山崎幹夫の映画リスト・経歴・上映歴

カテゴリ: 作品(上記以外の『虚港』以前)

521

夢のライオン
14分/8mm/1996
Dreamed Lion Dreaming
[解説]
 子どもの頃、近所でライオンを飼っていた店があったというのはまったく本当の話。そのライオンが近ごろ自分の夢の中に登場する。気になる。母親にインタビューしたり、30年前のその場所を再訪したりする。もはやかつての面影などまるで残っていない街。
 夢の中に出てくるライオンは、その背中に女神さまを乗せている。あきらかにそれはヒンドゥー教のドゥルガー女神さまだ。今度はインドの神様ポスターや。インド映画の一シーン、さらにはファミコンゲーム画面を引用して、夢のイメージの出所を語る。
 最後に少年時代の自分(横井俊太郎)が現れ、今の私に「ライオン、どこいっちゃったの?」としつこく聞く。私は「おとなになった君の夢の中でまた会えるよ」と言う。

511

トモちゃんインドへいく
35分/VTR/1995
Tomo-chan goes India
[解説]
 東村山青空学校という、夏と冬に子どもたちのキャンプを主催するグループがあって、そこで酒のみ話で「いつも秩父とか山梨ではつまらない。いっそインドに行こうか」なんて言ってわははと笑っていたのだが、酒のみ話で終わらせないところがここを運営している人々の凄いところで、本当にインドに行くことになってしまった。その酒のみ話の場にいて「いいぞー、やれー」と盛り上がっていたワタシは、参加する責任があると思い、ビデオ記録係として自費で参加した。
 ところが参加したグループにいた杉山朋子という12歳の少女のキャラクターが素晴らしく、これはもう作品にするしかないと思って、参加者に配付するバージョンとは別に編集したもの。

491

VMの歩行
V/M. Walking
1994年、7分、8mm、カラー
初公開:ラ・あんよ(東京・ラ・カメラ)
[解説]
「足」というテーマが設定された上映会のために作った。他の作品がだいたい女の足なので、ひねくれたワタシとしては男のゴツい足でいこうと、安直に自分の足を多重撮影し、そこにさらに大映映画『大魔神』を引用。やはり大魔神の重低音ストンピングにかなうものはないでしょう。迫力だけの一発映画。

48プ
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481

PU
1994年、92分、35mm、カラー
初公開:ゆうばり国際冒険ファンタスティック映画祭(北海道・夕張市民会館)
 出演:佐藤浩市 平常 緒川たまき 日野利彦 木村なつみ 北田フサノ
 撮影:圖書紀芳  照明:黒橋孝成・岩崎豊  美術:上野茂都
 音楽:勝井祐二  演奏:鬼怒無月・芳垣安洋・大坪寛彦・広瀬淳二
 助監督:森崎偏陸  プロデューサー:西村隆・山崎陽一
[解説]
 ちゃんとシナリオを書いた「劇映画」としては『ポプラ並木の憂鬱』『ダイナマイト・ロード』に続く3本目。カメラを自分が担当しなかったのは初めて、ということになる。
 お話のジャンルはファンタジー。北方の島に住む少数民族プ族の里。ここにひょっこりと世界放浪をしていた乱暴者のキショウレ(佐藤浩市)という男が帰ってくる。なんと彼の息子だと言うパクチョン少年(平常)を連れて…。おりしもプの里は「ワジン」によるレジャーランド開発の計画が進行中だ。里の青年団長ツバサは、土地を売り渡すこととひきかえに、レジャーランド内にプ族の「民族村」を作ってもらおうとしている。しかし、プ族はすでにコトバも歌も踊りもすっかり忘れてしまっている。そこで「伝統はこれから自分たちの手で作るのだ」と、創作民族芸能の練習に励む日々。そんな状況を見たキショウレは、嘘かマコトか「プ族には隠された秘宝があるのだ」と言い出して里の人々は一気に活気づく。一方、五百歳と噂される怪物婆さんを見にいったパクチョンは、そこで不思議な少女に出会う。少女に導かれるように森へと入ったパクチョンは、誰もが忘れてしまった古代の魔導テクノロジーへと目覚めていくのだった。
 感想。多人数で作る映画ってのは、なんだか乱交パーティーみたいだ(と言ってもモノホンの乱交パーティーに参加したことはないけれど)。これまで役者以外は自分ひとりで映画を作ってきたものだから、言わば、映画の女神さまとサシで乳繰り合っていたようなものだ。今までの撮影を思い返してみても、車は一台で済んでいた。済んでいたというか、それしか動員できなかったというか、一台に8人ばかり詰め込んで撮影したこともあったけれど、まあ、スタッフが2ケタにはならなかった。それが急に50人もの大所帯。そこで生じたすったもんだの顛末の概略は月刊「イメージフォーラム」誌95年2月号に製作ノートが載っているので、そちらを図書館ででも借りて読んでもらいたい。

47:100年後

100年後
100 years after
1994年、56分、8mm、カラー
初公開:エロティック(東京・ラ・カメラ)
[解説]
 家に保管してある、これまで撮ったフィルムのNGや使わなかったシーン、予告編、テストフィルム、無目的にカメラを回した断片などを床にぶちまいて、それをランダムに選択し、そのままつなげてみました、という設定の作品。ひとつの引用が終わるたびに「それから100年たった」というナレーションが入る。見ればわかるだろうけれど、もちろんランダムではなく、順番は決めてある。当初の思惑は「扉の向こうにまた扉」的な、悪夢のように延々と続きそうな作品をつくってみたかったということと、もうひとつ、劇映画、個人映画、実験映画のみならず、クズフィルム、テストフィルムなどなど、映画のあらゆる形態が入っている「全体映画」みたいなものはできないだろうかという構想(妄想)もあった。
 ラスト。フィルムの引用を断ち切り、街へ出る。いつまでも空の赤い街を自転車で走る。やがて長いトンネルを抜けると、そこは墓場だ。冒頭で引用したフィルムの女性が待っている。亡霊だと思うワタシに対し、彼女は「死んでいるのは山崎君のほうよ」と言って、去ってしまう。なお、映画の中でワタシが歌っているのは曲馬館という劇団の劇中歌で「涙橋哀歌」という歌。

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