ちょっと待って、ラ・テ

オジサンのこころに響いた番組の、あの場面、あの言葉、あの人の表情。 毎日、放送される多くのラジオ、テレビ番組の中から、選りすぐって取りあげ、 聞いていない人、見ていない人が自分のなかで再生して、その番組の感動や楽しさを味わうことができる、そんなことの役にたてればと思います。 ついつい流される日々のなかで、ちょっと立ち止まって、日常を一歩離れて、考えてみるためのラジオ、テレビ。だから「ちょっと待って、ラ・テ」。

カテゴリ: 新聞記事

けさ、3月12日の東京新聞の最終面に、仙台市在住の作家、伊集院静氏が
「忘れてはならない日々」という文章を寄稿している。
それが、あまりにも素晴らしいので、全文を転載させていただく。

ひとりでも多くの人に読んでもらいたいから。


忘れてはならない日々

今でも、時折、思い出す光景がある。あの日、3月11日の夜、私たち家族は
夕暮れから夜にかけて続いた大きな余震に、このままでは家が崩壊すると、
何度も皆が庭に出た。激しい揺れと、不気味な地鳴りに似た音を聞きながら、
余震が去るのを待った。やがて余震がおさまった。奇妙な音に空を見上げた。
満天の星の中をいくつもの流星が横切った。落ちるように見えるものもあれば、
上昇するように見える星もあった。
―天に行くのか…。
 思わずそう感じたのは、手動式のラジオで我が家から、それほど遠くないところの
海岸におそるべき数の人影が横たわっていると聞いて驚愕していたからである。
「こんなに美しい夜空なのに、どうして?」
家人の声に、私は怒りがこみあげてきた。
―私たちが何をしたというのだ。この大地は誰のものなのか。


 先月、被災地を家族と見て回った。
 震災直後は、船が、家屋が、こんな奥までと驚いた。3年前は、瓦礫が、泥土が、
見上げる塔のようにあった。
 今は宮城県南三陸町では、いくつもの台形の土地の中に、最期まで避難放送を
していた若い娘さんがいた防災対策庁舎の鉄の骨組みだけが残り、
その隙間から早春の青空が見えた。その青色は美しく澄んだ春の色だった。続きを読む

(きのうの続き)
「HUFFINGTON POST」は、アメリカで生まれたWeb上で読む新聞で、
各国版が発行されていて、日本版は2年前に開設された。
編集主幹は、元フジテレビアナウンサー、というより、フリーのキャスターといった
ほうがいいのだろうか、長野智子氏がつとめている。

テレビ番組の「むちむち!」の再放送を見たのもたまたまだったが、
その番組が「女性蔑視」として批判されているという記事を見たのも
たまたまだった。
HUFFINGTON POSTの猪谷千香さんというレポーター(スタッフ紹介の肩書が
そうなっている)の書いたもので、見出しは、
"「無知な女子高生」を沖縄に連れ出し「愛のムチ」を打つNHK番組「むちむち!」に
 「女性蔑視」批判"

記事の冒頭は次のように始まる。
  NHK・Eテレで8月20日に放送された番組「むちむち!」が批判を受けている。
  同番組は、東京・渋谷の女子高校生を沖縄・普天間基地や
  四国のお遍路に連れ出し、現場を体験させるというもの。
  「女子高生の目線で、日本を旅する新しいドキュメンタリー」と、
  番組の公式サイトで説明されている。

    しかし、放送前から「無知」であるとするターゲットを女子高生に絞っている
  ことや、 TwitterでEテレ編集部の公式アカウントが、「街でスカウトした
   ちょっとムチな女子高校生に、番組ディレクターが愛のムチを打つ、
   全体的にムチっとした番組です」
   などと性的ともとれる表現でツイートしていたことから、若い女性に対する蔑視、
   セクハラであるとして批判の声が上がっていた。

(引用終わり)

そのあと、ハフィントンポスト日本版編集部の取材に対し、NHKが、
「女子高生をターゲットに絞ったのは、同世代の男子に比べ表現力が豊かだと、
これまでの取材で実感していたからです」と回答してきたことを言い、
批判のきっかけは、8月17日にEテレ編集部の公式アカウントがツイートした、
番組宣伝のための、そのツイートの内容だったとして、
NHK Eテレ編集部のそれを、そのまま転載している。

そして記事は、「これに対し、Twitter上では「セクシズム(女性蔑視)」であるという意見が多く寄せられた」と一行書かれたあと、そのツイートがいくつか転載される。
清水晶子氏、金田淳子氏、ふたりとも私は知らなかったが、フェミニズムの分野が専門だったり、
東大大学院の准教授だったり、そういう方のツイートだ。続きを読む

きのうの東京新聞には、いい話がいくつも載っていた。
何かと世知辛いちかごろ、こういう記事を読むと、人間やっててよかったな、
まだまだ世の中捨てたもんじゃないな、という気持ちになる。

