ちょっと待って、ラ・テ

オジサンのこころに響いた番組の、あの場面、あの言葉、あの人の表情。 毎日、放送される多くのラジオ、テレビ番組の中から、選りすぐって取りあげ、 聞いていない人、見ていない人が自分のなかで再生して、その番組の感動や楽しさを味わうことができる、そんなことの役にたてればと思います。 ついつい流される日々のなかで、ちょっと立ち止まって、日常を一歩離れて、考えてみるためのラジオ、テレビ。だから「ちょっと待って、ラ・テ」。

2015年08月

(きのうの続き)
「HUFFINGTON POST」は、アメリカで生まれたWeb上で読む新聞で、
各国版が発行されていて、日本版は2年前に開設された。
編集主幹は、元フジテレビアナウンサー、というより、フリーのキャスターといった
ほうがいいのだろうか、長野智子氏がつとめている。

テレビ番組の「むちむち!」の再放送を見たのもたまたまだったが、
その番組が「女性蔑視」として批判されているという記事を見たのも
たまたまだった。
HUFFINGTON POSTの猪谷千香さんというレポーター(スタッフ紹介の肩書が
そうなっている)の書いたもので、見出しは、
"「無知な女子高生」を沖縄に連れ出し「愛のムチ」を打つNHK番組「むちむち!」に
 「女性蔑視」批判"

記事の冒頭は次のように始まる。
  NHK・Eテレで8月20日に放送された番組「むちむち!」が批判を受けている。
  同番組は、東京・渋谷の女子高校生を沖縄・普天間基地や
  四国のお遍路に連れ出し、現場を体験させるというもの。
  「女子高生の目線で、日本を旅する新しいドキュメンタリー」と、
  番組の公式サイトで説明されている。

    しかし、放送前から「無知」であるとするターゲットを女子高生に絞っている
  ことや、 TwitterでEテレ編集部の公式アカウントが、「街でスカウトした
   ちょっとムチな女子高校生に、番組ディレクターが愛のムチを打つ、
   全体的にムチっとした番組です」
   などと性的ともとれる表現でツイートしていたことから、若い女性に対する蔑視、
   セクハラであるとして批判の声が上がっていた。

(引用終わり)

そのあと、ハフィントンポスト日本版編集部の取材に対し、NHKが、
「女子高生をターゲットに絞ったのは、同世代の男子に比べ表現力が豊かだと、
これまでの取材で実感していたからです」と回答してきたことを言い、
批判のきっかけは、8月17日にEテレ編集部の公式アカウントがツイートした、
番組宣伝のための、そのツイートの内容だったとして、
NHK Eテレ編集部のそれを、そのまま転載している。

そして記事は、「これに対し、Twitter上では「セクシズム(女性蔑視)」であるという意見が多く寄せられた」と一行書かれたあと、そのツイートがいくつか転載される。
清水晶子氏、金田淳子氏、ふたりとも私は知らなかったが、フェミニズムの分野が専門だったり、
東大大学院の准教授だったり、そういう方のツイートだ。続きを読む

先週の土曜日の夜、NHK BSで再放送中の「あまちゃん」を録画したものを、
1週間分、6回を1時間半かかって見終わり、日付は日曜日になっていたが、
なんとなくザッピングしたら、テレビ画面の左上のスミに「むちむち!」という
文字が出ている番組があった。

NHK Eテレの新番組、その週の木曜日に始まった「むちむち!」という番組を、
2日後の深夜に再放送しているのだった。
この番組について、まったく予備知識を持っていなかったので、
そのときすぐ、EPGでどういう番組なのか見てみると、
「渋谷の女子高生を連れ出す」とか「今回の現場は、普天間とお遍路」
「女子高生の目線で日本を旅する新しいドキュメンタリー」というようなことが出ていた。

これはちょっと面白そうだ、「ちょっと待ってラ・テ」と、このブログのタイトルを
つぶやきながら。録画ボタン押したのであった。
私がいちばん惹かれたのは、「新しいドキュメンタリー」という言葉だった。
この言葉に、番組制作担当者の、意気込みが感じられたからだ。

そのまま見つづけると、女子高生ふたりが、沖縄の普天間基地のすぐ近くに住む
住民の家を訪ねて、ほんとに「すぐそこにある基地」に驚いたりする場面があったり、
ふーん、女子高生を、普天間に連れて行くっていう発想、確かに「新しい」かもね。
でも、まだまだ、このくらいでは簡単には感嘆しないよ、という思いで、見ていた。

