきなり10畳ほどのキッチンが目に飛び込んで来る。
 古びた食卓に冷蔵庫、そして簡素な流し台。

 キッチンの奥にはあそこが部屋だろうか、二つのドアが見える。


 中に入ってしまえば、普通の2LDKと呼べなくもない。
 しかし、玄関の扉が無い家など見たことがない・・・・・・。


 佐々木が咥え煙草のまま、キッチンから見て右手のドアを雑に開けた。


「まぁ、座れよ」


 それが癖なのか、苔けた頬を引き攣らせながら佐々木が私を扉の先へと促す。


 そこは6畳ほどのスペースで、布団が一枚敷かれているだけだ。


 ――タコ部屋?
 と勘違いするほどの空間だ。私は万年床を避けるように腰を下ろした。




「こんなのしか無いが」


 と言って、佐々木が缶の珈琲を差し出してくれる。


「ここが、俺の城だ」


 そう言い、再びポケットから皺くちゃのセブンスターを取り出して旨そうに吸い込む。
 それを受ける灰皿も珈琲の空き缶だ。


「おめぇも、これから性根据えなきゃな」


 と、佐々木が目を細めて言う。


「いや、先輩それよりも――」


 何か言おうとする私を佐々木が制した。


「判ってる。家の扉は無ぇよ」

「防犯とかは・・・・・・」

「まぁ、中の部屋にはそれぞれ鍵があるからな。それに、キャバレーの二階のこんな雀荘の寮に誰も入りゃあしねえよ」


 ここが、雀荘の寮。
 こんな生活もあるのか……。


 すると、酔客が帰るところなのか、階下のキャバレーから女たちの嬌声が聞こえてきた。

 私の思いを見透かしたように佐々木が下卑た口調で言う。


「どうした、お坊ちゃまのボンボンにはキツいか?」


 伸びきった金髪に青白い顔。
 ダボついたスウェットに一年中穿いているチノパン。

 何処からどう見ても品の無い不良だ。

 私はセッターを咥えた佐々木の顔を見据えた・・・・・・。



 遡ること三ヶ月――
 街場の雀荘で佐々木と初めて同卓した際、どこかで会ったことがあるような気がした。


 だが、見知らぬ人間と卓を囲むフリーなので、喋りかけはしない。
 
 8半荘ぐらい彼と一緒に打っただろうか。

 佐々木の成績は三着とラス、そしてたまに引ける二着を繰り返すばかりであまり芳しくない。
 手が入っていないようで、満貫やハネ満といった手の親っ被りもよくしていた。

 一方の私は二着、トップ、トップと波に乗ってきたところである。


「本気でツカねーよ。流れが悪りぃー」


 元来が物怖じしない性格なのか、雀荘の従業員や同卓の親爺たちによく喋りかける。
 

「まーたこんな配牌か! 赤が一枚でも来りゃ、ヤル気が出るのによぉ!」


 と、余程ツカないらしく、立膝で煙草を吸いだした。
 そして、従業員に「ねぇ、カレーちょうだい、カレー!」と大声でまくし立てる。


 そして、そのカレーが運ばれてきた瞬間、親番である佐々木が急に顔を上げた。


「ダブリー!」


[南一局 親・佐々木  ドラ  四萬 ]


  五萬赤横   (リーチ)



 そう言って、千点棒を卓上に放り投げる。


 動きが止まる南家の親爺。
 親のダブルリーチ。当然のことながら警戒は高まる。


 佐々木は不敵な笑みを浮かべ、鼻歌交じりにカレーを食べ始めた。

 南家の親爺は少考して 北 切り。


 そして、私の手牌。


 [南一局  西家  ドラ  四萬 ]


 一索三索五索赤八索八索四筒六筒南南北北白白   ツモ  二筒



 リーチが無ければピンズを払ってソーズに寄せる手だ。
 
 しかし、私は今のところ42000点持ちのトップ目。
 ここで親のダブリーに放銃して、つまらぬ怪我をしたくない。


 連勝中の私の手が止まる。
 気付かれぬよう、そっと奴の表情を盗み見た。


 伸びきった金髪にニキビ面。
 そして、ふてぶてしい悪態。

 立て膝のままカレーを口へ掻き込んでいる。


「対面のヤンキーのダブリー。本当にテンパイをしているか・・・・・・?」


 私は一つ、強い疑問を抱いた。










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*当物語はフィクションです

雀豪列伝[1] 暴走族の男  -第2話- 

[南一局 親・佐々木  ドラ  四萬 ]


