プロ雀士吉田光太の横向き激闘記

最高位戦日本プロ麻雀協会 吉田光太のblog。

2010年10月

雀豪列伝[11] 彷徨(XIII)

 
 金曜の夜19時過ぎ。
 すれ違う仕事上がりのサラリーマンや買い物客たち。
 
 私は電話で聞いた住所を頼りに新宿通りを伊勢丹の方へ抜けて行った。


 おおよその場所は説明されたが、指定された店は新宿の外れの方にあるという。
 私は途中で銀行に立ち寄った。
 今日、麻雀を打つ心算はなかったので、財布には2〜3万円しか入っていない。

 そう言えばレートを聞くのを忘れた。
 だが、そんなに安いということはないはずだ。いくら用意して行けば良いだろう…。


 負けてから不足分を下ろしに行くのではバツが悪いし、初めての場で懐中が細いと萎縮してしまう。


 30か、40か…。

 しかし回数も聞いていないので、もし長丁場ならば展開によってはいくら溶けるか判らない。

 私は5本用意をした。


 20代前半の私のサラリーは大した額ではない。

 だが、上京し麻雀をゼロから始めてちょうど一年が経っており、私はその間好調を維持していた。

 何より私は麻雀以外にすることを知らなかった。
 趣味を持ったり旅行に行く事はなかったから、金の使い道も麻雀以外には無い。


 ATMで50万円分の札束ズクを作り、念のためそれを財布に3本、そして鞄に2本と分けてしまった。
 私は決して博打依存症ではないが、こういう勝負に出るときの胸の高揚感はえも言われぬものがある。


 駅から15分ほど歩き、目的地である店に辿り着く事ができた。
 
 ここか…。

 薄暗い地下の店の扉を開けると、どうやら貸卓専門店らしく中年の女性店員が出迎えてくれた。
 しかし、店内には他に人の姿が見当たらない。


「あの、ワシオさんのセットで来たのですが…」


 そう告げると、いつもの卓ということで私は店の奥にある卓へと案内された。
 そしてやや遅れてテレビ局の面子が1人、麻雀プロの先輩が1人やってきた。

 私は簡単に挨拶を済ませ、共に待った。
 しかし、約束の時間を過ぎてもなかなか歌手は現れない。

 1時間、1時間半が過ぎたがまだ来ない。


「いつも遅くなる事が多いのですか?」


 そう尋ねると今日は特別に遅れているとのことだった。


 今夜の予定はもう無いが、明日は王位戦というタイトル戦の予選なので出来れば遅くなるのは避けたかった。

 私には別に待つ義理はないし、この先芸能人と繋がりを持とうという気もない。
 私は電話をくれた先輩の顔を立て、2時間待って来なかったら帰ろうと思った。


 そして、私が席を立とうとしたところでようやく彼が姿を現した。



  

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雀豪列伝[11] 彷徨(XII)

 
 梶本プロはその頃から麻雀番組でナビゲーターの仕事をしていたが、公式戦でもストリートでも名を馳せていた。

 彼からしてみたら私と意地を賭けてやるメリットは何一つ無い。
 だが、何も言わず快く勝負を受けてくれた。


 そうやって私は梶本さんのような先輩や、彼の周囲に集まる手合いとセットを繰り返すようになった。
 相変わらず団体の中枢からは外れた存在で、共につるむ様な若手もほとんどいなかったが、ようやく公式戦以外でもプロになった意味が出てきた。


 そんなある日、梶本さんの伝で知り合った先輩から一本の電話が入った。
 夜にセットが立つようなのだが、所用で自分が行けなくなってしまったため、代わりの面子を探しているというのだ。

 先輩、といっても彼と麻雀を打ったことはないし、あまり話したこともない。
 確かに、何かの折りに番号を交換したことだけは覚えていた。
 
 また、他の面子も私が面識の無い相手だという。


 大して親しくも無い私に電話をかけてくるぐらいだから、よほど面子集めが難航しているのだろう。
 麻雀好きな方ならば誰もが覚えがあると思うが、集まらないときというのは不思議と最後の1人だけが中々決まらない。

