2018年05月18日

人生において旬な時期

人生において旬な時期

スポーツ界、実業界、芸能界などいろいろな分野で
活躍した人達、また活躍中の人達を見ていると
それぞれの人達に旬な時期があった、あるいは今が旬でいる
人だなぁーと思う人達がいる。
本当に若い時期に旬を迎える人もいるし、かなり高齢になってから
迎える人もいる。
若いうちに旬を迎えた人達の人生は旬な時期が過ぎた後、
虚しい長い下り坂を歩まなければならなかった、かなり多くの人達を
みる。他方高齢で旬を迎えた人達は長い間厳しい上り坂を登って
いた人達のようだ。

私にも旬な時期があったと思っている。その時期は41歳から46歳の
期間であった。
仕事の面では会社の方針と自分の目指すものか一致しており
成果が上がり報酬も増えた。子供達も成績が上がっており
家庭生活も充実しっていた。
会社の忘年会のくじ引きでは一等なることが多かったし、ビンゴゲームでは
怖いように一番になることが多かった。
遊びで買った宝くじで5万円が当たったこともあった。
ゴルフにおいても90を切ることがほとんどであった。

誰にも旬な時期はあると思うが、その時期を決めるのは神か
他に何かあるのか分からない。






gomi123211 at 12:40|この記事のURLComments(0)

2018年05月14日

オリーブの花が満開だ

オリーブの花が満開だ

今朝、寝室の窓から外を眺めると、我が家の
庭のオリーブの木の緑の葉の中に薄黄色を
帯びた房がいっぱい垂れ下がっていた。
アカシヤの花が小さくなっているような様相であった。
房をよく見るとコメ粒ほどの白い花がかたまっていた。

14年前大阪での仕事が終わり、東京に戻った際、、
老後を平和に穏やかに暮らしたいと願い、「平和」を表すという
オリーブの木を門近くの庭に4本植えた。
これらのオリーブの木は順調に育ち、今では二階の窓近くまで
伸び、門から玄関までを覆うようになっている。

5年ほど前から5月中旬になると、どの木も花をつけるように
なったが今年ほどのつけたことはなかった。
沢山のオリーブの花を眺めながら今年は何か良いことが
起こるのではないかと密かに思った。







gomi123211 at 10:30|この記事のURLComments(0)

2018年05月07日

格差で思うこと

格差で思うこと

富の格差が広がりが大きな社会問題になっており
社会が非常に不安定になってきている。
アメリカでは上位1%の人達が持つ富(資産)は下位90%の
人達が持つ富の総量より多いと発表されているし、日本でも
2000年代になって富の格差は広がり、それに伴い、教育、
医療、日常生活などにおいても格差が広がり社会全体が
暗くなっているように感じられる。
特に目が輝いていない子供達が多くなっているのが
気になってしょうがない。

昭和20年の終戦になってからの15年位まではほとんどの達が
貧しく、豊’(金持ち)であると言われて人達も大したことがなく、日常生活
においては貧しい人達と金持ちとの差はあまりなかった。
製糸業で財をなした同級生のHKさんの家に遊びに行っても
我が家とほとんど変わらない生活を送っていた。
格差がないので貧しくても皆仲良しで毎日が楽しかった。
ほとんどの子供達の目は生き生きと輝いていた。

やがて79歳を迎える人生を振り返ってみるとみると
貧しくても格差がない時代の方が幸であったと思う。



gomi123211 at 22:17|この記事のURLComments(0)

2018年05月01日

イナゴ(蝗)の甘露煮

イナゴ(蝗)の甘露煮

高校の同級生であったMFさんより宅急便が
昨日届いた。開けてみると諏訪の老舗である
えびす屋(諏訪藩のご用達所)の包装紙で包まれた
箱が入っていた。
箱の中にイナゴの甘露煮のビン詰が入っており
MFさんの「貴兄の病には諏訪で過ごした子供のころ
食した栄養源のイナゴはきっと効き、元気になると
思い送る」との手紙が添えられていた。

