ちょっと待って、ラ・テ

オジサンのこころに響いた番組の、あの場面、あの言葉、あの人の表情。 毎日、放送される多くのラジオ、テレビ番組の中から、選りすぐって取りあげ、 聞いていない人、見ていない人が自分のなかで再生して、その番組の感動や楽しさを味わうことができる、そんなことの役にたてればと思います。 ついつい流される日々のなかで、ちょっと立ち止まって、日常を一歩離れて、考えてみるためのラジオ、テレビ。だから「ちょっと待って、ラ・テ」。

10月8日木曜日の午前4時過ぎ、NHK「ラジオ深夜便」は、
「明日へのことば」コーナーで、「あなたはあなたのままでいい」と題し、
発達障害のピアニスト、野田あすかさんのインタビューを放送した。

あすかさんは34才ということだが、声を聞いた感じは、
高校生と思ってもおかしくない、若々しい声で、
これは病気によるものと思われるが、やや、幼い感じの、
言いかえれば、子どもっぽい話し方だった。

インタビュアーは「ラジオ深夜便」のディレクター。
やさしそうな中年男性だったが、
その、「小さいとき、困ったなとかつらかったなあと思ったこと
何か思い出しますか」という質問に、野田あすかさんは、
「学校のチャイムが、始まりと終わりが一緒だったので、
今から授業か休み時間かわかりませんでした」と答えた。

小さい頃からのあこがれだった、宮崎大学へ進学し、音楽の勉強に
励もうとしたが、ストレスから過呼吸を繰り返し、パニックに襲われて
階段から飛び降りることもあった。

20才のとき、地元の私立短期大学に、音楽を勉強する長期履修生として入学する。
そこで、田中幸子先生と出会う。
その田中先生について、あすかさんは言う。
「私のいろんな障害を聞いて、みんなはどうしようと思っているときに、
 田中先生は、病気じゃなくて、私のピアノだけを見てくれてると思ったときに
 だーい好きって思いました」 
「先生はどういう言葉をかけてくれたの」
「あなたはいろいろあるかもしれんけど、あなたのピアノが
 私は大好きだから、あなたはあなたのままでいいんだよって
 言ってくれました」

ウィーンに短期留学をしているとき倒れ、ウィーン国立病院で、
発達障害と診断される。22才ののときだった。
「発達障害」と診断されたとき、どう思ったか、と言う質問には、
「よかったあって思った」
「どうして、よかったって思ったの」
「今まで、いろんなことをみんなと同じようにできるように努力してきたけれど、
 同じようにできなくて、私はみんなより頑張ってないんだって思って、
 もっともっと頑張って、それでもできないことがあったから、
 できないことがある障害だって言われたときに、
 私の努力不足じゃなくてよかったって思った」
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YouTubeに自分で録画したテレビ番組をアップロードすることは違法であることは、
十分承知している。
しかし、今、世の中にどれだけ「YouTube」が浸透しているか、
パソコンを使っている人なら、よくわかるだろう。 
先日も、あるロックミュージシャンが、小学生の娘がヒマがあれ
YouTubeで自分の好きな音楽を探している、テレビを見るよりそっちのほうが、
よほど楽しいらしい、とラジオで言っていた。

実際、音楽という分野に限っても、無数の映像があるわけで、
おととしだかその前の年だったか、
美輪明宏さんが「紅白」で歌って、大きな反響を呼んだ「ヨイトマケの唄」を、
Charのギター伴奏で泉谷しげるが歌う映像など、今、テレビの歌番組で
見ることはないと思うが、その歌は、美輪さんの「ヨイトマケの唄」とはまた違った、
泉谷の本領発揮、と言っていいものだが、そういう素材がYouTubeでは見られるのだ。

著作権というものを尊重しなければならないことを理解はしているが、
数年前の番組を見て、ついその面白さに引き込まれてしまうということがある。

余談になってしまうが、今年の3月末にテレビ朝日の「報道ステーション」で、
古賀茂明氏が、「政府の圧力によって自分は番組を降板させられる」と
生放送中に発言し、話題になったとき、それは3月27日の金曜日の夜の
番組中でのことだったが、
週明け30日月曜日の菅官房長官の会見で、そのことについて記者から質問があり、
官房長官は、「番組は見ていないが、あとでYouTube等で確認したが、
まったく事実ではない」という趣旨のことを答えた。

首相官邸のホームページで見られる映像で確認したから間違いない。
確かに「YouTube」と言っている。
官房長官も見ているんだから大目に見てもいいのでは、
ということを言いたいのではない。 何だか話が妙な方向にいき始めた。
本題に入ろう。

2008年12月にNHKBSで放送された「私のうたの道~石川さゆり~」という番組を
YouTubeで見た。
華々しくデビューしたものの、なかなかヒット曲が出ず、
「津軽海峡冬景色」は、15枚目のシングルレコードで、そこまで4年という
時間がかかった、という話のあと、そこからは次々とヒットを飛ばし、
人気歌手の仲間入り、結婚もし、子どもも生まれ、幸せな日々を送っていた。

そんな、歌手石川さゆりの姿を見て、「演歌を歌う歌手に、こんなに幸せな
イメージが定着してしまっていいのだろうか」と考える人がいた。
「津軽海峡冬景色」のヒットから10年が経っていた。続きを読む

40年以上続いている番組、「新婚さん いらっしゃい!」は、昔に比べて、
下ネタ、というより、夫婦が結婚前の交際中、ラブホテルに行ったことの顛末や、
結婚してからの夫、あるいは妻の変わりようについて語るということが
多くなった。

視聴者の中には、家族で見ているケースも少なくないとimage思うが、
そういうときに、テレビで素人が、日曜の真っ昼間から、ベッドでどうしたこうしたという話をしたら、その家族は、どうしているんだろうと、つい心配してしまう。

あえて何も反応せず、誰もが経験したことがある、その場の空気が微妙なものになり、誰も何も言わず「シーン」とするということ、
そういうときに限って、ふだんその番組は見ていないで、おもちゃで遊んでいる5才ぐらいの子どもが「ねえ、早すぎるって、何が早いのぉ?」などと口走って、微妙な空気感に上塗りをすることがある、ですよね?

