2009年06月05日

ハセガワアユム研究、そしてメッセージ ※長文です

こんばんは。怒涛の二ヶ月連続出演マンスが終了して四日。いまはぼんやりする時間が何より大事。今日も多摩川の土手で、定年サラリーマンのごとく呆けてまいりました(笑)

骨休めしつつ、振り返るMU『JUMON(反転)/便所の落書き屋さん』

「この曲を聴くと、高校生の頃を思い出す」なんていう、時代とセットになる曲は誰にも心当たりがあると思うのだけど、それが今回は小沢健二の『さよならなんて云えないよ』のジャズアレンジ曲(?)でした。て、ことを皮切りに、ハセガワアユムという人物についていろいろと思うところがあるのでつらつら書いていこうかと思うんですが。えっと観に来てくれたひとに説明しますと、JUMONと便所のあいだ、休憩時間にフルコーラスでかかってたアレ、あの曲です。

ちなみにジャズじゃないほうのやつをYou Tubeで発見。ずいぶん雰囲気ちがうけど。


つくづくおもうことなんだけど、このひとの声って全然BGMになり得ない。軽く聞き流すことができない類の音楽。つまりは意図して「聞き流せない」曲をかけていた、と、そのように僕にはとれた。

このオザケンの「聞き流せない」「耳につく」っていう感覚(笑)こそが、まさにMUという団体を(つまりはハセガワアユムを)体現してるのではないかという仮説がいま僕のなかにあってですね。。。えっと、ちょっと長くなりそうなんだけど、ひとつひとつ説明してみようかとおもいます。

「アユム氏にオザケンをだぶらせて見る」という見方は、おそらく僕個人の思い込みだけではなく、多くの観客も、そして多かれ少なかれ彼自身も意識していることなのではないかなと思う。あの、公演中もっとも多くのひとに耳を傾けてもらえるタイミングでかけられていたのがこの曲であるということだけでなく、当パンであえて『ラブリー』について触れていたこととか、まああとは、声の甲高いこととか、うすい顔立ちとか、なんとなく「渋谷系の王子様」的であることとかいろいろ(笑)。で、この着眼点を踏まえて、ネット上で「小沢健二 20,000 字インタビュー」なるものを見つけて読んでみたんですけど、これが驚くぐらいアユム君のテンションに近くて笑えた。

小沢健二 20,000 字インタビュー
(『Rokin'on JAPAN』94年4月号)
http://www5a.biglobe.ne.jp/~stc/ozawa-2manzi.html

68年生まれのオザケンが94年に受けたインタビューの記事ゆえ、いまのアユム氏よりずいぶん若いわけだけど、この「上から目線」を自嘲的に敢えてやってるかんじとか、まったく汗のにおいをかんじないところとか、これは同族的な何かを感じずにはいられない(同じ文化の系譜なのか?)おそらく敵は多かろう。で、その多いのをおそらく楽しんでさえいるという前向きさ加減。知り合いじゃなかったら、単純に嫌な奴かもしれない(笑)いや、正直に告白すると、知り合う前は「嫌な奴風」に見えていた(笑)

そうそう、この受け入れがたさ故に、小沢健二は「反骨的」であり、概念的に「ロック」であったり「パンク」であったりもする。

1995年の大晦日、祖父の家で親族揃って見ていた紅白歌合戦に小沢健二が初出場したあの日のことを僕は忘れない。「男のくせに、こんなブリっ子みたいな声で歌ってるやつがどうして人気があるのか?」「小澤征璽のコネだろう」祖父も、おじさんも、おばさんも、みんなそんな目でテレビをみていた。なんだかきまりが悪くてチャンネルを変えたかった。どうしてこれが「渋谷系」の最先端なのか、きちんと説明できない自分にヤキモキして、ふがいなかった。

