2005年11月18日

石原慎太郎「紀宮サマの結婚はバクチ、当たればオレも配当を戴きたい!?」

慎太郎

「ベルクソンの言葉であったかどうか定かではないが、信仰と結婚は本質的に似ている。その原理は一種の賭けだ」と天照大神の子孫である天皇陛下の前で不敬な暴言を吐き、「都庁幹部として大きな業績を重ねていく」と部下の黒田さんに一応フォローは入れたものの「何百万、何千万いるかもわからない男の中で一人、これぞという方を選んで生涯の伴侶とする選択は賭けだと思います」と『どこの馬』発言。「やがてお子様も生まれ」と雅子サマを目の前に地雷を踏むような一言を挟み、挙句は「そういう素晴らしいお二人の賭けの配当に、私たちだけでなく都民、国民がご相伴にあずかれることを祈念します」とスピーチをしめくくりご満悦なご様子。

はいとう ―たう 0 【配当】 (名)スル
(1)割り当てて配ること。
(2)会社などが、利益金の一部を出資者や株主に配り与えること。また、その金。現金配当・株式配当。
(3)強制執行・破産手続において、差し押さえ財産・破産財団をもって多数の債権者に債務を割り当て弁済すること。
(4)競馬・競輪などで、的中券に対する払い戻し額。

しょうばん しやう― 0 【相伴】 (名)スル
(1)正客の相手をしてともにもてなしを受けること。また、その人。おしょうばん。
「お―にあずかる」
(2)主となる人に従って、同じ行動や経験をすること。
「我等も仲間に加えて尠しく―させ給へ/近世紀聞(延房)」

三省堂提供「大辞林 第二版」

どうしてアンタが他人の結婚生活の配当やもてなしや追体験を期待するのか理解できないし、主語に「国民」が含まれているので私(サヨクではない)の立場を明確にさせて頂くと、「私はそれが自分の妹の結婚であったとしても『配当のご相伴』など全く期待していません」

↓の記事に関する質問に「マスコミはバカだ」と逆ギレしていたので、あれがいかに「アホでマヌケな石原発言」なのかを書いてみる事にした。「文句があるならコメントくれ」と都庁や慎太郎関係のサイトやメルアドにメールを送ってトラバを貼りまくってみる。敢えて 【チキン】石原慎太郎【DQN】 と呼んでみよう。請うご期待。

『石原都知事の乾杯あいさつに波紋』

 石原慎太郎東京都知事(73)が、15日に東京・内幸町の帝国ホテルで行われた、天皇家の長女黒田清子さん(36)と東京都職員黒田慶樹さん(40)の披露宴で述べた乾杯のあいさつが波紋を広げている。石原都知事はフランスの哲学者ベルグソンの言葉として「信仰と結婚は似ている。本質は賭け」と紹介したが、研究者の間では「聞いたことがない」との声が広がっている。

フランス哲学の研究者によると、ベルグソンの著作「道徳と宗教の二源泉」(1932)は婚姻制度に触れているが「賭け」という言葉は出てこないという。ほかのフランス哲学の研究者によると、ベルグソンの著作「道徳と宗教の二源泉」(1932)は婚姻制度に触れているが「賭け」という言葉は出てこないという。この研究者は「引用した言葉が、ベルグソンの言葉ではないと証明することはできないが、かなり疑わしい。ほかの人の言葉と混在している可能性がある」と疑問を呈した。ほかの言葉として「信仰と結婚は似ている。本質は賭け」と紹介したが、研究者の間では「聞いたことがない」との声が広がっている。

