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エンディングまで、泣くんじゃない。

約束しよう。熱いけど、さわやかな涙が、きっと流れる。
昔話や神話なんかじゃなくて、
これは、キミ自身みたいなキミが生きてゆく、愛と勇気と冒険の物語なんだ。
そうしてすごした数週間(数日?数ケ月?)を、キミは、オトナになっても忘れない。
すでにオトナのヒトには、またちょっと別の理由もあって、いっそう泣ける。
名作って、そういうものなんだ。
小学生からインテリ(頭の良いオトナ)まで。
『MOTHER』って、そういうR・P・Gなんだ。




※本記事には重大なネタバレが含まれています※



ブログ代表
こんにちわ。レトロゲームレイダース/ジョーンズ博士だ。

上記は、コピーライターの糸井重里さんによる『MOTHER』の広告におけるキャッチコピーとボディコピーです。そんなわけで今回発掘した作品は、任天堂から1989年に発売された任天堂初のコマンド式RPG、『MOTHER』。

任天堂の重役自らが開発に関わっていることから、任天堂内でもマリオ、ゼルダに並ぶ扱いを受けているにもかかわらず、世間一般の評価といえば「好きな人は大好き!」、「どこが名作なのかよくわからん」と“やる人を選ぶゲーム”のように思われている節があります。しかし、それは誤った認識です。

『MOTHER』とは、一体、どんなゲームだったのでしょうか?



主人公ドラゴンクエストの子供たち、『MOTHER』。
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ドラゴンクエストは、『I』、『II』、『III』とシリーズを重ねることで、日本中にロールプレイングゲームの面白さを浸透させました。その熱波を受けたのは何も子供たちだけではありません。大人たちもRPGの面白さにすっかり魅了され、コピーライターである糸井重里さんもそんな一人でした。「自分でもRPGを作ってみたい」と考えた糸井さんは、RPGの企画を作り、任天堂の門を叩くのです。

Mother 1+2 (Japan)_13

以上のことから分かる通り、『MOTHER』は『ドラゴンクエスト』がなければ生まれなかった作品です。ですが、ここで大事なのは、そんな上下関係ではありません。『ドラゴンクエスト』の“”であることが、『MOTHER』の重要なポイントを形成するという点なのです。



ロイド竜退治よりももっと身近なファンタジー、『MOTHER』。
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『ドラゴンクエストIII』によって日本が空前のRPGブームに沸いたことを受けて、各ゲームメーカーはさまざまな時代や舞台のRPGを発表していきます。そのような中、糸井重里さんが選んだのは、「80年代のアメリカ」でした。糸井さん自身が「少年が主人公の物語ということで、『スタンド・バイ・ミー』ような世界を作りたかった」といっているように、現代風のアメリカを舞台にしていることは、『MOTHER』というゲームの大きな特徴となりました。

なぜ、80年代のアメリカなのか?

それは、1980年代の少年・少女たちにとって、この時代のアメリカはとても身近なファンタジーだったからです。その理由は、数々のハリウッド映画によるものといえるでしょう。

『バック・トゥ・ザ・フューチャー』シリーズ、
『グーニーズ』、
『E・T』、
『スタンド・バイ・ミー』、
『未知との遭遇』、
『激突』、
『クリスティーン』、

挙げればきりがないほど。

映画の中での冒険の舞台となるアメリカは、80年代の少年・少女たちにとっては、中世のヨーロッパ的なサーガよりも、近未来のスペースオペラよりも、日本風の昔話よりも、とっても身近な“行ってみたい冒険の世界”でした。そのようなことを受けて、『MOTHER』には数多くの80年代ハリウッド映画のオマージュが詰め込まれています。

Mother 1+2 (Japan)_04←『ポルターガイスト』的な。

Mother 1+2 (Japan)_17←『ゾンビ』的な。(日本公開は1979年)

Mother 1+2 (Japan)_10←『スタンド・バイ・ミー』的な。

Mother 1+2 (Japan)_15←『クリスティーン』的な。

Mother 1+2 (Japan)_45←『バック・トゥ・ザ・フューチャー』的な。



アナ誰もが体験した夏休みの冒険、『MOTHER』。
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『MOTHER』とは、片田舎に住む少年・少女たちが世界を救う物語です。しかし、本作の特徴は、ドラゴンクエストのような壮大な冒険を感じさせない点にあるといえるでしょう。この点をMOTHERのRPGとしての失敗点としてあげる人もいます。「フィールドマップはやたら広いのに、大冒険をちっとも感じさせない」とか。しかし、それは早計というもの。「RPGが壮大な冒険でければならない」というのは、RPGの可能性を狭めてしまうだけの発想ではないでしょうか。

