プロ雀士吉田光太の横向き激闘記

最高位戦日本プロ麻雀協会 吉田光太のblog。

暴走族の男

暴走族の男 -第18話-  雀豪列伝[1] 

 
 俺が、悪い。
 

 だが、自堕落な生活を送る彼らが何故ここまで真剣になるのだろう?

 確かにトータルで店の売上向上に繋がれば自分の収入もアップするかもしれない。
 しかし、それは微々たるものだろう。

 そんな瑣末な理由ではなさそうだ。


 おそらく、みんな麻雀の“尊厳”を守りたいのだ。

 私もこの世界に入って薄々気付き始めたが、どうやら麻雀は神聖なゲームであるべきだ。
 誰であろうと、牌を冒涜するような行為は許されない……。


 それと、メンバー業としての“誇り”。

 将来性も保険もない仕事だが、麻雀だけは綺麗に打とうというのだろう。
 一人の打ち手として紳士に振る舞い、お客に気持ち良く遊んでもらえるよう卓回しを行う。

 この辺の意識は全員が共通している。

 吹き溜まりの中にある唯一の矜持、か。


 俺も出来たらそんなメンバーになりたい……。
 まずは、明日、頭を下げて謝ろう。



 翌朝、私は緊張しながら出勤をした。

 店に着いて時計を見ると、いつもより30分も早く着いていた。
 早番はまだ誰も来ていない。


 (何と言って謝ろうか……。それに、まだ怒っているかもしれない……)


 どことなく居場所がなく、珈琲を飲みながら気を揉んでいると夜番の元銀行員・反町が話しかけて来てくれた。


「あれ、今日はまた一段と早いね。どうかした?」

「いえ、ちょっと。関根さんに話があって……」


 反町の態度はいつもと変わらない。どうやら事の顛末は早番から聞いていないようだ。


「あの、主任や関根さんたち、怒っていませんでしたか?」

「いや、俺が交代した時はそんな事はなかったよ」


 反町が私の顎の絆創膏を一瞥し、それには触れずに答えた。


 まだ、来ないのか……。
 時計の針を見ると9時50分。あと10分で始業なので、そろそろ来るだろう。

 一分一秒が長く感じる。
 私は冷えきった珈琲をごくりと飲み干した。


 卓に入ろうとするも空きはなく、遂に10時を迎えてしまった。
 まだ、来ない。


 そしてそのまま11時が過ぎ、12時を迎えた。
 居残り残業の反町がレジに座りながら大きなあくびをしている。


 まさか、私に腹を立てて仕事をボイコットしたのでは……。

「あの、反町さん本当に何も聞いていませんか?」


 そう言いかけた瞬間に店の扉がバーンと空き、男が三人倒れるように入ってきた。



 安岡主任、佐々木、そして関根さん。


「昨日はすみませんでした!」


 そう言って駆け寄ったが、どうも三人の様子がおかしい。
 全員が苦悶の表情を浮かべながらフラフラしているではないか。


 二日酔い……?
 それで二時間も遅れたのか?

 反町が広げていた新聞をたたみ、三人に声をかける。


「ようやく来たか。飲み過ぎですよ。俺、二時間残業したから、夜は二時間遅刻して来ますからね」

 そう言って、私にウィンクをして帰っていった。
 

 私は自分から謝ると決めていたので、まず関根のところへ向かった。


「関根さん、これからは一切無駄口を利かないので……」


 関根が私の台詞を手を振って遮る。 

「吉田君、今それどころじゃないから」

「え?」

 私としてはずいぶん悩み、神妙な気持ちで謝罪しているのだが……。


「そういうのよりも、今は二日酔いが……」

 そう言ってトイレに駆け込む関根。
 私は佐々木の様子を伺った。


「センパイ、あの……」

「お前、空気読めよ。ちょっと、今、すごく大変なんだ。後で俺が適当に関根さんに謝っておくからよ」

 そういってヘバってしまった佐々木。
 主任の安岡に至ってはバックヤードで倒れこんでいる。


 肩すかしを食らった私は思わず唖然とした。
 いったい何時まで飲んでいたのか。

 彼らが潰れてしまったら一番若い私一人で仕事をすることになる。
 昨日、あれほど熱く語っていた仕事への意識は何だったのか。


「しょーもない人たちだな……」


 私は一人で笑い、この吹き溜まりの先輩達に初めて愛着のような感情を抱いた。





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*当物語はフィクションです

暴走族の男 -第17話-  雀豪列伝[1] 

