李啓充 MLBコラム

スポーツ紙のMLB情報では物足りないファンのために

バイオジェネシス事件「終わりの始まり」3 A−ロッド等13選手出場停止

 85日、MLB機構は、バイオジェネシス事件に関連して、ネルソン・クルーズ(レンジャース)、ジョニー・ペラルタ(タイガース)等12選手に対して50試合の、そして、アレックス・ロドリゲスに対して211試合の出場停止処分を科した(A−ロッドの証拠隠滅工作については以前に書いたが、薬剤使用の悪質さ・濃厚さに加えて、MLB機構の調査を妨害したことが理由となって、他選手と比べてはるかに重い罰が下された)。

 A−ロッドの処分は、今季(88日以降の)残り試合すべて及び来季全試合の出場停止を意味する物だったが、「異議申し立て」が行われたため、実質的に、今季終了までの全試合出場が可能となった(異議申し立ての審理が行われている間は、処分が保留される)。一方、A−ロッドとは対照的に、他の12選手は異議申し立てを行わず(つまり、素直に罪を認めて)速やかに出場停止処分に服すこととなった。

 2週ほど前に処分が下ったライアン・ブラウンも加えると、バイオジェネシス事件関連の処分者は計14選手となったが、当地では、今回のMLB機構の一連の処置は、「歴史的」あるいは「画期的」と、非常に高く評価されている。

 当地における評価とはまったく正反対に、朝日新聞(87日付け、酒瀬川亮介記者)が「大リーグ、薬物への甘さ露呈」と見出しを振った上で、「13人もの大量処分者を出したことはけしからん」とする趣旨の「極めて頓珍漢な」記事を書いていたのでビックリ仰天した。朝日によると、大リーグは「ドーピングに対して後手後手に対応」してきた上、処分も軽く、まったくなっていないということになるのだが、今回もまた「何も知らない記者が知ったかぶりをして偉そうなことを書いていた」ので、私は腹が立ってならなかった。

 まず、最初に指摘されなければならないのは、薬剤検査は常にイタチごっこであり、「最先端を行く薬剤は絶対に検査に引っかからない」という厳然たる事実があることだ。古い例で言えば、バリー・ボンズやマリオン・ジョーンズが関わったバルコ社事件にしても、選手達は「検査では絶対にひっかからないデザイナー・ステロイド」を安心して使うことができたのである。米当局による犯罪捜査が行われたことがきっかけとなってデザイナー・ステロイドが使われていたことが明らかになったのだが、もし、捜査が始まっていなかったらジョーンズはいまだにシドニー五輪の金メダルを保持していたに違いないのである。

 以下に、今回のバイオジェネシス事件で明らかにされたA−ロッドの使用薬剤の一部を示す。

テストステロン

  hGH〔ヒト成長ホルモン〕

  IGF1(インスリン様増殖因子1)

  CJC(成長ホルモン分泌促進ペプチドの一種)

  GHRP〔成長ホルモン放出ペプチド〕

 テストステロン、hGHはMLBの検査対象薬剤となっているが、IGF1については禁止薬剤のリストには入れられているもののまだ検査対象には入れられていない。さらに、CJC、GHRPにいたってはまだ禁止薬剤のリストにさえ加えられていないので、A−ロッドとすれば「絶対に見つからない」と安心して使うことができたのである。朝日の記者は「検査が後手後手」とMLBのことを批判するが、スポーツの種類によらず、ドーピングの世界では「薬剤使用側が常に先行している」現実があることを考えたとき、この批判は何の意味も持たないと言わざるを得ないのである(新しい薬剤が次々と出回っている現状については、以前に姉妹ブログで紹介した)。

 翻って、なぜ、今回のMLBの処置が「歴史的・画期的」と賞賛されているのかというと、それは、「検査によらない証拠で( いわゆるnon-analytical positive で)、違反を証明した上に罰を下した」からに他ならない。「検査は常に後手」という限界を突破するために、検査以外の証拠(証言・文書・交信や支払いの記録など)を地道に収集することで薬剤使用を追及したのである。

