2018年06月20日

「学力はいるけど学歴は要らない」社会に思う

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相変らず日本の社会は学歴社会だといわれている。昨今は、「学力はいるけど学歴は要らない」 と云う識者の話もよく聴くけど、実際に、学力を着けるには学校へ行くしか他に方法が無いと言う現実からは逃げることも出来ない事実のようだから、現在の親・子ども達は大変な目に遭っているのが窺がわれる。

私の住まい周辺には現在小学生が5,6人居るのだが、この子達の日常をみていると、学校から帰るとすぐに塾へ行くのは当たり前で、小4の頃からもう算数とか英語の塾へ行っているらしい。

その子たちの親御さんをみていると、大抵は共稼ぎ世帯で、お母さんも毎日フルタイムの仕事に出ていて、学校から帰っても、「お帰り、と言って迎える親が待っているわけではない」。いわばカギっ子のようであります。

この子たちの家庭を取り囲む経済事情としては、現在は国からの、「子ども手当」 と称するおカネが各家計に毎月振り込まれている筈であり、それは一家に子どもが3人も居れば、毎月4,5万円にもなっているらしいから、別段共稼ぎなんかしなくても子育てには困らない筈だと思う。

それは私らが子育てをしていた30年ほど前には何も無かったのだし、それでもわが家の場合、家内が働きに出たことは一度も無かったし、生活に余裕は無かったが、それでも子どもは育っているし、二人の子供はちゃんと大学へも行っている。

正に、「家貧しゅうして孝子ゐず」 を地て゛行ったようなものだが、我が子のことを書けば、小学校時代は小1から小3までは剣道教室、小4からの3年間は少年野球クラブに入って、毎日学校から帰ってくると、おやつを食べてすぐに子ども自転車に乗ってまた小学校のグランドへ行って、日が暮れるまで野球の練習をしていたし、毎土・日曜日は他チームとの練習試合があって、市内のあちこちのグランドへ行って一日過ごしていた小学校時代を過ごしていた。

その子の中学時代も野球部に入って毎放課後とか、休日は野球で明け暮れていたのだった。それでもこの子は大学はちゃんと自分で選んだ遠くの国公立大工学部を卒業して企業人として現在がある。
もちろん我が家計は子どもの学資は育英資金のお世話にもなったのだが、この子は現在、その借りた育英資金の返済も自分で完済して終わっているのだ。

最近の日本は働く人口の減少対策として女性の就労を当てにする政策を進めているようだが、それはどこか基本的発想が間違っているように思えて仕方ない。

本当に豊かな生活とは? それは毎日毎日仕事ばかりして暮らすような生活ではあるまい。女性は成人したら社会人として働くのではなく、専業主婦として本来の子育てに邁進するのが豊かな人生となるのではないか? と云ったら嗤われるか。




  
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2018年06月18日

最近の読書からの余話

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最近も相変わらず図書館へ週2くらいは行っている。そして相変わらず、「乱読」 で書棚から、「これは?」と思う本を借りて帰って読むのだが、毎日毎日長時間読むわけでもないから、パラッと見てそのまま返すのもある。

それが装丁の如何に拘わらず、意外に読み応えのある本だったりすると丹念に読み返しているのもあるから、まあ大体は一度に2冊くらい借りることになる。しかし、その内容がアタマに残っているかと云えば、読んでしばらくそのままにしていると忘れてしまうから、出来れば何かにメモするとか関係の事柄に何かの行動をしておくと跡に残ることになる。

先日図書館に行って、一冊はちょっと硬い本を借りて、「これもついでに」 と雑誌風の装丁がなされた本を借りて帰った。硬い本は未だ開いてないのだが、雑誌風の方には結構楽しめると云うか、興味深い内容で、それも我が故郷に近い漁村の戦後間もない頃の懐かしい描写があった。

1950年と云うから現在からだと70年近くも昔の、戦後間もない頃のことであります。まだ米軍が日本を占領していた頃、時のGHQの指令で、アメリカのミシガン大学の研究者グループが日本の田舎社会を調査研究する為に来日して、調査対象となったのが我が故郷に近い、当時は瀬戸内に浮かぶ小さい島だった、「高島という漁村」だった。

この、「高島」は現在は水島工業地帯の造成で付近一帯が埋め立てられて、島が陸続きになっていて、倉敷市児島塩生という場所なのだが、当時は塩生の白砂青松がつづく浜辺の沖合500メートルくらいに浮かぶ小島だったのだ。
そして現在、その島が陸続きになって小山となっている近くには、「サノヤスドック」という造船所があり、小山の上には、「倉敷シーサイドホテル」と云う観光ホテルが立っていて、かっては豊かな海の漁港でさかなを獲って暮らしていられた島の住民は海が無くなってしまって、その替りみなさん勤め人になってくらしている。

ミシガン大学が、「日本の内海魚業の調査に入った」 のは1950年から5年間くらいだから、その頃わたくしらはまだ小学3,4年の頃で、白砂青松の浜辺で夏は海水浴をしていた頃だ。
この時、ミシガン大学の調査はこの高島だけではなく、県内では農村として、「新池村(現倉敷市)」と、山村として、「草間村(現新見市)」が選ばれていた。

このミシガン大学の研究者グループは大規模で、来日されて5〜10年間くらい村に入り込んで研究生活をされたそうだが、その方々は岡山市内に研究事務所があって、そこは現在、「県・自治研修所」として活用されているそうだ。そして当時来日して調査された縁者の方と村人とのご縁は最近まで続いているそうであります。

「ん?、県・自治研修所」と云えば、わたくしの小・中学校同窓生の大守君も務めていたのではなかったか?と気付いて、先日彼に電話して、ミシガン大学調査団に付いて訊いてみた。さすがに彼は昔のことながら勉強されていて、ご自分が県庁に入る前の事ながら知っていることを話してくれた。

そのミシガン大学研究調査団の残した報告書と云うか、論文は何処へ行けば見せてもらえるのか?と質したら、「そら国会図書館へ行けば確実だろうが、県内の図書館に残っているかどうかは分らない」と云うのが返事だった。
最後に、「あんた、そんな事を勉強しているのか? そらボケ防止にはええわなぁ」と言われてしまった。