  五萬赤横   (ダブルリーチ)




  [ 西家 私の手牌 ]


 一索三索五索赤八索八索四筒六筒南南北北白白   ツモ  二筒


 
 こんな劣勢で、急に親のダブリーが入るものだろうか……。

 そして彼の人を食ったかのような振る舞い、運ばれてきた食事。
 もしかしてこの男――。


 だが、待て。
 ノーテンリーチは流局時にチョンボである。

 そして、親である彼の持ち点は残り9800点。
 流局してテンパイをしていなかった場合は、飛んでしまうのだ。


 いくら不遜な態度をとる不良とはいえ、そんな馬鹿な真似をするはずはない。
 普通に考えたらテンパイをしている筈だ。


 私は今切られたばかりの 北 に手をかけた。


 しかし、何かが引っ掛かる……。

 牌勢に従って、二筒 を勝負したい。

 ドラが 四萬 だけに、そう高いリーチとも思えない。 
 奴の待ちはソーズ。そう絞って攻める局ではないだろうか。


 私は考えるふりをして、そっと対面の表情を盗み見た。

 すると、なんと奴は河を見る素振りすらせずに飯を食べ続けている。


 ――この男。
 ブラフなのか、ただ舐めた態度をとっているだけなのか。

 
 まぁ、良い。
 私はトップ目だし、彼がアガろうが、万が一のブラフでも大したダメージは無い。

 それよりも親のダブリーに放銃することを避けるべきだろう。
 

 私はそう自分に言い聞かせ、安全牌である 北 をそっと抜いた。



 

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雀豪列伝[1] 暴走族の男  -第3話- 

 [ 西家 私の手牌 ]

 一索三索四索五索赤八索八索八索二筒六筒南白白白  


 ベタオリを選択した私の手牌が崩壊の道を辿る。
 
 白四索八索 と有効牌を引いているので、もしかしたらアガリがあったかもしれない。


 いや、少なくとも親のダブリーさえ無ければメンホンのテンパイは取れていただろう。
 だが、そんな情報は意味がない。

 麻雀は“効率”のゲームだ。
 あの時点でオリを選択したのだから、その後に持ってきた牌に一喜一憂する必要はない。
 ましてや、それがこの後の展開を左右することも無いのだから。


