IMG_2075IMG_2078IMG_2077
8月25日、四日目の朝 金剛院(真言宗)の裏山周辺に位置するお地蔵群、
豆酘八十八ケ所を参拝することにした。
大正時代に先代たちが、築いたもので当時、対馬から四国まで遍路の旅は
とうてい地理的にかなうはずがない、そこで村の有志数名が発起人となり、
この計画がなされたという、石碑には浅藻(あざも)隣部落、内院(ないん)
山口県大島郡、広島県などの文字が今でもはっきりと読み取れます。
当時としては、たくさんの方のご苦労があったと聞いています。
その先人達の築いた史跡をみんなで心をこめて、一歩づつ楽しく参拝する
ことができ、真夏のわりにはすがすがしくお参りできました。


●金剛院、並びに八十八ケ所の歴史等の由来
  
金剛院は、弘法大師 空海上人が今から1200年の昔、一留学層として
遣唐船で入唐し、密教の法灯を継承され日本へ帰国の際、日本の玄関
とも言える対馬に立ち寄られました。最南端の豆酘(つつ)の港に着かれた
お大師様は、小さな川沿い(金剛院のすぐ横に流れる川)に上流へと足を
進められた時、小さな水面に御自分のお姿を写され、自画像を彫られたと
されてます。 お大師様は、この地に修禅観法の道場として、一院を建立
して、長安寺と名付け 以来、のちに金剛院、1200年の法灯を今に継いで
おります。 大師堂には、自画像の御尊像を秘仏としてお祀りしています。

※毎年6月15日には弘法大師の誕生祭 を執り行っています。
 今でも多くの方たちが参拝をしています。