ちょっと待って、ラ・テ

オジサンのこころに響いた番組の、あの場面、あの言葉、あの人の表情。 毎日、放送される多くのラジオ、テレビ番組の中から、選りすぐって取りあげ、 聞いていない人、見ていない人が自分のなかで再生して、その番組の感動や楽しさを味わうことができる、そんなことの役にたてればと思います。 ついつい流される日々のなかで、ちょっと立ち止まって、日常を一歩離れて、考えてみるためのラジオ、テレビ。だから「ちょっと待って、ラ・テ」。

2015年11月

ひとりカラオケ、最近は「ワンカラ」などとも言うようだが、昼間そこで楽しんでいる
女性に「カラオケ代を払いますから、家ついていってイイですか?」と声をかけ、
オーケーということで家に行って…というのが、10月31日放送の
テレビ東京「家、ついて行ってイイですか?」。
今月19日のこのブログで紹介した、32歳差カップルのエピソードに続いて
この女性の「事実は小説よりも奇なり」というしかない話を見せてくれた。

歌っている最中に、番組スタッフから声をかけられたこの人、くみこさん(28才)は、
「同棲している人がいるので、確認が取れたら」ということで、その相手の了解も得て
ふたりの住まいに向かうことになった。

東京・新宿のカラオケボックスを出てJR新宿駅まで歩く道すがら、彼女の口から出た
言葉、その内容は、自分が最近読んだマンガの話でもしているのかと思うようなものだった。
それは、仕事中に彼が階段から落ちて、ある時期2年ぐらいのあいだの記憶を失くした、
というものだった。

スタジオならぬ専門学校生の部屋をスタジオがわりに借りて収録している、
そこにいる、おぎやはぎ矢作やビビる大木、アンタッチャブル山崎などが
「行っていいのか?」と言う声が入る。

「記憶喪失だと分かったときの気持ちはどんなものでした」
「なんかもう複雑でしたね。
 記憶を失くしたという事実がきたときはショックでしたね」
ビビる大木の声が入る。
「歩きながら聞く話なの、これ」

新宿駅から赤羽駅まで移動し、ふたりの暮らすマンションに着いた。 
その彼氏、重田佳則さん、28才が登場。画面には「くみこさんと同棲して約4年」と。
スタッフが質問する。「お仕事、何されているんですか」
「今、アルバイトしながら声優めざしています」
「アルバイトは何を」
「カードゲームの販売だとか買い取りだとか。秋葉原で」
「何年ぐらいやっているんですか」
「う~ん何年ぐらいだろ。自分の記憶では2年ぐらいなんですけど、
 飛んでる部分をあわせると3、4年ぐらいかな」

ふたりの出会いは声優の養成所、重田さんが告白したとき、
くみこさんは「恋愛とかは、いいやとなっていた時期だったので」振った。
それがなぜ、今同棲しているのか、という質問に、くみこさんは、
「付き合っていたわけではないんですけど、なぜか飛び越えて
プロポーズされて、まんざらでなかったんだと思うんですけど」
そこへ、重田さん、
「そんな記憶はないんですけど、私は」
続きを読む

(これは今年の8月に書かれたものですが、きょう、「紅白」の出場歌手の
 発表があり、山内惠介の初出場が分かったので、タイトルに
 「祝 紅白初出場」をつけて再度アップしました)

さらに12月21日の「スタジオパークからこんにちは」に、
初めての白組・司会を担当する井ノ原快彦が出演、
山内惠介の「スポットライト」が大好きだと言い、ミュージックビデオを見ると
泣けると"告白"した。   (12月21日追記)




NHK FMで今週月曜日からきのうまで4日間、朝10時からの1時間、
「演歌の綺羅星(きらぼし)」という番組が放送された。
ことしのゴールデンウィーク中、5月に放送されたものの再放送だが、
そのときは、たしか夜11時からだったので、
朝10時台に演歌の番組を聞かせるという編成をしたNHKの人、
なかなかやるものだなあと感心した。

