ちょっと待って、ラ・テ

オジサンのこころに響いた番組の、あの場面、あの言葉、あの人の表情。 毎日、放送される多くのラジオ、テレビ番組の中から、選りすぐって取りあげ、 聞いていない人、見ていない人が自分のなかで再生して、その番組の感動や楽しさを味わうことができる、そんなことの役にたてればと思います。 ついつい流される日々のなかで、ちょっと立ち止まって、日常を一歩離れて、考えてみるためのラジオ、テレビ。だから「ちょっと待って、ラ・テ」。

2015年02月

きょうは、確定申告書の作成に時間をとられてしまった。
サラリーマン時代は縁のなかった確定申告というものを
昨年、初めてした。

今の収入は、繰り上げ支給にした年金と、家のパソコンとネットを
使ってできる原稿書きのアルバイト料だが、昨年はまったく気にして
いなかった「必要経費」というものがあるではないかと、今年、気がついた。

これは領収書を全部添付して提出する必要があるのかと思い、
地元の税務署に聞くと、申告書の「必要経費」の欄には合計金額を書けばよくて、
その内訳は、別の用紙が国税庁のホームページにあるので、
そちらに領収書ごとの金額を記入して、一緒に提出すればいい、とのこと。
分かりましたと言って電話を切り、あとで、その用紙がどこから入っていけば
見つかるのか探してもわからなかったので、もう一度電話して聞いた。

この電話に出た担当者が、ちょっとひどかった。 中年の女性だが、
まず、国税庁のホームページのトップページのここをクリックしてください、
と言うので、言われた通りにすると、全然違うところが出る。
再度、別のところをクリックしてというので、その通りにしてもまた違う。
しばらくお待ちください、と言われて、1、2分、保留になり、
次に指示されたところはあっていた。

この時期の地元税務署あての電話は、内容により、税務署ではなく、
申告案内窓口や、電話相談センターのようなところにつながるように
なっているらしいが、臨時の主婦のパートでできる仕事ではないから、
それなりに日常から税務署で働いている人間が対応するように
なっているとは思うのだが、きょうのこの女性は、聞きようによっては
眠いのかなと思わせる話し方だったりということもあり、
さすがに強い言葉で、ちゃんと説明してくれと言ってしまった。

しかし、世の中、役所に限らず、企業が、その最前線ではないかと思う
電話オペレーター、あるいはカスタマーセンターをどう考えているのだろうと
思わされるケースが、よくありませんか?

続きを読む

2月25日は、故城達也氏の命日である。
などと書くと、ずっと以前から知っていたように 聞こえるが、
つい最近知ったことである。

先日の、「野茂の大リーグ入りから20年」ということについて、
周辺のことをネットで調べていたら、
(この「ネットで調べる」という言葉と、その概念は20年前はおろか、
10年前でも、今のように当たり前のことではなかったのではないだろうか)
20年前のできごとというのが、いろいろあって、
城達也氏の命日が2月25日で、亡くなったのは20年前の1995年だということも
そこで知った。

本当に、この1995年という年は、日本史に特記されてもいいのではないかと
思ってしまうくらい、いろいろな事件、できごとがあった。
ざっとあげてみると「阪神・淡路大震災」「地下鉄サリン事件」
「警察庁長官狙撃事件」「村山談話発表」「坂本弁護士一家遺体発見」
「巨人原選手引退」「若貴優勝決定戦で対決」など。

自分は20年前、何をしていたか思い出してみる。
42才。 自分で言うのもなんだが、「仕事バリバリ」の時代だった。
この年の手帳を見返してみると、東へ西へ、というのは象徴的に言っているのだが、
全国を出張で飛び回っていたということではなく、
埼玉、横浜、お台場、と東京圏をささやかに行き来していたのだけれど・・・。

そのあいまに、映画も見ている。
「フォレスト・ガンプ 一期一会」「クイズショウ」「忠臣蔵外伝 四谷怪談」
「マスク」「マディソン郡の橋」「ウォーターワールド」「ダイハード3」
「アポロ13」など。
そのほか、「スピード」は前年の12月に公開されているが、
いわゆる、この年の「お正月映画」だった。
こう並べてみると、この年の洋画は、ものすごいラインナップだったなあと思う。

ちなみに、1995年3月に行われたアカデミー賞で、
「フォレスト・ガンプ  一期一会」は、作品賞、監督賞、主演男優賞、脚色賞、
編集賞、視覚効果賞を受賞している。
当時のキャッチコピーは、「人生はチョコレートの箱、開けてみるまで分からない」
懐かしい。

続きを読む

プロ野球もオープン戦が始まり、あと1ヵ月少々で開幕を迎える。
ここ最近、毎年のようにニュースになった日本人プレーヤーの
メジャーリーグへの移籍は、今年はないようだ。

このままだと、野茂以来20年続いていた、
「日本球界からメジャーリーグへの新入団」が途切れることになるという、
新聞記事を読んで、そうかあれから20年が経ったのかと、
いつものことながら、歳月の流れの早さに少し驚く。