 場は10巡目に差し掛かろうとしていた。
 私同様に脇の二人も安全牌を河に並べ、親の一人旅となっている。


 そして、この男。ツモってくる牌をしっかり見ようともせずに、河に叩き切っている……。

 
 うっすらと盲牌はしているのだろうか。
 私の角度から見ると微妙に判断がつかない。 

 もしも、仮に――
 ノーテンリーチだとしたら彼の狙いは何なのだろう。


 金が、要らないというのか。

 もしくは捨て身のブラフで流れや展開を変えるため?
 はたまた、その態度や生き様と同様に投げやりになっているのだろうか。


 無論、ルール違反ではない。

 しかし、彼がもしも罰符で飛ぶと私のトップは確定するが、2着・3着でゲームが終了してしまう上家と下家はどう思うか……。

 南家と北家の親爺、そしてホールに立つ雀マネ。
 どう考えても私と対面のヤンキーよりも年長者であり、鉄火場の“しきたり”にはうるさいはずだ。

 その場合、少々マズい事にならないだろうか……。
 
 
 私はそっと両脇の同卓者に視線を向けた。
 南家は××水産と名前の入った作業着姿。北家は派手な柄物のシャツに金無垢の時計をつけた水商売っぽく見える風貌である。


 そして、二人とも親の違和感を感じとってか、安全牌を素早く河に並べているように見える。
 全員が流局をさせ、親に手牌を開かせようとしていることが明白だ。


 安全牌が増え、どうやらリーチにもオリ切れそうだというのに、私は妙な緊張感を覚え始めていた。




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雀豪列伝[1] 暴走族の男  -第4話- 

 
 私の胸の高鳴りとはよそに巡目が進んで行く。
 15巡、16巡目……。

 だが、親はツモ切りを続けている。


 そして、彼が最後のツモも河に置いた。
 流局――。


 果たしてどんなテンパイなのか。それともまさか……。


 私が息を飲んで手牌を伏せようとした刹那、南家の親爺が声を発した。


「ん、ツモったな」


 九萬九萬九萬一筒二筒三筒三筒五筒赤四索五索六索七索七索   ツモ 四筒



「ハイテイだから1300・2600か」


 どうやら回しながらテンパイをしていたようだ。
 

 ふーん、と北家が鼻を鳴らしながら点棒を支払う。
 私は親の顔へ視線を走らせた。


 佐々木は冷え切った目でアガリ形を見ているのみ。
 表情からは何も読み取れない。


 気に、しすぎだろうか……。
 
 自分自身でアヤをつけてしまったような気分だ。
 私は、その後に3連続ラスを食った。



「どうしたよ、俺の顔に何かついているか?」


 雀荘の寮の一室で対面に座る佐々木が自嘲ぎみに笑う。


 私は“一つの質問”に答えてもらうため、今日ここに来ている。
 勿論、それは例のダブリーの件だ。


 あれから一度か二度、私と佐々木はこの店で同卓となった。
 当時は二人とも“客”だった。

 そして、私がこの雀荘で働くことを決めた際に、従業員の中に彼の姿があった。


「お前、同じ高校だったヤツだよな」

 そう言われて私は彼が高校の先輩であることに気が付いた。
 確かに学校で見たことがあった顔だ……。


 しかし、口を利いたことは無い。
 一つ上級生だった佐々木は当時から金髪で不良の格好をしていたからよく覚えている。

 地方ブルジョワが多く通う進学校だったので、彼のような存在は珍しかった。



「センパイは寮に入ってどれくらいなんですか?」

 寮とは無論、このキャバレーの二階の玄関のない部屋のことである。


「俺も先月入店したばかりだからまだ一ヶ月だな。お前も寮に入るのか?」

「いえ、僕は店に出るのが週3日だけなので、そういう話は無かったです」


 佐々木が険の鋭い表情で説明を促す。
 今の麻雀店のスタッフとは違い、「雀荘のメンバー」は常勤の職業だったのだ。

 したがって、全員が週6日・12時間制の勤務をこなす。
 掛け持ちや学生のアルバイトは居なかった。


 板前や理容師の世界のように、一種の専門職である。


「ふーん、よくマネージャーが許したな。そんで、残りの4日は?」

「残りの4日を、店で“客打ち”することで許可して貰いました」
 
「何だ、そりゃ? どうせ打つなら給料が出た方が良いだろうが」


 確かに従業員は仕事中でも身銭を切るときがある。
 しかし、私は業務に縛られずにずっと打ち続けられる時間が欲しかった。


「それに、お前なんで雀荘なんかに就職したんだ? お坊ちゃん学校の同級生たちは全員進学で上京してるだろう」

――アンタも同じ高校だろう、という言葉を飲み込んで私は説明を続ける。


「麻雀て、世界で最高のゲームじゃないですか。俺、初めてフリー雀荘に来た時に衝撃を受けたんです」

 私は目を爛々と輝かせて麻雀への想いを語りだした。


 四萬五萬赤七萬八萬九萬三筒四筒五筒六筒四索六索七索八索


 こんな手に 五萬 を持ってくる。
 そして、次巡に 五索赤 が入ってリーチ――。

 
 手牌がアガリに向かう時の収束感、ツモが手牌の中で舞い、躍動するあの感じ。

 三索 六索 九索 の模様が今にも指いっぱいに広がってくる。

 
 これよりも面白いものは一生の中で無いだろう――。
 私はまだ18年の人生しか知らないが、そう直感した。

 俺はこれから先、ずっと麻雀で生きていく。
 この世界で行けるところまで行ってみたい。

 

「オメエ、馬鹿じゃねぇのか?」


 私が語り終わる前に、佐々木が頬を引き攣らせながら口走った。




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雀豪列伝[1] 暴走族の男  -第5話-

 
 フィルターに火が点きそうになるほど根元まで煙草を深く吸い込む佐々木。
 最後の一息を吸い、残骸を揉み消しながら言ってきた。


「吹き溜まりなんだよ、社会の」

 佐々木が言葉を続ける。


「麻雀の世界に成功者なんか居ねえ。メンバーをやって退廃的な生活を送るだけさ」

 私は黙って佐々木の言葉を待った。


「ピン雀で毎日12時間拘束されて夜番もやって。場代やアウトで身銭を切って。娯楽といえばパチンコ、公営ギャンブル、酒に女」

「働いてる奴を見てみろよ。不良上がりに板前、ホストや水商売崩れ。他の仕事で身を崩したハンパ者しか居ねえんだよ」


 あ、公営じゃなくて地下カジノやポーカーゲーム屋もあるな……。
 
 佐々木がそれがクセであるかのように自嘲しながら台詞を足す。


「さっき挨拶した店長と主任だって、歌舞伎町でヤンチャし過ぎて流れてきた人間だ」

「だいたいな、俺が思うに麻雀打ちってのが一番タチが悪ぃ」

 雄弁に語る佐々木の口は止まらない。


「力仕事が出来ないクセに博打をやるぐらいだから、少々のオツムは働く。そのくせ、その能力を活かせない、結婚して勤勉に働くことに生き甲斐も見いだせないグータラな人間の集まりだからな」

