2020年05月24日

  夏の甲子園中止で思うこと

 
  夏の甲子園中止で思うこと

   14万人を超える高校児達の無念さは計り知れないと思う。
  新型コロナウイルス感染騒動で、夏の甲子園(第102回
  全国高等学校野球選手権大会)を中止する(出来ない)理由は
  日本高野連、朝日新聞の会見、その他評論家などの発言で
  溢れている。しかし、開催する(出来る方法)を考えたことが
  伝わってこないことは残念でならない。

   敗戦後の困難な時代、国民に勇気を与えてくれたのは
  スポーツであった。水泳の「フジヤマトビウオ」の古橋廣之進の
  活躍、田中茂樹の「足袋を履いて」のボストンマラソンでの優勝、
  それ以上に老若男女の全国民を元気つけたのは野球;
  高校野球、六大学野球、プロ野球であったと私は思っている。
  特に高校野球は日本列島の隅々までの地域を明るくしてきた。
  甲子園大会はすべての球児達の夢であり、目標であり続けている。
   敗戦直後と同様に新型コロナウイルス禍で国民は精神的に疲弊
  している。この疲弊を突破する光として夏の甲子園を開催する
  方策を考えるのが大人の役目ではないかと思い、 残念でならない。

   私も中学時代、野球にすべてをかけて過ごしていた、春 、夏に
  中学生の地方大会があり、3年生の時、春大会は一回戦で敗退して
  しまい、夏大会を目標に猛練習をしてきたが、教育課程の変更で
  夏大会は中止になってしまた。その時の挫折感は今でも夢に見る。
  今年の夏の甲子園を目指していた球児達の気持ちを思うと涙が
  出て仕方がない。
   私は徐々に野球練習を止めることをせず急に止めため、重い肺炎に
  罹ってしまった。体力回復に時間がかかり、その時を境に勉学も落ち続
  けた。
   今年の3年生高校球児達に伝えたい、野球を止めた直後のケアーに十分留意
  することを。




















 

 

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2020年05月22日

 田植え前の田園風景

  田植え前の田園風景

  火野正平が自転車で全国を旅するNHKの「こころ旅」を
 観るのが好きで折に触れて楽しんでいる。
 今週の初めは若狭から敦賀にかけての田園地帯を旅していた。
  この旅を見ている途中、50数年前の故郷諏訪の田植え前の田園風景が
 蘇ってきた。

  田植え前の田圃は水が張られて鏡のように光輝いてもの、
 レンゲのピンクの花に敷き覆われているもの、スズメノテッポウが
 無数に顔を出しているもの、それらのコントラストは私の言葉では
 言い表せない。田園地帯周辺の小高い山々は、もえぎわかみどり、
 薄みどり、萌えぎいろ、もえぎいろ、ふかみどり、など緑の競演が
 広がっている。その北側の小山の裏には八ヶ岳が屏風のように
 姿を見せ、青空の遠方には残雪が残る日本アルプスの峰々が
 繋がっている。

  この風景を共有できるのは、諏訪に残っている幼な友達と
 高校同期の在京している仲間達だけだ。横浜育ちの家内、
 東京育ちの子供達、孫達にいくら説明しても分からないようだ。

  「こころ旅」は隠れた長期人気番組である、私同様この番組を観て
 離れた故郷を思い浮かべ、懐かしんでいる人達が大勢いるでしょう。
 そして、きっと、田植え前の田園風景も忘れないでいるでしょう。










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2020年05月18日

新型コロナウイルス関連して(14)

  新型コロナウイルスに関連して(14)

  高校の同級生から新型コロナウイルス禍の文化事業に
 与える影響についてのメールが届いた。
 彼は本業を後継者に譲った後、文化事業を始めた。
 彼は高校時代から絵画を愛し、日展にも数回入選するほどの
 腕前の持ち主で、文化事業は営利は求めるものでなく、事業の
 継続が社会のためになると彼は何時も言っていた。