  
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2018年06月15日

日経紙コラムについて余談

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講読している日刊紙のコラムに関して先ごろ書いた、「今月は阿刀田高で毎朝が楽しみ」 と云う記事に関して、先日からコラムの話題が、「聖書」 を取り上げている。
氏の作品に出て来る、「あなたは旧約聖書を知っていますか」 がその内のひとつで、更にそのあとで、「新訳聖書・・・・・・」 も書いて刊行していられる。 話題はちょっと替るが、

わたくし、その二冊を読み終えた頃の話である。 どこの町にでも一人くらいは居られると思っているが、大抵は日曜日くらいに家のチャイムを鳴らして来られる、「聖書をタダでくれる熱心な新興宗教の人(女性が多いのだが)」が各家を廻っていられる。

ある日、私家にも来られたので、いちいち断るのも面倒だから、「ポストに入れといてください」 とだけインタホンで言って済ませた。
その日廻って来たのは他所の方から来た人だったらしく、後日、町内に古くからお住いのその関係の人から電話が掛かって来て突然、「お相手してくださってありがとうごさいました」 と礼を言われたので、「何が?」 と問い返した。

その人(女性)が言われるには、「先日〇〇〇の関係の人が行ったでしょ」 「その節、ポストに入れといてと言われたでしょ」。 大抵の場合は迷惑訪問で追い返されるのに、そうされないで、「ポストに入れさせてくれた」 と礼を言われたのだった。

更に、「聖書にキョウミありますか?」 「聖書をお読みになられたこと有りますか?」 と畳みかけられて、私は「うちは先祖伝来の法華経で、キリスト教にはならないが、知識としての聖書は知らないではない」 と答えた。
そこで、その阿刀田高の二冊を読んで結構面白い小説だったと話をしたのだった。

それ以来その町内の人がポストに入れるパンフレットが毎月入るようになり何年続いたか、多分3,4年は続いたと思うのだが、その殆どは古紙回収に直行していたのだが。
それに一度は、「あれっておカネが掛かっているのではないですか? と暗に止めてもらうように言った事はあるのだが、仲々やめてはもらえなかった。 のだが、それは気が付けばいつしか入らなくなっていて、「やっとあきらめてもらえたか」 と安堵している最近なのだった。 しかし、

欧・米へ出かけて行って、あちらの人とか西洋の国々に馴染めばキリスト教のさわりくらいは知らなくては話にはならないのだし、西洋美術工芸品には聖書の内容がテーマになっている作品は多いのだし、欧米人の名前だって、聖書に登場している聖人から命名されている人も実に多い。例えば、John とか Matt だって皆さんそうなのだ。













  
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2018年06月12日

「手のひら返し」に彼を信じてはならない

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日本語のたとえ話を形容する言葉に、「手のひらを返す」 という表現がある。これは、人の評価を変える場合に使うのによく使われるのだが。

例えば、この春先に渡米してМLB・エンゼルスに入った大谷翔平が二刀流でもひとつ結果が出なかった頃に、あちらのメディアの評価は、「彼はしばらくはダメで使い物にはならないだろう」 などと散々な言われ方をしたものだったが、イザシーズンが始まって、「投げては三振の山、打ってはホームラン連発で」 勝ち星をかさね、打率は3割超え、ホームランはたちまち5号を記録したのだった。

あちらのメディアがそれに驚いて、大谷の評価はそれまでの散々な酷評から、「手のひらを返えした」 ように、来る日も来る日も、「大谷・ショータイム」 ともてはやされたものだ。

今回の写真にあげたこのオトコ、北の将軍サンのキム・ジョンウンと米・トランプ大統領との米朝会談というのが今日、シンガポールであるそうだ。
先日から世界のメディアはこの話題でもちきりで、トランプもカナダで先日行われたG7サミットにも、「心ここにあらず」の様相でシンガポールへ飛んだようだ。

一方の北の独裁・恐怖政治親玉は、自国の専用機すら恐れて乗れず、中国が提共したジャンボに乗ってシンガポールへ移動して会談に備えたようだった。

先月の朝鮮南北会談のあたりから見せている、このキム・ションウンの表情を見ていると、ときたま見せる笑顔に惑わされたか、世界のメディアはこの北朝鮮に対して、「手のひらを返したような扱い」 をしているのは何と云う事か?。

つい先頃までの北に対しては、「悪の権化」 のような扱いをしていたのに、現在はこのキム・ジョンウンを、「世界平和の使者」 のように扱うのは何故か? 北朝鮮はつい先頃までは弾道ミサイルを連発して世界を脅迫していた張本人だろうが。

極東アジア各国をはじめ、アメリカまでをもミサイルで脅迫している罪は消えるものではないし、金正恩はそれに対して莫大な賠償を払うべきであり、とてもその罪が許される事は無いと思う。

今回の米朝会談で、「非核化」 などの言葉だけの約束で、彼・金正恩を決して信じてはいけなしい、許してはならない。
北の体制保障、制裁解除、経済援助、などは全く論外の話であり、世界世論は彼の死後にあるのではないか?



  
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2018年06月09日

大谷翔平二刀流の起源と雑感

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今回の写真は、今年の米プロ野球大リーグ・エンジェルスで投・打それぞれに大活躍して、海の向こうでも二刀流ブームを巻き起こしている、「大谷翔平選手」 の姿なのだが。
この日本語の、「二刀流」 という言葉の起源になっているのは、多分、みなさまご存知の剣客、「宮本武蔵」 があみ出したと言われる剣法から来ているのだと私は思っている。

この江戸時代初期に実在して、武者修行の祖と言われ、古今扶桑第一の剣客とされる、「宮本武蔵」 に付いて、この名を国民に広ろめたのは、戦前の朝日新聞に1935年〜1939年に連載小説として載った、「吉川英冶が書いた宮本武蔵」 が国民に広く定着したからであります。

それまでの武蔵像というのは諸説あって論争が絶えなかった。一方では、「武蔵は剣の名人だったとする菊池寛」 がいて、また一方では、「いや、とても名人とは言えない。ただ自己宣伝の達人に過ぎないとする直木三十五」 がいた。

そこに割って入ったのが、「吉川英冶」 で、元々吉川英冶は菊池寛説を支持していたのだが、「自分の見解は小説の形でお見せしよう」 と言って書き始めたのが、この新聞小説・吉川武蔵でありました。そうだ。

この剣客・宮本武蔵については現在、その生誕地に付いても諸説あり、現在は作州武蔵GCというゴルフ場がある、「作州説」 と 「播磨説」 があるが、その論争はともかく、吉川英冶書く武蔵の生誕地は作州・吉野郷・宮本村と云うのが最もふさわしいと思う。