『MOTHER』の“こじんまりさ”は、意図的なものです。

なぜなら、『MOTHER』が目指したのは、一人の勇敢な若者が数々の苦難の旅の末に邪悪なドラゴンを倒す話ではなく、夏休みのちょっと遠出をしてみた少年・少女たちの大冒険なのですから。

普段は、どこにでもいる冴えない少年。でも実は、みんなには言っていないけど超能力が使える。あの日、地下室で見つけたおじいちゃんの日記を読んで、世界を救う旅に出ることに。リュックサックに食べ物やおやつを詰めて、片手に持つのは木製のバット。歩いたり、電車に乗ったりして広野をいく。

目の前に待ち受けるのは、廃工場という名のダンジョン。そして、勇気がなければ進めない幽霊屋敷。冒険の中で出会う新しい友達。口下手だけど天才的頭脳を持つメガネくん。キュートでちょっとおませなエスパー少女。見た目は怖いけどすごく頼りになる兄貴分。そしておじいちゃんが残してくれた戦闘ロボット。

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▲主人公のヒミツの力「テレパシー」。それが大冒険の扉を開く。

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▲謎の現象は待ちのいたるところで起こっているらしい。

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▲臆病な科学好きな少年ロイドは、ペンシルロケットに興味があるらしい。

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▲ケタ外れな超能力の持ち主として知られる少女アナとは…?

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▲飛行機による遊覧飛行。そして戦車によるR・7037戦!

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▲赤ちゃんから授かるのは、助走をつけてワープするPSIテレポーテーション。

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▲激しくなる戦いに向けて、ロイドと入れ替わりで街の不良テディが参戦。

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▲山小屋でのひととき。少年と少女はしずかに自分の思いを伝える。

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▲最大のピンチに駆けつけたのは、勇気を身につけたロイドだった。

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▲ホーリーローリーマウンテンの秘密基地で、おじいちゃんの形見「イブ」と出会う。

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▲主人公たちを守り、最強の敵R・7038XXを倒すために自爆する「イブ」。

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▲8つのメロディが揃うとき、マジカントのクリーンマリーの記憶も…。

それは、夏休みの前に夢想する「今年の夏休みは、いつものとは違った夏休みになったらいいなぁ」的な大冒険。発売日は、1989年の7月27日。まさに、夏休みのはじまり。そう、MOTHERとはそういうR・P・Gなのです。



デディ最強の「お使いRPG」、『MOTHER』。
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『MOTHER』と映画版ドラえもんには共通点があります。それは、「どんな世界的な危機が起こっても、子供たちの世界の中で解決する」というもの。この不文律を守ることによって、『MOTHER』は「少年・少女たちだけの物語であること」を成立させているのです。

例えば、主人公たちは敵をゼッタイに殺しません。戦闘後のナレーションに着目してみると、気が狂った大人たちや動物たちは「正気にもどらせた」、マシンたちは「破壊した」、ゾンビは「土に還った」、幽霊は「かき消えた」。このように、「○○を倒した」とは書かれていません。戦闘後に手に入るお金も、報告を受けたパパが「いいことをしたことに対するご褒美」としてのお小遣いです。

そして象徴的なのは、ラスボス戦でしょう。

主人公たちの街周辺で起こっていた奇怪な事件は、宇宙からの侵略者・ギーグによるものでした。圧倒的なチカラを持つギーグに対して、ここまでずっと旅をつづけて成長してきた主人公たちはまったく歯が立ちません

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ギーグからの攻撃の正体が掴めない!」。

ここまで絶望的なメッセージが戦闘シーンで流れるRPGが存在したでしょうか。無情かつ無慈悲な攻撃をくり返しながら、ギーグは主人公に語りかけてきます。


「あなたの一族には、本当にお世話になっています。
 幼い私を育ててくれた、ジョージの妻…マリア。
 私たちの星から大切な情報を盗み出して、私たちに歯向かおうとした…ジョージ。
 そして、その夫婦の子孫。
 また、私たちの計画を邪魔しようとしている、あなたのことだ。
 もうお帰りなさい。
 みにくい地球人たちとともに、滅びてください。
 その虫ケラのようなチカラでは、どうすることもできない。
 あなただけ、
 ひとりなら助けてあげてもよい。
 私とともに、マザーシップに乗りなさい。
 …そうですか。
 ならば、友達やみにくい地球人といっしょに、ここで眠りなさい。」
  