  現在彼は東京に四つの小劇場、二つの貸し画廊、四つのクラシックバレー
 スタジオ、四つの稽古場、ライブハウスをオーナーとして運営している。
 
  彼のメールには「それぞれの業界で一応の評価を頂き、名前も通るようになり
 軌道に乗ったと思った矢先、コロナ騒ぎです。大勢の人達が集まって成り立つ
 事業ですが、集まることが悪になってしまいました。劇場は来年いっぱいの
 予約が入っていたのにキャンセルが続出です。5月末に緊急事態宣言が解除
 されても劇団はすぐには公演を行えません。何故ならまったく稽古が出来ない状態
 だからです。役者は勿論のことながら、公演に関わる多くの人達は、一年間を亘り、
 飲食店などでアルバイトしてお金を貯めて公演に臨みます。アルバイト先が自粛で
 数ヶ月収入がありませんので公演は出来出来ません。
 貸し画廊もまったく利用する人達がいなくなりました。これに伴い、画材屋、
 額縁屋、モデル、絵の先生にも大きな影響が出てきています。」

 文化事業の柱、 芸術は神が人間のみ与えてくれた宝です。
  コロナに打ち勝つまで耐えて、文化事業の火を消すことなく復活を待って
 欲しいと願います。










  

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2020年05月13日

 世田谷の巨大ガスタンク

  世田谷の巨大ガスタンク

  世田谷の芦花公園の近くに巨大な球形ガスタンクがある。
 そのタンクについて先週土曜日の朝日新聞夕刊に「都会に
 溶け込む巨大タンク群」と紹介されていた。
  このタンクの設計者は現役時代の上司、HGさんが設計
 したものと本人から聞いていた。

  我が家から芦花公園まで徒歩15分位であるので我が子達が
 幼い頃、芦花公園に遊びに行き、「あの大きな丸いタンクは
 お父さんの会社の偉い人が設計したんだ」と子供に話し聞かせた。
 その何十年後、娘が子供達(我々の孫)を芦花公園に連れて行き
 「あの光っている球形の大きなタンクはじ―じの上の人のHGさんが
 作ったのよ、凄いでしょう」と話していたと娘から聞いていた。
 あのタンクを見るるたびにHGの顔が浮かび誇らしい気持ちなった。

   GHさんが設計した最初のタンクは60年以上経つが安全で東日本大震災が
 あった際にもびくともしなかったと夕刊は伝えていた。
 夕刊の記事を読み終えた後すぐに、HGさんにメールでHGさんが設計した
 芦花公園近くの巨大ガスタンクについて朝日新聞夕刊に載っていると伝えたところ、
 HGさんも読んでおられたとの返信があった。そしてその中に「あのタンクで
 設計を試して、そのデータをもとに東海村にはじめての発電所を入れる
 格納容器を作ったのでした。今思えば安全性を重視して過剰設計になって
 いたのでしょう。それが世田谷タンクを長持ちさせているのかしれません。
 今や”せたがや百景”かあ、時が流れました」と述べられたいました。

  原子力発電開発のために役立った球形の巨大ガスタンクがいつのまにか、
 まちの風景の中に溶け込んで”せたがや百景”の一つなっていることの
 不思議、HGさんの感慨、時が流れました。よく理解できる。
 




 

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2020年05月09日

 新型ウイルスに関連して(13)

  新型コロナウイルスに関連して(13)

  我が国は新型コロナウイルス感染おいて初動対策に
 遅れをとり、政府のリーダーシップ欠如が続く中、国民の
 途方もない犠牲で感染は低下しつつあるように素人の
 私でも感じる。
  今後を考えると先達の3つの教えを心に留め続けなければ
 ならないと考える。

  先ず1つ目は鎌倉時代に吉田兼好が徒然草で述べている
 教えである。
 『木登り名人がある人を木に登らせた、危険なところでは何も
  注意しなかった。ところが地上2メートル足らずの高さに降りてきた時
 「ケガするな 用心しろ」と名人は言った』
  今まさに我が国は新型コロナウイルスから逃れるため2メートル足らずの
 ところにさしかかっている状態、油断して間違えればさらなる被害を被る。

  2つ目は故事の「上手の手から水漏らす」である。
 総理大臣、大臣、専門委員会幹部などトップ層の人達が2度と失敗を
 繰り返さないことだ。

  三つ目は昔からの諺、「焼け木杭には火が付く」である。
 男女の色話ではない。PCR検査を全国広範囲に行いワクチンが
 開発され残り火(感染者)が完全に消せるまで残り火のあるところを
 掴んでおかなければならない。