「まぁ、みんな二〜三年だな。アウトで首が回らなくなって辞めるか、身体を壊すか、雑に抱いた女にガキでも出来るかだな」


 佐々木が暗い顔で続ける。


「それで、お前はこんな世界でどこまで行くってんだ? 健康麻雀のプロにでもなるのか?」

「いえ、そういう心算はないですケド……」


 だいたいなぁ、と佐々木が大きくあぐらをかき直して煙草を吸う。


「18の分際で何が“麻雀は世界で一番面白い”だよ。そんな事をほざくのはルーキーイヤーだけさ」

「お前もすぐに染まるよ、この吹き溜まりの世界にな。坊ちゃん学校の甘ちゃんに何が判るっつんだ」


――アンタも同じルーキー、そして同じ高校だろ……。
 今度は我慢しなかった。


「じゃあ、暴走族の世界は最高でしたか?」



「あんっ?」



 煙草を吸う手を止めて、気色ばむ佐々木。
 なるほど、伊達に特攻隊長をやっていた訳ではなさそうだ。


 佐々木の眼光が鋭く光った。





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雀豪列伝[1] 暴走族の男  -第6話-

 私を睨みつける佐々木と対峙しながら思った。


――俺は、この男が嫌いだ。
 先輩風を吹かし、口が悪く、ひねくれ者である。

 そして、物事の本質を見抜く明晰な頭脳。


 坊ちゃん学校を外れて暴走族をやっていた佐々木。  
 そして、時代と共に数が減少していたヤンキーよりも学園の中心に居た私。

 佐々木はたぶん、あの高校と、私たちの事が気に入らないのだ。

 だが、大事なのは“今”と“これから”だろう。


「麻雀は世界で最高のゲームだ。そして、俺はきっと誰にも負けない」


 これから一軒の雀荘をシメようってのに、こんなところで退いてたまるか。
 私は内心でドキドキしながら突っ張ってみた。

 そういえば高校の頃、友人が暴走族の奴と喧嘩してズタボロにされていたな……。


「ふ……ん」
 

 ニヤリと小さく笑い、新しい煙草を取り出す佐々木。

 どうやら退いてくれるようだ。
 良かった、ズタボロにはされないで済むらしい。


「まあ、前半部分も後半部分も、異論はねぇよ」

 佐々木が座り直して続ける。



「だがな、族は最高だぜ。仲間とバカをやったり、酒を飲んだりな。それが一番おもしれぇ」


「あれ、バイクとかじゃないんですか?」

「ああ、爆音と煌びやかなランプも良いけどな。俺は喧嘩もそんなに好きじゃねぇし、仲間とツルんで遊ぶ時間が欲しかったんだ」


「好きならば就職をしないで、続ければ良いじゃないですか?」

「アホ、族は18で卒業なの。みんな四輪の免許とって終わりだよ」

「そうなんだ……。知りませんでした」


 これから先一緒に働く先輩なので、暴走族の話には丁寧に相槌を打ってやった。
 これでさっきの啖呵も帳消しになるだろう。


「確かに麻雀は面白れぇよ。だが、一生どころか十年、二十年も持つハズがねぇ。みんな吹き溜まりに何年か腰をかけてるだけさ」


「センパイ、一つ聞きたいことが有ります」

「あん?」

「あの時のダブリーですが――、テンパイをしていましたか?」



 すぐに何のことか判ったようだ。
 佐々木があの時と同じように不敵に笑った。



「オメエはどう思うんだ? ノーテンなら飛んじまうんだぞ」


 この男を知れば知るほど、私の結論は一つの答えに近づいて行った。


「テンパイは、していない……」


 佐々木がハッと笑い、立ち上がった。


「ならノーテンなんじゃねぇか。でも、流した手牌のことは話せねぇな」

「まあ、お前が何だっけ、麻雀でずっと? 十年か二十年だか、そのぐらい持ったらそん時は教えてやるよ」


 佐々木がはぐらかすように話を終え、キッチンの冷蔵庫からビールを持ってきた。

 すると、佐々木の背後から男の声が聞こえてくる。


「あれ。佐々木、取り込み中か?」


 顔を出したのは30前後の短髪の男だ。ルームシェアをしている隣の部屋の住人だろうか。


「反町さん、違いますよ。コイツ、男です」


 佐々木が缶ビールを飲んだまま私を指差す。
 
 肩まで伸びた長髪に、華奢な体格。