 今回のバイオジェネシス事件調査に当たって、MLB機構は専従の証拠収集員を新たに30人雇ったと言われている。元捜査官とか、コンピュータのデータ復元専門家とか、金と人員に糸目をつけずに、徹底した調査を行った上で、「検査結果に拠らずに」14選手に処分を加えることができる証拠を揃えたのである。しかも、A−ロッド以外の13選手は異議申し立てをすることすら断念しただけでなく、A−ロッドにしても異議申し立てで争点としているのは「処分が重すぎる」ことであり、14人全員が証拠をつきつけられて薬剤使用の事実を認めざるを得なかった。バド・シーリーグ・コミッショナーが薬剤問題について並々ならぬ決意で臨んでいることは以前にも述べたが、「薬剤使用に甘い」という朝日の言い分とはまったく正反対の姿勢でバイオジェネシス事件に対処したのである。

 USADA(合衆国反ドーピング機関)はランス・アームストロングの罪をあばき追い詰めたことで名を上げた組織であるが、最後に、その理事長トラビス・タイガートの言葉を紹介する。朝日が今回の処分について「13人もの大量処分者を出したのは、ドーピング問題についてMLBの姿勢がなっていないから」と腐したのとは正反対に、今回のMLBの処置を激賞していることがおわかりいただけるだろう。

「意図的かつ洗練された薬剤違反者を捕らえるためには、検査以外の方法に頼らざるを得ない。ドーピングに対する戦い全般を考えたとき、今回のMLBの処置が画期的な意義を有する理由である」

バイオジェネシス事件「終わりの始まり」2 コメントへの回答

 前回のコラムに対し、728時点で4件のコメントをいただいた。4件のコメントには共通する内容が多いのでまとめて回答することとしたが、コメント欄の字数制限を超えることは確実なので、「補足コラム」の形式で回答することとした。

1)記録抹消の難しさについて

 他の競技では、薬剤違反が露見した場合、時間をさかのぼってメダルを取り上げたり、記録を抹消したりすることが行われていますが、野球の場合は難しいかと存じます。

 というのも、野球の記録は「相対的」な側面が強いだけでなく、あちこちで連鎖しているので、特定選手の記録だけを抹消することがむずかしいからです。たとえば、ある打者の打撃記録を抹消して「打たなかった」ことにした場合、その打者と対戦した投手の記録はどうするのか。打者が「打たなかった」ことにするのなら当然相手投手は「打たれなかった」ことにするべきではないか、といった問題が出てきます。

 また、個人の記録と勝敗とが直結している競技ではメダルを取り上げるなどして「勝たなかった」ことにするのは簡単ですが、野球の場合、チームの勝ちを取り消すことは非常に難しいものがあります。「2009年のヤンキースは薬漬けのA—ロッドの活躍でワールドシリーズ優勝を達成した。A—ロッドは2009年にも薬剤使用をしていたことが証明されたのだからヤンキースのワールドシリーズ優勝を取り消す」とした場合、優勝を取り消すのですから、当然、松井秀喜のワールドシリーズMVPも取り消さなければならなくなります。

2)ブラウン出場停止処分のとらえ方

 私は、今回のライアン・ブラウンの出場停止処分は、「とても明るいニュース」ととらえているだけに、「嘆かわしい事件」とする日本の読者の反応には驚かされました。機構も選手組合も真剣に「球界浄化」に向けて取り組んでいることが、これ以上はないほど明瞭に示された上、「前回、姑息な法廷技術を駆使することで受けるべき処分を免れたブラウンに対し、鉄槌が下った」のですから、当地のファンは溜飲を下げています。

3)今後の展望

 前回のコラムでも述べましたように、「汚染選手に対するクリーンな選手の反感がピークに達している」だけに、将来は明るいと思っています。10年ちょっと前に選手組合が「薬剤検査はプライバシーの侵害だから導入すべきでない」と主張していたことを思うと、「一回目の違反で永久追放処分にすべし」とか「違反選手の契約は取り消してしまえ」とか大声で主張する選手が出てきたのですから、時代も変わったものです。

 ちなみに、2003年の「予備的」薬剤検査で陽性を示した選手の割合は6%でした(機構と組合は「5%を超えたら抜き打ち薬剤検査を導入する」と取り決めていたため、2004年から抜き打ち検査が導入されることとなりました)。まったく罰則がなく、「ステロイド時代のピーク」と言ってよい年でしたが、クリーンな選手が94%と大多数を占めた事実は忘れてはならないと思います。大多数を占めるクリーンな選手達が汚染選手に対する反感をあからさまに表明し、「罰則の強化」を求めているのですから、状況は明るいと思っています。私とすれば、「薬剤問題など存在しない」かのように振る舞っているどこかの国の野球界の方が心配だと思っています。

 