わたくしがこの小説・宮本武蔵に馴染んだのは今から50年ほど前の23,4才頃であった。その頃姫路駅前のみゆき通り商店街にあった新興書房で買って返って読んだのを覚えている。

もっとも、この小説はわたくし高校在学中の頃に昼休みの時間に教頭だった小坂先生が朗読する形で教室のスピーカーから放送されていた。わたしは毎日昼弁当を食べながらそれを聴いて、「あとはどうなるのか?毎回ワクワクしながら」 翌日の放送を待った記憶がある。

国宝・姫路城にも、「武蔵幽閉の間」 というのが天守閣の一角に現存しているように、姫路と武蔵は随分と縁が深く、数年前には市施設の、「姫路文学館」 でも、「吉川英冶と宮本武蔵展」 という特別展が企画・開催されたのだった。
その時の文学館長は、「古代考古学者:上田正昭 元京都大学教授」でありました。











  
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2018年06月06日

日大アメフト事件と就活戦線の変化に思う

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今年も6月に入って18年度大学卒業予定者の就活戦線は活況を呈しているようだが、例の日大アメフト部の事件が発祥していらい、就活戦線で巾が利くはずの、「体育会系」 といわれる人材予定者に対する評価に陰りが見えるらしい。
本来なら、この体育会系人材は採用企業からは期待されて迎えられる筈なのだが、ここに来てそれに見直しが行われていると云うのだ。

この、「体育会系の人」と云うのは学生時代にはスポーツに没頭していたのだろうから、それほどの勉強も積んではないだろうし、元々学力だけで大学入試をパス出来るような人ではないのも混じっているかも知れない。
だけど、物事をあまり深くは考えないで言われた事に対してストレートに行動する処が、「使い易いヤツ」 との評価に繋がって日本の企業社会では評価されて来たように思える。

その体育会系に多い血液型は? と、親から受け継いだ血液型にまで言及する人もいてるくらいなのだが、そのスポーツ人に多い血液型と云うのは、或は正鵠を得ているのかも知れない。一例を挙げれば、「あの長嶋さんの血液型はB型」 というのが一般化されて以来、B型というのはこの世界では評価されているように思える。

ちなみに、わたくしの血液型もB型なのだから、わたしも会社時代は、「体育会系ですよ」 と事ある毎に口にして渡世して来たのは当たっていたかも知れない。
事実、わたくしの高校時代は明けても暮れても放課後、日曜日も一日中体育館に居たのだった。

ところがわたくしの場合は先に書いたような体育会系の、「言われた事にストレートに行動して来たか?」 と云えばそんな事は全然なくて、殆どの場合は考えに考えて、「人から右と云われればば左」 と云う事がしばしばあったように思う。 人様からは、「天邪鬼」 とはよく言われたものなのだが、よく考えてから行動するというクセはあったから、会社時代はそれで随分と損をしたのだろうと今では振り返っている。

日大アメフト部の事件のような、「極端な妄信さえ無ければ体育会系もまた良し」 と思うのだが、とかく世間の評価はブレ勝ちであり、要は、一般社会では上からの指示に対しても、それがルールに対して違反してないか? また公序良俗に反してないか? を確かめてから行動しなければいけないと思う。

余談ではありますが、わたくしの旧知友人の女性は血液型も私と同じB型なのだが、学生時代はテニスで相当の実績を挙げていたのだが、歳とってからはご夫婦でグランドゴルフに没頭していられて、県内版のスポーツ記事でそのお名前を見るたびに私は、「ああ、あの人もお元気に頑張っていられるな」 と評価しているのだ。






  
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2018年06月05日

今日は町内グランドゴルフ練習日になっている

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今日は火曜日で、町内のグランドゴルフ同好会の練習日であります。毎週、日曜日と火曜日に皆さん集まってやっていられるのだが、わたくし先の日曜日は市内Sー21バドミントン交流大会があって、その開会式に行っていたので、日曜日は欠席していた。

町内自治会の役からはなれたこの4月から雑用が少しなくなって、このグランドゴルフに本格的に参加させて頂いて2ヶ月が過ぎて、見よう見まねで始めたゲームも最近はやや形になって来た。
一度の練習日に8ホールを4ラウンドするのだが、大抵の日に一回くらいはホールインワンのエースショットも決められている。

1ラウンドは8ホールあるのだが、短いホールでは15メートル、一番長いホールで50メートルにセットしてある。
15メートルとか20メートルのショートホールだと、ゴールポストを目掛けてやや強めに打つとポスト付近には行く。そこで運よくグランドの石ころや鹿の足跡などに弾かれなくて真っ直ぐに転がれば、偶にポストの中心にヒットして止まることがあり、ホールインワン達成となることがある。

なにしろグランドには鹿の足跡や糞があったり、石ころがあったりするから、それに当たると横にはじかれて、折角のナイスショットも決まらないから悔しい。

グランドゴルフのスコア上では、ホールインワン1回やると、トータルスコアがマイナス3されるのだから、大会などで上位に入るには、これを1ラウンドに1回くらいやらないと話にならないようだ。

我々の日頃の練習ラウンドでこのホールインワンをやると、同組の(たいていは女性) が、「おめでとう」 と声を掛けてそのボールを拾い上げて手渡してくれる。それには祝福の気持ちがこもっているから嬉しいのだが。
  
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2018年06月03日

今日は第3回バドミントン交流大会が行われる

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今日6月3日は姫路市スポーツクラブ21協議会が主催する、「第3回バドミントン交流大会 (第54回親善バドミントン大会)」 が市中央体育館(ウインク体育館) で開催される。
この大会を主催するのは当市のSー21協議会でありますが、その大会一切を主管して執り行うのは親善大会実行委員会のボランティア役員の方々であります。

出場される選手の方々は市内在住の、日頃小学校体育館でバドミントンをやっていられる500名を超える一般男女市民の皆様で、厳しいバドミントン競技を戦う中にも、親善大会の名の如く、校区の名誉と相互親善を兼ねている、楽しい大会なのであります。この大会では混合ダブルス3試合を勝ち抜くと、「賞状と、副賞の競技用靴下」がもらえる。

今回の写真はこの大会の前身である第50回親善大会の開会式で、マイクをもって挨拶される居相直実行委員会長でありますが、今回も開会式ではこのお姿は寸分変わらず見られる。
わたくしも市スポーツ推進室から案内を頂いていて、開会式には間に合うように参列して、会長のお言葉を聴かせて頂くのを楽しみにしている一人であります。