 







 

 



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2020年05月06日

 芙蓉亭吉祥寺

 芙蓉亭吉祥寺

  フランスレストラン”芙蓉亭吉祥寺が5月6日の今日をもって
 閉店することを先程友人からの電話で知った。
 閉店の理由は新型コロナウイスによる影響との事であった。
 体調が回復すればもう一度訪れたいと考えていただけに残念だ。

  エッソ石油の東京支店に勤務していた28年前、全国エッソ代理店会
 会長のMWさんの快気祝いを東京エッソ代理店会の幹部とエッソ石油
 マネジメントとの共同で主催することになった。
 私に会場を探すよう食通の東京代理店会長のSTさんとエッソ営業役員から
 依頼された。
 MWさん、STさんと私は、ともに酒好きであったので、あちらこちらでレストランや
 居酒屋、蕎麦屋で一緒に飲み歩いていたのでMWさんの好みは
 分かっていた。難題はエッソ役員の好みを掴んでいない事であった。

  MWさんに日時の都合を確認するため、MWさんのご自宅に向かった
  井の頭公園の近くでのバスの車窓に美しい立て看板と一軒家の
  モダンなレストランが見えた。このレストランが”芙蓉亭吉祥寺”であった。
   MWさんに会いに行って見かけたレストランだ、縁を感じこの店に
  しよう思い、STさんに伝えるとそくOKだったがエッソ役員は良い返事でなかった。
  他を探さなければならないのか思いながら3日過ぎて行った。
  突然、エッソ役員から電話がきて「芙蓉亭でいい」と知らせてきた。
  STさんが説得してくれたのか、役員が調べた結果か未だに不明だ。

   芙蓉亭でのMWさんの快気祝いパーテイは料理洗練され、美味しく
  また、ワインも料理によくマッチしていた加えてレストランスタッフのもてなしが
  素晴らしく、MWさんは大変喜ぶとともに参加者全員が大いに盛り上がった。
  楽しい宴になり大成功であった。

   2004年大阪から戻った時、再び芙蓉亭を訪れた、ワインも料理も
  スタッフのもてなしも変わっていなかった。
  ただ、SWさんの快気祝い参加して下さったSWさんはじめ代理店さんの大半が
  天国に召されてしまったのは寂しかった。

   芙蓉亭吉祥寺さんありがとう。、   
   


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2020年05月04日

長兄からの手紙

 長兄からの手紙

  田舎に住む5才上の長兄から手紙が届いた。
 用事のある時や近況報告の際は電話してくるが
 手紙なんて珍しい。早速開封してみると、
 長野県の地方新聞と兄の添え書きが入っていた。
  新聞には「昭和30年代の高校駅伝 回顧」が
 記載されていた。
 兄、私の母校、諏訪清陵高校の活躍が主テーマであった。
 その中に、「第5回諏訪湖一周駅伝競走大会、昭和31年
 4月29日・長野県陸上協会、信濃毎日新聞、岡谷市主催、
 エントリー12校、諏訪清陵高校優勝(上津原、五味、植松、
 出羽、渡辺)、区間優勝、一区上津原等・二区五味忠晴、
 −−−」があった。

  兄の添え書きには「新型コロナウイルス騒動で息苦しい
 毎日でしょう、忠晴の思い出ですから家族の皆さんと
 一緒に読で下さい」とあった。

  60年以上前の昭和30年代の美しい、湖、山々、そして
 元気で希望に燃えていた自分の姿が目に浮かんできて
 心が癒された。
 







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2020年04月29日

 ハナミズキは強かった

 ハナミズキは強かった

  昨年の秋、植木の剪定を依頼した。
 選定に来たのは二十歳にも満たない若い剪定士で
 あった。この剪定士は南天など背の低い庭木を除き、ハナミズキ、金木犀、
 オリーブを丸裸にするほど切りに切った、特にハナミズキは幹の
 頭を切り落とし、大きな枝もばさばさ切ってしまった。
 ハナミズキは枯れてしまうのではないかと心配していた。