4日間のラインナップは「はやぶさ」「三山ひろし」「竹島宏」「山内惠介」という
演歌界の期待の星たちで、それぞれ、スタジオの100人ぐらいのファンを前に、
MCをつとめながら、生歌を歌うという1時間番組だった。

期待の星、というと新人歌手かと思われてしまうかもしれないが、
山内惠介は、今年デビュー15周年だそうである。
その15周年記念曲の第1弾として、2月に発売された曲が「スポットライト」。

そのミュージックビデオが、いまどき珍しい、若い男女の青春のある時期のくらしを
描いていて、オジサン世代にはちょっと心の琴線に触れるものがある。

きのうの山内惠介の番組を聞くまで知らなかったが、この「スポットライト」は
喜多條忠による作詞だった。
それを知って、あらためてミュージックビデオを見てみると、
そこには、われわれ世代には懐かしい、あの名曲「神田川」の世界が
再現されていることに気がつく。

それは最初、ナレーションから始まる。
「これは若かったぼくたちの物語。どこにでもある小さな部屋の中の、青春。
 それは都会の片隅で、夢見るふたりが見たスポットライト」

イントロが流れ、タイトル。
山内惠介の歌にあわせて展開される映像は、若いふたりがふとしたことで出会い、
小さな部屋で暮らすようになり、それぞれの夢を追う。

銭湯から出てくるふたり。
まさに「神田川」である。

歌手になりたいという女性の夢は実現するが、小説家になるという、男の夢は、
なかなかチャンスが来ない。続きを読む

「事実は小説よりも奇なり」という言葉が、この番組のキャッチコピーとして
ピッタリだと思う、テレビ東京、土曜深夜の「家、ついて行ってイイですか?」
終電に乗り損なった人に「タクシー代払いますから、家、ついて行ってイイですか?」
と声をかけて、「イイ」と応えた人と一緒にタクシーに乗り、
着いた家で、いろいろ話を聞く。
1時間の番組で毎回、3人ぐらいのエピソードを見せ、スタジオならぬ、
これも街で「家で収録させてもらってイイですか」と頼み、OKの返事をくれた人の家、
あるいはアパートの部屋で、司会のおぎやはぎ矢作とビビる大木、
それにゲストの三人で、あれこれしゃべる、そういう番組だ。

10月31日の放送は、東京の町田駅から始まった。
中年の女性三人組に声をかけると、仕事の帰りだという。なんの仕事かと聞くと、
「熟キャバ」だと言う。いわゆる「熟女キャバクラ」だ。
その三人のなかで「家に72才の主人がいます」という女性の家まで行くことになった。

タクシーのなかで、その72才のご主人とのなれそめを聞く。
女性の名前は菅原香屋子さん、40才。
「ずーっと前に働いていた会社」の、当時の上司がご主人だという。
おぎやはぎ矢作が盛んに「興味深いなあ」と言う声が入る。

タクシーは横浜市江田の自宅に着いた。5千円とちょっとのタクシー代を払って、
家におじゃまする。
夜中の3時に、ご主人の菅原晃さんは、スジコからイクラを作っていた。
50才で離婚したとき、外で食っていればいいと思っていたが、
「外で食うものは、どんなに金出しても飽きる」から、自分で料理するようになったらしい。

あらためて、スタッフが「どんなお仕事だったんですか」と聞く。
香屋子さんが答えて、「百貨店の万年筆売り場の統括部長、総責任者と
ペーペーの下っ端」。
「どちらが付きあってくださいって言ったんですか」という質問には、
香屋子さん「言ってないよねぇ」晃さん「言ってないよ。おれ忙しかったもの、
いっぱいいて」
忙しいのは仕事ではなく、彼女がいっぱいいたからということだそうだ。
続きを読む

「スカパー!」に「歌謡ポップスチャンネル」というチャンネルがあり、
演歌、歌謡曲のいろいろな番組が見られる。
その中に「USEN演歌ランキング トップ20」という、有線放送のリクエスト曲の
中から演歌だけをピックアップして、そのベスト20曲をカウントダウンで紹介する
番組があり、そのランキングは、CD売り上げなどとは違う、なるほど、
今、世間ではこういう曲がリクエストされているのか、ということがわかる、
しかもそれによって、ヒットの前触れも感じさせる、「有線ここにあり」という
思いがするものだ。