 そして、陽に当たっていない白い肌。

 男はどうやら私の後ろ姿を女性と勘違いしたようだ。


「おい、吉田。先輩の反町さんだ」


「あ、明日から働く吉田と言います。宜しくお願いします」


 頭を下げて挨拶をする私に男は笑顔を返してくれた。


「話は聞いてるよ。吉田クン、強いんだってね」


 佐々木と違って、とても明るい感じの人だ。
 私はこれからの仕事に少し希望を持てた。


「へへ、反町さんは東京で銀行員だったんだぜ」


 佐々木が得意そうに話す。


「東京で……」


 言われてみれば品のある顔をしている。着ているギンガムチェックのYシャツも上等そうな物だ。
 どうしてコッチに来たのか私は聞いてみた。


「うん、嫁と離婚をしてしまってね。俺が至らなかったのだけど、仕事も今は休職の扱いにしてもらって地元に帰って来てるんだ」


「そうなんですか、優秀な方なんですね」

 素直に思ったことを言ってみた。


「恥ずかしいから止めてくれよ。早くリフレッシュして、また向こうで大きな仕事をしないとな!」


 短い会話だったが、私は第一印象でこの人に好印象を抱いた。
 どこかの族上がりとは大違いだ。

 すると、族上がりが言ってきた。


「おう、吉田。今日、お前の歓迎会で飲みに行くからな、下の店だ」

 私はもらった珈琲を吹き出しそうになった。


「いや、明日から仕事なので。今日は帰りますよ」


 冗談じゃない、下のキャバレーなど行きたくない。


「族の世界じゃあな、上のモンの誘いは断れねぇんだよ」


 億劫だ……。本気で頭が痛い。
 反町に助けを求めようと振り返るが、せっかくだから諦めなよと言わんばかりの笑顔である。


「おら、とっとと行くからな!」


 そう言って佐々木が玄関のない入口を飛び出して行ってしまった。
 



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雀豪列伝[1] 暴走族の男  -第7話-

 
 寮の下階にある飲み屋。
 二軒ある内のけばけばしくない方へ佐々木が入っていく。

 どうやら何度か来ているようだ。


 反町に促されて店内に入ってみると、カウンタータイプのスナックだった。

 40絡みのママと、アジア国籍とおぼしき若い女性。
 そう広くもない店なので、どうやら二人でやっているらしい。

 佐々木と反町の前に焼酎のボトルがセットされる。
 漢字の名前の銘柄だが、私には判らない。


「このオニイさん、若くて可愛いねー」
 

 店員の女性が言ってきた。
 ここで洒落の一つでも返し、場と女性を和ませるのが大人の男なのだろうが、18の私にそんな器量はない。


「ウーロン茶を下さい……」


 億劫だ。早く麻雀が打ちたい......。
 私は毎日麻雀が打てる「天職」を選んだのであり、こんなところで時間を使いたくない。


 チビリ、チビリと下を向いてウーロン茶を飲む。

 ママと若い女性がちょくちょく話しかけてくる。
 私は会釈も返さずに、ただ黙って相槌を打った。


 反町が若い女性を口説き、何か力説している。
 そして佐々木に至ってはカラオケを歌いだしていた。


 帰りたい......。二時間、いや三時間ぐらい飲むのだろうか。
 時計を見ると、まだ一時間しか経っていない。


 私のつまらなそうな態度に気が付いたのか、一曲歌い終えた佐々木が隣へやってきた。


「オメエの考えていることは判るぜ」


 セッターを吸いながらまた得意顔で続ける。


「そりゃ、昨日までのオメエだったら同じ学年の、若い女どもと遊んでたんだろう」

 私は答えるのも面倒なので、黙って聞き続けた。


「だが安心しな。これから先、そういった事はねぇよ。学生や普通の職場を選択しなかった以上、金を払って飲む女しかいねぇからな」


 あとな、と言って珍しく佐々木が真面目な顔で言う。


「ここのママはウチの雀荘の客なんだ。こういう付き合いの世界もあるって事だけ覚えときな」


 私には佐々木の言っていることの意味がよく判らない。
 反町と話すことにした。



「うん、吉田クンもう帰りたそうだね。明日は何時から?」

「9時から23時までです」

