合唱

2016年09月24日

随時、見つけたら更新していきます。
情報提供お待ちしています。

(11/2追加)
早稲田大学コール・フリューゲル 自由曲
(9/27追加)
Mu Project 課題曲・自由曲
中央大学混声合唱こだま会 課題曲・自由曲

第71回東京都合唱コンクール
(第69回全日本合唱コンクール東京支部大会)
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2016年
9月11日(日) 中学校部門
9月18日(日) 高等学校部門、大学ユース合唱の部
9月19日(月祝) 室内合唱の部、混声合唱の部、同声合唱の部
会場:文京シビックセンター 大ホール


同一部門内での順序は演奏順です。
演奏者の表記は大会プログラムによります。

【大学ユース合唱の部】

●Mu Project(男声20名)
指揮:宮城太一

課題曲M2
Fölszállott a páva Kodály Zoltán作曲


自由曲(3曲中3曲目)
男声合唱のための組曲『だれもの探検』より
5. 手近からのうた 木島始詩/三善晃作曲



●早稲田大学コール・フリューゲル(男声35名)
指揮:清水昭
ピアノ:小田裕之

課題曲M3
男声合唱とピアノのための『三つの時刻』より
3. 松よ 丸山薫詩/三善晃作曲


自由曲
男声合唱とピアノのための「落下傘」 感傷的な三つの奏鳴曲3
金子光晴詩/高嶋みどり作曲



●Delmo(混声20名)
指揮なし
ピアノ:杉森絵里

課題曲G4
混声合唱とピアノのための『印象』より
1. 角を吹け 北原白秋詩/市原俊明作曲


自由曲
混声合唱のための『おらしょ ―カクレキリシタン3つの歌―』より
Ⅱ 千原英喜作曲



●中央大学混声合唱こだま会(混声44名)
指揮:森永淳一

課題曲G2
Szép könyörgés Kodály Zoltán作曲


自由曲
混声合唱のためのコンポジション『日本の民謡 第5集』より
日向木挽唄/三原ヤッサ節 松下耕作曲



【室内合唱の部】

●男声合唱団 音空(男声13名)
指揮:窪田卓
ピアノ:東原明日香

課題曲M3
男声合唱とピアノのための『三つの時刻』より
3. 松よ 丸山薫詩/三善晃作曲



●男声合唱団 TOKEI(男声42名)
指揮:大堀真

課題曲M4
鷗 三好達治詩/木下牧子作曲



【同声合唱の部】

●女声合唱団ぴゅあはーと(女声27名)
指揮:山脇卓也

自由曲(2曲中2曲目)
無伴奏女声合唱曲「木」 谷川俊太郎詩/信長貴富作曲
 


●女声合唱団 ゆめの缶詰(女声23名)
指揮:相澤直人
ピアノ:河野紘子

自由曲(2曲中2曲目)
女声合唱とピアノのための『ファンタジア』より
3. 風をみたひと Christina Rossetti詩/木島始訳詩/木下牧子作曲
 


▼審査結果はこちら。
第71回東京都合唱コンクール 審査結果(東京都合唱連盟)



2016年09月19日

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9月19日 みらいとてらす(靖国神社)にて

関係者からチケットを入手し、全日本合唱コンクール・東京支部大会を聞いてきた。
全国大会には9つの支部の代表が出場するが、東京都は出場団体数が多く、それだけで1つの支部になっている。

さすが東京都、レベルの高さに驚かされた。実力のある団体の数々を同じ会場で聞き放題とは、コンクールとはなんとも贅沢な場である。

素直に演奏を楽しめたのと同時に、「評価」「審査」の難しさを感じた。
全日本合唱連盟のコンクールでは、奇数人の審査員が出場団体を順位付けし、その差異に基づく多数決を繰り返して総合順位を決定する(新増沢式採点法)。

音程、ハーモニー、アンサンブル、表現力、音楽性…視点を変えれば順位が変わる。新増沢方式では演奏全体を総体的に評価することになっているが、難しいもので、そこには審査員個人の価値観、嗜好、イデオロギーが入り込むことは避けられない(だからこそ複数の審査員を用意しているわけだ)。