MFさんとは気が合い仲良くしていたが、1965年
MFさんが赤坂のエッソ本社に私を訪ねて来たのを
最後に音信が2006年まで途絶えていた。
MFさんは1965年に上場企業である父上の会社の
役員に就任したのを境に(後に社長になる)小学、中学、高校の
どの同級生とも付き合いを止めていた。
ビジネスを通じて同級生達と利害関係を断つためで
あったとのことだ。
2005年にMFさんは後進に会社を委ね引退した。
私も現役の仕事を終えていた2005年の今頃
MFさんから電話があり、再会した。
その後年2,3回会い旅行に出かけたり、和洋問わず
老舗料理店で食事をともにしている。

諏訪は海から遠く離れているので、終戦後の5年間位までは
魚を手に入れるのは難しく、蛋白質を摂取するのが困難で
あった。
その対策として秋になると学校では授業を休み小学一年生も
含め全校生徒でイナゴ獲りに何日も出かけた。
捕ってきたイナゴを茹でた後、天日干しにして、そして
粉末にして給食の味噌汁の中に入れて食べて蛋白質の
補給とした。
また、家庭でもイナゴを捕り、煮つけして保存して病人に
食べさせた。
今でもわずかながらイナゴを甘露煮して食べる習慣は残っている
ようだ。

MFさんが諏訪に出かけ、私の病を改善するためにイナゴの甘露煮を手に入れ
送ってくれた好意には感謝、感謝である。

















gomi123211 at 16:21|この記事のURLComments(0)

2018年04月25日

雨男と晴男

雨男と晴男

中学1年生の孫が今日から長野県の駒ケ根に
合宿に行くと早朝5時に電話があった。
雨戸を開けてみると大降りの雨であった。
この孫はどうやら可哀想に雨男かもしれない。
彼は幼稚園の頃から遠足、旅行、運動会のたびに
雨に降られる。
私の現役時代、上司であったISさんも雨男で有名であった。
ISさんとゴルフコンペに行くと必ず雨が降るし、旅行に行くと
嵐に遭ったり、酷い時には大雪に襲われると言われていたし
多くの人達が信じていた。
孫がISさんのように大人になっても雨男でいるようにならないように
するにはどうしたら良いかなぁーと思う。

私は晴男であると信じていた。子供の頃から遠足や運動会などの
大きな行事の時雨に遭った記憶は全くない。
現役時代、代理店さんや銀行や顧客主催の大きなゴルフ会で
雨に降られることはことはなかった。
これらのゴルフ会で自己紹介する時、常に「五味ただはれる(忠晴)
申します。今までゴルフ会で雨に降られたことは一度もありません、
ゴルフ会で雨を避けようと思いの際は私を呼んで下さい」と話した。
この自己紹介は大阪の銀行では有名な話になり大手銀行の
大阪支店主催のゴルフコンペによく招かれた。
小学3年の孫は私同様晴男のようだ。彼の幼稚園からの遠足、
運動会では雨の日は未だ無い。

雨男と晴男はなぜ起こるのか分からない、実に不思議だ。




















gomi123211 at 16:35|この記事のURLComments(0)

2018年04月20日

野党、大新聞、テレビ局よ、しっかりしろ!!

野党、大新聞、テレビ局よ、しっかりしろ!!

この国は週刊誌、文春、新潮に振り回されており
滅亡していくのではないかと心配でならない。

ここ2年間の国会をみれば、ほとんど文春、新潮が
暴いた記事の後追いの議論に明け暮れている。
野党は独自で調べた資料や証拠ではなく週刊誌の
記事をなぞる質問をして自分らの手柄である如く
問題を大げさに見せて如何にも素晴らしい国会
活動をしているように訴えている。
今の野党の人達は自分らが政権を取った時、何故
国民に支持されず政権を維持できなかったことの
反省もせず、つまらない細事にこだわり、その上烏合の衆
を続けているのか。
政権を取り戻すためには、どのような国家に導いて
行くか具体的な骨組みと政策を国民に示すのが
一番大切なことではないのか。