 
 私は家に帰り、暗い部屋で一人、先ほどの佐々木の言葉を思い出していた。
 

「不思議に思わなかったのか、何故あんなにデキた人がこの業界に居るのか」


「いや、飲食店で働いていたのかなとは思ったけど……」


「料理人をやっていた時にな……」


 洋食のコックだった関根はある日、盛り場の雀荘で麻雀を打っていた。
 すると、卓上のトラブルが原因で言い争いになり、酒が入っていた相手がいきなり関根に殴りかかってきたそうだ。

 殴られた関根は身を守る為に相手を突き飛ばした。
 当然の行為だが、打ちどころが悪かった相手はそのまま病院に運ばれて、帰らぬ人に……。


「傷害致死だし、正当防衛だけどな。実刑を食らったんだと」


 私は佐々木の話を聞いて絶句した。
 あんなに明るい関根の過去にそんな出来事があったなんて。


「俺らの仕事はな、色んな人を相手にするんだ。心や懐に余裕がねぇ人間だっている。だから常に細心の注意を払わなきゃいけねえんだよ」


 立ち止まって佐々木の話を聞いた。
 何もかもが正論だ。


 また、水産屋の親爺はここのところ仕事が上手く行っておらず、遊びに来てもクサっていたらしい。
 だが、長く打ってくれる上客なので、店のことを考えて安岡がポケットマネーを貸していたのだ。

 私が店を飛び出した瞬間に、安岡と関根は親爺に頭を下げ、また遊びに来てもらうよう頼んだ。
 そして、ママにも非礼を詫びるため、階下の店へ金を落としに飲みに行くそうだ。



「おい、馬鹿やろう!」


 佐々木の大きな声に、思わず“びくっ”とした。


「お前、関根さんのこと怨むなよ。馬鹿なお前にも判るだろう?」


 身ぶるいをしていた私に佐々木が言葉を続ける。


「あれだけの人だ。死ぬほど後悔しただろうし、相手を傷付けたことを反省したはずだ。その人が、お前を殴ってくれたんだぜ」



 部屋のソファーに丸くなって、明かりもつけずに考えた。


 センパイさ、話が違うじゃん……。


 どこが、吹き溜まりなんだよ。
 俺は掃除もしないし、礼儀も出来てないのに、周りの大人たちは……。

 なんでこんなに良くしてくれるんだよ。



「お前、明日ちゃんと仕事に来いよな」


 佐々木は最後にもう一度そう言って電話を切った。





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*当物語はフィクションです

暴走族の男 -第16話-  雀豪列伝[1] 