 だが、なぜ私なのか。
 私は最初、他の先輩から私の紹介を受けて名指しでの指名なのかと思った。

 しかし、彼の説明の口調には勢いの良い若手ならば誰でも良いという色が含まれていた。


「ルールと、面子は?」

「ルールは普通の東南回し。歌手のワシオさんのセットで、後はテレビ局の人間だ」


 有名な歌手なので、彼の名前は幼少の頃から知っていた。
 そして大の麻雀好きで、雀豪としても名を轟かせている人だ。


 3人とも全く知らない相手、それも芸能人と…。
 

 その日は金曜でちょうど一週間の仕事を終えたところだった。

 本当は少し用事があったのだが、一度話を聞いてから尻込みするのは嫌だった。
 打ち手を張っている以上、出来るだけ敵に背中は見せたくない。

 

「20時からで良ければ――」


 そう私が返事をすると彼が安堵の溜息をついた。

「いや行ってくれると助かるよ、正直誰も捕まらなくて。場所は新宿の**という店だ」

 

 人生はきっと“選択”の連続だ。

 麻雀打ちである以上、自分の選択を後悔することは決してない。
 正であれ負であれ、どんな結果にも殉じる。


 そして、この日勝負を受けるという“選択”をしたことによって、この後の私の人生は大きく変わった…。







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雀豪列伝[11] 彷徨(XI)

 私は話を聞いた鈴木達也のいる日本プロ麻雀協会へ入った。

 
 人の価値観は様々である。
 そんな事は言わずと知れた事だ。

 しかし、当時の私にとっては強くある事、そして強さを追い求める事が全てだった。

 もしも自分よりも圧倒的に強い人間が居たとしたら。
 その人がどれだけ人格破綻者であっても、大犯罪者だとしても私にとっては尊敬すべき存在だ。
 

 私のこういった価値観は当然プロの世界には合わなかった。
 ましてや私は競技者というのは誰もがイーブンな関係に居るべきだと考えていた。


 選手同士が馴れ合いの関係を築き、サシで勝負することなど稀のようだ。
 月に数回しか牌を握らないような花形選手や、メディアの仕事や団体での地位を確保するため、政治的な動きに奔走する売れっ子たち。

 先輩に挨拶をして回ったり、酒の席で酌をして回る事などできない私が白い目で見られるのは必然だ。


 そして、強さのみに執着する私は異端の身として扱われた。

 勝負もしていないのに、私の思想や打ち方を冷笑する声が聞こえくる。
 平易に言えば、私は腕に覚えがありそうな痛い奴が入ってきたと思われていた。


 無論、それはそれで構わない。
 私は24歳だったが遊びで麻雀をやってるような年下の先輩にも、勝負の場に立たない上の人間にも迎合する気は殊更なかった。

 私は再び一番熱く勝負できる若手のセットに戻った。
 彼らの方がよっぽど牌に真剣に生きている。

 だが、これではいったい俺は何のためにプロになったのだろう…。


 そんな迷いを拭えぬままあるタイトル戦の予選に出たときのことだった。
 プロ試験のときに面接をしてもらったことが切っ掛けで、何度か口を利いたことのある先輩と同卓した。


 私は南の親番でドラ暗刻のリーチをかけたのだが、1つ仕掛けた後に3つ字牌を手出ししてきた彼に押し切られ、交わされてしまった。
 開かれた手を見るに、仕掛けた後の牌の入り方の感触を信じたようだった。


 重厚な攻めと守り。そして押し引きの気風の良さ。
 そして何よりもキツい凌ぎのときに見せるひりりとした表情に惹かれた。


 強い。身近にもこんな強い人が居るじゃないか。
 私は半荘終了後にすぐさま彼に詰め寄った。


「ぶちましょう、俺と麻雀をぶって下さい」


 私は当時協会のAリーガーだった梶本琢程プロにその場で勝負を持ちかけた。 






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吉田光太

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第7回 野口恭一郎賞 受賞
第10回モンド21杯準優勝
VS研究会 第7期、第8期連覇中


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