 天皇、皇后両陛下や皇太子ご夫妻らが出席した披露宴で、石原都知事が行った乾杯のあいさつに、ベルグソンの研究者から疑問の声が相次いでいる。

「ベルクソンとカントの社会論」(近代文芸社)の著者、筒井文隆東京学芸大名誉教授(西洋近現代哲学=65)は「私の記憶の限りではそのような言葉はありません。ベルグソンに人間同士の問題である結婚と、信仰とを同列に見るという考えはなかったと思います。『信仰とは賭けである』とはパスカルの言葉だと思うのですが…」。ベルグソンの著作「物質と記憶」の訳者・田島節夫(さだお)氏(80)も「そのようなベルグソンの言葉は聞いたことがない」と話している。

[2005/11/18/16:53 ニッカンスポーツ]

  
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2005年10月17日

国民年金基金と年収一億の宮里藍

みやざと自営業者が加入する国民年金は満額納めても65才で7万円くらいしか貰えない。「夫婦で14万貰えれば十分だろう」と言うのが国の理屈だが、サラリーマンの妻は年金に加入してなくても夫の厚生年金がそれ以上に貰えるので不公平である。と言うので出来た制度が国民年金基金である。図で示すと基金 ←の図のようになる。

どうすればもらえるかと言うと、現在の年金に上乗せして更に掛け金を払うと貰える。

しかし、現在の月額13580円すら払おうとしない若者が激増しいて既に4割が未納状態にあると言う。それで払って貰おうと「若者の代表」で担ぎ出されたのが宮里藍である。しかし、ニートやフリーターとはワケが違う。
何が違うって・・・・。

■生涯獲得賞金  207,604,549円
  
年度  獲得賞金   賞金順位
2003年  1,060,800円 116位
2004年 122,972,349円  2位
2005年  83,571,400円  2位

そら、アンタは払うワナ。

  
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2005年05月05日

山田優のゴージャスは800万円

南国育ち固有の微妙なエキゾチック感を漂わせる瞳、どこまでも伸びやかで綺麗に引き締まった魅惑的な肢体、テスティモのトゥルーメモリールージュが艶やかに飾り立てる印象的な唇が時に小悪魔の悪戯っぽい笑みを浮かべる。それが山田優「CanCam」のカリスマモデル、山田優である。

山田優はゴージャスだ。


しかし、何故か安い。意外にも安い。安いと言ってもスーパーで買えるような若槻千夏的な安さではない。そこはやはりゴージャスである。

個人的な話になるが先日某中古量販店で高級ロレックス売り場に立ち寄った。150万円から600万円まで、まあ、立派な値札を付けられた時計の王様達が400円の腕時計を巻いた小生をせせら笑うように金・銀・ダイヤ・プラチナな輝きを浮かべていた。途方にくれて立ち去ろうとしたその時、傍らに年の頃50がらみで丸刈りにサングラスと言った井手達の巨漢男と、売れないホストのような弟分が立った。明らかにそのスジの渡世人風情である。「ヒロシ」レベルの売れないホストがケースを覗き込んだ第一声がこうだ。

「意外と安いっスね」

これだ、この相場観の上に成り立つ商品が山田優だ。

専属モデルとは言っても僕のイメージの中では「CanCam」と言うのは一番「安い」ファッション誌だ。(ちなみに「ViVi」が僕の中ではヒエラルキーの最上位だ。以下「JJ」「Ray」「CanCam」の順なのだがこれはどうなのだろうか?) ダンスが上手いのは沖縄アクターズスクール出身の女性3人組ユニット「y’z factory」出身だからだと説明されるとこれまた安い。よくよく考えれば同郷の仲間由紀恵はおろかも国仲涼子よりも安いのではないか。

山田優のゴージャスに感覚的な値段をつけると800万円くらいだろうか。

もちろん即金では買えないが、月賦なら・・・・・。

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2005年03月14日

ホリエモン

とりあえず第一回は今話題の『社長』に敬意を払うとしよう。


この人のタレント銘柄としての価値は「金があれば何をしてもいい」と言う拝金主義的な姿勢ではない。むしろ圧倒的割安感にあるのだ。ユニクロに500円均一で積み上げられているようなTシャツは言うまでもない。突き出た腹を抱え、脂汗をかきつつ、目を泳がせながら「想定の範囲内です」と強がって見せる様はおよそ一流企業代表取締役のそれではない。 9c938ce4.bmp