「何ですか――?」


「お前、明日ちゃんと仕事に来いよな」

 佐々木がぶっきら棒に言ってきた。


「明日も明後日も行かない。喧嘩ならまだしも、理由もなく人に暴力をふるう上司がいる店では働けないです」


 私は明日にでも電話で安岡に辞める旨を伝えるつもりだった。


「理由は、有る」


「卓上でのお喋りですか? だって、みんな喋っているでしょう?」


 ふー、と電話越しに佐々木の溜息が聞こえた。
 あるいはいつもの煙草を吸う音かもしれない。


「普段だったらここで終わりだけどな。まぁ、いいや。討論してやるよ」


 佐々木が低く、迫力のある声で続ける。


「ゲームの進行中には一切喋るな。これは麻雀のルールであり、鉄火場の“しきたり”だ」


「でも、お客もセンパイ達も喋っているじゃないすか!」


「人は、人だ。俺はお前に喋るな、と言っているんだ」


「だって接客業じゃないですか!」


「『でも』とか『だって』とか、まるで幼稚園児か女みたいな奴だな。じゃあ、逆に聞くけどよ」


 再び佐々木が大きく息を吐く。


「お前の“べしゃり”でポンやチ―の発声が聞こえなかったら、どうやって責任を取るんだ? お前は接客と言うが、負けていて喋りたなくない客はどうするんだ?」

「いや、それは……」


「例えばチャンス手が入っていたり、オリる牌を探してる人だっているんだ。一つの発声や、一牌の選択でその日の勝ち負けが決まる時だってあるよな?」


「……」


 私は思わず言葉に詰まった。


「テメェに聞いてるんだよ、答えろや」


 落ち着いた口調での恫喝は不良の凄みを感じさせる。


「なぁ、麻雀でご立派になるんだろ? テメェの麻雀道ってのはそれで良いのか?」


 私は何も言い返せずに押し黙った。
 佐々木の言っている事が正論だ。

 悔しさがこみ上げてくる。


「それとな、俺らが喋るのは新規の客への配慮や、卓内でトラブルが起きそうな時に機先を制して場を和ます時だけだぜ」

 そうじゃない時もあったかもしれないし、言われてみればそんな気もする。


「卓内での接客は柳に風。客に話しかけられた時だけ応えれば良いンだよ」


 私は路上で電話をしながらうなだれた。
 
 だが、論破をされた事が悔しい。
 未熟な私は自分が間違っていないと信じたかった。


「だからって、殴る事はないでしょう。吹き溜まりの連中には耐えられない」

 
 電話越しに、今度ははっきりとライターで火を点ける音が聞こえた。


「お前は本当にアタマが悪いな」


 はっ?アンタ達に言われる台詞ではない。
 私はまた身体が熱くなった。



「関根さんはなぁ、人を殺したことがあるんだぜ」



 その一言で、私の周りの時間が止まった。

 
 




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*当物語はフィクションです

暴走族の男 -第15話-  雀豪列伝[1] 

「卓上でペラペラ喋ってんじゃねえ!」


 関根が怒鳴った。

 私は意味が判らない。
 だが、身体の底が“かー”っと熱くなる。


「痛ってえな、この野郎!」


 関根に飛びかかった瞬間、主任の安岡が間を割って入ってきた。
 安岡が全身で私の体当たりを受け止める。

 身体が軽い私の方が逆に吹っ飛んだ。


「止めとけ!」


 まだ頭に血が上っていたが、安岡に止められて少し冷静になった。
 

 関根は険しい表情をしている。
 上気しているかと思った顔はなぜか青白い。


 俺は仕事をしていただけなのに。
 なぜ、こんな仕打ちを……。


 肩で息をしている自分が判った。


「止めておけ」


 安岡が関根を抑えながら、私を目で制する。
 

 私は関根を睨み、怒りと悔しさから店を飛び出した。


 
 まだ、夕方の18時だ。
 私は一人、顎を押さえながら帰路についていた。

 殴られた顎が馬鹿みたいになって、痛みが止まらない。


 クソッ、手を出すなんて最低の人種だ!
 俺がいったい何をしたっていうんだ。

 あんな吹き溜まりの連中と働くのはご免だね!


 私は麻雀が打ちたくてこの仕事を選んだのだ。
 クズな奴らと働くぐらいだったら、辞めてやる。


 口をヘの字に曲げて歩いていると、PHSが鳴った。
 最初は店の番号、次は安岡主任からだった。

 
 ずっと着信を無視していたが、次に佐々木の番号からかかってきた。
 チッ――。


 私は舌打ちして電話を取った。




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暴走族の男 -第14話-  雀豪列伝[1] 

[南三局 親・ママ  ドラ 二筒:麻雀王国 ]