今から70年ほど前の戦後日本に入ってきたバドミントンと云うスポーツは、先日のわたくしここの記事に書いた世界大会 (女子ユーバー杯・男子トマス杯) で世界の頂点を極めるまでに成長しているのであります。
それもひと昔前まではスポーツ界ではマイナー競技の扱いにあったのでありますが、今やその域を脱して、堂々たるメジャースポーツのバドミントンとなり、一層の発展が期待されている。

今日行われるこの大会は決してレベルの高い競技内容とは言えない部分もありますが、、一方、世界のトップレベルにある日本代表選手も、元はと云えば今日、このレベルからスタートしたパパ・ママ選手が育てた子・孫さんらジュニア層の強化策が結実した結果なのであります。

また、今日バドミントンを愉しまれる選手方々のパパ・ママさんには、日頃の練習成果を発揮して頂いて、各校区間の親善に尽くして頂くことと共に、健康増進といつまでも若くてスポーツを楽しむ心を涵養されるよう願ってやまない。




  
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2018年06月01日

今朝の日経紙コラムから

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今朝の朝刊紙を開くと、最裏面40面の文化欄にある、「私の履歴書」 の執筆者が、「作家の阿刀田高」 になっていて、今日から始まる6月いっぱいはこの阿刀田高のコラムが毎朝読める幸せがつづくことになる。

わたしが最初にこの阿刀田さんの文章に接したのは、「あなたは旧約聖書を知っていますか」 という文庫本なのだが、この本は旧約聖書の解説本のようで、とっつき難い旧約聖書の内容を、「おもしろ可笑しく解らせてくれた」 事で、わたくしはこの阿刀田氏を記憶することとなっている。

なにしろ、それまでのわたくしは、人様に聖書に付いて聞かれた時に、聖書には、「旧約と新訳の二つがある」という事は知っていたが、そのちがいに付いて聞かれると、「旧約は宗教改革以前のカトリックの聖書で、新訳は以後のプロテスタントの聖書でしょう」 などと言って、人様に苦笑されていたのだった。

その間違っていた認識を一度に正してくれたのが、この阿刀田高で、その旧約は、「アイヤーヨット」 という掛け声から始まる物語で、その中に出てくる、「アダム・イサク・ヤコブ・・・・・・・・モーセ・・・ソロモン・・ダビデ・・・」 と延々とつづく、紀元前のユダヤ民族の英雄たちが織り成すドラマは読んでおもしろい物語だった。

またそれはわたくしの西洋史観を大きく変えた一冊でもあったわけで、1999年に行ったイタリア・フィレンチェのアカデミア美術館で見たミケランジェロの、「ダビデ像」 に関する認識に大きく関わっているし、世界のクリスチャンの皆さんが現在も旧約聖書に対して持たれる憧憬を知ることが出来たのであります。

この阿刀田高は、その旧約のあとで、「あなたは新約聖書を知っていますか」というのも書いていられるので、わたくしそれも読んでから以後は、前出の人様に苦笑された以前の聖書に関する認識を正すことが出来たのでした。

さて、今朝の阿刀田コラムの第1回目は、「幼い脳を誘った言葉あそび」 というテーマで、同氏が読書好きになった幼い頃の要因を書いていられる。それは、「子ども達を読書好きに導くには・・・・・」と云う、子育ての基本を語っていられるようにも思われる。

この日経紙のコラム、「私の履歴書」 を書かれる(世間で功なり名を遂げ゜た) 方々の多くは、ご自分の人生双六の経験談の思い出を詳しく書かれるのだが、今月執筆される阿刀田高氏は流石にモノ書きを生業とされる人だから、その出来栄えはふつうの政治・経済界の方々とはその深みがちがっている。

4月を担当されたジャパネットのT氏や5月を担当されていたインドネシアの実業家のコラムは敬遠して読まなかったから、今回の6月度のコラムは大いに期待してやまない。





  
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2018年05月28日

日本女子バド、ユーバー杯優勝お祝い申し上げます

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このところ、タイ・バンコクで開かれていたバドミントンの国・地域別選手権大会(女子はユーバー杯・男子はトマス杯)で、日本女子は優勝、男子は決勝戦で中国に敗れるという結果に終わった。

この大会は古くから行われていて、今回優勝した女子・ユーバー杯では日本は過去も含めて36年ぶりの7度目の優勝だったと報じられている。
また男子・トマス杯では今回は中国に1-3で敗れたとは云え、第一シングルスの桃田選手は五輪王者の甚(言べんがある)・竜に2-0で完勝するなど、今回は団体戦1-3で敗れたが、この次にやれば必ず勝てると、わたくしは思う。

今から2,3年前に、市体育館の親善大会会場で我が校区のSー21スポーツ責任者のAさんと会って話したことがあるのだが、バドミントン競技経験者のAさんはしきりに日本選手の低迷を嘆いていられたので、わたくしのその面での見通しを言わせてもらったことがある。
私の見通しを聴いたAさんは、「本当?」 と半信半疑の面持ちでその理由を訊かれたのであった。

この時の、「わたくしの見通し」 と云うのは、「いやいや、そんなに悲観する事はない」 「日本バドのジュニア育成強化策は着々と成果を挙げていて、次の世代が育つまであと2,3年まてば必ず世界一になるから」 と。

その当時でも女子選手では既に世界トップレベルにあった、「小椋・潮田」 とか、男子でも賭博容疑で失格した〇〇選手などが育っていたのだが、選手層に厚みを欠いていて、団体戦では遅れをとっていたのだった。

今回優勝した女子選手、また準優勝の男子選手でも、その選手層の厚みをみれば、かっての強敵であった韓国やマレーシア、デンマーク等をはるかに凌いでいて、特に日本女子の顔ぶれを見れば、もう過去に例のない最強の布陣でありました。

第一シングルスの「山口茜(再春館製薬) から奥原希望(日本ユニシス)」、さらに第一ダブルスの「福島由紀・広田彩花(岐阜T・P) で3−0 と完勝した布陣は、そのあとには「高橋・松友」というリオ五輪金メダル組を温存した形の圧勝であった。

今回のタイ・バンコクでの試合が日本の茶の間に居ても、その全試合がLIVEで完全中継で見られる時代になった今日、これは私らバドミントン競技に長年関与して来た者にとっては誠に喜ばしい事であります。

2,3年前のあの時、問われる立場でもなかったわたくしの口からポロリと出た将来展望の一言が現実のこととなった今、さらにこれからの将来を一言言わせて頂くならば、「まだまだ後につづくジュニア達は沢山育っています」 と申し上げておきたい。





  
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2018年05月25日

バラエテーの芸人たちまで動員しているモリ・カケ報道姿勢は何なんだ?