バイオジェネシス事件「終わりの始まり」1 R・ブラウン出場停止 

 バイオジェネシス事件についてはこれまで何度も触れてきたし、バド・シーリーグ・コミッショナーが毅然とした姿勢でこの問題の調査・解決に臨んできたことは姉妹コラムでも述べた通りである。722日、2011年ナ・リーグMVPのライアン・ブラウンに「今季残り試合(65試合)出場停止」の処分が下され、バイオジェネシス事件は収束に向かって動き始めた。

 「ブラウンがプレーオフ中のPED(機能増強剤・performance enhancing drug)検査で陽性だった」との情報がリークされたのは、11年のシーズン終了後のことだった。翌122月、「尿検体が収集員の自宅に保管された時期があった(=検体が細工された可能性が否定し得ない)から検査は無効」とする異議申し立てが通って、ブラウンは50試合出場停止の処分を免れた(手続き上の不備を理由に「有罪」が取り消されただけであって、「無罪」が証明されたわけではなかったことに注意されたい)。

 調停人による「処分無効」の裁定が下された直後、ブラウンは、PED使用を改めて全面否定しただけでなく、「自分は逆に薬剤使用者にでっち上げられた被害者」とする立場から、特に、MLBの尿検体収集員について「調査の結果、彼に関しては多くの情報を得た」と述べ、「非常にいかがわしい人物である」ことを示唆した。検体収集員を「自分をPED使用者にでっちあげる陰謀に加担した犯人」扱いすることで、ファンだけでなく、チームメートに対しても「被害者」の立場を強調したのである。

 PED疑惑をかけられた際、薬剤使用を「全否定」するだけでなく、「自分が疑惑をかけられたのは他の誰かが自分をターゲットとして陰謀を仕組んだせい」と、「被害者」の立場から第三者を攻撃することで潔白を主張する手口は、ランス・アームストロングが愛用したものだった。ブラウンはアームストロングと同じ手法で自らの潔白を主張したのであるが、今回は異議申し立てをすることなく出場処分停止を受け入れた(=罪を認めた)だけに、これまで彼を信じてきたファンやチームメートの怒りは大きい。国民的英雄だったアームストロングは、いま、米国民からもっとも嫌悪・軽蔑される存在となっているのだが、ESPN論説員バスター・オルニーの「ブラウンは野球界のアームストロングになった」としたコメントに、今回の出場停止処分に対する当地のファンの思いが要約されているといってよいだろう。

 ところで今回の出場停止処分は「65試合」と半端な数字になったが、この辺りの事情を事前にもっともよく説明していたのは、選手組合委員長のマイケル・ワイナーだった。オールスター戦の記者会見でバイオジェネシス事件の今後について聞かれた際、「検査結果陽性の場合は、1回目50試合、2回目100試合、3回目永久追放と数が決められているが、今回の事件は検査結果ではなく他の証拠に基づいて違反を証明することになるので、量刑の大きさはコミッショナーが一存で決めることになる。5試合だけかもしれないし、500試合になるかもしれない」と説明したのである。

 さらに、ワイナーは、コミッショナーの処分に対して選手が異議申し立てをした場合は、量刑の大きさが最終的に決まるまでに時間がかかり、来季にずれ込む可能性が高いこと、そして、組合としては、「圧倒的な量の証拠」が揃っている場合は素直に罪を認めて(=異議申し立てをせずに)、コミッショナーと「減刑」の交渉するよう勧めていることを明らかにした。今回、ブラウンが異議申し立てをせずに65試合出場停止の処分を受け入れるに当たって、「圧倒的な量の証拠」があったことが容易に察せられるのである。

 これまで、組合は、違反選手の異議申し立てに例外なく協力してきただけに、今回の「証拠が揃っている場合は異議申し立てをしない方がいい」とする「方針転換」をした事実は注目に値する(もっとも、組合の勧めを無視して選手が異議申し立てをした場合も、組合は選手の異議申し立てに協力する義務を負っている)。組合の大部分を占めるクリーンな選手の間に、「PEDを使うことで成績をかさ上げして高年俸を得る行為は、本来クリーンな選手が受け取るべき年俸を盗んでいるのと変わらない。薬剤汚染選手は許せない」とする反感が広まっていることが方針転換の理由だったとされている。ワイナーによると、違反選手の罰則強化(例:検査陽性1回目100試合、2回目で永久追放)について、シーズン終了後、機構と話し合いを持つことになっているといい、薬剤汚染選手に対する選手間の反感の広まりが組合幹部に対する圧力となって効果を発揮し始めているようなのである。