先週放送されたランキングでは、7位に川崎麻世の「無条件」という曲が入っている。
これは川崎麻世の、なんと32年ぶりの新曲だということだが、みんなで手拍子しながら
宴会やカラオケボックスで歌うにはもってこいの歌だ。年末にかけてチャートが
上がってくるかもしれない。

また、17位の「母きずな」という曲は、歌っているのがエドアルドという名の外国人。
番組で、この曲を聞いたとき、うまく言えないが、聞く者の心にスッと入ってくる、
「うーん、演歌だ」と唸らせるものを感じた。
もちろん、日本語で歌っている。

すぐネットでプロフィールを調べてみると、テイチクレコードから10月21日に、
この曲でデビューしたばかりの新人で、ブラジル生まれの31才、
生後2日目で日系2世の女性にあずけられ、その育ての母の母親、
つまり、おばあちゃんから日本語と日本の演歌を教えられたらしい。

13才のときからサンパウロで、日本人の先生に日本の歌を学び、
2001年、日本のアマチュア歌謡祭に、ブラジル代表として出場、
見事グランプリを獲得。
26才のときに、ブラジルを離れ、ひとり日本にやってくる。
当然、歌手を志していたのだろう。 育ての母も、そのあと日本に来る。
母はパン工場で働き、彼は一日10時間のアルバイトで生計を立てる日々が続き、
そのころのことか、あるいはブラジル時代のことか、
デビュー曲「母きずな」の歌詞は、自らの暮らしを歌ったものではないかと
想像できる。
続きを読む

おとといの日曜日の夜9時、FM NACK5「松山千春 ON THE RADIO」は、
函館からの生放送。当日は天皇賞があり、このあいだの菊花賞では
北島三郎が馬主の馬が一着になったという話、
そして、「あのこぶしの返し方は北島さんにしかできない。
おれたちがどれだけ頑張っても、あの返し方はできない」という、
最近の言い方でいうと「リスペクト」の言葉があって、1曲目、
「函館の女」がかかった。

FMで演歌が聞けることはあまりないと思うが、松山千春の曲紹介、
そしてあのよく知られたイントロ、まったく違和感なく聞けた。
私が演歌好きだからということも多少はあるかもしれないが、松山千春は、
「どうだ、演歌かけちゃうぞ」というような奇をてらう言い方でもなく、
ごく普通に曲紹介をした。
そのあとは、白鵬の最多優勝回数記録達成を祝う会を、
昨年の九州場所のときに博多でした、という話があり、続いての曲が、
「博多の女」。

実に自然に曲紹介があり、北島三郎の名曲、あらためて名曲だと思ったが、
それが流れる。松山千春の番組で、なぜ北島三郎の曲が2曲もかかるのか、
ピンとこない方もいるかもしれないが、番組を聞くと、おそらくそれほど違和感を
感じないのではないかと思う。
ほんとに不思議といえば不思議、しかし、番組のファンにとっては、
ごくあたりまえの、よくあることでしかないのかもしれないが。

話題は、日本シリーズの結果についての話から、クライマックスシリーズは、
やはりいらないのではないかというような持論などのあと、CM明けで、
最近も大きなニュースとして取り上げられた「冤罪」について話し始めた。

テレビを見ていたら、そこで「目的のためなら、どんな手段を使っても構わない、
そういう体質が検察、警察にあるのではないか」ということを言っていたが、
と松山千春は言い、続けて、このように言った。
「確かに、目的のためにはどんな手段を使っても構わない、という風潮、
けどな、その風潮をいちばん最初に植えつけたのはテレビ媒体ですよ。
視聴率をとるためなら、どんなことをやっても、どんな番組を作ろうが、
視聴率のためなら・・・、あなたがたがそれをやり始めたんですよ」

続きを読む

このページのトップヘ