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最近の新聞社系テレビ局のチャンネルを見ていると、「あほらしくて見ていられない気がする」。 そして、「ああ、また始まったか!!」 と、そこからチャンネルを変えてしまうのだが。 それが一日に何回も繰り返しされるから、あの放送をやっているディレクターやキャスター達は、「一体あれらは国民をどう?思って番組を作っているのか?そのアタマの中身を問いたい」 と思う。

一例を挙げると、毎日午後2時から4チャンネルでやっている、「ちちんぷいぷい」 と言う関西では人気の番組があるのだが。
「ヤマヒロ」 という、あたまの禿げたフリーの司会者中心に進行しているバラエテーなのだが、そこへ吉本所属の落語家や漫才師とか、訳の判らん芸人風情数人がコメンテーターとして絡んでいつもやっている。

そのバラエテー番組のネタとして、「国会でもう一年も前からやっているモリ・カケ問題」 を持ち出して、極左・売国新聞社の指示に従って安倍首相批判を口々に繰り返すのだからバカげている。

そのテレビのこちら側で見ている視聴者の殆どは、平日の午後でする事もなくヒマにしている高齢の老人で、「その芸人たちの頭脳を疑うこともしない、テレビがウソを言うはずがないと信じている」 善良な、ボケ寸前の年寄りたちであります。

国会で野党のカス・芥議員たちがやっている、このモリ・カケ問題の発端と言うのは、昨年2月に朝日新聞が1面で流した、「如何にも本当にありそうな捏造記事」 が元で、それに次第に尾ひれが付いて今日まで騒がれていることは、日本の国益を大きく損なうと云う事を知らなければならない。

新聞という公器を使って、「その記事を捏造してウソの情報を国民に流してよい筈はなく」 この面でもこの新聞社の罪は非常に大きいのだが、新聞社も今となっては退くに退けないのだろうが、テレビというマスコミの定時ニュースやその解説番組のキャスター達まで、「あたかも真実の如く、有名学識者のように安倍非難を繰り返している」 

昨夜10時を過ぎて、居眠りをしていた私がフッと目覚めると、テレビが点いていてニュース解説をやっていた。それを聴いていて、「それはまるで新興宗教がやる折伏口調で安倍内閣批判を、それも解説者がしゃべっているのではなく、テープを流している」 ではないか。 

政治学者にしても芸人たちにしても、「一流の人はときの政治批判をしない」 のは常識なのだが、最近のマスコミがやっている新聞社系テレビニュースを見ていると、「一流ではない学者・タレントのあまりにも酷いその報道ぶり」 に、わたくし辟易としている。











  
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2018年05月23日

きのうはゴルフをして一日楽しんだ

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きのうは何年ぶりかで、元勤務した会社関係のゴルフサークルに加えてもらってゴルフをした。
会社時代の友人達とのゴルフは、一面気楽にやれてよい面もあるのだが、そうではない面もあって、元所属していたこのサークルから抜けて、まったく会社とは関係ないクラブに加わって数年プレーしていたのだった。

そのクラブではとかく高級コースばかりを廻るコンペが主体だったから、かなりカネが掛かったのだが、それさえ辛抱してやると、結構面白くゴルフが楽しめたのだった。
20名を超える大勢のゴルフ友達が出来たし、コンペの成績によっては賞金も頂くことが出来たし、ゴルフの腕も若干上達したと勘違いしていた時期もあったのだから忘れられない楽しい思い出だ。

近くのゴルフ場のメンバーコースだったのがアメリカンスタイルに営業形態を変えてリ・オープンしたと聴いて、そこが安くゴルフを楽しめるようになったと誘われたのは昨年の秋だった。
「安い」と言うのはゴルフに限らず、何にしても客を寄せるには大きな武器であるのは事実であります。

ゴルフコースの経営者にしても、ここ数年ゴルフ人口が減り続けているのは事実だし、この業界には広大なゴルフコースを太陽光発電所に模様替えして、ゴルフ場としての施設に終止符を打っている処もあると聴く。
それに較べると、アメリカンスタイルのゴルフ場にしてコストの掛からない経営に切り替えるのも経営努力の一つだろうと、私はそれを評価している。

元会社関係のサークルがやっているゴルフは、このアメリカンスタイルのゴルフ場を利用して、安くゴルフを楽しむものであり、それはそれで大いに楽しいのであります。

ちなみに、アメリカンスタイルと言うのは、第一にセルフプレーであり、行ってから帰るまで何んでも自分でやる。昼食のレストランも経営してないから、飲み物・食べ物も全て自分用を持参して行く。
ゴルフ場のレストランでは常識である@1200円もするカレーなども無縁であり、コンビニで一つ100円のオニギリとお茶を買って行く人も居て、それで一日ゴルフをして、温水シャワーで汗を流して、かえりに今様の自動支払機で支払を済ませるのだから、一日3000円もあれば事足りる。

きのうのゴルフはスタートホールでいきなりパーで上がれて幸先良かったのだが、ホールが進む毎に少しずつ実力が出てしまって、後半の14番からの3ホール連続ОBがあって、スコアーは壊れてしまった。
好調に推移している内に突然大崩れしてしまうパターンに泣かされる最近のゴルフは尚つづいている。









  
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2018年05月21日

「忘己利他」と言ってばかりはいられない

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わたくしは現在後期高齢者となって2年目の半ばを走る年頃で、まだ自分の父親の思い出に耽る歳でもないのだが、それでも、明治39年生まれだった父親は実に明治時代の気質そのものの厳しい、そして自分中心にしか行動しない、哀しい一面をもった貧しい生活を余儀なくされた父だったように思う。

3年ほど前にNHK大河ドラマで、「坂の上の雲」 が放送されて、あの伊予の秋山真之兄弟の父としてえがかれていた伊東四朗が演じた明治の父親像のような、わたしの父も、「わしの子としてメシだけは喰わせてやるが、自分のことは自分でしろ」 と言う、現在・平成時代の子の親からは考えられないような親父像だった。