 
二萬八索中發三筒九萬
一索北二索九筒九筒横  リーチ



 飲み屋のママのリーチ。
 まず、ドラそばの 三筒 を五巡目に切っているのが脅威だ。


 ドラ周りは解決しているか、あるいはドラが二枚以上。
 または、この辺を持っていないのに 三筒 を切れるという事は、他にかなりの手材料が有るということになる。



 次に、へき頭の 二萬 八索 中 發 という切り出しから、手中に一組は役牌を持っているかもしれない。



 そして、ソーズの 一索二索 は手出しだった。
 単独のペンチャンではないだろうから、上に繋がった形……。


 つまり、 四索 を一枚持っているはずだ。

四索  を軸とした 四索五索 ないし、 四索五索六索 といった形が手の中にあるだろう。


 したがって、単純な 四索 七索 待ちは無い。
 このスジは通る。


 親爺が大長考の末、 五萬 をトイツで落としてきた。

 親の第一打目の 二萬 を見て、 五萬 は持っていると踏んだか。


 ママは無言。メンソールの煙草を吸い続けている。


 その後も親爺は安全牌に窮しているらしく、危険牌を持って来ては親の河と睨めっこを繰り返す。


 すると、ママが連続してソーズを持ってきた。

 
二萬八索中發三筒九萬
一索北二索九筒九筒横五索
五索北五索赤



「あは、凄いソーズの引きですね!」

 リーチ後にこんな事もあるものだ。
 私はもうベタオリだったのでママに笑いかけた。
 
 ママは微妙に苦笑をするのみ。
 親爺がまた長考をしだした。


 私はママの手を 南 が暗刻のリャンメン待ち。
 
 マンズだったら 三萬六萬 待ちか四萬七萬 待ち。

 ただし、 三萬 の場況が良いので、 三萬六萬 だったら埋まっている可能性が高い。

 したがって、 四萬七萬 かピンズの上あたりと踏んでいた。

 

 場をつなぐために、ママに喋りかけ続ける。


「ママ、また店にお邪魔するので宜しくお願いします。そうだ、社長は行かれたことあるんですか?」

 社長はあるよ、とだけ。
 先ほどから社長だけ無愛想な返事が返ってくる。


 すると、ようやく捨てる牌が決まった親爺が手から 九索 を河に滑らせた。



「ロン――。12000ね」



 四萬五萬六萬二筒二筒四索五索六索七索八索南南南   ロン  九索

 

 親爺の表情が一瞬固まり、そして首からうなだれた。
 黙って親満分の点棒を支払う。

 これで親爺の持ち点は26000点。トップ目からの放銃で一気に配給原点まで戻った。

 痛恨の失点をした親爺は昨日から徹夜で打っているようで顔がドス黒い。
 親爺はその半荘、社長を飛び越えてラスまで転落した。


 不幸な出来事なんていつだって前触れなくやってくるものだ。
 それは人生においてもそうだし、親爺だけではなく私にも同じ事が言えた。

 あんな事が起こるとは想像もしていなかった……。



 親爺が席を立とうとしたその刹那、私は背後から肩を強く掴まれた。


「おい……」


「え、いや、ちょっ……」


 訳も判らぬまま強烈な力でレジカウンターの奥まで連れて行かれる。
 エプロンを掴まれ、後ろ向きのまま引っ張られた。

 客の目の届かぬバックヤードに入ったところで、私の顔を目がけて拳が飛んできた。


「ふざけてんじゃねえぞ!」


 ガッ、という鈍い音が鳴り響く。
 顎に衝撃が走ったのと同時に私は後ろへ吹き飛んだ。

 ガツン――


「はうっ……!」


 冷蔵庫の取っ手の部分だろうか。
 何か出っ張りが背中に当たって呼吸が止まった。


 顎よりもこちらの方が衝撃が強い。
 ゴミ箱もひっくり返したようだ。


「な、何……?」
  

 自分の身に何が起こったのか全く判らない。
 男に殴られたのは理解できた。


 しかし、なぜ?一体誰が……。
 パニック状態の私は、店に強盗でも入ったのかと思った。



 私が顔を上げると、そこには憤怒の表情をした関根が立ちはだかっていた。



 




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*当物語はフィクションです

暴走族の男 -第13話-  雀豪列伝[1] 