 今回、ブラウンが処分を受け入れたことによって、バイオジェネシス事件は収束へと向かうこととなった。A—ロッド、ジョニー・ペラルタ、バートロー・コロン、ネルソン・クルーズ等これまで名前が出てきた選手達にどのような処分が下されるのか、そして、選手が処分を素直に受け入れるのか、それとも、異議申し立てをして「調停」の場に持ち込むのか、がこれからの注目点となっている。

 特に、A—ロッドについては、「違反の度合いがあまりにも悪質である上、MLBの調査をあからさまに妨害したこともあり『永久追放』の処分も有り得る」とする説が唱えられている。一方、USAトゥデー紙によると、量刑の多寡に拠らずA—ロッドは「徹底抗戦」する意向を固め、すでに「異議申し立て」の準備を始めているという。

 さらに、ヤンキース・ファンのほとんどが「もうプレーしないで欲しい」と願っている上、ヤンキース経営陣も「処分が重いほど支払う年俸が少なくて済む」立場にあるので、機構が厳しい処分を下すことを望んでいるといわれている。一方、A—ロッドは、たとえ機構から罰を下されることになったとしても「約1億ドル」といわれる契約年俸残高を「できるだけ多く回収する」ことが最大の目標であるという。

 バイオジェネシス事件の「終わり」は、ブラウンに対する処分で始まることになったのだが、今後、A—ロッドの処分を巡って醜悪な争いが繰り広げられる可能性は極めて高いのである。

630日、姉妹サイトCTBNL (Column To Be Named Later)を更新、「Oh My!」をアップしました。なお、講演・原稿等のご依頼は本サイトのコメント機能をご利用下さい。2013年は、10月に日本に参ります)

レッドソックス・ネーションへようこそ』(週刊文春『大リーグファン養成コラム』選り抜き選)

怪物と赤い靴下

好評発売中

MLB最強2チームの「矛盾」

 シーズンもほぼ半ばにさしかかり、両リーグともペナントレースが面白いことになってきた。

 まず、ア・リーグで面白いことになってきたのは、東地区の「混戦」だ。優勝候補と目されながら序盤戦大きく負け越し、610日時点で首位から12ゲーム差の最下位に喘いでいたブルージェイズが11連勝の快進撃で借金生活を解消したのである。624日時点で首位とのゲーム差を5.5と縮めただけでなく、全5チームが勝率5割を上回っている(以下、数字は624日時点)。ア東地区5チームが後半戦に生き残る条件は、(1)同地区内の「星のつぶし合い」に耐えることと、(2)他地区の弱小チームから貯金を稼ぐことの二つ、と言ってよいだろう。

 一方、ナ・リーグの見所は、カージナルス(4729敗はMLBベスト)、パイレーツ(4630敗・同2位)、レッズ(4532敗・同3位)と、メジャー最強3チームが競り合う中地区だ。

 この3チームの中でも、戦力的にもっとも安定しているのがカージナルスである。チームOPS742厘及び被OPS662厘はともにリーグ2位と、投打とも快調なだけにメジャーベストの戦績を残しているのも当然だろう。ナ・リーグの場合、リーグOPS1位、ロッキーズのホームOPSは814厘と「高地効果」で嵩上げされていることを考えると、カージナルスの打力は「実質リーグナンバー1」と言ってよい。

 カージナルスは、2000年から2012年の13年間で、プレーオフ出場9回、リーグ優勝3回、ワールドシリーズ優勝2回と、一貫して強さを維持してきた。それだけでなく、同期間のチーム総年俸は05年の5位を除いてMLB8-13位と、「節度ある金の使い方でその強さを維持してきた」のだから、フロントの手腕は光る。

 出費を抑えることができた第一の理由は、「自前で主力選手を養成してきた」ことにある。ファームが充実しているのは、名GMブランチ・リッキー(19-42年・カージナルスGM。47年ドジャースのGMだったときジャッキー・ロビンソンをデビューさせて人種の壁を破った)以来の伝統だが、今季の場合でいうと、打では、MVP候補に成長した捕手ヤディアー・モリーナ(OPS899厘はリーグ8位、30歳)に加えて、マット・カーペンター(同875厘・13位、27歳)、アレン・クレイグ(同803厘・30位、28歳)と、ドラフト指名後自前で養成してきた選手がオールスター級に成長した。