「長いな、14時間か!」

 反町が驚く。


「どうせ仕事の前後も客打ちをするから……。僕だけ14時間勤務なんです」

「じゃあ、佐々木には上手く言っておくから、もう行っていいよ」

 そう言ってウィンクをしてくれた。
 さすが東京で銀行員だった反町、デキる男は違う。

 懐中から財布を取り出して、三千円に手をかけた。
 いや、と思い直して五千円札を出そうとすると、反町が言ってきた。


「あぁ、大丈夫。初回は先輩が後輩に奢るモンだから」

「そうなんですか! ありがとうございます」


 そう言って、私は佐々木と店のママたちに挨拶もせずに店を後にした。

 胸の内はもう明日からの麻雀ライフでいっぱいだった。


 




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雀豪列伝[1] 暴走族の男  -第8話- 

 
 なぁ、吉田――
 卓を抜けた私に佐々木が尋ねてきた。


「さっきのリーチだけど、どうして 二萬 四萬 の巡で切ったんだ?」

 さっきまで打っていたゲームを思い出す。
 私はこんな手だった。


[ 東三局 親  ドラ  九筒 ]


二萬四萬七萬八萬九萬四筒五筒七筒八筒四索五索赤八索八索   ツモ  六筒


「まだ七巡目とはいえ、 四萬 から処理した方が安全なんじゃねえのか?345の三色にはならないし」


 なるほど、マンズのカンチャンを外すことは外すが、内寄りの牌である 四萬 から処理した方が良いのでは、という問いだ。


「河を弱くしたくないからです」

「河を?」


 僕の捨て牌が......。
 私は空いている卓の牌を並べて説明した。


[捨て牌]
北西九索白北東
四萬二萬横  リーチ



四萬 二萬 の順でリーチをかけると、待ちがリャンメンだと透けてしまうでしょ。それに、 三萬六萬 待ちや、カン 七萬 なんかも通し易くなってしまう」


「別に内側から切ったからといって、他の部分がリャンメン形とは限らないんじゃないか?」


「じゃあ、センパイ。仮にピンズかソーズの受けが 三筒五筒 や、 六索八索 といった形だったら、マンズをどちらの順番で外しますか?」


「そりゃ、五萬 を引いたときの事を考えて、 二萬 から外すよ.......」


「ね、だから“内→外側の切り順はリャンメン待ち”という大雑把なセオリーが成り立つんです。これは仕掛けている相手にも言えます」


「まぁ、そりゃそうだが」


 佐々木は今一つ納得がいかないようだ。


「じゃあ、南家がマンズを 三萬八萬 と切っているが、間4ケンの 四萬 は危なくないのか?」


 まだ、情報が古い時代の話だ。
 私以外の先輩たちは、全員が流れや感覚的なものを大事にする。


「センパイ、間4ケンだから危ないというのは誤りです。 四萬四筒 を持っていたとして、 三萬 八萬 と切られている河に対しての 四萬七萬 よりも、一枚もピンズが切られていない 四筒七筒 の方が多いに危ない。カン四筒 やシャンポン待ちもありますからね」


「あと、今回の外側から外しにはもっと大きなメリットが有ります」

 佐々木がセブンスターを吸いながら黙って聞く。


「この場合は“先手”、“親番”、“河に数牌が少ない”という点です」


「ふ......ん。判ったよ、なるほどな」


 私がニヤリと笑うと佐々木が言葉を続けた。


「ピンズとソーズの受けが良いから、この手はだいたい先手でリーチが打てる。親のリーチだ、子方はオリることが多いわな。ただ、この情報の少ない河では安全牌だって不足がちだ」


「そう。したがって、 四萬 二萬 の順で外して、マンズを通し易くしない方が良い。こっちの待ちはピンズかソーズになるわけですからね」


「“内→外側の切り順はリャンメン待ち”ね」


「もちろん例外は有りますよ。例えば、残った受けがペンチャンでも手役が絡んでいる場合などね」


 言い終わる前に佐々木が返してきた。


「あとは、手順上で自然と逆切りになるケース......。 二萬四萬四萬五萬六萬六萬七萬 といった連続形、そして 赤を使い切りたい場合の 二萬四萬四萬五萬赤 からの四萬二萬 外しか」