オザケンが、もっとロック然としていたら、髪の毛が逆立っていたりしたら、わかりやすかっただろう。親たちも、そういうことか、と一目みてわかってくれただろう。

が、このわかりやすくなさ、先鋭的なことをあえてファニーな立ち位置でやってのけてしまうというところにオザケンのオザケンらしさがあったのではないかとおもう。

そして、ずいぶん遠回りになったけれど、この「ファニーな先端」というアプローチは、まさにいまのMUの在り方に通ずるものがあるのではないか、と僕はそんな風におもう。

魂の奥にまっすぐに突き刺さる表現は誰の目にも素晴らしい。それを敢えて「軽薄」という名のオブラートにつつみ、余白を、余韻を、大人の遊びを楽しもうといいだしたのが80年代カルチャーのはじまり。いつしか「敢えて」という文脈が抜け落ちて、泡のように浮っついた時代と揶揄されることとなった80年代の残滓を、90年代にはみ出しながらも本質的に掬い取り、洗練かつ体現していたのがフリッパーズ・ギターひいては小沢健二に代表される「渋谷系」の担い手たちであった。MUでやりたいことってまさしくそういうことなんじゃないか?非常に勝手な読みかもしれないけれど、いたるところに散りばめられた「小沢健二」というキーワードに素朴な反応を示してしまったということを告白しよう(こんなこと出演者の立場で言っていいことなのかしら?という迷いも若干ありつつ。。。まあ問題ある発言はしていないと思う)

『便所の落書き屋さん』を「ライトノベル」と紹介したのは、的確であると同時に、ライトノベルを読まないひとびとのことを逆に遠ざけやしなかったか。なんかもっとうまくてお洒落な説明の仕様はないもんだろうか。余計なお世話かもしれないが、愛してやまない作品ゆえにそんなことを思ったりもした(まあ、「ライトノベル」という修辞自体が「ファニーな先端」であるとも言えるのだけど)

オザケンの背景に深い音楽的素養(音楽に限定されもしない)を感じるのと同様、と言っていいかはわからないが、俳優としてのアユム氏の演技のバリエーションの多彩さに舌を巻いたという話はこれまで何度かしてきた。「メッセージのない演劇はいらない」と豪語するように、彼が「こうありたい」「こう話してほしい」と書かれた脚本を、最も理想的なかたちで読みこなせるのはおそらく彼自身なのだろう。天才的プレーヤーであることに裏打ちされた独創的な演出は、ときに「なんでできないの?」と、理解できない、ついていけない生徒を振り落とす乱暴さも孕んでいたのだけれど(笑)、それゆえに理想も高く、根を詰めることを厭わない、まさにメッセージを届けるために全身全霊をふりしぼっている感があった。メッセージの解釈を他にゆだねず、一手にしっかりとたずなを握るやり方は賛否両論あるかもしれないが、「メッセージは俺が発するんだ!」という強い意志を感じた。

そう、汗をかかなそうというのは外見的なイメージだけで、かなり一生懸命なひとだった。ここは関わってみてはじめてわかったことだ。

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MUの広告戦略に興味をひかれて参加した、という部分があったことも白状しよう。映画・ドラマ等他メディアに比して、演劇の公演情報の圧倒的不足を訴えてきたのはZOKKYも同じで、いかにこのことを押しつけがましくなく、なおかつ楽しめるかたちで人々に提供できるか考えてきたか?アプローチは違えど、MUの方法論には多くの刺激を与えてもらった。なーんて書くと、今後単純に真似はできなくなりそうですが。あはは(笑)

まあこれについて書き出すと、この二倍三倍ぐらいの文章量になってしまいそうだから、今日はこの辺にしとこうか。。。

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とにもかくにも、共演者にも恵まれ、楽しく、そして挑戦的な公演でありました。おかげでブラの締め付けや、ムダ毛の処理、朝の化粧にかかる時間など、女子が生きていく上での苦労が身にしみてわかるという人生経験的な勉強もさせてもらいました(笑)

ほんとねー、関わってよかったよ。

おつかれさま。みんな、またいつかよろしくね!

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