 一方、投でも、ランス・リン(101敗・防御率3.42・WHIP1.1626歳)、シェルビー・ミラー(85敗・防御率2.35・WHIP1.0022歳)と、自前養成選手が著しく成長した。さらに、エースのアダム・ウェインライト(105敗・防御率2.31・WHIP1.0131歳)もマイナーリーグ在籍中の03年にトレードで獲得した選手だから「自前養成選手」のうちに入れてよいだろう。

 出費を抑えることができた第二の理由は、下り坂となったスーパースターがFAとなった後、深追いしなかったこと。2年前に、チーム最大のスター、アルバート・プホルスを、競り合いに敗れる形でエンゼルスに「奪われた」が、今季、プホルスのOPS777厘はア・リーグ37位。「アホウドリ化」しつつあるのは否めないだけに、2年前に深追いしなかったカージナルスの賢明さは賞賛に値する。

 と、賢明なチーム作りで強さを誇ってきたカージナルスであるが、今季特に目立っているのは、チャンスを迎えたときの打線の強さだ。得点圏(RISP)打率336厘はMLB1位であるだけでなく、2位レイズの289厘を大きく引き離している。他の29チームが289厘と22分4厘の間の「65厘」の領域にひしめいているのとは裏腹に、ただ一チーム、2位に47厘の大差をつけて突出しているのだから、「チャンスが来たらどんな投手陣も打ち崩してしまう」と言っても過言ではない。

 一方、MLB2位の戦績を誇るパイレーツは、現在、93年以降20年連続負け越しの「大記録」を継続中である。いま、貯金16でこの大記録が、ついに途絶える可能性が濃厚となっているのだから「残念」に思っている向きもあるのではないだろうか。

 投打とも抜群の成績を誇るカージナルスとは対照的に、パイレーツの頼りは被OPS656厘(MLB1位)の投手陣である。特にRISP被打率は218厘(MLB1位)で、2位レッドソックス(230厘)以下の29チームと比べ大きく突出、ピンチを凌ぐ力に長けている。

 というわけで、今季MLBベストの2チームは、チャンスにべらぼうに強く、どんな投手陣も打ち砕くカージナルスの「矛」と、ピンチに際してもたいていの打線は抑え込んでしまうパイレーツの「盾」の対決となっているのである。

(5月15日、姉妹サイト「CTBNL (Column To Be Named Later)」を更新、「MLBコミッショナー 最後の大仕事」をアップしました。なお、講演・原稿等のご依頼は本サイトのコメント機能をご利用下さい。2013年は、7月と10月の2回、日本に参ります)

レッドソックス・ネーションへようこそ』(週刊文春『大リーグファン養成コラム』選り抜き選)

怪物と赤い靴下

好評発売中

報復死球の「エチケット」

 ここ一週間、「報復」の死球を巡る事件がMLBを賑わせた。

 まず、第一の事件は、610日のレッドソックス=レイズ戦で起こった。6回裏2死走者なしの場面で、レッドソックスのジョン・ラッキーがレイズのマット・ジョイスの背中に直球をドスンとぶつけた直後、両軍選手がベンチから総出となる揉み合いが始まったのである。幸い、乱闘にはいたらず退場者も出なかったのだが、ラッキーがわざとジョイスにぶつけたと見る向きは多い。

 では、なぜラッキーがジョイスにぶつけたかというと、まず、第一に、1回裏に特大本塁打を打たれていた。さらに、2回裏には、3-0のカウントからストライクを取りに行った球をねらわれて特大ファウルを打たれただけでなく、打った直後、ジョイスは、自分のパワーをひけらかすかのような態度でバットを下に置いた。「侮辱された」と思い込んだラッキーが「お仕置き」に及んだようなのである。

 もちろん、ラッキーは、試合後、「故意」であったことを否定した。故意であったことを「自供」しようものなら、MLBから罰金や出場停止の処分をくらうことになるので、故意であったことを認める投手などいないからである。「体を起こすためにイン・ハイに投げたところ、当たってしまった」と昔からずっと言い古されてきた常套句を繰り返したのである。

 しかし、「故意」であることは見え見えであったし、ジョイス始めレイズの選手・首脳陣の怒りは収まらなかった。翌日の試合、8対3とレッドソックスのリードで大勢が決していた8回表、ダスティン・ペドロイアの背中にドスンとぶつけたのだが、前日のラッキーの「故意」死球に対する報復であることは明らかだった。ここで、ぶつけられた打者が怒り出したりマウンドに向かったりしたら乱闘騒ぎが起こっていたのだろうが、ペドロイアは、感情を表に出すことなく、さっさと一塁に向かって走り出した。