 私は得意げに講釈を垂れていたが、佐々木の頭の回転の速さに舌を巻いた。
 やはりこの男は相当頭が切れる。


「でも、お前昨日は 六筒 八筒 の順でリーチをかけていたよな?」


 佐々木が昨日のゲームのことを聞いて来た。


「あの時は親の捨て牌が......」


[捨て牌]

發白中五筒二索四索
一筒三萬七索


「でしたからね。“3・7牌が二つの色で出て来たらテンパイ間近”だ」

「それもセオリーか」


「ええ、親は悪くてもイーシャンテンでしょう。ましてや、上目の数字が高い。この場合は 六筒 の処理順を優先しますよ」


「ふーん、お前の麻雀と記憶力はコンピューターみたいだな」


「確率のゲームですから。効率を重視しなくちゃ勝てないでしょう」


「おい、お前らいつまでお喋りをしてるんだ!」


 そう怒声を飛ばしてきたのは主任の安岡だった。




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雀豪列伝[1] 暴走族の男  -第9話- 

 
「お前らなぁ。お喋りも煙草も構わんが、必ず一人はレジに立っとけ」

 卓を抜けて来た主任の安岡に私たちは叱られた。


 185cmに90kgはあろうかという屈強な体格の安岡。
 顔は浅黒く焼け、頭はソフトなパンチパーマをかけている40前後の男だ。

 さすがに佐々木も安岡の前ではいつも小さくなっている。


 私が働きだしたピン雀は繁華街のど真ん中にあり、界隈の商売人や遊び人が来る店だ。

 働くスタッフは安岡と共に歌舞伎町から流れて来たというマネージャーの小島。
 歳は50近く、白髪をオールバックにしており、貫禄がある。いかにも麻雀打ちという感じだ。

 それに前出の元銀行員・反町と、いつもニコニコしており笑顔とジョークを絶やさない関根という人物。
 そして、私と佐々木以外では唯一の若手、鬼塚。


 私は特に佐々木、安岡主任、関根と同番になる機会が多かった。


 私よりかなり年長者が多く、海千山千の猛者揃いだ。
 私は入店前に佐々木から忠告を受けていた。

「いいか、水商売と一緒で体育会系の世界だからな。礼儀だけは守れよ。じゃないと……」

「じゃないと……?」


 恐る恐る尋ねると、佐々木は面白くなさそうな顔で答えた。

「この俺でも喧嘩で負ける事になる……」


 なるほど、私は安岡主任を見てだいたい何があったのか想像がついた。


 遊びにやってくる客は大半が堅気に働いているが、中には面倒な者もいるらしい。


 そんな環境で、私はやっていけるだろうか......。
 そんな不安が消し飛ぶぐらいに私は可愛がられた。


 18歳ということもあるが、今までのメンバーと毛色が違う私を客たちは好いてくれたのだ。
 卓上で打つ。ひたすら打つ。

 愛嬌があり、若い私と打つのをオッチャンやマダム達は楽しみにしてくれた。
 誰よりも長く卓に着くし、メンゼン主体の私の打ち方は客受けが良いようだ。

 私はすぐに店のマスコット的な存在となった。


 また、私はとにかく一番手で卓に入り続けるから、上司たちにも重宝された。
 麻雀の体力は無限にあるし、実家暮らしの私はアウトの心配が少ない。


「おい吉田、今日の競馬で第3レース取ったからよ。昼飯に刺身でも買ってきてやろうか?」


 強面だと思っていた安岡主任も私を弟のように可愛がってくれる。


「主任は新人に甘いンだから……。吉田君、ギョーザ作ったから、仕事の後、寮に食べにおいでよ」


 いつも笑顔の関根さんは料理上手だ。
 毎日、みんなの賄いを作ってくれる。

 35歳ぐらいだろうか。この人も雀荘の殺伐とした雰囲気が似合わない。
 以前はきっと飲食関係か何かで働いていたのだろう。
 
 
 確かに一癖も二癖もある人物たちだが、普通の職場と変わらないじゃないか。


 佐々木が言っていた“吹き溜まり”という台詞。
 私にはそれほど重く映らなかった。


 まだ、この時には......。
 
 