「手のひら返し」という言葉がある。
わが国のマスメディアの得意芸で、この言葉は、それを表現するために
存在するのではないかと思うぐらいだ。
今、30才以下の世代には、ほとんど記憶にないことかもしれないし、
そんな時代があったんだと、驚くかもしれないが、
当時、近鉄バッファローズのエースだった野茂が
メジャーリーグ(当時は「大リーグ」と言っていたと思う)入りをめざすことが
明らかになったとき、スポーツ紙を中心とするマスメディアは、
猛烈な”野茂バッシング”を展開した。

その論調は、「何を夢みたいなことを言っているのか」
「大リーグで通用するわけがない」「大リーグと日本のプロ野球は
レベルが違う」「甘く見ている」
おおむね、そういうものであった。
繰り返しておくと、たった20年前のことなのである。

いわば、日本球界のみならず、ほとんどの日本人にとって、
「大リーグ」は、海の向こうの夢の世界、「フィールド・オブ・ドリームス」だったのだ。
そこへ、近鉄との契約更改でもめていた野茂が、
ここでさらに確認しておくと、「ドラフトで8球団が1位指名した」野茂が、
はるか昔の村上雅則氏以来、30年間、日本球界から海を渡ってユニフォームを
着る者がひとりもいなかった大リーグに行くと宣言した(わけではないが、
 批判的な立場をとる側から見れば、高らかに宣言したような印象を
 うけたということも あるかもしれない)ことに対して、なぜか、今思うと、
その対応が不思議なのだが、
マスメディアはそろって、「バカ言ってんじゃないよ」と
「三年目の浮気」の歌詞のような批判路線をとったのだ。

その批判の嵐の中、アメリカに渡った野茂は、ドジャースと契約し、
1995年5月、ついに大リーグのマウンドに立った。 
続きを読む

きのうの続きである。
若干、話のポイントがずれてきたような気がするが、
ここ数年の企業の興亡ということでは、
カラーテレビの「亀山ブランド」で一世を風靡したシャープは、
今、「亀山」の”か”の字もない。
「ひとり負け」と形容されるようになってしまったソニー、
「ダイエー」というスーパーマーケットの看板は、
まもなく世の中から消えてなくなる。
マクドナルドは、大赤字の企業になってしまった。

それぞれのケースごとに、それぞれの原因があるとは思うが、
「+ONE」の不足というのもあるのではないか、などと
経営のプロでもない者が言うのもおこがましいが、
日刊編集センターのホームページの社長挨拶で、
そこに、「New History Create 」と銘打ち、
「情報配信+ONE」をモットーに、加速度的に発展していく時代に
対応できるサービスメニューを増やして行くと謳う、
この会社が、単なる「ラテ欄」の情報配信をする会社だと
知らぬこととはいえ、勝手に思い込んでいた自分を恥じるとともに、
世の中には、いろいろな企業があるんものなんだなあと
今さらながら思ったのだ。

以下のホームページの「事業ラインナップ」という項目を
見てもらえば、そのほかの様々な事業がわかる。

http://www.nikkanhc.co.jp/

いわば、「ラテ欄」からスタートした会社が、今、
「総合メディアサポートビジネス」の企業をめざして
これまでの30年を礎に、「新たなる歴史を作ろう」としているのだ。 

そのホームページのなかに、いくつかのコラムや、
テレビの旅番組で、いちばん人気のある観光地はどこか、
全国をいくつかのブロックに分けて、そのブロックごとに
人気の土地名をランキングで発表していたり、などの記事があり、
なかなか楽しませてくれる。

「Cafeラテ」というコラムは、ラテ欄にまつわるいろいろな話を
掲載していて、これを読むと、ふだん何気なく読んでいるラテ欄を読むのが
あらためて楽しみになる。
 
同じ「ラテ」派としても負けてはいられない。


人気ブログランキングへ

このブログのタイトルは、上の説明にも書いてあるように、
新聞の「ラジオ・テレビの番組表」のページを「ラテ欄」と呼ぶことから
とっている。

そのラテ欄をそれぞれの新聞社が独自の情報をもとに紙面を
作っているわけではないということは、各紙の紙面の番組表が
ほぼ100%と言っていいくらい同じだということからも想像できるだろう。

私自身は、番組表は全国の新聞社、通信社に二つの会社が配信している
という程度の知識は、あった。
そして、その一社は、「TVガイド」などのテレビ番組情報誌を出版している
東京ニュース通信社であることは知っていたが、
もう一社については、何の情報も持っていなかった。

ところが最近、ひょんなことから、そのもう一社のことを知り、
その会社が、ビジネスとしてやっていることが、
とても興味深かったので、これを紹介しようと思った次第です。

社名は、株式会社日刊編集センター。
日刊スポーツ新聞社の子会社で、Webサイトの「沿革」によると、
1982年に会社設立、日刊スポーツグループの紙面編集、校正、
朝日新聞などの案内広告の割付という業務でスタートし、
84年には西部日刊スポーツへのラジオ・テレビ情報配信を開始。

それから30年、今や100を超える新聞、雑誌媒体に、
全国のラジオ・テレビ局の情報を提供している、という。
それだけではない。アメリカ・メジャーリーグ、ヨーロッパサッカー、などの
情報提供や、そのデータ等を顧客が配信するシステムのフォロー、など
幅広い業務を展開しているのだ。

そして私が驚いたのが、「プロ野球実況中継のパートナー」という業務である。

続きを読む

このページのトップヘ