同じ土俵(部門)では比較しづらい団体どうしもある。10人の女声合唱と80人の男声合唱ではなかなか…。さらに、これはある高名な合唱指揮者が言っていたが「政治的な」事情もあるようだ。指揮者や合唱団との関係、その他オトナの事情というものがあるだろう(新増沢方式では意図的な順位付けが総合順位に与える影響は少ないものの、誰がどう順位付けしたかは公表される)。審査員にとっては、バランス感覚、人間関係が推し量られる酷な仕事である。

▼なお、新増沢方式については次の記事が面白い。
《新増沢方式で遊んでみる》その1:ルールについて(まふゆのとおせんぼ)


各団体の演奏は、シンプルな曲をとても充実した響きや表現で聞かせてきたり、曲はスゴくても完成度は低かったり、さまざまだ。それにしてもホールが良い。おそらく3割増しで上手く聞こえている。

18日(高校A・B、大学ユース)、19日(室内、混声、同声)と聞いた。個人的に各部門イチオシの「演奏」を挙げると、

[高校A] 杉並学院高校の自由曲「Nyári vasárnap」(Bárdos Lajos)
[高校B] 大妻中野高校の自由曲「百年後」(信長貴富)
[ユース] Delmoの自由曲「おらしょⅡ」(千原英喜)
[混声] CANTUS ANIMAEの課題曲「角を吹け」(市原俊明)
[同声] 創価学会しなの合唱団の課題曲「松よ」(三善晃)

全国大会に推薦された団体には、自分には気付けなかった魅力があったということだろう(同声部門の結果には驚いてしまったが…)。そういう意味でも勉強になったし、何より多くの団体の音楽と向き合え、合唱ファンとして充実した2日間だった。

ちなみに、審査結果はこちら。
東京都合唱コンクール 審査結果(東京都合唱連盟)


▼Delmo(大学ユース部門・2位金賞)の演奏が合唱団のアカウントでYoutubeに公開されていたので紹介。仕事が早い。さすが、ユーザーのニーズを把握している。

個々が歌い、表現したい音楽がよくわかる演奏だった。大学ユースに新星登場、来年の全国大会出場を応援したい。

Delmo 自由曲「おらしょⅡ」(千原英喜)



コンクール会場をあとにし、靖国神社のライトアップ「みらいとてらす」に向かった。あいにくの天気だったが、幻想的な光の演出に心が洗われるようだった。

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2016年07月30日

3年前の今日、この曲の譜面が僕の手元に届いた。
それは二十二回目の夏を迎えるには、あまりにも大きな贈り物だった。


無伴奏混声合唱のための『ゆめおり』より

みなづきみのり:作詩 松下耕:作曲
 

2015年05月09日

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演奏会レポート
東京六大学混声合唱連盟
~第57回定期演奏会~

2015年5月9日(土)15時開演
於:東京芸術劇場
出演
1.慶應義塾大学混声合唱団楽友会
2.青山学院大学グリーンハーモニー合唱団
3.東京大学柏葉会合唱団
4.法政大学アカデミー合唱団
5.早稲田大学混声合唱団
6.明治大学混声合唱団

指揮
1:栗山文昭 2:樋本英一 3:桑原友和(学生) 4:井原由貴(学生) 5:八尋和美 6:松下裕
合同演奏:雨森文也


卒業してまだ1か月半なのに、大学時代が妙に懐かしい。会社の研修では、学生気分は捨てて早く社会人の自覚を持つように、などと言われるが、むしろ大学に戻って勉強や合唱団の活動をもっと続けたかった、なんて思ってしまう。そんな自分が意外だった。

「六連」と言えば、普通は男声合唱のほう(東京六大学合唱連盟)をさす。混声のほうがむしろマイナーだが、自分はひそかに興味があり、一度行きたいと思っていた。

今回のお目当ては3つあった。
(1)実力派の柏葉会、早混の生演奏を初めて聴く。
(2)学指揮の思い出『ある真夜中に』(法政アカデミー)を聴く。
(3)雨森さん指揮の『光る砂漠』(近く歌う予定)を聴く。