 何も悪いことをしていないのにぶつけられるという損な役が回ってきたのであるが、ここでうっかり怒ったりしたら騒動がエスカレートすることはわかりきっていた。黙って一塁に走ることで、「これで、今回の一件は『貸し借りなし』だぞ」とする意思を態度で示し、「抗争」を終結させたのである。

 ペドロイアが自己犠牲の精神を発揮して抗争を終結させたのと同じ611日、ピッツバーグのジャイアンツ=パイレーツ戦でも報復の死球が投じられた。きっかけは、7回表、ジャイアンツのマルコ・スクータローが手に死球を受けて負傷退場したことだった。主力選手が死球で怪我、長期欠場の心配さえしなければならなくなっただけに、怒ったジャイアンツが、パイレーツに対する報復を始めたのだった。

 8回裏、まずパイレーツの先頭打者、スターリング・マルテがねらわれた。際どく体をかすめる球が二球投じられた時点で主審が両チームに警告、「故意死球は投手だけでなく監督も退場」となる「戒厳令」が布かれることとなった。しかし、投手のジョージ・コントスは、警告を無視して報復の任務を遂行することを優先、三番打者、アンドルー・マッカチェンの背中にぶつけたのだった(翌日、コントスに3 試合、監督のブルース・ボーチーに1試合の出場停止処分が下された)。

 報復の死球を巡る騒動の極めつけは、同じく611日のダイアモンドバックス=ドジャース戦で起こった乱闘事件だった。

 まず、昨季ナ・リーグ与死球王、ダイアモンドバックスのイアン・ケネディが、ドジャースのスーパールーキー、ヤシエル・プイグの鼻にぶつけて、一気に緊張感が高まった。デビューしたばかりとはいえ、チームで一番当たっている打者(この日は4番に入っていた)の、それも頭部を狙い撃ちした行為は許せないと、7回表、ドジャースのザック・グレンキーは、ダイアモンドバックスの四番打者ミゲル・モンテロの背中にぶつけ両軍ベンチ総出の揉み合いとなった(ぶつけた直後、主審は両軍に警告、「戒厳令」を布いた)。その場はさしたる騒ぎとはならず揉み合いだけで収まったし、普通は、ドジャースの報復が遂行された時点で、「貸し借り」はなくなっていたはずだった。

 しかし、7回裏ケネディが「戒厳令」を無視してグレンキーの肩にぶつけ、両軍総出の乱闘が始まった。結果は肩への死球だったが、避けていなければ頭に当たっていた「危険球」だった。では、なぜ、普通ならモンテロがぶつけられた時点で「手打ち」とすべきだったのに、ケネディがグレンキーにぶつけたのかというと、モンテロがぶつけられる前、グレンキーは2回インコースの際どいところに放っていたからだった。ケネディは、「1回ねらった時点で報復を終わらせるのがエチケット。それを3回もねらうとは許せない」と、グレンキーに対する「義憤」を燃やしたというのである。一方のドジャースにすれば、「報復の死球は怪我をしにくい胴体にぶつけるのがエチケット。頭をねらうのは許せない」と怒り、お互いに、相手の「エチケット違反」を非難し合うことになったのだった。

 「警告」が出ていたので、グレンキーにぶつけた時点で、ケネディと監督のカーク・ギブソンがすでに退場となっていたのだが、騒ぎが収まった後、プイグ、マーク・マグワイア(ドジャース打撃コーチ)等さらに四人に退場処分が下された。

 三日後の614日、MLB機構が乱闘事件の処分を発表した。数十人がからんだ乱闘だったため、誰が何をしたかをビデオで解析するのに時間がかかり、処分決定まで三日を要したのである。ケネディの10試合を筆頭に、計8人の選手・監督・コーチに出場停止、さらに、グレンキー・ケネディ等選手4人及びドジャース球団に罰金が言い渡されたのだが、ドジャースに罰金が科された理由は、「ジョシュ・ベケット等DL入りしていた選手が乱闘に加わった」ことにあった。