まず、29面の「編集日誌」。たしか、今年になってから設けられたコラムだと思うが、
編集担当のデスクか、「編集長」という立場があるなら、そのような方が
その日の紙面づくりや、それに関連した話題について、読者に話すというスタイルの小さなコラムだ。
きのうは、来春卒業の学生の、企業などの面接が解禁されたという記事に関連して、
次のように続けている。

 ”当社も四月に採用された社員がこの日、一斉に現場に配属されました。
  研修期間が四ヶ月あり、うち一ヵ月半は販売店に住み込み、
    配達や集金を経験します。
  新聞を配る苦労を知り、読者との交流を深めることが大切と考えるからです”

新入社員研修の四ヶ月のうち一ヵ月半も販売店住み込みの経験をさせるのは
東京新聞ぐらいではないだろうか。
それより、新聞社の新人研修で、販売店に住み込み、配達や集金の経験をさせるという
ことが行われていることに、大げさに言うと、驚いた。
しかし、読者との、言い換えればそれはお客さんなのだから、
そのお客さんと直接、接することはあって当然といえるかもしれない。
その経験が、新人たちの将来の記者生活に大いに役立つことを願わずにはいられない。

次は20面。「家族のこと話そう」という、以前、時任三郎夫人、千佳さんの記事が
掲載されたところ。きょうは乙武洋匡さんのインタビューをもとにした記事だ。
その冒頭から三分の一ぐらいの内容を引用する。

  ”「おはよう、今日も愛してるぜ!」亡き父は、朝起きてこんなあいさつができる
   感情表現が豊かな人でした、大手建設会社に勤めていましたが、
   バブル期の建設ラッシュで仕事が忙しくても、入学式や卒業式、運動会などの
   学校行事に必ず来てくれました。
   大学受験の初日、一人でトイレに行けず、尿意で集中が切れてしまい、
   失意のまま家に帰りました。
   電話で事情を聴いた父は、その夜、お土産を持って帰宅、手にしていたのは
       紙おむつでした。続きを読む

きのうの東京新聞19面、「家族のこと話そう」という欄に時任夫人
ライフカウンセラー、時任千佳さんという方の記事が掲載されていた。
あまり聞かない苗字なので、ひょっとしたらと思ってプロフィールを見ると、やはりそうだった。
俳優の時任三郎さんの奥さまである。

今まで、女性誌などには出ていたのかもしれないが、オジサンはそういう方面の雑誌には疎いので、時任千佳さんのお顔を拝見するのは、今回が初である。
その千佳さん、モデル、女優として活躍していたが、時任三郎さんと出会い、結婚、今、3人の子どもの母として、また、ヨガのインストラクターとして、充実の日々を過ごしていることが、記事からうかがえるが、その記事ではまた、決して幸せとは言えない幼い頃のことも、ご自身が話している。

三人姉妹の末っ子で、幼稚園のときに両親が離婚、母親と暮らすようになる。
母は、祖母が経営する飲食店で、終日働いた。
千佳さんが母の顔を見ることができるのは、朝、寝ているときだけだった。

北九州市の高校を卒業後、上京し、知人の紹介でモデルの仕事を始める。
だが、12才からひどくなった喘息や、アレルギー体質で常に体調が悪く、
忙しくなると苦しくなって病院に運ばれることもあったという。
自信をなくして落ち込む日々が続いた。

そんなとき、パラグライダーの集まりに誘われ、気分転換になればと参加し、
時任三郎さんと出会う。
ねんざした千佳さんに時任さんが氷を持ってきてくれたことがきっかけで
仲良くなったという。

「縁」というものは、やはりあるのかと思わせる、男と女の出会いだ。

そして、友人たちと一緒に旅行したニュージーランドの山頂で、
時任三郎が突然言った。
「ここで結婚式を挙げよう」

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東京新聞のラ・テ欄は、真ん中の4ページ、紙面では1枚になるが、
それを引き抜いて、その1枚はつまり「別刷り」のラジオ・テレビ欄として
そして、曜日ごとの企画で、様々な記事やコラムが読めるようになっている。
極端なことを言えば、お父さんが朝、出勤するときにそれを引き抜いて
家において残りの紙面を持って行っても、他の家族が、夜、テレビを見たり、
ラジオを聞いたりするのに、ラ・テ欄がなくて困るという心配はないのだ。

曜日ごとの紙面は、例えばきのう日曜日は、「話題を楽しむ」という、
大タイトルのもと、「エンタメ特報」として、「NHK朝ドラ『まれ』 
今週から横浜修業編」という記事、奥田瑛二のエッセイ「つれづれ」、
「テレ東グッズ大受け 東京駅一番街に7ch旋風 『妖怪ウォッチ』で化ける売り上げ」
という大きめの記事などと、当日のラジオ・テレビ番組いくつかの内容紹介、
それに、番組に対する読者の投書欄、などである。

一昨日の土曜日は、「放送芸能を楽しむ」という大タイトルで、
新しく創設された「森光子の奨励賞」の第一回の受賞者に
中村勘九郎、七之助兄弟が選ばれた、という記事とともに、
日本エレキテル連合の中野聡子のコラムが掲載されているが、
これがとても素敵な内容なので、全文を転載し、読んでいただこうと思う。続きを読む

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