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ドラゴンクエスト03
冒険の旅、それは勇者の挑戦。






ジョーンズ
こんにちわ、レトロゲームレイダース/ジョーンズ博士です。

数回にわたって、ドラゴンクエストシリーズを振り返って発売に向けて段階的にテンションを上げていく企画。今回は第3回目。いよいよドラクエ3のお話です。



(イヤホンをつけて音楽もお楽しみください)



冒険の旅、それは何度でもくり返される。
redline

前回、前々回でも書きましたが、『ドラゴンクエスト』はファミコン少年少女たちにPCで流行っていた「RPGの面白さ」の伝えるために作られたゲーム。

『I』、『II』と少しずつ進化を遂げてきて、いよいよ大本命。おそらく堀井雄二さんが一番作りたかったのではないか?というRPGの基本要素を揃えた『III』がやってきました。今回、ファミコン少年少女たちにもたらされたRPGの面白さとは、

・キャラクターメイキング
・クラス(職業)の選択
・呪文の大幅増加、効果増大
・武器・防具の大幅増加
・パーティメンバー入れ替えによる戦略性の広がり
・セーブ機能
・周回プレイの中毒性
・探求の可能性
・イベントの強化

といった点です。

今日のドラクエシリーズでは当たり前になっている呪文大系(メラ系、ヒャド系、ギラ系、バギ系、イオ系、デイン系、ホイミ系、その他)が確立されたのも、職業大系(戦士、武闘家、僧侶、魔法使い、商人、遊び人など)が確立されたのも、本作でした。

本作一番のキモは、「周回プレイの中毒性」です。

前作『II』も何度も遊べるゲームでしたが、あれは「今回は前より上手くやってやろう」的なプレイでした。ところが本作は、このクラスの選択と、武器・防具の増加、呪文の増加によって、パーティ構成を変えることでイベント以外のプレーヤードラマがまったく違ってきます。

基本スタイルは、勇者・戦士・僧侶・魔法使いでしょう。戦士と武闘家を入れ替えると、お金がかからず、先制攻撃&高確率での会心の一撃が期待できますが、パーティの盾を勇者が担当しなければなりません。戦士2人体制、戦士・武闘家を加えたラン&ガンスタイルも面白いです。

商人の恩恵は前半あまり感じられませんが、中盤以降の金銭獲得技能はバカにできず、最新装備を整えた早期攻略が可能。装備できる武器・防具が豊富であり、勇者より少し劣るオールラウンダー要素があります。

回復呪文とバキ系が使える僧侶を2人体制にすることで、回復面を強化してダンジョン攻略にのぞむもよし。逆に魔法使いを2人体制にして攻撃呪文で敵を瞬殺して早期レベルアップを図るという手も。

まったく使えない遊び人はトリッキーな行動で楽しませてくれるし、守るべき仲間がいることで生まれるドラマもあります。レベル20に達した時に、僧侶系・魔法使い系両方の呪文を使いこなせる賢者へ転職可能になるあたりは、それまでの苦労があるだけにアツイ展開です。

「配られたカードで勝負するしかない」とはスヌーピーの名セリフですが、そのカード、つまりパーティが所有する特性、呪文、攻撃力、防御力を駆使して、どう死線をくぐり抜けていくか。スタンダードパーティではやや苦戦したボスも、魔法使い2名の連続魔法攻撃でゴリ押しできたり。逆に思わぬところでパーティの攻撃力不足によって長期戦を余儀なくされたり。