 以上、二日の間に3つの球場で「報復」の死球を巡る事件が起こったのだが、大元の原因は、「『暗黙の掟』(unwritten code)に違反する行為を相手チームの選手がした」とする思い込みが生じたことにあった。以下、この三試合で、揉み合い・乱闘につながる原因となった選手・監督の「思い込み」を列挙する。

*本塁打を打った後これ見よがしにバットを放るなど、「敵選手を侮辱する行為はエチケット違反(=お仕置きの死球に値する)」とする思い込み。

*「主力選手が死球で怪我をさせられたり、頭部にぶつけられたりした場合、相手が故意でなかったとしても報復しなければならない」とする思い込み。逆に言うと、もし、投手が報復の死球を投じなかった場合、「あいつはゲームのエチケットがわかっていない」と自軍のチームメートから軽蔑されてしまう。

*「報復の死球は、怪我をしにくい場所にぶつけるのがエチケット。頭部をねらう行為は仁義違反」とする思い込み。

*「報復は、打者をねらって投じた時点で終わりとすべし。当たらなかったからといって何度もねらい続けるのはエチケット違反」とする思い込み。

・・・・・

 以上、今回は、「エチケット違反」についての思い込みが、揉み合いや乱闘が起こる原因となっていることについて説明したが、私が見るところ、問題の根本は、「エチケット」についての決まりが、ルールとして成文化されていない「暗黙の掟」であるため、「解釈」に差が生じることにある。たとえば、ドジャース=ダイアモンドバックスの乱闘事件にしても、ドジャース側が「モンテロにぶつけた時点で、一件落着」と解釈したのに対し、ダイアモンドバックス側は「何度もねらうのは許せない」と解釈して、さらなる報復の必要を感じていたのである。

 換言すると、乱闘や揉み合いが起こる大元の原因は、エチケットについての掟が成文化されていないため解釈に差が生じることにあるのだから、再発を防止するためには、「暗黙の掟(unwritten code)」を「成文化(written rule)」するのが手っ取り早いと思うのだが、どうだろう。私がコミッショナーだったら、以下の様な通達を出して暗黙の掟を成文化するのだが・・・。

「選手・監督・コーチ諸君へのコミッショナー通達

野球において報復の死球を投じることほど危険な行為はないので、これはこれまで通り厳しく禁止する。しかし、これまで厳しく禁止してきたにもかかわらず、報復の死球はなくなってこなかったので、もし、万が一、止むに止まれず報復の死球を投じなければならなくなった場合(あくまでも仮定の話であることにくれぐれも注意されたい)、以下の点を考慮にいれてもらえるとありがたいので、コミッショナーとして通達する。

1)万が一、報復の死球を投じなければならない場合は、怪我をしにくい場所をねらわなければならない。頭部をねらうのは厳禁であり、ねらった場合、これまで以上に重い処分(例;出場停止50試合)を下すこともありうるので、よく考えるように。

2)報復の行為はぶつけた時点で「1回」と数える。ねらいが外れた場合、再度試みることはエチケットの範囲内とする。ちなみに、何度もねらいを外すような投手は「チームの恥」でしかないのだから、各チームのフロントは、解雇・マイナー降格の対象とすることを考慮すべきである。

3)以上のエチケットの範囲内で報復の死球をぶつけられた選手は、どんなに痛かろうとも、怒ったり文句を言ったりせず、さっさと一塁に走り出すべきである。

なお、今後の乱闘事件発生を防止するため、コミッショナーとして、以下のように罰を重くすることを考えているので、選手・監督・コーチは承知されたい。

1)死球をぶつけられた後、マウンドに向かうような打者に対しては、今まで以上に重い罰(例:出場停止50試合)が下されることもありうるので、マウンドに向かう場合は覚悟した上で向かうように。

2)万が一乱闘・揉み合いが始まった場合、加勢するためにベンチ・ブルペンから出た選手・監督・コーチには、重い処分(例:出場停止10試合)が下されることもありうるので、注意するように。」

(6月15日、姉妹サイト「CTBNL (Column To Be Named Later)」を更新、「MLBコミッショナー 最後の大仕事」をアップしました。なお、講演・原稿等のご依頼は本サイトのコメント機能をご利用下さい。2013年は、7月と10月の2回、日本に参ります)

レッドソックス・ネーションへようこそ』(週刊文春『大リーグファン養成コラム』選り抜き選)

怪物と赤い靴下

好評発売中

livedoor プロフィール
カテゴリ別アーカイブ
タグクラウド
QRコード
QRコード
  • ライブドアブログ