すると、「今回の旅の最終目的」として、遺骨収集を30年以上続けているという
おじさんと一緒に遺骨収集をするということを考えているのだが、
それをするかどうか、ディレクターがふたりに聞いた。

続きを読む

※これは、8月8日、11日につづく、「甲子園の詩」シリーズの3回目です。
 ここから読んでも問題はありませんが、前2回を先に読んでから
 この3回目を読んでいただいたほうが、特に最後の、重松清さんの手紙が
 一層、感動的な味わいを持つのではないかと思います。

100周年の高校野球、夏の甲子園大会の開幕にあわせて、NHK BSで再放送された
「敗れざる君たちへ  ~作家・重松清  阿久悠『甲子園の詩』を巡る旅」は、
20150813_1104591979年から2006年まで27年間にわたり、スポニチに連載された
阿久悠氏の詩、363篇の「甲子園の詩」の中から、いくつかピックアップして、その詩が描いた選手が今、どうしているか、作家の重松清氏が訪ねていくという番組だった。

前2回、この「甲子園の詩」について書いたが、どうしても、これだけは外すわけにはいかないという一遍の詩がある。

それは1992年、高知代表、明徳義塾対石川代表、星陵の試合で、星陵の4番、超高校級だった松井秀喜に対し、明徳義塾は全打席敬遠という前代未聞の作戦をとる。

試合は3対2で明徳義塾が勝った。
松井は、いちどもバットを振ることなく、最後の甲子園を終えた。
その夜のテレビニュースから始まって、翌日は日本中が、この「事件」で
大騒ぎになった、言ってみれば社会的事件だった。

もちろん、それをナマで見ている観客席は、試合中、それも打席が進むにしたがって、
ひょっとしたら、松井は全部敬遠するということか、という空気がスタンドに流れ
ブーイングがおこり、しまいには、たくさんのメガホンがグラウンドに投げ込まれるという事態に至った。

この試合の、松井に捧げられたと言っていい「甲子園の詩」は、
松井秀喜という野球選手の将来を、そのときにすでに見通していた、
という意味でも凄さを思い知らされるが、
いつもに比べて短い詩でありながら、
阿久悠の、心の底からの
松井秀喜に対する敬意が感じられる
その言葉に感動してしまう。


無念の夏か


あなたはスケールが違う
ドンと受けとめて
いつか やがて
まるでこの日の不運が
最大の幸運であったかのように
変えてしまうことだろう

バッターボックスの中で
微動だにしなかった態度を称える

一振りも出来ないまま
一塁ベースに立ち
瞑想していた男の顔を
惚れ惚れと見る

あなたの夏は
いま 無念の夏かもしれないが
流れの中で自分を見失わない
堂々の人間を証明してみせた



この詩の朗読の背景は、その敬遠の場面。甲子園では珍しい、スタンドから
投げ入れられたたくさんのメガホンも。

テレビ画面はかわり、今の松井秀喜がニューヨークのどこかのこじんまりとしたスタジアムでその当時の気持ち、それ以降の自分の生き方について話す。

"負けた中で、非常に悔しい思い、まだ気持ちの整理がついていない
 そういう時間でしたけど、つぎの日の。
 こういうふうに見てくださっている方がいるんだと、
 それは、高校生でしたけど、すごいうれしかったですし、
 あの詩からエネルギーをもらったと思うし、
 またこういう選手にならなくちゃいけない、という
 高校生ながら、そういう気持ちを持ったことは覚えています。

 そのときそのときの感情ではなく、常に全力を出し切るというか
 一喜一憂せずに、とにかくひとつの目標に向かってやるんだという
 そういう姿勢っていうのは、ぼくは意識してきたつもりだったし、
 あの詩の中にあったような気がします。いま振り返って、
 ぼくが20年間やって来た中でね"


「とにかくひとつの目標に向かって~」のあたりから、
画面は今の松井から、甲子園でバッターボックスに立つ星陵高校の松井にかわり、
その姿がピンストライプのヤンキースのユニホーム姿でバッターボックスに立つ
松井に変わり、フルスイングした打球が高々と上がって、
ライトスタンドに飛び込む。
ジーターに笑顔で迎えられてダッグアウトに戻り、さっぱりとした表情の松井。

阿久悠が1992年に書いた詩の予言力を証明するかのような映像だ。
あの試合のできごとを、
「ドンと受けとめて この日の不運が最大の幸運であったかのように変えて」しまった男の顔だ。