ネクタイを締めない社長」自体はそれほど珍しい存在ではない。例えばヴァージングループで有名なリチャード・ブランソン会長(写真参照)も古くからの有名なノーネクタイ派である。


 


 


 が、安さに関して堀江社長のアドバンテージは圧倒的である。堀江社長の安さを補強する材料として取り巻きにも事欠かない。創業時からの盟友の宮内副社長や今回の買収劇の絵を引いた「株式を三万倍に分割する男」こと熊谷取締役。そして最近「メディアの露出が増えた」事で個人的に嬉しそうにしているようにも見える乙部広報担当も「若い」と言うレベルを超えた「安い」ニオイをプンプンに漂わせているのだ。


 http://corp.livedoor.com/company/manager.html


もちろん桐嶋洋子女史をして「ダサイホームページ」と一刀両断にされてしまったライブドアのポータルサイトもヤフーの廉価版と断言しても構わないだろう。


http://www.livedoor.com/


株価にはPBRと言う指標がある。会社資産の何倍まで株価(会社の価値)が評価されているかと言う計算である。1だと会社としての評価は資産価値のみであり、数字が上がって行く程、経営者の手腕に期待された株価であると言うコトになる。堀江社長が田原総一郎に対して「ニッポン放送の株価はPBRで1でしかなく解散価値しか評価されてない」とのたまって新たに大ヒンシュクを買ったアレである。


堀江社長のPBRを見ると1を大きく下回っているのは明らかだ。『東大・青年実業家・六本木ヒルズ・愛車フェラーリ・ミスユニバースの最終選考に残った恋人』などセレブな資産をドンドン食いつぶしている様は見てそのまんま「豚に真珠」ではないか。(ゴロが良過ぎるね)


しかしながら堀江社長の『安さ』は上記で語りつくされたワケではない。むしろ安さの本質・真髄・極意は別のところにこそ存在しているのである。それは常に氏につきまとい続ける「身もフタもなさ」であると思う。「女はお金に付いて来ます」と言った個人的見解のみならず、「身もフタもなさ」は事業として限りなく肥大化し続け、もはやライブドアと言う上場企業そのものにポリシーとして貫かれる主義・イズムと化しているのではないか。そして今、彼らはメディアの支配を通じてそんな「ライブドア的ライフスタイル」を発信しようとしているようにも見えるのである。


「ライブドア・スタイル」とは例えて言うなら、野球をしていてピンチで強打者を敬遠する時、いきなりデッドボールを食らわせる手法に例えてもよいと思う。「四球投げる必要がなく一球で目的が達成され、投手の疲労が軽減される上に相手打者にダメージを与えてこの後の試合を有利に進める事ができるかもしれない、試合時間の短縮にも繋がり観客へのサービスにもなる。シナジー効果は計り知れない。ルール上全く問題はない」


 フジが象徴する『旧体制』が嫌悪するのはライブドアの『若さ』ではなくむしろその『安さ』ではないかと感じるのは僕の思い過ごしなのだろうか・・・・。


 安いと言う点に関してはニッポン放送の亀渕社長も負けてはいない。会社で社員を集めて「ライブドア、嫌だよね?」と聞いて全員「ハイ」と答えたから「社員は全員嫌がっている」と法廷のお白州で言い張る学芸会的な安さは尋常ではない。肉食獣ライブドアに狙われた草食動物であるかのように振舞おうとする安さはタダ者の粋を越えている。


 この戦い、後世に『デフレ経済の最後っ屁』として語り継がれる安い騒動に終わるのだろうか。


320円でライブドアの株を買ってしまった僕にとっては他人事ではないのだが・・・。

  
Posted by golden_chart at 13:51Comments(72)TrackBack(1)