 
ラスボス戦にも関わらず、戦闘を盛り上げるBGMはありません。代わりにかかっているのは、これまで旅の途中で何度も耳にしてきた不気味なSEのみ。その演出が、文化や価値観がまったく異なる存在との対峙には絶望的なカベがあることを意識させます。チカラでは対抗できない敵に対して、できることはないのか? そんなとき、戦線を離脱したテディの言葉がプレーヤーの頭によぎるのです。


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「力だけじゃ奴らには勝てねぇ。
 でも、俺たちは必ず平和を取り戻せる。そう信じてるぜ。」


主人公たちが、絶望的な戦いの中でギーグと立ち向かう勇気をふりしぼったとき、コマンド欄から「にげる」は消えて、代わりに「♪うたう」が現れます。歌うのは、これまでの旅の中で集めてきた8つのメロディ、そう! 「エイトメロディーズ」。

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その瞬間、ギーグはこれまでとはうって変わり、激しく動揺しはじめます。

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それははるか昔、まだ、使命も、義務も、恐怖も、侵略も、関係なかった時間。そこにいたのは、一人の母親と一人の子供。どこまでもおだやかな時間の中で、何度となくマリアがギーグに聞かせてきた子守唄。そして、それは二人の間に育まれた≪≫を確認させる≪約束の唄≫でした。

「歌をやめるんだ!」 力任せに止めようとするギーグ。攻撃によって歌は何度も中断させられます。でも、そのたびに立ち上がって、歌を歌い続ける主人公たち。少年・少女たちが旅の中で身につけたのは、敵を倒すための強さではありません。敵に大切なことを伝えるために、最後まで倒れない“強さ”だったのです。

伝えなければなりません。
母の想いを。
それは、1000の言葉よりも、65535の説得よりも強力な攻撃であると同時に、
地球上にあるすべてのどんなものよりも、やさしいもの。

おっと、涙で画面が滲みはじめていませんか? それでも僕たちはガマンしなければなりません。だって、一番最初に言われてたじゃないですか。




















エンディングまで、泣くんじゃない って。


「お使いRPG」とは、フラグ立てによる依頼が多いゲームによく使われる言葉です。最後まで『MOTHER』をプレイした人は、この作品が「マリアから預かったエイトメロディーズをギーグへと届ける物語」であることに気がついたはずです。「名作・お使いRPG」。この作品のことをそんな風に呼んでもいいんじゃないでしょうか。

ラストバトルをイベントのひとつとしながらも、プレーヤー一人ひとりに思うところを残す。そして、とても大切なものを思い出させてくれるような清々しさを感じさせる『MOTHER』。まさに、歴史に名を残すべき名作といえる作品です。



にいさん大人になってからもう一度プレイしてみる、『MOTHER』。
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子供の頃に『MOTHER』をプレイして、以来、ここのところずっとご無沙汰している…。そして、今では結婚し、子供もできて、おとーさん・おかーさんになっているとしたら、あなたは運がいい。なぜなら、もう一度、『MOTHER』を楽しめるチャンスがあるのですから。

1989年当時の広告に書かれている糸井重里さんによるキャッチコピー・ボディコピーに、もう一度、注目していただきたいと思います。


  エンディングまで、泣くんじゃない。

  約束しよう。熱いけど、さわやかな涙が、きっと流れる。
  昔話や神話なんかじゃなくて、
  これは、キミ自身みたいなキミが生きてゆく、愛と勇気と冒険の物語なんだ。
  そうしてすごした数週間(数日?数ケ月?)を、キミは、オトナになっても忘れない。
  すでにオトナのヒトには、またちょっと別の理由もあって、いっそう泣ける
  名作って、そういうものなんだ。
  小学生からインテリ(頭の良いオトナ)まで。
  『MOTHER』って、そういうR・P・Gなんだ。


ズバリ、赤字の部分。ここの意味はどういうことなのでしょうか。「大人のほうがお母さんのありがたみが一層分かるからなんじゃないの?」という方は、チト早計というもの。MOTHERに仕掛けられた「もう一つの物語」について語ってみたいと思います。





おじさん大人が見ると別の物語が見えてくる、『MOTHER』。
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『MOTHER』というゲームは変なクセが強い。そのひとつが、「フツウのRPGと違って街の人々があまり有益な情報を主人公たちに語ってくれず、逆に、人をからかうようなセリフが多いこと」です。特に、大人のキャラほどこの傾向が見られます(マザーズデイの市長さんのように該当しないキャラもいる)。

なぜなのか?
初プレイ時よりずっとこの疑問を抱いていた私は、あるひとつの結論に至りました。

大人たちは子供たちによる事態解決をまったく期待していないから」ではないか?

