ちょっと待って、ラ・テ

オジサンのこころに響いた番組の、あの場面、あの言葉、あの人の表情。 毎日、放送される多くのラジオ、テレビ番組の中から、選りすぐって取りあげ、 聞いていない人、見ていない人が自分のなかで再生して、その番組の感動や楽しさを味わうことができる、そんなことの役にたてればと思います。 ついつい流される日々のなかで、ちょっと立ち止まって、日常を一歩離れて、考えてみるためのラジオ、テレビ。だから「ちょっと待って、ラ・テ」。

2015年03月

春は、ラジオ、テレビの改編期だ。
多くの新番組がスタートする一方で、多くの番組が終了する。
けさ、NHKの「ラジオ深夜便」のなかの「作家五木寛之 歌の旅びと」の
最終回の放送を聞いた。

新旧の歌謡曲を都道府県別に分けて、その土地への旅の思い出や
歌そのものにまつわることなどを、五木寛之氏が語るという番組だが、
お相手の須磨佳津江アナウンサーとのコンビも息がピッタリで、
特にどこがいい、というわけでもないのだが、聞いていて
なんとなく心地いいし、ときどきは懐かしい曲が聞けたり、
好きな番組のひとつだった。

テーマ曲がいい。五木寛之氏自身の作詞、松原健之が歌う
「歌の旅びと」。
イントロにのせて須磨アナウンサーのナレーションが入る。

 人の世の喜びや悲しみをうつして 歌は時代をこえて流れていきます
 ふるさとの歌 懐かしい歌 その歌を全国各地に訪ねる
 五木寛之さんの「歌の旅びと」です

午前4時過ぎに聞くこの曲は、なんとも言えず胸にしみる。
もっと売れてもいい歌だと思う。

4年間続いた番組の最終回は「横浜編」。
都道府県別がこの番組の原則的な分け方だが、
横浜は特別編として、1回分もうけたということを須磨アナウンサーが
言っていたが、確かに「横浜」という都市名が入った曲の数は
とても多いし、ヒット曲もまた多い。
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連続テレビ小説「マッサン」は好評のまま、あした最終回を迎える。

前作の「花子とアン」は、しばらく遠さかっていた”朝ドラ”に戻って、
いつのまにか毎日の放送が待ち遠しくなり、ついに「ハマって」しまった。
その流れで、つづく「マッサン」も第一回から見ていたが、
基本的には土曜日のBSの、一週間まとめての再放送で見るように
していたが、だんだん録画したままになり、ついに継続視聴を断念せざるを
得なくなった。

と言っても、内容がつまらなかったということではなく、
録りだめたものの、結局見ないで消すことになるって、誰しも経験あると思う。
しかし、今週は最終週ということで、毎朝8時に見ている。

けさは、ついにエリーがマッサンに見守られながら最期のときをむかえた。
そして8時15分、「あさイチ」は有働アナウンサーの、涙いっぱいの表情から
始まった。
「鼻水が・・・」という第一声のあと「私より、ご本人が泣いているんだもん」と
ゲストを紹介。 ご本人とは、たった今、永遠の別れを演じていた
マッサン役の玉山鉄二とエリー役のシャーロット・ケイト・フォックス。

本当に、ふたりとも泣いている。
さらに、通訳の女性までが泣いている。そこへ、やさしくハンカチを渡す20150328_002341井ノ原快彦。
 さすがイノッチ、渡し方もうまい。
やれやれ、という感じを出しながら、そのくせ自分の立ち位置をどこにおくべきか、わかっている男だ。

番組は当然、この一年間(と主演のふたりは言っていた。半年間の放送のために一年間、収録とロケがあるということか)の、いろいろな思い出を話してもらったが、有働アナウンサーが玉山鉄二に
「いろいろな忘れられない場面があると思いますが、これもそのひとつではないかと思います」と言って、出てきた場面は、エリーの掛かりつけの医者(天海祐希)が
エリーの様子を見に訪ねてくれて、帰ろうと玄関を出たところで、ちょうど帰ってきたマッサンにバッタリ会うシーン。

実は、この天海祐希の出演は、玉山鉄二だけに知らされていなかったのだそうである。
玉山と天海は、ドラマの共演をきっかけに親友のような、ごく親しい関係になり、
そのことから天海祐希にワンシーンだけの出演依頼があり、天海が快諾した
ということらしい。

そして、「このことは玉ちゃんにだけは教えないようにしよう」という天海祐希の
発案で、本番まで完全にシークレット事項になった。
台本の、医者の役を演じる俳優の名前のところには、仮名が書かれていた。続きを読む

いよいよ、あした27日金曜日、プロ野球が開幕する。
なんのかんの言っても、オジサンはプロ野球が好きなのである。
ちかごろは、球場でプロ野球を観戦するファンの客層も
昔に比べると、ずいぶん変わった。
何かにつけテレビで見ることのある、長嶋の「天覧ホームラン」や
王の世界新記録のホームラン、どちらもスタンドの観客は、
ほとんど男だ。(話が古いね、どうも)

それがいまや、「カープ女子」という言葉に象徴される、若い女性たちが
スタンドを埋め尽くしている、というのはおおげさだが、少なくとも
ONの時代とは明らかに違う。 時代は変わる、のだ。

つい先日の当ブログで、昔と比べて、
選手について視聴者の持っている情報量やテレビ中継の技術などが、
格段に違うのだから、スポーツ実況のアナウンスも変わらざるを得ない、
という、NHKの工藤三郎アナウンサーの言葉を紹介したが、
それは、プロ野球中継でも同様だろう。
技術の進歩、ファン層の拡大、時代とともに変化してきているのに、
変わらないのが実況中継のアナウンスだ。

