今回のクレディスイスの買収劇で、かなりの損失を受けた中東の国があります。サウジアラビアです。サウジ国立銀行は、クレディスイスに対して、昨年の11月に14億6000万ドル(約2000億円)の出資をして、クレディスイス株の9.9%を取得し、筆頭株主になっています。現在、サウジアラビアの改革を進めているムハンマド皇太子の最終的な決断で、数々の不祥事で、出資にリスクが囁かれる中での決定でした。この出資を通じて、国際社会における中東マネーの存在感を示す狙いがあったと思われます。そして、今年に入ってクレディスイスから大規模が資金流出があったのは、一向に業績が改善せず、かつサウジアラビアが追加の資金支援を断ったからです。この時に、株価が60%も下がりました。

これによって、クレディスイスの株価は史上最低まで下落して、サウジアラビアの損失は出資金の80%に及んでいます。巨額の損失ですが、サウジ国立銀行は、「今回の損失は、将来の計画には、まったく影響が無い」とする報告書を、サウジアラビア証券取引所へ提出して、改めて中東の巨額マネーの威力を示ししています。

サウジアラビアと言えば、最近ではLineという超巨大な自己循環エネルギー型の未来都市(スマート・シティー)を作るプロジェクトをブチ上げて、意欲的な投資で脱石油依存経済を目指す、世界でも注目が集まっている地域です。この他にも、ドバイの総額1100兆円に上る大型都市開発プロジェクトや、カタールの大規模都市開発計画など、中東ではビック・プロジェクトが目白押しです。中東の資源国では、世界の脱炭素の動きや、資源枯渇に備えて、自立経済を目指しており、その為の巨額投資が計画されています。

つまり、彼らにとって、2000億円程度のつまずきは、何の障害にもならないという事です。それよりも、これから始めようとしている自国の命運をかけたプロジェクトに主な関心は動いています。逆に言うと、「これからは中東だけで自立できるように経済圏を形成していくから、欧州とか無様な体たらくを示している経済圏は、お呼びじゃないよ」という態度が出ています。

先日、中国の習近平氏の仲介で、サウジアラビアとイランが国交を再開させて、なんかアメリカとサウジアラビアの関係を危惧する声が出ていますが、もともと、この2国は、昔から仲が良くなったり悪くなったりしている関係なので、自国にとって有利か不利かで判断しています。サウジアラビアの所有する兵器が、アメリカ製であるうちは、サウジアラビアとの仲がこじれる事はありません。というより、サウジアラビアもイランも、自国の発展の為に利害が一致したので、国際舞台で実績を作りたがっていた習近平氏を利用して、国交を再開したと言ったほうが正しいです。サウジアラビアと中国が親密になる事を不安視する向きもありますが、中国の通貨である人民元による原油の決済を、拒否していますし、アメリカとの関係を断つ意志は、サウジアラビアにはありません。あれだけ、紛争で拗れている中東地域の外交能力を、侮ってはいけません。利用できる手駒を使っているだけです。習近平氏も、そのうちの一人に過ぎません。

サウジアラビアは、これからイランに巨額の出資をして、中東地域全体としての独自の経済圏を作ろうとしています。それは、中東の盟主としての自覚が、そうさせているわけで、すでに原油というものが、国の将来を左右する経済に、未来が無いと判断している証拠です。宗教的には、スンニ派とシーア派で、相容れないはずの国ですからね。そんな事は超えて、中東地域としての生き残り戦略を立てています。

その為、意識としては、「欧州がどうだとか、アメリカがどうだとか、そんな事は二の次である」という段階に来ています。あくまでも、「自国がどうあるべきか」で、目標を定めて行動をしています。今回のスイスで起きた金融騒動を横目で見ながら、「我々の計画には影響がない」と言い切れるのは、そもそも、欧州市場で中東マネーの存在感を示すのは、メインの目標ではないからです。つまり、そこでの損失など眼中に無いと言っています。

そういう意味では、欧州やアメリカの市場を中心に世界経済が動いていた時代が、変わろうとする黎明期なのかも知れません。企業倫理がガタガタになって、不祥事塗れで買収されたクレディスイスを見ていると、欧州の「没落」というワードが頭に浮かびます。