そう、『ドラゴンクエストIII』は、パーティを変えた周回プレイによって、よく知っていたはずの局面がまったく違うものになるのです。

これは完全に個人的な意見ですが、『ドラゴンクエストIII』を1回クリアしたくらいで「自分も勇者だ」とおっしゃっている方は、私はちょっと違うと思うんですよね。勇者というのはリーダーなんですよ。パーティのリーダーはただ仲間に指示を出す役割ではなく、仕事で成果を出して人心を集められるような人であるべきなんですよ。ここでいう仕事とはどんな戦闘をどんな状況でも乗り越えられることです。どんなカードでもその特性を活かして、仲間を信じて、必ず仲間たちを生還させる。それが、父オルテガとは違う勇者の道を選んだ主人公の勇者の道であり、強さだと思うわけです。つまり、1回クリアでは本当のに意味で"ロト"には至っていないのではないか。そう思います。エンディングで主人公は姿を消してしまいます。どこに行ったのでしょうか。2周目の世界線に決まっているだろ? というのが、レトロゲームレイダース仲間内での通説です(笑)。

まあ、それはさておき。

話を戻しますが、本作は周回プレイを想定しているからこそ、難易度は全体的に前回よりも気持ち落とされています。これは、どんなバランスの悪いパーティでもなんとかなるように考えられた施策です。といっても、敵を弱くするということではありません。中継地点となる町や城の数を増やす、序盤から攻撃方法を増やすという救済措置というカタチでなされています。

『ドラゴンクエスト』シリーズは、プレーヤーのプレイ方法によってそのプレーヤーならではのドラマが作られるRPGを目指している作品です。

『II』は広大なフィールドさえ用意されば、あとはプレーヤーが勝手にドラマを作って遊んでくれました。では本作もそれでいいのか? 本作は現状維持ではなく挑戦の道を選び、それが城や町で発生するイベントの強化です。

これは、『I』⇒『II』と遊んでいるプレーヤーにとって、「町や城がただの補給地点でしかない」のでは飽きられてしまうだろうという発想によるものであり、これまで以上に、先に進みたくなる意欲をプレーヤーに植え付ける仕掛けでした。同時に、それぞれの町や城に個性をつけ、記憶に残るようにする意味もあります。増えすぎた中継地点が、どこのことだか分からなくなるのを防ぐためです。

堀井雄二さんは、ドラクエにおけるストーリーをプレーヤーを先に進ませるための道標と語っています。イベントはその思想をもとに発展した結実点といえるでしょう。この施策とパーティ編成の自由度により、『II』よりも楽しみの増えた"冒険の旅"が生まれていったのです。

このシリーズ記事を読まれている方に私が伝えたいドラゴンクエストシリーズの魅力は、「新しいことに挑戦しつづけたシリーズ」であるということです。

見た目はあまり変わりなく、どこか懐かしいシリーズは、変わり映えのしないシリーズ作品などではなく、常にドラスティックな改革を遂行してきた挑戦者でした。この挑戦により、RPGの面白さを開拓してきたところこそ、ドラゴンクエストシリーズがレトロゲーム史に残してきた偉業だと私は考えています。

ファミコン少年少女たちにRPGの面白さを伝える。

その役割は、『ドラゴンクエストIII』によって果たされることになりました。「そして、でんせつがはじまった!」というメッセージとそして伝説への8ビットサウンドにファミコン少年少女たちが号泣している中、ドラゴンクエストは幕を閉じようとしていたのです。

"ふれたら最後、日本全土がハルマゲドン"。これは、本作発売時のキャッチコピー。「言葉の意味はよく分からんが、とにかくすごい自信だ」と思ったものですが、今、振り返ってみると、なかなか興味深い暗示でもあります。

ハルマゲドン(終末戦争)は、新世界創造の序曲です。『ドラゴンクエストIII』の出現によって、ドラクエ3前、ドラクエ3後と分けられるほど世界は一変しました。もはや『ドラゴンクエストIII』前には戻れなくなったと言えるほどのインパクト。歴史を動かした作品ともいえます。

しかしそれゆえに、ドラゴンクエストは新世界創造という役割を担う呪いをかけられたとも言えます。挑戦をくり返しながら、世の中の期待にどう応えていったのか。引き続き、記事にしていきたいと思いますので、お付き合いいただくと幸いです。

▼ドラゴンクエストIIIの記事はこちら▼
【名作発掘】 『ドラゴンクエストIII そして伝説へ…』─―父の背を追い、父を超えて、少年は勇者になる。



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