李啓充 MLBコラム

スポーツ紙のMLB情報では物足りないファンのために

2011年05月

人生で一番大切な物

「人生で一番大切な物は二つ。よい友達と強力なブルペン」
The two most important things in life are good friends and a strong bullpen
(ボブ・レモン 1946-58年インディアンス投手:通算207勝128敗。ロイヤルズ、ホワイトソックス、ヤンキースで監督を務め、1978年にはワールドシリーズ優勝。1976年殿堂入り)

 今回は上記レモンの野球史に残る「名言」にちなんで、「友達」と「ブルペン」の二つのテーマを、別個に論ずる。いつもの倍の分量(コラム2回分)となるので、読者は心するように。

 
1)友達

メッツのオーナー、フレッド・ウィルポンが苦境に立たされている。

「親友」と信頼したバーニー・メイドフが引き起こした史上最大の金融詐欺事件の煽りを食って、被害者達から「賠償」を求める訴訟を起こされているからである(ウィルポンはメイドフの共犯でも何でもなかったのだが、「メイドフとのつきあいは長くて深かったのだから詐欺であることを気づいていたに違いない。気づいていた責任があるのだから、被害者に弁償しろ」という論理で訴えられているのである)。裁判に負けた場合「最大10億ドルになる」とされる「賠償」負担に備え、メッツの所有権を一部身売りせざるを得なくなったことは以前にも説明したとおりだ。

しかも、ここ二、三年、チームは不振が続き、折角建てた新球場「シティ・フィールド」のスタンドはがらがら。1試合当たり観客数は2008年の4万9900人から今季2万7300人と45%も減少した。もうすぐ「賠償」で巨額の財務負担が生じることがわかっているというのに実入りも減っているのだから、弱り目に祟り目といってよい。

そんな状況でイライラが高じたからなのか、ウィルポンが自軍のスター選手をけなす発言をして話題になった。

発言が報じられたのは今週発売(5月30日号)の『ニューヨーカー』誌。取材の過程で、執筆記者ジェフリー・トービンといっしょに対アストロズ戦をオーナー・ボックスから観戦したのだが、その際自軍選手について述べた言葉が逐一記事に紹介されたのである。

まず今季終了後FAとなることが予定されている一番打者ホセ・レイエスについて。

「彼は、カール・クロフォードと同じくらいの巨額契約を結べると思っているが、体中あちこち悪いし、そんな金を払うチームがあるはずがない」

次ぎに、チーム一の人気を誇るデイビッド・ライトについて。

「彼は頑張っているし、とてもいい青年だ。いい選手であるのは確かなのだけれども、『スーパースター』ではない」

さらに、主砲のカルロス・ベルトランについて。

「2004年のポストシーズンの驚異的活躍だけ見て、大金を払った馬鹿がニューヨークにいた(ベルトランと7年・1億1900万ドルの契約を結んだ我が身の愚かさを自嘲したのである)。いまは、あのときの力の65—70%しかない」

ウィルポンにしてみれば、試合を見ながら、「ファン」としての本音をぼろぼろ漏らしてしまっただけのことだったようなのだが、チームのオーナーが自軍のスター選手を腐したとあって、ニューヨークのメディアは大騒ぎした。そもそも、よりによって巨額の賠償訴訟を抱えているややこしい時期に取材に応じたのは、「メイドフ事件について自分の言い分を説明したかったから」だったようだが、「スター選手批判」ばかりが大きく報道される「想定外」の結果に終わってしまったのだった。

ニューヨークのメディアはここぞとばかりに責め立てたものの、私は今回のウィルポンの「失言」をあまり責める気にはなれなかった。なぜなら、メッツ・ファンの思っているところからすれば、ウィルポンの発言は極めて的を射た内容だったからである。「オーナーの意見に同感」と思っているファンがほとんどを占めていると見て間違いないのである。

さらに、「自軍のスター選手を腐す」ということにかけては、ありし日のヤンキースのオーナー、ジョージ・スタインブレナーにかなうオーナーはいなかったが、スタインブレナーの歯に衣着せない腐し方から比べれば、ウィルポンの「腐し」は「心優しい助言」にしか聞こえないほど可愛らしい物だった。「そんな生ぬるい批判しかできないから、選手やメディアに馬鹿にされるのだ」と、スタインブレナーが草葉の陰で歯噛みしていたとしても不思議はないほどなのである。