そんな、時代とともに変化してきた「新婚さん」ではあるが、そこは長い年月の
あいだに培われた「夫婦のあるべき姿」を見せる、という伝統芸は、もちろん得意であるから、
ホッコリする話や、文枝さんが目立たぬように目頭をぬぐう、という場面にも出会うことができる。

9月20日の放送では、そういう夫婦が出演した。
青森県八戸市から来た織笠夫妻。ニンニク作りをしていて、いでたちも農作業の格好で
登場したが、ご主人はふだんは銀行に勤めているという。
ここで、文枝さんが、イスから転げ落ちる。
「銀行員らしく出てこいよ」
土日のみの農作業ということだった。20150921_192802

ふたりが出会ったきっかけは、岩手県の山田町に住んでいた奥さんが矯正の手術のために、盛岡にある医大の附属病院に入院しているとき。
矯正の手術というのは、生まれながらの出っ歯で、上あごが前に出ているのを矯正するというものだった。

そのとき、ご主人も、こちらは下のあごが出ているのを矯正する手術のために入院していた。
ともに首から上をがっちり固められ、口はゴムで固定されていたため、ちゃんと喋ることもできない状態だったが、入院生活に退屈しきっていた奥さんは話しかけた。

文枝「何と言って話しかけた」
奥さん「スースースースースー?」
文枝「それ何と言ってるの」
奥さん「就活生ですか、という、何か銀行関係の本を読んでいたので、
    就職活動をしているのかなと思って」
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TOKYO FMはじめ全国ネットのラジオ番組、
「福山雅治のスズキ トーキングF.M.」が、放送1000回を迎えたことは、
7月19日に、このブログにも書いたが、それを記念した公開録音の模様が
先週、20日の番組で放送された。

まず、最初のところで驚かされたのが、福山が登場したときの客席からの
歓声の大きさである。
そんなことは当たり前ではないかと言うなかれ、今回のお客は、
実は50代以上に限定されているのだ。
その、オジサン、オバサンたちの、いつもの福山のコンサートと変わらないと
言っていい歓声に、いつもスタジオで福山とともにしゃべっている、
構成作家の今浪さんが、
「ちょっとビックリしました」と言ってたくらいなのだ。

それに対して、福山雅治は、
「これが"限定マジック”なのです」と言う。
「一切、まわりを気にする必要がない、ということです」
たしかに、20代、30代のファンに囲まれていたら、
こういうノリはできないかもしれない。

そんな雰囲気の中で、公開録音は始まった。
まず、出席確認を年代別にとった。
「50代の方」 ハーイという声。「圧倒的多数ですか、きょうは。では60代の方」
ハーイという野太い声。
「ありがとうございます。では、70代という方」
「イエーイ」と女性の声。
「お若い! では80代ですよという方」
何か声が聞えたが、何を言ったかは不明。しかし、福山はうれしそうに、
「お若い!ちなみに80何才ですか?82才、お若い!」

高齢化社会がマイナスのイメージで語られることの多い今日、
福山雅治の番組を聞いているだけでなく、公開録音にまで出かけて行く
70代、80代の高齢者がいるということに、ニッポンまだまだ行けるぞ、と思う。続きを読む

伊藤蘭3「キャンディーズ」といえば、中高年世代にとっては、自分の青春の思い出のなかに必ず残っている、永遠のアイドル、と言っていいのではないだろうか。 
19日のNHKテレビ「土曜スタジオパーク」のゲストは、そのキャンディーズのメンバー、伊藤蘭。この日の夜、放送の「鬼と呼ばれた男 松永安左ェ門」の番宣のための出演だったが、公開放送のスタジオには、キャンディーズのデビュー以来のファンだというオジサンもいて、司会者に促されて、持参したデビューアルバムのカセットを掲げて見せた。

そのカセットが発売されたのは、1973年だから、42年前のことだ。
つまり、オジサンは40年以上前から「追っかけ」を続けているということになるのか。 すごい、と言うしかない。
タレント冥利につきる、というのはこういうことを言うのだろう。

例えば、舟木一夫、沢田研二、といったスターたちにも、それこそ、
何十年にわたって、というファンが少なくないらしい。
松田聖子のコンサートには、母娘そろって行くという親子も、たくさんいるという
ことを聞いたことがある。

そのなかでも、「キャンディーズ」というアイドルグループは、何か、別格というと
正確な表現ではないが、「みんなキャンディーズが好きだった」あるいは、
「時代の象徴としてのアイドル」という形容の仕方があう、と思う。
そして、芸能界にも、若かりし頃、キャンディーズのファンだったという人は多い。

「鬼と呼ばれた男 松永安左ェ門」で主役の安左ェ門を演じた、吉田鋼太郎は、
きょうの番組のビデオメッセージで、自分がキャンディーズのファンだった
ということを”告白”した。
それによると、当時、部屋には大きなポスターが貼ってあり、
銀座の楽器店(おそらく山野楽器だろう)にレコードを買いにいったとき、
たまたま、キャンディーズが来ているということを知り、
屋上の会場に行って、ミニライブを見た。
大きく手を振ったが、たぶんそのとき、蘭ちゃんも手を振ってくれた、と思う、
と楽しそうに話していた。続きを読む

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