全国版の大新聞も取材能力が落ち、記事の内容も劣化して
おり、やたらに広告のページが多くなっている。
購買数が著しく落ちているのは解っているのか。
それにしても文春、新潮の後追い記事がが多くなっているのは
残念で寂しい。

テレビ局の報道番組には実に困ったものだ、文春、新潮や劣化している
新聞記事をボードに貼り付け赤線を引き読み上げ、変わり映えしない
コメンテーターに詰まらないコメントを求めるだけだ。
どの局もバラエティーと称し全く同じお笑い芸人達を多く出演させ
同じような番組を放映している。
そんな安易な放送番組は何の益にもならないことを早くわかって欲しい。

野党も大新聞も放送局も文春、新潮の記事に集まるハイエナに
見えるのは私だけか。


gomi123211 at 14:10|この記事のURLComments(0)

2018年04月14日

京都山城の筍が届く

京都山城の筍が届く

桜が葉桜に変わり、花水木が満開になり新緑の
美しさに目が奪われる頃、毎年家内の友人が
京都山城の筍農家に出向いてくれ市販の価格より
はるかに安く届けてくれる。

2,3日前からそろそろ届かないかとインターホンが鳴るたびに
玄関にとび出していった。とうとう今しがた届いた。
京都山城の筍は私が知る限り香りも味も最高であると思う。

早速この筍の鳥取産の新若芽と山椒の若葉との
煮つけ、筍ご飯作り、近所の魚屋で上物の初鰹ピンク色の刺身を
買いに行き、初夏の晩と味を楽しもう。
gomi123211 at 14:57|この記事のURLComments(0)

2018年04月11日

結婚記念日

結婚記念日

昨日の4月10日は私達の結婚記念日である。

娘が昼頃訪ねて来て、「お父さん、お母さん48回の
結婚記念日おめでとう」と言った。
私も家内も当日が結婚記念日でありことをまったく
忘れていた、直ぐに「ありがとう」と言う返答がないので
娘は怪訝な顔をして私達を見つめた。

若いうちはよく口喧嘩もしたが結婚記念日には
それなりのお祝いもしたが、結婚して48年も経つと
お互いに空気のような存在になり日々平穏であることが
何よりのお祝いだと思うようになっている。


gomi123211 at 12:50|この記事のURLComments(0)

2018年04月07日

トップの人の奥さん

トップの人の奥さん

トップの人の奥さんの振る舞いは非常に
影響が大きいと78歳になった経験から思う。

トップの奥さんの中で自分がトップの旦那と同じ
力を持っていると錯覚し部下など周囲の人達に
とんでもない要求する人達がいる。
また部下達の忖度を当たり前と喜ぶから
始末が悪い。

そんな奥さんを放置したトップの会社(私が知って
石油代理店も含め)のどこも経営が不振に
陥ていった。

この問題は企業だけでなく国家にもあてはまる
ことであると思う。
gomi123211 at 16:59|この記事のURLComments(0)

2018年04月01日

初孫に背(身長)をぬかれる

初孫に背(身長)をぬかれる

初孫が小学校を卒業して中学校に入学するので
昨日自宅でお祝いのパーティーを開いた。

娘夫婦は結婚してから8年過ぎてから子宝に恵まれた。
その子が私達の初孫である。
大阪での勤務が終わり、現役を引退して東京に戻った
2004年8月には初孫は娘のお腹にいた。
2005年5月に生まれた後、娘家族は我が家の近くに
住むことになったので毎日我が家に来ていた、幼稚園の
送り迎えも私達夫婦の仕事になっていた。
小学校一年になった孫は世田谷から国分寺まで本当に
小さい体で1時間半かけて通学した際には心配で
ならなかったが無事卒業出来、中学校に入学することになった
とは感慨深い。

パーティーが盛り上がったところで孫と背比べをしたところ
私より2僂眤腓くなっていた。
まさか、こんなに早く背をぬかれるとは思わなかったが
孫の成長は嬉しかった。




gomi123211 at 18:15|この記事のURLComments(0)
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