前回、前々回では、その後、プロの世界に入ったわけでもない、
甲子園の経験を糧にして、普通の人生を生きている元高校球児たちを
取りあげたが、番組では、松井のようなプロ野球の道に入った球児、
たとえば浪商のドカベン、香川などを謳った詩も紹介していた。

これもとてもいい詩なのだが、キリがなくなるので、このへんで、
3回シリーズで続けた「甲子園の詩」をしめようと思う。続きを読む

(前日からの続きですが、ここから読んでも問題はありません)
100年目の甲子園大会が開幕した日の前日、NHKBSで再放送された「敗れざる君たちへ     ~作家・重松清  阿久悠「甲子園の詩」を巡る旅」は、かつて、高校野球、夏の甲子園大会の期間中、スポーツ紙に掲載された、阿久悠氏の詩をもとに、重松清氏が今、現在の人生を歩んでいるかつての高校球児を訪ねるという番組。

宇部商業高校の投手だった藤田修平さんにつづいて重松さんが訪ねたのは、
岩手県立高田高校。
1988年の大会。 春夏を通じて初出場の高田高校の甲子園で初めての試合は、
対滝川二高戦、試合開始の時点で小降りだった雨は次第に強くなり、
グランドのあちこちに水たまりができ始める。

そして、8回裏試合中断、結局、そのまま試合終了。
3対9で高田高校は敗れた。
実に56年ぶりの、雨によるコールドゲームだった。
試合終了後の高田高校、藤原秀行投手のインタビュー
 「8回にコールドになったんですけど、いくら負けてたって、
  最後までやりたかったです」

ここで、画面には、阿久さんの書いた「甲子園の詩」の原稿が。
ナレーターによる詩の朗読。


コールドゲーム

まるで波がひいた瞬間の
渚の砂のように
鈍く銀色に光るグラウンド

マウンドは既に泥濘で
投手のスパイクは足首まで埋まる

一投一投にポケットのロージンにふれ
雨滴のしみこんだ白球に
意思を伝えながら
いや
願いを込めながら投手は投げる


甲子園は激しい雨

悲願の晴れ舞台は
イメージに描いた
カッと照る太陽や 灼ける土や
のしかかる入道雲や
幻覚を誘う陽炎ではなく

ただひたすら
自らとの闘いを強いる激しい雨

黙々と耐え
胸の中に炎をかき立てるしかない

初陣高田高の
夢にまで見た甲子園は
ユニホームを重くする雨と
足にからみつく泥と
白く煙るスコアボードと

そして
あと一回を残した無念と
挫けなかった心の自負と
でもやっぱり
甲子園はそこにあったという思いと
多くのものをしみこませて終った

高田高の諸君
きみたちは
甲子園に一イニングの貸しがある
そして
青空と太陽の貸しもある


続きを読む

甲子園タイトル100年目の高校野球、夏の甲子園大会が開幕した。
それにあわせて、前日の5日、NHK BSで、
「敗れざる君たちへ ~作家・重松清  阿久悠『甲子園の詩』を巡る旅」という番組が放送された。 
番組の最初の方で、これは2013年12月21日に放送されたものであることが表示された。

100年目という節目の年の大会の、開会式の前日の夕方、BSでひっそりと再放送されたわけだが、
もう少し、人目につきやすい時間帯で、できれば多少の番組宣伝のスポットも流して、
できるだけ多くの人たちに見る機会を与えてあげてもよかったのではないかと思います、NHKさん。

録画しておいたものを、これまで4回見たが、全然あきない。
このブログを書くために、さらに何回か、戻したり進めたりしながら
見ることになるが、おそらく10回繰り返しても、
もういいや、ということにはならないと思う。

このような番組は、そんなに何度も出会えるものではない。
甲子園で高校野球がおこなわれるときだけ「スポニチ」に阿久悠氏が書いた
「甲子園の詩」を楽しみにしていた人は、日本中にたくさんいる。
そういう人は、なんともたまらない気持ちにさせられ、「甲子園の詩」を
新聞紙上で読んだことがない、という人は、
阿久悠という詩人の紡ぐ言葉の魅力に圧倒される、そんな番組だ。

おそらく2回に分けることになると思うが、ひょっとしたら3回になるかもしれない。
番組は1時間だったが、その中で取り上げられた、阿久悠氏の詩のいくつかを
文字おこしするだけでも、ちょっとした長さになってしまう。

だが、高校野球が嫌いな私でも、高校野球ファンになってしまうのではないかと
思うぐらい、素晴らしい詩を、多くの人に知ってもらいたいから、
長くなるのは承知のうえで書き始めた。
3日がかりになったらご容赦いただくということで、本論に入る。続きを読む

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