自分のために開催してくれるのではないか、と思ったほどだ。聴き逃すわけにはいくまい。
各合唱団について一言ずつ感想。

1.慶應義塾大学混声合唱団楽友会
♪E.Elgar『the later Past-songs』より Weary Wind of the West / Evening Scene / Prince of sleep
「威風堂々」で知られるエルガーの、後半生の作品から。歌い手が栗山さんの指揮や息遣いにしっかり反応していて、合唱団としてのまとまりを感じた。伸ばす和音の第三音のピッチが所々決まらないのが惜しかったが、全体としてパートバランスが良く、安心して聴いていられた。

2.青山学院大学グリーンハーモニー合唱団
♪Scarborough Fair / 世界の約束(木村弓) / Dancing Queen / 未来へ(玉城千春) / どんなときも(槇原敬之)
出演団体で最少の15人での演奏。全曲アカペラ編曲。人数が少ないだけに、歌い手同士がよく聴き合えているように思えた。健気ではつらつとした演奏で、個人的には六団体の中で最も好印象だった。僭越ながら、指揮がこの人数に対しては大ぶりすぎて、音楽を邪魔してはいないか。

3.東京大学柏葉会合唱団
♪F.Poulenc『Qurtre motets pour un temps de penitence』
その規模や実力から合唱界隈では名前が通っており、個人的に高校時代からの憧れの合唱団。男声は同大学の学生、女声は人数確保のため他大学から多く受け入れている。プーランクの宗教作品を、力強く重厚に、あるいは美しく繊細に、表現豊かに作り上げていた。ソプラノが上手。

4.法政大学アカデミー合唱団
♪千原英喜『ある真夜中に』
学生指揮者1年目に定期演奏会で振った組曲。瀬戸内寂聴さんの詞(ことば)が良い。1年と半年が経っただけなのに詞から受ける印象がだいぶ違うのは、その間の経験によるものだろうか。今回の演奏は自分の時とは違って落ち着いた音楽作りだったが、良い曲を聴かせてもらえた。ところで昨年3月にもこの合唱団を聴いたが、学生指揮者の振り方は伝統のものなのだろうか。もし、それが指揮者本人の個性、センスを束縛しているのだとしたら、一度考えるべきではと思った。

5.早稲田大学混声合唱団
♪J.Tavener『Svyati』
やはり名の知れた実力派合唱団。演奏曲は東方正教会の祈祷文をテキストとしたもので、死を悼む人々(合唱)とそれを見守る祭司(チェロ)との対話による。チェロとBassの厳粛な響きで始まった音楽は、次第に死者の蘇生を願うような悲痛な響きとなっていく。最大11声部の和音の変化を大人数でクリアに魅せ、会場を虜にした。流石の演奏だった。

6.明治大学混声合唱団
♪歌劇『カヴァレリア・ルスティカーナ』『十字軍兵士と巡礼の合唱』『カルメン』より
混声でこんな力強い発声の学生団体は初めて聴いた。声の圧がすごい。和音の若干の粗さも気にならないほどだった。合唱団では一人ひとりにソリストとして歌う機会を設けているという。出身大学の合唱団でもこのような取り組みをしてみたら、表現の幅が広がるかもしれない。カルメンは聞き馴染みのある曲で、アクロバティックなピアノとともに会場を盛り上げた。

7.合同演奏 萩原英彦『光る砂漠』
21歳で亡くなった矢澤宰の詩による。関係者のツイッターによれば、ゲネプロで雨森先生から「『光る砂漠』という作品が、280名もの人数の、矢澤宰と同年代の人たちによって歌われたことは、未だかつて無いのではないか。明日は『光る砂漠』史に残る日になると思う」とのお言葉を頂いたとのこと。演奏は圧巻だった。あれだけの人数でぴったり縦の揃った合唱になるのは、雨森さんの指揮によるところが大きいのだろう。平林知子さんのピアノは、その音も、動きもまた美しかった。ピアニストによって、何故こんなにも音色が違うのだろうか。

地元で入っている社会人合唱団で、7月に松下耕さんの指揮で歌う。曲の難しさはよくわかるが、学生たちは立派に歌っていた。努力の跡が見える素晴らしい演奏だった。

さらに、自分にとって嬉しいサプライズがあった。
アンコールが「くちびるに歌を」という、僕の一番好きな歌だった。世の中には自分の知らない合唱曲が沢山あるが、後にも先にも「一番好きだ」と断言できる。根拠はない。けれど高校時代にこの曲に出会わなければ、大学合唱団には入っていなかったという大切な曲である。自分も一度指揮をした。思い出すことがたくさんあった。涙なしには聴けなかった。