明治から戦前・戦後の日本がまだ貧しかった時代、その日の晩飯の米櫃を心配しなければならなかった時代が長く、国民の大多数はみんな自分の事が精一杯で、人の事など構ってられないのだったと思う。

わたくしもそのような父親の元で、「メシだけは喰わせてやる」 という子育ては、今思うと有難いことだったと感謝しなければならないのだが。
なにしろ農家の四男に生まれていたのだから、当時としては言わば穀潰しで、口減らしに寺へでも預けられなかっただけでも感謝しなければいけないのだろう。

お蔭様でと言うか、私も子供の頃から自立心は芽生えていて、高校を出た18才から故郷を離れて、これまで60年間は人並みに仕事をして暮らして来れたのだった。
その間には色々と、「四苦八苦」はあったのだが、最近考えることは、「もし子供の頃に口減らしされて寺へでも預けられて仏門に入っていたら?」 と思うことがある。

作家の水上勉氏のような小説家だって寺に預けられて小僧の修行時代を、「小説・雁の寺」 に書かれているし、となり村ご出身の元・東大寺長老・清水公照師の生涯はこの地では知られている。

在家菩薩として修行するべき、「布施・忍辱・禅定・精進・持戒・般若」 という、大乗仏教の常識的知識も何となく解りかけている現在、書写山円教寺の大樹孝敬住職老師は盛んに、「忘己利他」 を言われる。
この、「忘己利他」というのが、口で言うのは簡単なのだが、イザ自分で実行するとなるとそれほど簡単ではない。

周囲の人を見廻しても、「利自・利自・利自」 の連続で、新聞・テレビのニュースになっている事件も皆、「利自」 から起きているものばかりだ。
今年に入って私の廻りで一緒に行動されている方々も、「口では利他のような口ぶり」をされるが、実際にこちらがちょっとスキを見せると、「それは何んだ?」 と言う素振りに走る輩も結構居てるし、仲々バカに徹していられない場面は多い世の中だ。


  
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2018年05月18日

昭和三十年代と平成30年の処方箋

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今朝の日刊紙によると、来年の2019年5月1日に即位される現皇太子さまに先立つ一か月前の4月1日に新元号が公表される事になるそうだ。
新元号はどのような漢字が使われて、どう発音する元号となるのかは現在検討中という事らしいが、現元号の「平成」 という時代も次第に過去の時代となって行くのだろうと思われる。

この「平成」 という時代がどのような印象で人々に語られるか? となるとまだ相当先のことになるのだろうが、わたくし先ごろ図書館で借りて読み進めていた、「昭和時代」の三十年代に特化して書かれた書物がある。

昭和三十年代と云えば、1955年〜1964年の10年間の日本社会に付いて書いてあるのだが、この1955年から始まる昭和三十年代というのは、日本の敗戦から苦難の10年が過ぎて、「もはや戦後ではない」 と、その年の経済白書に言われているところからスタートしている。

ご参考までに、この1955年と云えばわたくしはまだ13才で中1の頃だし、時の内閣総理大臣鳩山一郎は日ソ交渉を進めていたころだった。その頃は、「もはや戦後ではない」 と言っても、ソ連から不法にシベリアに抑留されて強制労働させられていたいた旧日本兵の方々が舞鶴への引き上げ船・興安丸で帰還が続いていた頃であります。

昭和三十年代の終わりの年に当たる1964年と言う年は、わたくし年代には忘れもしない、「東京オリンピック」 があり、その開幕ひと月前には、新幹線が東京〜大阪間を時速200キロで走った年だった。

正に、日本の戦後経済高度成長がスタートして、そのの真っ只中を突っ走っていたのが、この昭和三十年代でありました。不肖わたくしも社会人となって、設計技術者としてスタートして毎日会社へ出勤して励んでいたのだった。

視点を変えればこの昭和三十年代の10年間は、わたくし13才〜23才の10年であり、人生の路線を決めた10年間と言ってよく、今思い返しても実に色濃くあった時代でありました。

日ソ国交回復の鳩山一郎内閣、安保改定と引き換えに引退された岸信介内閣、所得倍増を成し遂げた、「寛容と忍耐」の池田勇人内閣、のちにノーベル平和賞を受けた佐藤栄作内閣と、1955年の保守合同で発足した自民党政権はその後の細川連立内閣までの50余年間を走り続けるスタートとなったのでありました。

この本は実に450ページもの分厚い本なのだが、そこに書かれている政治・経済・社会現象の数々は、混迷を極める平成現代の諸問題に対する処方箋のような見方も出来る参考書の一冊として一読の価値があると思う。

  
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2018年05月13日

新緑に吹き渡る緑風を愉しんだ歩こう会だった

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わたくし住む町の裏山も、この時季は、「山笑う」 と言う季語が正にぴったりの様相であります。
すこし早い時季だと鶯の啼き声が時折は聴こえて、「その啼き声を聴くと何か得をしたような気分になる」。

これからもう少し季節が進んで梅雨入り前後の6月初旬の雨もよいの早朝等には、時々、「ホトトギス独特の啼き声が枕元に届く」 ことがある。 よく言われる、「特許許可局」だとか、「てっぺん欠けたか」 と聞こえる例の啼き声なのだが、そんな時は誠に至福の思いで聴き耳を立てる。

いずれにしても、それはまだ夜の明けきらない早朝のことであり、外が明るくなってくるまの往来が始まるとその騒音がひどくなって、折角の至福の刻はかき消されるのだが。

きのう土曜日、我が町歩こう会例会はこの奥10キロほどの処にある、「ゆめさきの森公園」 へ遠征して歩いた。
今回の写真はその集合写真なのだが、これは同公園の奥にある、「通宝池」の堰堤から北へ向いてスマホのシャッターを押したものだ。

この通宝池畔(約3キロ)を周回して管理棟の前まで来て昼となり、管理棟のテラスをかりて持参のおにぎり弁当を食べて休憩した。
この公園には昨秋・紅葉の季節にも来て、その時も素晴らしい秋晴れに映える紅葉・黄葉を楽しんだのだが、今回もそれにも優さる五月晴れの新緑と、その樹々を吹き渡る緑風は心地良かった。
今回は総勢14名の皆さんで、午後から管理棟前庭の芝広場をかりてグランドゴルフに興じた。

めいめいのスコアカードの成績順に好みの賞品を選んでもらったのだが、その中身は開けてみるまでは判らないように包装してあって、必ずしも1位の人に一等賞の賞品が当たったわけではなかった。