発言が報道された翌日、ウィルポンは自分が批判した三選手に電話、直接謝罪したという。これも、もし、スタインブレナーだったら、メディアに失言をたたかれたら、逆に、「私の発言はすべて正しいし、ファンもみな同感している。批判されて悔しいのなら給料に見合う働きをしろ」と、さらに選手批判をエスカレートさせていたに違いないのだが、ウィルポンはさっさと謝ってしまうのだから、その「人のよさ」のほどがわかるだろう。

ちなみに、「世の中に彼ほど人のよい人物はいない」と、今回の『ニューヨーカー』誌の記事でウィルポンの「人のよさ」を絶賛したのは、現在、服役中の大詐欺犯、メイドフその人である(同誌の取材に刑務所から電話(コレクトコール)で応じた)。

元はといえば、彼が引き起こした詐欺事件のせいで現在の苦境に立たされる羽目になったのだが、ウィルポンは、そのメイドフに対して、「人がよいと言ってくれてありがとう」と礼をいいかねないほど、その人のよさには定評がある。しかし、いま、友を信頼して資金の運用をまかせた「人のよさ」が祟って、メッツの所有権どころか、全財産を失いかねない危機に立たされているのである。

 

(2)ブルペン

カブスとレッドソックスが93年ぶりに相まみえたシリーズについては、「世界の終わり」との関連で姉妹コラムの方でも論じた

両チームの「歴史的」シリーズは、日本でもそこそこ話題になったようだが、私が驚いたのは、日本の読者から「第2戦(5月21日)のフランコーナの継投失敗」を責める意見が相次いで寄せられことだった。

問題とされたのは、8回表3対1とリードした場面で、「パペルボンへのつなぎ役」のダニエル・バードでなく、マット・アルバースを投入したこと。しかも、アルバースが二安打・二四球・タイムリー二塁打と、ピンチを広げるばかりだったというのにフランコーナは何ら手を打とうとせず、漫然と投げさせ続けた挙げ句に「勝っていたはずの試合」を失った。

「始めからバードを投入していたら、あるいは、少なくとも、走者が出た時点で早めにバードを投入していたら、抑えのパペルボンにつないで簡単に逃げ切れたはずだった。こんなに、明瞭な形で継投に失敗するなんて、フランコーナはアホではないか」と、日本の読者(特にレッドソックス・ファン)はカンカンに怒ったのである。

しかし、私はその「継投失敗」の場面を見ながら、フランコーナに同情はしても、批判する気にはなれなかったので、本稿ではその辺りの背景について説明しよう。

まず、結論からいうと、フランコーナがバードを投入しなかった理由はただ一つ、「酷使を避けたかった」からに他ならない。

5月21日の試合開始時点で、バードの登板試合数は22。1シーズン換算では81だから、昨季だったらア・リーグ2位となるペースとなっていた。さらに、投球イニング数23は、1シーズン換算で85。昨季だったら救援投手中1位となるペースだった。

というわけで、試合数・イニング数の数字からも、バードが「酷使」されているのは明らかだったのだが、さらにレッドソックスの不安を煽ったのが、前々日(5月19日)の対タイガース戦で2本塁打を浴び、リードをふいにした投球。「お疲れ」であることが、投球内容にも明瞭に現れていたのである。

5月21日の試合に先立って、チーム首脳は「バードを登板させない。二日連続で休養させる」ことを決めていた。8回表の場面で登板可能な投手は、アルバースか、パペルボンか、トレードで獲得したばかりのフランクリン・モラレスの三人しかいなかったのである(スコット・アッチソンは前日3イニングを投げたばかりだったし、ダン・ウィーラー、リッチ・ヒルは当日すでに登板済みだった)。

パペルボンに2イニングの「抑え」をさせるわけにはいかなかったし、獲得したばかりのモラレスにいきなり「ハイ・プレッシャー」のセットアップ役をさせるわけにもいかず、消去法で行くと、投げさせられる投手はアルバースしかいなかったのである。しかも、この試合までアルバースは防御率1.56・WHIP1.10とよい投球を続けてきたし、「まかせることができる」とフランコーナは期待したのである。

結果として「ウィッシュフル・シンキング」となってしまったのはその通りなのだが、フランコーナとしては他に投げさせられる投手がいなかった以上、「アルバースと心中」するほかなかったのである。