先週は男声の六連で、雨森さんが三善晃の『遊星ひとつ』を振っていた。名だたる合唱指揮者のお一人である雨森さんのもとで、大学の後輩達は今年『天使のいる構図』(松本望)を歌う。どんな演奏になるのか、楽しみでならない。

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連休明けから会社の部署に配属された。開発部門の中でも忙しいとウワサの部署で、身の引き締まる思いだが、ひとまず5月いっぱいはSQL(データベース言語)やC言語の研修となる。

大学までは、お金を払って勉強していた。今はお金を貰いながら勉強できるという、非常にぜいたくな環境である。このありがたみを噛みしめて、統計解析およびITのプロとなるべく研鑽を積まなければならない。

2015年03月26日

グレゴリオ聖歌のお話(前回の記事)を踏まえて、混声合唱組曲『水のいのち』(高野喜久雄詩、高田三郎作曲)の終曲「海よ」の講習が行われた。

まず、「この楽譜を見て、何か気付くことはないか?」と雨森先生は皆に問うた。数値によるテンポ指定が無い? 多くのフレーズがアウフタクトで始まる? 4/4, 5/4, 5/8…と変拍子になっている? 楽譜をにらみながら団員たちは考える。

色々あると思うけれど、雨森先生が指摘されたのは「合唱パートの8分音符がすべて独立している」ということだった。多くの作曲家は譜面を見やすくするため、8分音符の旗を4分音符単位か2分音符単位でつなげた表記(連桁:れんこう)をしているが、高田三郎はあえてそうしていない。

このように書くのは、言葉が付いているので、音符をどうまとめれば良いかわかるからだと先生は言う(グレゴリオ聖歌の譜面と同じく、音符がつながっていなくても言葉でフレーズがわかる)。一方、ピアノパートを見てみると、こちらは連桁がされており、かつスラーによって合唱のフレーズの通りに音符がまとめられている――ピアノは言葉が無く、まとめ方がわからないから。合唱パートとピアノパートのこの違いに気が付かないとは、自分もまだまだだと首を振った。


フレーズの前に8分休符があり、アウフタクトで始まることも着眼点のひとつである。前回の記事で、グレゴリオ聖歌でフレーズの2つめの音にイクトゥスがあって最初の音が独立してしまうときは、その前に休符があると考え、その「2音」でひとつのまとまりと捉えることを書いた。

日本語作品でもフレーズが必ずと言っていいほどアウフタクトで始まることは、クリスチャンであった高田の作品の特徴と言える。しかしそれでも不思議なほど、自然な日本語として聞こえるのだ。社会人合唱団で『心の四季』(吉野弘作詩)を歌ったとき、あまりにもなめらかに言葉が流れていくことに驚いたものだ。それには松下耕さんの指揮によるところもあるが、それを差し引いてもである。

雨森先生はやはり、この曲でも「キロノミー曲線」を多く取り入れた指揮をされていた。
先生はこんなお話をされた。最初のページ2段目の(疲れはてたみ)「ずーーう」(けいれて)と5/8拍子で歌う小節(「ず」が2分音符、「う」が8分音符)で、ある若い指揮者が、合唱団の練習で「う」の音符を打つ振り方をしたところ、それを見ていた指揮者の大先生F氏が激怒し、一喝したという。

すなわち、この部分の5拍子は2拍子+3拍子であり、「受け容れて」は神が宿る3拍子の、キロノミーの円運動の中で入るべきだということである。

雨森先生の両腕による大きな円運動は、汚れたもの、疲れ果てたものをまさに「すべて受け容れて」くれるようだった。


「3」は三位一体を表すように、キリスト教では重要な数字である。敬虔なクリスチャンであった高田の作品の中で、3拍子や3連符が現れる箇所にはそれを踏まえた意味づけがなされるべきというのが、雨森先生のスタンスだ。

楽譜42ページ、ffで歌う「おお 海よ」の「おお」は、日本語で通常「おお(↓)」と発音されるため後の方を小さく歌ってしまいがちだが、そうはしない。ピアノパートを見ると、1つめの「お」では2分音符、2つめの「お」では1拍3連を弾いており、後の方が重要なのだ。「神は後ろの『お』にいる」と。