この森林公園にはきのうも可なりの人がハイキングに来られており、50台くらいの駐車場はほぼ満車のようだったが、若者グループや子ども連れの家族の多くは里山頂上から尾根歩きをされて、新緑の山歩きを楽しまれていた。





  
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2018年05月07日

グランドゴルフもまた楽しく面白い

GG写真

わたくし現在もゴルフ(石川遼などのプロがやる) は相変わらずやっているのだが、この4月から町内のグランドゴルフ同好会へ入れてもらって、毎週日曜日早朝の例会でこちらのゴルフも楽しんでいる。

もっとも、このグランドゴルフと言うのは町内の西側を流れる菅生川という二級河川の対岸に拡がる河川敷広場でやるから、別段のカネも掛からないし、時間も途中休憩を挟んで2時間ほどで終わるから、この競技を楽しむ人が最近激増して盛んであります。

昨日も朝8時頃から河川敷に出掛けて、メンバーの皆さんが揃うまで広場の草取りをして過ごした。この時季はコースの草も延びるのが早いから、毎回早く来た人からバケツと鎌金具をもって草退治をしながら始まる。
クランドゴルフと言うのはパターゴルフの一種で、プラスチック製のクラブで直径7センチくらいのブラ製ボールを打って、ゴールポストに入れるまでの打数を競う。

打ち出しのティーからポストまでの距離は決まっていて、20メートル〜50メートルまでの8ホールがあり、大体これを2ラウンドして終わる。スコアカードに各ホールのスコアを記入してそれを集計するのだが、稀にはホールイン・ワンもあって、これは「打数・1」だが、ホールイン・ワン一回に付いてマイナス3点が加算されてトータルスコアとなる。 毎回休憩を挟んで2ラウンドを二回繰り返してその日の例会は終わる。

このグランドゴルフと似たような競技に、「ゲートボール」というのがあるのだが、大体同じような事をやっているが、このゲートボールの方は一時盛んだったが、最近はグランドゴルフに移る人が多く、ゲートボールの方は競技人口が激減していて、我が町内でもこの傾向は例外ではない。

最近の地方紙に週一回県内で行われたアマチュアスポーツの成績が載る紙面があり、G・Gもこの紙面で大きなスペースで載っている。
大体県内各地のG・G大会成績を細かく入念に見ると、時々友人知人のお名前を発見できる。
その都度、「ヘーあの人も頑張ってるのや」 と感心しながら見るのだが、それが上位3位くらいまでに入賞している場合はメールか電話するなどして、その頑張りを賞賛してあげると一層親密度が増したり、旧交を温めることにつながるから楽しい。







  
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2018年05月05日

いつまでも国会審議拒否をしていると国民から見放されると思え

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4月28日からの9連休に入って、森友・加計と言う実に下らない論戦をやっていた国会は一時の休戦であります。
その連休を利用して議員先生の多くは、「海外視察」 と称して海外へ出かけているようだが、わたくしがいつも此処に、「ゴミ・芥議員と酷評している野党議員ども」 はこの先、この森友・加計問題をどのように扱うつもりなのだろうか?
 
昨年の2月から今日まで一年間以上に亘って、「朝日新聞とその同類報道社によって捏造された偽造記事によって惹起された」 この問題を、延々と国会案件としてやって来た、「ゴミ・芥議員たち」 は今後どうその身の始末を付けるのだろうか?

昨年来北朝鮮は核実験をやり、その運搬手段であるミサイルを日本近海や日本列島を飛び越えて太平洋まで飛ばし、さらにそれは米大陸まで射程に収めると云う、我が国や我が民族にとっては存亡の危機が続いているのだが、我が国会ではその喫緊の大問題に付いて議論する気配もなく、だだ、「モリだカケだ」 と実にしょうもない事をやっていたに過ぎない。

元を質せば、この森友・加計問題と言うのは、「朝日新聞の偽造記事」 から始まっていて、その朝日が記事を偽造してまで(社運を賭けてまで) やる魂胆は何処にあるのか? を訊くと、それは、安倍晋三総理の長期政権を阻止したい為の、「安倍叩き」 からから始まっている。 朝日にとっての安倍晋三総理(右寄り保守政権) は実に耐えられない政権であり、「憎っくき安倍なのだろう」

本来、森友学園の土地8億円値引き問題なんかは一地方の問題であり、とても国会案件としてはなり難いハズの事案であり、そこに財務省が関与する筈もない。

総理夫人・安倍昭恵氏の名誉校長就任問題にしても、あの籠池が仕組んだ罠のようなところから始まって、そこに性善説の昭恵氏が嵌められてしまっただけの問題であり、そこに土地取引きを巧に絡ませたワルが居て世間を騒がせたのだろう。

加計学園・獣医学部新設問題にしても、本来、総理大臣にまで上り詰めた政治家が、加計氏が如何に親密な友人といっても、そこに私情を挟むような事がある筈がないのであります。
第二次安部内閣になってもう5年にもなるのだが、今や安倍晋三は、「世界の安倍・自由主義世界の星」ではないか。。

現在の政党支持率は、野党全部を合計しても1割そこそこの数値であり、そこにたむろしている、「ゴミ・芥議員ども」 のヤカラもいつ迄も下らない、「国会審議拒否」 なんかやってないで、毎日、目まぐるしく変化している我が国を取り巻く世界の政治・経済問題に取り組まないと、国民からは一層見放されてしまいますよ。。。

  
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2018年05月04日

「一事に熱中する性格」を大切にしよう

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今回の写真は一昨年の春に第50回の大会となった、「姫路親善バドミントン大会」 の会場風景なのだが、このバドミントンと言う競技は戦後まもなく日本に入って来たスポーツ競技としては最も普及したスポーツではないかと思う。
バドミントンは英国をその発祥地としており、戦前の植民地経営の関係から東南アジアの国々が強豪といわれた時代が戦後しばらく続いて、これは現在でもその残照は続いており、インドとかマレーシア、インドネシア等でも盛んな行われている。 話は多少飛躍するが、

新年度が始まってからひと月が過ぎて、小・中学校を始め高校でも新入学を果たした生徒たちの姿が耀くこの時期なのだが。
きのう夕方、いつものコースをノルディックウォークで歩いて自宅前まで来たら、今年新中学生となったお隣の娘さんがテニスラケットを持ってひも付きのボールを打っていたのに出くわした。

