歌手の彼が遅れたことを詫び、いよいよ勝負が開始された。
 場所決めをしながら、ポツリポツリとルールやレートの説明を受ける。

 代は決して安くはないが、私の予想を上回るものではなかった。


 テレビ局の人間は彼とよく卓を囲むようで、一つ二つ談笑を交わす。
 しかし、一方の私は全くのアウェーである。

 初めての場で芸能人との高レート。
 ましてやルールや場の作法もどんなものなのかまるで判らない。

 
 私は世界で一番メンタルが弱い人間だ。
 身内の麻雀でも街のフリー雀荘だろうが牌を握るときは極度の緊張と重圧を受ける。
 
 ミスをすることや負けること。
 その全てが怖くて怖くて仕方がない。

 麻雀でどれだけ勝ち続けていようが、これだけは変わらない。
 もしかしたら自分は精神が弱い病気なんじゃないかと疑ったことがあるほどだ。


 だが、勝てば勝つほど私はより繊細で臆病になって行った。
 いつだって“緊張”という名の蛇が心臓を締め付ける。

 だから、キツい場で戦い続けて自信をつけないと不安でどうしようもなかった。

 
 正直に言えば私はこの日、胸が高まっていた。
 田舎育ちの私からしたら初めて目の前に芸能人が座っているのだ。


 賽子を振り、配牌を取るときに少しもたついた。
 第一打目を切る指先が僅かに震えていたのは気付かれなかっただろうか。

 いつだってこうだ。
 しかし、いつもならば直ぐに麻雀に入り込めるのだが、私は異様な空間の重圧に包み込まれていた。


 礼儀を守る事や甘い牌を打って嘲笑されることを恐れるあまり、つい消極策に走ってしまう。
 初戦はラス抜けの感のある2000点を南二局にあがって3着。

 2戦目は点棒が拮抗していたが、ラス親でテレビ局のハネ満を親被りしてラス。



 そんな展開で迎えた3戦目。
 南の親番を迎えた私はこんな手になった。


(南一局 東家 ドラ 五萬



五萬六萬七萬八萬六筒六筒七筒八筒八筒九筒九筒七索八索九索



 8巡目で上の聴牌。
 私の河には 四筒 が捨てられている。

 場には 九萬 が一枚切れており、筒子の上は決して良い場況とは言い難い。
 ドラ無しならば迷う手ではないのだが…。


 九萬 を一枚引けば789出来合いの親満である。
 四萬 ないし、 七萬 を引いても悪くない。

 私はつい綺麗に打とうとして、打 九筒 で聴牌を外した。


 五萬六萬七萬八萬六筒六筒七筒八筒八筒九筒七索八索九索
 
 

 だが、これが進めど進めど一向に萬子を引いてこない。
 八索 やら 四筒 といった使いづらい牌しか持ってこないのである。


 そして、 七筒 を自摸切った直後に、 八索 で歌手の仮テンに放銃した。








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