そして、ここで神が現れたのか、直後の小節からピアノは1拍3連を12小節にわたって弾き続ける。「神は不変の存在であり、この間テンポを揺らしてはならない」。雨森先生の解釈に皆は思わずうなった。この間合唱は「おお 海よ たえまない 始まりよ あふれるに みえて あふれる ことはなく 終るかに みえて 終ることもなく」と歌う。

「水のいのち」。水の一生と捉えれば"The Life of Water"だが、高田は「ほんとうの訳は "The Soul of Water" と思っている」と言った。

"Soul"すなわち「魂」とは「それがあれば生きているが、それを失えば死んでしまうもの」なのである。

そして、水の「魂」とは、低い方へ流れていく性質のことではなくて、反対に「水たまり」は「空を映そうとし」、「川」は「空にこがれるいのち」なのであって、それはまた、私たちの「いのち」でもあり、この組曲の主題でもあるのだ。

(高田三郎『来し方 - 回想の記-』音楽之友社 より)


曲の終盤「のぼれのぼれ のぼりゆけ のぼりゆけ のぼりゆけ」とクレシェンドし、「おお」にffで到達する。「ここは、『おお〈海よ〉』ではなく、『おお〈神よ〉』なのです」と雨森先生は言った。合唱は「おお」と伸ばしながら、視線が天に向かうように、デクレシェンドしてpとなって消える。ピアノも同様であり、そして7連符(=3連符+4連符)を繰り返し音域の上昇を伴いながら「天」と「地上」とをつなぐ。最後にピアノのffで鳴らされる一連の音、それは地上の福音の鐘である。雨森先生のお話で、この曲がキリスト教への信仰に基づいた音楽であることを合唱団員は理解したのだった。


個人的な話であるが、「海よ」は高校時代に歌ったことがある。当時、合唱部には2人の先生がついていたが、普段は1人の先生が主顧問として指導をされていた(ちなみに、雨森先生が音楽監督をされている合唱団まい所属の方である)。

「海よ」は冬のコンサートで、もう1人の先生が指揮する予定であった。その先生は音楽への造詣がたいへん深く、経験も豊かであることを生徒は知っていたが、自ら多くは語らず、どこか謎を秘めたような人だった。吹奏楽部の主顧問であり合唱部が指導を受けることはほとんどなかったので、僕はその先生の指揮で「海よ」が歌えることをとても楽しみにしていた。

ところが本番が間近に迫った頃、急に先生の都合がつかなくなってしまった。非常に惜しかった。だから僕は「海よ」を本番のステージで歌ったことがない。そのとき、合唱部の主顧問の先生が指揮する方法もあっただろうが、本番予定の先生が何度かのレッスンで作られた音楽を、代わりに振ることはできないと判断されたのだと思う。

今回この曲を歌うにあたり、そんなエピソードを思い出したのだった。先生は今でも元気にされているだろうか。


本番のステージではないけれど、雨森文也先生の指揮で「海よ」を歌えたのは貴重なことだった。先生の大きくうねるような独特の指揮の根拠を、少しではあるが見出すことができたように思う。また、先生の解釈は決して個人的な音楽の嗜好によってこじつけたものではなく、理論的で納得させられる内容であり、学生指揮者をしていたわが身を振り返ることになった。
(なお、今回記事に書いているのはお話のほんの一部である。「卒業」と「花」(幼年連祷)の講習内容に関しては割愛するが、こちらも非常に有意義なものだった。)

さて、雨森先生の指揮、平林知子先生のピアノとともに本番のステージで合唱団が歌うのは、混声合唱とピアノのための組曲『天使のいる構図』(谷川俊太郎詩、松本望作曲)である。OB1年生としてその演奏を聴くのが、今から楽しみだ。なんとか都合をつけ、地元の会場まで足を運べることを願いたい。



プロフィール

社会人2年目、ITエンジニア(SE)。医薬品業界の市場調査システムを開発・運用。なんちゃってYouTuber。関心分野は政治、教育、ヘルスケア、統計学、近現代史。合唱ファン歴12年。栗友会、耕友会所属。
長野県出身、都内在住。

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