  今朝久ぶりに、窓を開けて庭を眺めると南天の緑の葉の間から
 ピンク色のハナミズキの花が顔を出し揺れていた。
 ハナミズキは生きており、わずかに残された枝から花を咲かせたのだ。
 動物には無い、植物、ハナミズキの強さに心が打たれた。

gomi123211 at 11:48|PermalinkComments(0)

2020年04月25日

 新型ウイルスに関連して(12)

  新型コロナウイルスに関連して(12)
〇 今朝は晴れて気持ちの良い日だ。
 新型コロナウイルス騒動が起こる前の平常の日の
 10時半は自宅に面している路地から幼い園児達の
 可愛らしい話声や足音が聞こえてきたが、このところ
 聞こえてこない、実に寂しい。
  自宅の近くには二つの保育園があり、10時半になると
 保育園から近くの公園に行くため自宅の前を園児達は
 通る、1歳前後の園児達は箱型の押し車に乗っており、
 何か嬉しそうな声を上げている、2歳前後の園児達は
 先生(保育士)に手を引かれゆっくり歩きながら先生と
 赤ちゃん言葉でおしゃべりしている、年中、年長さん達は
 お父さんの自慢話やサッカー、美味しかった食べ物
 などの話題を大きなな声で話し合っていた。
 私はこのような園児達の話声が大好きで、元気をもらっている。
 コロナウイルス騒動が一日も早く収束して園児達の声が
 聞こえる平常の日々が訪れることを切に願う。 

〇 日本政府は「茹でカエル 理論」を知っていないのでは
  なきかと昨夜夢で見た。まさに悪夢であった。
 「カエルはいきなり熱湯に入れられると飛び出し助かるが
 水からじわじわ温度を上げてゆくと、カエルは温度変化に
 気が付かず、生命の危機を感じないまま死んでしまう」
 という寓話が企業経営において危機や環境変化が起こった時の
 対応に当っての戒めの理論である。、石油業界の大変化、石油小売業に
 おいては最大の危機であった石油規制緩和法が施行される際、
 私もある石油石油販売店の責任者であったが、社員達にこの理論を
 訴え、危機に対応するため社員の痛みを理解してもらった。
  日本政府の新型コロナウイルス感染拡大という100年1度という
 危機に遭遇して始めからぬるま湯対応しかしていない、このままでは
 日本人は一人残らず、茹で上がり、死んでしまう。
  もうあまり時間がない、早く熱い湯をかけ、危機から飛び出す方策を
 取ることを願う。







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2020年04月21日

 「老いて なお 花となる」

 「老いて なお 花となる」

  このところ毎日、 TV放送の大半は新型コロナウイルス騒動番組ばかりで
 気分が滅入ってしまうので録画してあったNHKのドキュメント、
 俳優織本順吉の晩年を娘さんが娘さんの視点描いた「老いて なお 花になる」
 を観た。
  織本順吉は若い頃から、やくざ役の脇役として名演技をしていたが
 85歳を過ぎたからの薄幸老人やどこにもいるような老人役の
 演技が私は好きだった。
  「老いて なお 花となる」のドキュメントは人生の荒波を超えて
 生涯を終える役者魂が胸に響いた。

  私は俳優の中で晩年の脇役役者達に美しさをおぼえる。
 織本順吉については、今回のNHKドキュメントでその美しさ充分
 見た。
大滝秀治も忘れられない名脇役であった、映画、TVで観た
 演技は重厚であるが何とも言えない温かさがあった。
 渋谷の焼き鳥屋、「森本」の片隅で日本酒を静かに味わって
 いた姿は、それだけで美しかった。
  もう一人は鈴木瑞穂だ、美声で上品な演技をする名脇役で
 ある、数年前までは、近所の本屋でよく出会ったし、独特な
 登山帽(?)をかぶり、背筋を伸ばし、速足で祖師谷通りを
 歩く姿は実に美しかった。
 最近見かけないがお元気だろうか。

  これら名脇役俳優はいずれも90歳越えても演技を続けていた。

  倉本聡が言ったという「老いを得て 咲く花がある それだけで
 いいのです」の言葉が心に沁みる。
 

gomi123211 at 17:05|PermalinkComments(1)
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