 店のバックヤードで関根さんが作ってくれたカレーライスを食べ始めた時だった。


「ここ、ワンカケ」


 そう言って、客の一人が席を洗う。

 先に食べ始めていた佐々木はもう食事を終えて、煙草を吸っていた。
 関根さんは調理の後片付けと洗い物をしている。
 
 佐々木が慌てて煙草を消しながら私に聞いてきた。


「どうする?  俺が行くか?」


「いえ、自分が入ります。すみませんが代走をしていて下さい」


 私は急いでカレーを食べ終え、洗い物をしている関根さんに頭を下げた。


「ご馳走さまでした。あの……」


「あぁ、洗い物はやっておくから打っておいで」


 本来は作ってもらった側、そして後輩が皿洗いをすべきなのだが、いつもこうなってしまう。
 私は本走一番手なので、洗い物や掃除を一度もしていない。


 卓に着くと代走の佐々木がヤミテンでピンフ・ドラ1をアガってくれた。
 場に波風を立てない打ち回しが佐々木らしい。


「宜しくお願いします!」


 そう言って卓に着くと、下家にXX水産の親爺。対面には常連の不動産屋社長。
 そして、上家は階下のスナックのママだった。


「あら、あの時の。宜しくね」


 ママが上品に挨拶をしてくれた。


 親爺も社長も大の麻雀好きだが、私はあまり店内で会話をしたことがない。
 私はママへの接客も兼ねて、世間話などを振って卓を賑わせた。


 もともと喋る事が好きだったし、接客のアルバイトを学生時代にしていたので、あまり物怖じをせずに話すことが出来た。 
 お客も楽しんでくれて何よりだ。


 饒舌な口調同様に麻雀も好調だった。
 最初の半荘こそ社長に捲られたが、そこからトップ、トップと連勝をした。


 迎えた四半荘目。
 それまで奮わなかったXX水産の親爺がトップコースをひた走り、僅差で私、ママとつけていた。


 ラス前の南三局。
 親爺が特急券の緑発を叩いていたが、親番のママからリーチが入った。
 

[南三局 親・ママ  ドラ 二筒 ]


 二萬八索中發三筒九萬
 一索北二索九筒九筒横  リーチ



 このリーチに手牌が七枚しかない親爺の手が止まる。
 どうやら安全牌がないようだ。

 ラス前の親だけに愚形リーチも有り得るが、九筒 のトイツ落としをしているので、おそらく好形待ちだろう。


「失礼。ちょっと考えさせてくれ」 


 作業着姿の親爺はおそらく60歳を過ぎているので、もともと打つのがゆっくり目だ。
 しかし、確かにここは考え所である。


 嫌なリーチだ……。
 私はママの河を見てそう思った。


 
 

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*当物語はフィクションです

暴走族の男 -第12話-  雀豪列伝[1] 

 
 働き始めて最初の給料日を迎えることになった。

 寝ても覚めても麻雀三昧の生活なので金を使う機会は少ないが、やはり嬉しいものだ。


 私は働いた分の満額をオーナーから受け取った。
 携帯電話はまだあまり普及していないので、PHSを買おうかと考えていた。


 すると、その場で給料袋を開けた安岡主任と仏の関根が隣でつつき合っている。


「主任、三点ですからね」

「うるせえな、判ってるよ」


 安岡が渋い顔をしながら、一万円札を三枚関根へ渡す。
 どうやら貸金の催促のようだ。

 安岡の方が上司なのだが……。


「吉田、聞いてくれよ。俺の給料袋はこんなに薄いのに、さらにタカろうって奴がいるんだぜ」


 薄い?主任である安岡の給料袋が?
 誰がどう見たって、安岡はこの辺りでは最強の打ち手だ。

 マネージャーの小島、そして鋭い嗅覚で打つ佐々木、この二人の雀力には一目置いている。
 逆に元銀行員の反町や、関根、鬼塚といった他業種上がりは、どちらかというと麻雀に隙がある。

 
 だが、この安岡は……。
 体躯のとおり豪快で力強い麻雀だ。


 相手をツモり殺すような打点力……。
 現在に至るまで私が会った打ち手の中でも十指に入る猛者である。

 
 そんな安岡の給料袋が薄いはずがないだろう。


「主任はね、オーナーにしゃくがあるんだ」


 受け取った紙幣をいつもの笑顔のままで財布にしまう関根が説明をしてくれる。


「歌舞伎町から流れて来た際に、だいぶ助けてもらったらしいよ。それで、借入分を給与から分割で返済しているんだ」


「いくらぐらい借りたのですか?」


「それは聞いてないけれど……。給料が二桁入っていたことは無いと思う」


 寮があるとはいえ、大の男が五万円かそこらで一ヶ月生活できるものだろうか……。
 ましてや、先輩たちはみんな酒好きで仕事に遅刻、二日酔いは日常茶飯事なのだ。


 そんな私の心配をよそに、主任たちは待ち合いテーブルにある競馬新聞で盛り上がっている。
 なにか大きいレースがあるようで、いま入ったばかりの給料で一発勝負をかけようというのだろう。