悪く受け取らないでいただきたい。子供がいる人なら分かっていただけるでしょう。大人は子供をキケンな目になど合わせたくないものなのだ。そして、大人だからこそ、自分たちで解決しようとしている。そんな責任ある考えを持っているところに、キケンなことにアタマを突っ込もうとする子供がいたら、あなたは一体どんなリアクションを取りますか。 ・・・ね? こう考えると、『MOTHER』の世界にいる大人キャラクターたちのおかしな言動・行動がなんとなく理解できるはずです。

そう! 少年・少女たちの冒険のまわりには、いつも大人たちの物語があるのです。





おばさん子供の冒険ごっこに付き合っている、大人たちの『MOTHER』。
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違和感を覚えるといえば、主人公のお父さんの言動もそれにあたります。

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「いまこそ、冒険のときだ。進め、○○! みんなを守ってくれ。」


これは、主人公が旅立つときのお父さんとの通話でのワンシーン。かなり芝居がかっているこのセリフ。しかし、子供のごっこ遊びに付き合っている父親というフィルターで見ると、違和感がなくなります。

つまり、何が言いたいのか? 「自分たちが世界を救う」と信じきって冒険している子供たち。それに対して、「気をつけて遊んできなさい」という大人たち。『MOTHER』という作品には、このギャップのある二つの思惑が存在しています。

つまり、大人視点で『MOTHER』を見たとき、かつての輝かんばかりのひと夏の子供たちの大冒険は、実はまわりの大人たちに守られた世界の中で存在していたということに、気づかされるわけです。それは、ゲームの中でも、現実の世界の中でも。大人のプレーヤーはこんなところにグサッときます。





ゆがみ博士どこまでも広いと感じたMAPも子供ならでは…という『MOTHER』。
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『MOTHER』といえば、東京ドーム3つ分といわれる広大なマップが有名です。80年代のアメリカのちょっとリアルな街を表現するために、「フィールドマップ」と「街マップ」の切り替えをなくしたためのものですが、下記のような解釈もできます。

少年時代の夏休み、友だちといっしょに出かけた大冒険。自転車があれば、どこまでも行けると思っていたあの頃、世界は今よりもずっと鮮明で広くありませんでしたか。はじめての街の知らない風景。そんな一つひとつが驚きであり、刺激的であり、楽しかった。そんな大冒険の舞台も、大人になった今はちょっとした「近所」にすぎない。永遠に続くとおもっていた坂道も、車なら通り過ぎるのに2分もかからない。あの頃、冒険の舞台となっていた世界は、子供しか味わえない世界でもあるのです。

『MOTHER』の世界は広大でした。どこまでも広がっていると感じたフィールドです。

しかし、その距離は電車でたった数駅分しかありません。その気になれば、歩いてもいける。ゲームの舞台は決して広くはないエリア。それがあそこまで広く感じられていたのもまた、子供しか味わえない世界だったのではないでしょうか。





スターマン全てのかつて少年・少女だった大人たちへ、『MOTHER』。
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『MOTHER』という作品の持つポテンシャルは、ただ現在アメリカを舞台にしたRPGという枠を超え、誰もが経験したことがある「少年少女時代の冒険」として心に訴えてくるところにあります。そう、これは主人公のニンテン君の物語であると同時に、プレーヤー一人ひとりの物語でもあるのです。

あの頃、僕たちはすべて自分たちでなんでもできると思っていました。しかし、大人になった今なら分かります。それは、大人たちのあたたかいやさしさの中にあった世界だった、と。そして、それは二度と手に入れられない儚いものなんだって。

ただ過去を懐かしむだけじゃない。大切なものを大切だって思い出させてくれる。それが、『MOTHER』を名作としているんじゃないかって、私は思うのです。

現実にくじけそうになったら、また、『MOTHER』をやってみませんか。『MOTHER』は何度でも、僕たちに熱いメッセージをエールを送ってくれるはずです。─―きっと。



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エンディング

「今」でないとき、「ここ」でない場所。
もうひとつの「地球」に対して、ギーグの逆襲がはじまろうとしている。さあ、新しい冒険のはじまりだ!大人も、子供も、おねーさんも

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