「あなたテニス部に入ったの?」 と話し掛けたら、うれしそうに、またはずかしそうに、「ハイ」 と応えた。それで私「頑張ってください」 と激励したら、またはずかしそうに、「ハイ」 と応えて眼を輝かせていた。

問題はその頑張ろうとする意識が何処までつづくか? だが、心配はそのスポーツする心が熟通いとか、その他の事でしぼんでしまわないか? と言うことだ。

小・中学生時代には、遊びでもスポーツでも何でもかまわないから、「何かに熱中してヤル集中力を養うこと」 が大切で、その集中力があれば、その先の高校・大学受験にも耐えられる強靭な心の持ち主として立ち向かう事が出来るのだろう、と私は思う。

ご参考になるかどうかは別問題として、わたくしの高校入学当時のことを少し書くと、私も昨日のお隣の子と同様であったと思う。
バドミントンがどのようなスポーツかも全然知らずに入部した新入生の私は、先輩の言われるままにラケットの素振りから始めた。運動神経が特別に鈍かった私は仲々みんなに追い付けなくて、先輩からは叱られ、特別にラケット素振り回数を増やされて一年生の前半は終わったように思う。

ラケットの素振りと遠距離走は毎日の事で、それにうさぎ跳びが加わって、それは2年の終わりまで(先輩上級生が居る間) ずっと続いた。
必然的に勉強の方は次第に遅れてしまい、その分は必然的にバドミントンが面白くなって一層のめり込むことになって、高校時代はバドミントンに熱中していたと思う。

そのお蔭と言うか、社会人になって仕事をするようになってからも、「一事に熱中する性格」 があったお蔭で、困難な仕事にも取り組み、それに耐えられて今日がある事を思えば、スポーツする事によって得られたものは誠に大きいと言えると思えるのであります。




  
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2018年05月02日

ゴールデンウィーク前半がすぎて

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今年もゴールデンウィーク前半が過ぎた。帰省していた子や孫たちも、昨日わたしがゴルフに行っていた留守にそれぞれの任地に返ったらしく、日暮れ前にわたしが帰宅したときには静まり返った居間に家内がポツンと独りで寝ていた。
別に身体の具合が悪いわけでもないのだが、子や孫たちの応対に疲れ果てて寝ていたと云うわけだろう。

この正月から4ヶ月ぶりに見る孫たちは逞しく成長を続けており、社会人2年目に入っている上のお兄ちゃんは、この7月で会社を退職してヨーロッパへ渡って何かをやりたいらしい。「もう決めて航空券も手配している」 のでそれは変えられないと云う。

下の孫はまだ大学生なのだが、ふつうなら今頃は就活に走りまわっている頃と思うのだが、そんな事は全然なくこの子は自分で起業して何かをやりたいらしい。
つまり今流行のベンチャーの主になって仕事をする事を考えていて、その関係の人との繋がりを大切にして忙しいらしい。

この子の言う話を聴いていると、大阪の千里に住まいはあるのだが、毎週のように夜行の高速バスで東京往復したり、毎週のように飛騨高山往復する仕事があり、所属している大学研究室での本来業務の合間を縫って、体がいくつあっても足りないほど忙しく日を過ごしていると言う。

今回の帰省でもわが家に泊まったのは4/29日の最終バスで着いたその夜の一泊だけで、翌日の午後には神戸で打ち合わせがある、と言って、婆ちゃんの手料理を食べる暇もなく返って行った。

小4から母親亡くして育ったこの二人の孫たちを見ていると、やっている事はそれぞれにちがうのだが、共に何かを目指してある種の夢を追いかけているのだろうから、こちら爺婆は唯それを信じて応援してやるだけであります。
この二人は学齢期には小児喘息に罹って私達も心配していたのたが、現在はそんな気配は微塵もなくなって、しっかりした体つきの若者に成長している。
  
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2018年04月27日

「玉手箱を開けた浦島のようになる」かも知れない

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今回の写真は、わたくし70才の古稀に到達した年に、その古稀を祝うホームパーティーをさせて頂いた記念の1シーンなのだった。
このパーティーは集まってくれた友人と私家族(6人)も含めて26名の大パーティーで、昼をはさんでのワインと会食とトークで楽しい一日だった思い出がある。
ちなみに、皆さんの前でギターを弾いているのは孫の一人で、当時は大学生だったのが現在ではもう社会に出て仕事をしている。

あれから7年が過ぎて、今年は77(かぞえ歳)となり喜寿となった。仮に、この喜寿でも同様のパーティーをやるとしたら、前回の古稀で招待できた方々は現在もご健在であり、その方々とのお付き合いも変わりなくキープ出来ているから、その後新しく始まっているお付き合いもあるから、前回にも益してより楽しい集いが出来ると思う。
ただ家内を始めとする家族がその気になって協力してくれるか? だが、この方が一番のネックかも知れない。

知人に対してこのような話題を振ると、大抵の場合、「自宅でやるとなると大変だから、会場をホテル等
に設定しては」 などと言われるようだ。
ま、わたしは只の一市民なので、ホテルなどを会場にやるとなると似合わないし、出席者が誰も集まらないかも知れない危惧もある。 

話しは変わって、
今朝は8時頃からゴルフの打ちっ放し練習にでかけた。家からくるまで2分ほど走ったところにある水上ゴルフの一番奥の打席(50番)で打っていると、一番手前(1番)の打席で打っている人が同じ町内に住むNさんである事に気付いて、練習クラブを置いてそこまで行って少し話した。

このNさんはお元気な人では町内1の長老の一人であり、87才の現在でもドライバーで180ヤードくらいは楽に飛ばす。それもあまり力を入れるでなく、かるく小さいスイングで綺麗な弾道の球を出せるようだった。

それにこの方は仕事とした大学教師から退かれて以来もう20年くらい全然変わらない表情と体の持ち主で、毎朝ゴルフの練習と桜山公園に行って周回コースを歩くのを日課としていて、月2〜3回のゴルフもラウンドされている。
それでも、ゴルフはボールが飛ばなくなった、とぼやきながら現在でも180ヤードくらいは楽に飛ばしている。

「あのなぁ、わたしもう90も近くなったしゴルフをやめようかと思っているや」 と言われるので、私「Nさんは毎日運動して若さを維持されているのだから、もしそれを止めると、「玉手箱を開けた浦島太郎のようになりませんか?」 と冗談を交えて脅しておいた。







  
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