「おい、吉田。ひとっ走り、馬券を買いに行ってくれ」

 
 私は慌てて断った。


「ちょっと待って下さい。自分は車を持っていませんし、買い方が判りませんよ」


「そうか、まだ免許が無いのか……。じゃあ、佐々木頼むわ!」


 免許の問題ではない、仕事中じゃないか。
 ましてや上司が公認だなんて......。


 主任の分、関根の分、そして店中の客の分。
 佐々木も狙いの馬を絞ったようで、それぞれの予想が書かれたメモを持って店を出て行ってしまった。


 一事が万事、こんな感じなのだ。
 仕事も生活も適当すぎる。

 だが、不思議とどこかでこんな境遇を楽しんでいる節がある。
 

 私にとってこの環境は大いに歓迎だった。
 
 主任からは麻雀を好きなように打て、一切の制約は無いと言われている。
 まぁ、こんな人たちだから制約など無意味なのだろう。自分が勝つためには好き勝手な事をするはずだ。


 初めてフリー雀荘に来た日に八連勝をした私は勝ち続けていた。
 毎月毎月勝ちっ放しとは言わないが、半年ぐらい続けて好成績を収めている。

 もともと学生時代から負け知らずだったので、自信はある。
 どうやら私の腕は大人の世界でも通用する事が判った。

 これは幼少の頃から読んでいた麻雀の本や、持ち前の効率の計算力のおかげだろう。


 そして、誰もが若いころに思うように自分が天才だと信じていた。
 牌を握ったときからずっと勝ちっ放しなんだ。


 麻雀で勝つのは当たり前。そんなに難しいことではない。
 だからこの道を選んだのだ。
 
 
 店に入ってからも初月から抜群の成績だ。
 マークをするのは主任の安岡、小島に佐々木。そしてこの店でも勝ち頭になっている5〜6人の客ぐらいだろう。


 客たちは若い私のことをチャンプ、チャンプと呼び、褒めちぎる。


 確かに私は慢心をしていた。
 


 
 

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*当物語はフィクションです

暴走族の男 -第11話-  雀豪列伝[1] 