変わらないならまだしも、劣化したのではないかと思うこともある。
なんといっても「ヒーローインタビュー」のアナウンサーの
なんも考えていないのでないかというぐらい、工夫もなく、
鋭い質問もなく、必ず「ホーソーセキ、ホーソーセキ」で始まるワンパターン。

「ハンで押したように」という表現がピッタリの、あの最初の言葉。
誰か、たまには変わった入り方をしてみようかという、
オリジナリティマインドを持ったアナウンサーはいないのだろうか。

そして、サヨナラホームランで決着がついたとした場合、
ヒーローインタビューは、スタンドも当の選手も、興奮と余韻がさめやらぬ
なかで行われるわけだが、最初の質問が「見事なホームランでした」。
それは、おまえの感想だろッと突っ込みたくなる。
せめて、「あの場面、どういう気持ちでバッターボックスに入りましたか」ぐらいは
聞いてもおかしくはない。 まあ、これもありきたりといえばありきたりだが。

「ズバリ聞きますが、ねらっていましたね」とでも言えば、ノリのいい選手なら
「ハイ!ねらってました!」とでも答えてくれて、スタンドもワーッと盛り上がる
と思うんだけどねえ。続きを読む

ここのところ毎日、「90時間ラジオ」について書いてきた。
それも、このブログが、タイトルに「ラ・テ」という言葉を使っているということ、
それは、ラジオやテレビの番組について、あれこれを書き綴るという目的が
あってのことだから、ラジオ放送開始90年という記念すべき年の、
「90時間ラジオ」という、今まで聞いたことがない特別編成の企画を追うのは、
当ブログにとって、ごく当然の役目だと思っている。

ブログは90年どころか、開始3ヵ月しかたっていない、赤ちゃんのようなものだが、
そのヨチヨチ歩きの段階で、ラジオの90年間を、当時の番組の音声を聞きながら
振り返る機会を得たことは、こんな幸せなことはないというのが、率直な感想である。

きのうに続いて、4日間のなかで印象に残っている番組、言葉を紹介する。

「ラジオあさいちばん放送90年スペシャル 名アナウンサー列伝」は、
鈴木文弥、宮田輝、高橋圭三など、NHKの歴史を彩る名アナウンサーたちを
当時の番組の音声を聞きながら振り返っていた。

スタジオの進行役、「ラジオあさいちばん」日曜担当の、古谷敏郎アナウンサーが
かつておじゃましたことがある宮田輝氏のお宅は、宮田氏が亡くなったあとも、
資料室と呼ぶ部屋がそのまま残されているというようなことを話したり、
番組でも紹介した、宮田氏の地方での公開録音番組の音声を
ベテランアナウンサーのひとり、みのもんた氏にも聞いてもらい、
その感想を流していた。
ここで、みのさんの声が出てくるのは、ちょっと意外だったが、
その話は、なるほどと思わせるものだった。

宮田氏が鹿児島県の川内市での公開録音で、会場のお客さんとやりとりを
している場面。
みのさんは、こう”分析”した。

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NHKが放送90年で4日間にわたって放送した「90時間ラジオ」、
そのなかで、印象に残った番組、言葉などをまとめて書く。

もちろん、90時間すべてを聞いたわけではないので、
あくまでも、私が聞いた範囲でのことです。

まず、「すっぴん!放送90年スペシャル 鶴光、大竹まことの朝からNHK」での
鶴光と大竹まことの話のおもしろさ。

笑福亭鶴光といえば、ラジオファンにとっては、「オールナイトニッポン」であり、
「噂のゴールデンアワー」だが、その下ネタ全開のころの勢いは衰えることなく、
「今はレギュラー番組がないから、きょうは何を言ってもおろされる心配はない」
と放言しつつ、ラジオの神髄についても語っていた。

「夕方の番組を始めたころ、プロデューサーに、あんた、地名を知らないだろ、
豊島区を"とよしまく”、登戸を"とど"と読んだが、そういうことでリスナーは
サーッと逃げて行ってしまうぞ、地下鉄に乗って地名を覚えろ、と言われた」

「毒蝮三太夫さんは、年寄りにボロクソ言うけど、それは強い年寄り、
何だと、このマムシ!と向かってくるような年寄りに対してであって、
それは優しさの裏返しでもある」

そして、話をおもしろくしようという精神がつい顔を出す。

アクシデントがあったときにはどのように対応するのか、という質問に、
「オールナイトニッポンをしているころ、すごい台風が来て、
交通網がまったくダメになったとき、よし車で行こうと思い、大阪から
6時間かけて局についたら、放送が始まっていて、ディレクターがしゃべっていた。 
あかん、ディレクターにも番組をとられるのか、この世界は恐ろしい、と思った」

大竹まことは、現在、文化放送で月曜から金曜、午後1時から2時間半の
番組を持つ現役バリバリの人気パーソナリティだが、
その番組が始まるとき、伊東四朗さんにアドバイスを求めたら、
「大竹君、台本は見るな」と言われたという。

この日は公開生放送だったが、この、お客さんが前にいるということが
大竹まことにいい刺激になったのではないかと思うが、
最初に登場したときから、とてもイイ感じのノリ具合で、
「桜でんぶ」について「すっぴん!」のなかで話題になったときの、
藤井彩子アナウンサーの話の展開についてのダメ出しは、
現場のお客さんを含めて、ふだん、大竹まことの番組を聞いていない、
きょうのリスナーに対して、強烈なインパクトを与えたのではないかと思う。

大竹まことにとっても、この放送のひとときが心地いいものだったのでは
ないかと思わせるのが、「90時間ラジオ」のホームページの
「90スナップ」という、90時間の放送を90枚のスナップ写真で見せるページの
彼の写真。 とてもいい表情をしている。

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