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*当物語はフィクションです








雀豪列伝[1] 暴走族の男  -第10話-

 
 働き始めて最初の給料日を迎えることになった。

 寝ても覚めても麻雀三昧の生活なので金を使う機会は少ないが、やはり嬉しいものだ。


 私は働いた分の満額をオーナーから受け取った。
 携帯電話はまだあまり普及していないので、PHSを買おうかと考えていた。


 すると、その場で給料袋を空けた安岡主任と仏の関根が隣でつつき合っている。


「主任、三点ですからね」

「うるせえな、判ってるよ」


 安岡が渋い顔をしながら、一万円札を三枚関根へ渡す。
 どうやら貸金の催促のようだ。

 安岡の方が上司なのだが……。


「吉田、聞いてくれよ。俺の給料袋はこんなに薄いのに、さらにタカろうって奴がいるんだぜ」


 薄い?主任である安岡の給料袋が?
 誰がどう見たって、安岡はこの辺りでは最強の打ち手だ。

 マネージャーの小島、そして鋭い嗅覚で打つ佐々木、この二人の雀力には一目置いている。
 逆に元銀行員の反町や、関根、鬼塚といった他業種上がりは、どちらかというと麻雀に隙がある。

 
 だが、この安岡は……。
 体躯のとおり豪快で力強い麻雀だ。


 相手をツモり殺すような打点力……。
 現在に至るまで私が会った打ち手の中でも十指に入る猛者である。

 
 そんな安岡の給料袋が薄いはずがないだろう。


「主任はね、オーナーにしゃくがあるんだ」


 受け取った紙幣をいつもの笑顔のままで財布にしまう関根が説明をしてくれる。


「歌舞伎町から流れて来た際に、だいぶ助けてもらったらしいよ。それで、借入分を給与から分割で返済しているんだ」


「いくらぐらい借りたのですか?」


「それは聞いていないけれど……。給料が二桁入っていたことは無いと思う」


 寮があるとはいえ、大の男が五万円かそこらで一ヶ月生活できるものだろうか……。
 ましてや、先輩たちはみんな酒好きで仕事に遅刻、二日酔いは日常茶飯事なのだ。


 そんな私の心配をよそに、主任たちは待ち合いテーブルにある競馬新聞で盛り上がっている。
 なにか大きいレースがあるようで、いま入ったばかりの給料で一発勝負をかけようというのだろう。


「おい、吉田。ひとっ走り、馬券を買いに行ってくれ」

 
 私は慌てて断った。


「ちょっと待って下さい。自分は車を持っていませんし、買い方が判りませんよ」


「そうか、まだ免許が無いのか……。じゃあ、佐々木頼むわ!」


 免許の問題ではない、仕事中じゃないか。
 ましてや上司が公認だなんて......。


 主任の分、関根の分、そして店中の客の分。
 佐々木も狙いの馬を絞ったようで、それぞれの予想が書かれたメモを持って店を出て行ってしまった。


 一事が万事、こんな感じなのだ。
 仕事も生活も適当すぎる。

 だが、不思議とどこかでこんな境遇を楽しんでいる節がある。
 

 私にとってこの環境は大いに歓迎だった。
 
 主任からは麻雀を好きなように打て、一切の制約は無いと言われている。
 まぁ、こんな人たちだから制約など無意味なのだろう。自分が勝つためには好き勝手な事をするはずだ。


 初めてフリー雀荘に来た日に八連勝をした私は勝ち続けていた。
 毎月毎月勝ちっ放しとは言わないが、半年ぐらい続けて好成績を収めている。

 もともと学生時代から負け知らずだったので、自信はある。
 どうやら私の腕は大人の世界でも通用する事が判った。

 これは幼少の頃から読んでいた麻雀の本や、持ち前の効率の計算力のおかげだろう。


 そして、誰もが若いころ思うように自分が天才だと信じていた。
 牌を握ったときからずっと勝ちっ放しなんだ。


 麻雀で勝つのは当たり前。そんなに難しいことではない。
 だからこの道を選んだのだ。
 
 
 店に入ってからも初月から抜群の成績だ。
 マークをするのは主任の安岡、小島に佐々木。そしてこの店でも勝ち頭になっている5〜6人の客ぐらいだろう。


 客たちは若い私のことをチャンプ、チャンプと呼び、褒めちぎる。


 確かに私は慢心をしていた。
 


 
 






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プロフィール


吉田光太

吉田光太

最高位戦日本プロ麻雀協会



<獲得タイトル>

第1期オータムチャレンジカップ 優勝

第7回 野口恭一郎賞 受賞


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