 
「お前らなぁ。お喋りも煙草も構わんが、必ず一人はレジに立っていろ!」

 卓を抜けた主任の安岡に私たちは叱られた。


 185cmに90kgはあろうかという屈強な体格の安岡。
 顔は浅黒く焼け、頭はソフトなパンチパーマをかけている40前後の男だ。

 さすがに佐々木も安岡の前ではいつも小さくなっている。


 私が働きだしたピン雀は繁華街のど真ん中にあり、界隈の商売人や遊び人が来る店だ。

 働くスタッフは安岡と共に歌舞伎町から流れて来たというマネージャーの小島。

 歳は50近く、白髪をオールバックにしており、貫禄がある。
 いかにも麻雀打ちという感じだ。


 それに前出の元銀行員・反町と、いつもニコニコしており笑顔とジョークを絶やさない関根という人物。
 そして、私と佐々木以外では唯一の若手、鬼塚。


 私は特に佐々木、安岡主任、関根と同番になる機会が多かった。


 私よりかなり年長者が多く、海千山千の猛者揃いだ。
 私は入店前に佐々木から忠告を受けていた。

「いいか、水商売と一緒で体育会系の世界だからな。礼儀だけは守れよ。じゃないと……」

「じゃないと……?」


 恐る恐る尋ねると、佐々木は面白くなさそうな顔で答えた。

「色々あんだよ……」


 なるほど、私は安岡主任を見てだいたい何があったのか想像がついた。


 遊びにやってくる客は大半が堅気に働いているが、中には面倒な者もいるらしい。


 そんな環境で、私はやっていけるだろうか......。
 
 だが、すぐに不安が消し飛ぶぐらいに私は可愛がられた。


 18歳ということもあるが、今までのメンバーと毛色が違う私を客たちは好いてくれた。
 卓上で打つ。ひたすら打つ。

 愛嬌があり、若い私と打つのをオッチャンやマダム達は楽しみにしてくれた。
 誰よりも長く卓に着くし、メンゼン主体の私の打ち方は客受けが良いようだ。

 私はすぐに店のマスコット的な存在となった。


 また、私はとにかく一番手で卓に入り続けるから、上司たちにも重宝された。
 麻雀の体力は無限にあるし、実家暮らしの私はアウトの心配が少ない。


「おい吉田、今日の競馬で第3レース取ったからよ。昼飯に刺身でも買ってきてやろうか?」


 強面だと思っていた安岡主任も私を息子のように可愛がってくれる。


「主任は新人に甘いンだから……。吉田君、ギョーザを作ったから、仕事の後、寮に食べにおいでよ」


 いつも笑顔の関根さんは料理上手だ。
 毎日、みんなの賄いを作ってくれる。

 35歳ぐらいだろうか。この人も雀荘の殺伐とした雰囲気が似合わない。
 以前はきっと飲食関係か何かで働いていたのだろう。
 
 
 確かに一癖も二癖もある人物たちだが、普通の職場と変わらないじゃないか。


 佐々木が言っていた“吹き溜まり”という台詞。
 私にはそれほど重く映らなかった。


 まだ、この時には......。
 
 




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*当物語はフィクションです







暴走族の男 -第10話-  雀豪列伝[1] 

  
 なぁ、吉田――
 卓を抜けた私に佐々木が尋ねてきた。


「さっきのリーチだけど、どうして 二萬 四萬 の巡で切ったんだ?」

 さっきまで打っていたゲームを思い出す。
 私はこんな手だった。


[ 東三局 親  ドラ  九筒 ]


二萬四萬七萬八萬九萬四筒五筒七筒八筒四索五索赤八索八索   ツモ  六筒


「まだ七巡目とはいえ、 四萬 から処理した方が安全なんじゃねえのか? 345の三色にはならないし」


 なるほど、マンズのカンチャンを外すことは外すが、内寄りの牌である 四萬 から処理した方が良いのでは、という問いだ。


「河を弱くしたくないからです」

「河を?」


 僕の捨て牌が......。
 私は空いている卓の牌を並べて説明した。


[捨て牌]
北西九索白北東
四萬二萬横  リーチ



四萬 二萬 の順でリーチをかけると、待ちがリャンメンだと透けてしまうでしょ。それに、 三萬六萬 待ちや、カン 七萬 なんかも通し易くなってしまう」


「別に内側から切ったからといって、他の部分がリャンメン形とは限らないんじゃないか?」


「じゃあ、センパイ。仮にピンズかソーズの受けが 三筒五筒 や、 六索八索 といった形だったら、マンズをどちらの順番で外しますか?」


「そりゃ、五萬 を引いたときの事を考えて、 二萬 から外すよ.......」


「ね、だから“内→外側の切り順はリャンメン待ち”という大雑把なセオリーが成り立つんです。これは仕掛けている相手にも言えます」


「まぁ、そりゃそうだが」


 佐々木は今一つ納得がいかないようだ。


「じゃあ、南家がマンズを 三萬八萬 と切っているが、間4ケンの 四萬 は危なくないのか?」


 まだ、情報が古い時代の話だ。
 私以外の先輩たちは、全員が流れや感覚的なものを大事にする。


「センパイ、間4ケンだから危ないというのは誤りです。 四萬四筒 を持っていたとして、 三萬 八萬 と切られている河に対しての 四萬七萬 よりも、一枚もピンズが切られていない 四筒七筒 の方が多いに危ない。カン四筒 やシャンポン待ちもありますからね」


「あと、今回の外側から外しにはもっと大きなメリットが有ります」

 佐々木がセブンスターを吸いながら黙って聞く。


「この場合は“先手”、“親番”、“河に数牌が少ない”という点です」


「ふ......ん。判ったよ、なるほどな」


 私がニヤリと笑うと佐々木が言葉を続けた。


「ピンズとソーズの受けが良いから、この手はだいたい先制でリーチが打てる。親のリーチだ、子方はオリることが多いわな。ただ、この情報の少ない河では安全牌だって不足がちだ」


「そう。したがって、 四萬 二萬 の順で外して、マンズを通し易くしない方が良い。こっちの待ちはピンズかソーズになるわけですからね」


「“内→外側の切り順はリャンメン待ち”ね」


「もちろん例外は有りますよ。例えば、残った受けがペンチャンでも手役が絡んでいる場合などね」


 言い終わる前に佐々木が返してきた。


「あとは、手順上で自然と逆切りになるケース......。 二萬四萬四萬五萬六萬六萬七萬 といった連続形、そして 赤を使い切りたい場合の 二萬四萬四萬五萬赤 からの四萬二萬 外しか」


 私は得意げに講釈を垂れていたが、佐々木の頭の回転の速さに舌を巻いた。
 やはりこの男は相当頭が切れる。


「でも、お前昨日は 六筒 八筒 の順でリーチをかけていたよな?」


 佐々木が昨日のゲームのことを聞いて来た。


「あの時は親の捨て牌が......」


[捨て牌]

發白中五筒二索四索
一筒三萬七索


「でしたからね。“3・7牌が二つの色で出て来たらテンパイ間近”だ」

「それもセオリーか」


「ええ、親は悪くてもイーシャンテンでしょう。ましてや、上目の数字が高い。789の順子をベースに手を作っているでしょう。この場合は 六筒 の処理順を優先しますよ」


「ふーん、お前の麻雀と記憶力はコンピューターみたいだな」


「確率のゲームですから。効率を重視しなくちゃ勝てないでしょう」


「おい、お前らいつまでお喋りをしてるんだ!」


 そう怒声を飛ばしてきたのは主任の安岡だった。




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*当物語はフィクションです


暴走族の男 -第9話-  雀豪列伝[1] 

 寮の下階にある飲み屋。
 二軒ある内のけばけばしくない方へ佐々木が入っていく。

 どうやら何度か来ているようだ。


 反町に促されて店内に入ってみると、カウンタータイプのスナックだった。

 40絡みのママと、アジア国籍とおぼしき若い女性。
 そう広くもない店なので、どうやら二人でやっているらしい。

 佐々木と反町の前に焼酎のボトルがセットされる。
 漢字の名前の銘柄だが、私には判らない。


「このオニイさん、若くて可愛いねー」
 

 アジア国籍の女性が私を見て言ってきた。
 ここで洒落の一つでも返し、場と女性を和ませるのが大人の男なのだろうが、18歳の私にそんな器量はない。


「ウーロン茶を下さい……」


 億劫だ。早く麻雀が打ちたい......。
 私は毎日麻雀が打てる「天職」を選んだのであり、こんなところで時間を使いたくない。


 チビリ、チビリと下を向いてウーロン茶を飲む。

 ママと若い女性がちょくちょく話しかけてくる。
 私は会釈も返さずに、ただ黙って相槌を打った。


 反町が若い女性を口説き、何か力説している。
 そして佐々木に至ってはカラオケを歌いだしていた。


 帰りたい......。二時間、いや三時間ぐらい飲むのだろうか。
 時計を見ると、まだ一時間しか経っていない。


 私のつまらなそうな態度に気が付いたのか、一曲歌い終えた佐々木が隣へやってきた。


「オメエの考えていることは判るぜ」


 セッターを吸いながらまた得意顔で続ける。


「そりゃ、昨日までのオメエだったら同じ学年の、若い女どもと遊んでたんだろう」

 私は答えるのも面倒なので、黙って聞き続けた。


「だが安心しな。これから先、そういった事はねぇよ。学生や普通の職場を選択しなかった以上、金を払って飲む女しかいねぇからな」


 あとな、と言って珍しく佐々木が初めて真顔で言う。


「ここのママはウチの雀荘の客なんだ。こういう付き合いの世界もあるって事だけ覚えときな」


 私には佐々木の言っていることの意味がよく判らない。
 反町と話すことにした。



「うん、吉田クンもう帰りたそうだね。明日は何時から?」

「9時から23時までです」

「長いな、14時間か!」

 反町が驚く。


「どうせ仕事の前後も客打ちをするから……。僕だけ14時間勤務なんです」

「じゃあ、佐々木には上手く言っておくから、もう行っていいよ」

 そう言ってウィンクをしてくれた。
 さすが東京で銀行員だった反町、デキる男は違う。

 懐中から財布を取り出して、三千円に手をかけた。
 いや、と思い直して五千円札を出そうとすると、反町が言ってきた。


「あぁ、大丈夫。初回は先輩が後輩に奢るモンだから」

「そうなんですか! ありがとうございます」


 そう言って、私は佐々木と店のママたちに挨拶もせずに店を後にした。

 胸の内はもう明日からの麻雀ライフでいっぱいだった。


 




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*当物語はフィクションです

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吉田光太

吉田光太

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第1期オータムチャンピオンシップ 優勝
第7回 野口恭一郎賞 受賞
第10回モンド21杯準優勝
VS研究会 第7期、第8期連覇中


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