しかも、まだ25歳と若いバードは、「次代のクローザー」と見込む「大器」。この時期に酷使で潰してしまったのでは、それこそ、監督の責任が問われてしまう。5月21日の1試合だけを考えたら、確かに、「継投失敗」に見えるかも知れないが、「シーズン全体」、そして、「チームの将来」を考えたとき、フランコーナとしてはバードを投入することはできなかったのである(ちなみに、リリーフ投手を酷使で次々と潰したことで有名なのが、ヤンキース時代のジョー・トーリ監督だった)。

レモンも言うように「強力なブルペン」は人生で一番大切な物二つのうちの一つ。その大切な物を、「目先の一勝欲しさ」で失いたくなかったからこそ、あの試合、フランコーナは「じっと我慢」を決め込んだのである。

(5月22日、姉妹サイト「CTBNL (Column To Be Named Later)」を更新、「世界が亡ばなかった日」をアップしました。なお、講演・原稿等のご依頼は本サイトのコメント機能をご利用下さい)

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ホセ・バティスタの「悲劇」

昨季「54本塁打」と大ブレークしたブルージェイズのホセ・バティスタが、今季も本塁打16・OPS13割6分5厘(ともにリーグ1位、数字は5月17日現在)と猛打を振るっている。

バティスタの昨季の「大化け」ぶりがどれほど凄まじかったかをご理解いただくために、以下、2004年にメジャー昇格した後2009年まで6年間の通算成績と、昨季の成績を比較する。

                       2009年まで6年間通算   昨季
OPS            .729            .995
長打率                           .400            .617       
本塁打                            59本            54本
1本塁打当たり打数   29.7            10.5

OPSも長打率も2割以上向上しただけでなく、6年間かけて打ったのとほぼ変わらない数の本塁打をわずか1年で打ってしまったのである。

6年間、貧打のユティリティプレーヤーだった選手がリーグ屈指の強打者に変身したとあって「まぐれ」と見る向きは多かったのであるが、ブルージェイズは、今季開幕前、契約期間5年・総額6500万ドルの大型契約を結び、「まぐれ」でないことに賭ける大ギャンブルに打って出た。

ここで少し解説を加えると、ブルージェイズは、これまで「次代のスター選手」と見込んだ若手選手に大型契約をオファーしては大失敗してきた前歴があっただけに、その「賭け」は注目された。

2006年にバーノン・ウェルズ(2008年から7年・1億2600万ドルの契約延長)、2008年にはアレックス・リオス(7年・7000万ドル)と大型契約を結んだのだが、その直後に二人とも「アホウドリ化」、ほぞをかむ経験をしたばかりだったのである。

ところが、何を血迷ったのか、リオスは一昨年のシーズン途中にホワイトソックスが、そしてウェルズは今年1月にエンゼルスが、それぞれトレードで引き取ってくれた(今季ウェルズはOPS5割2分7厘、リオスはOPS5割6分5厘と、これまでに輪をかけた貧打に喘いでいる)。

アホウドリ(それも2羽)の足かせから逃れることができる幸運に恵まれたたおかげで、今季開幕前、晴れてバティスタと大型契約を結ぶ財政的余裕ができたのだが、ウェルズやリオス同じように、契約を結んだ直後に「アホウドリ化」しないという保証はなかったのである。

今季これまで、バティスタは昨季を上回る猛打棒を振るっている。「ブルージェイズの賭けは大成功だった」と言ってよいだろう。「アホウドリ化」の心配が無用だったどころか、バリー・ボンズの全盛期並みの大打者を今後5年間拘束できる可能性さえあるのだから、「大バーゲン」といってよいほど「安い」買い物になりそうな雲行きなのである。

ところで、昨季「大化け」した理由について、バティスタは(1)レギュラーの座を獲得して落ち着いてプレーできるようになったことと、(2)打撃ファーム改造の成功、の二つをあげている。

実際、バティスタが「改造打撃ホーム」をマスターして本塁打を打ち出したのは、2009年のシーズン終了間際からである。9月5日までの本塁打数はわずか3本にしか過ぎなかったのに、残り26試合で10本塁打を量産、2010年の54本塁打へとつなげたのである。

と「大打者」への変身を遂げつつあるバティスタであるが、その「悲劇」は、強打者への変身が余りにも突然でその程度も大きかったため、「突然打てるようになったのは、薬を使っているからではないか?」とする疑惑の目で見られていることにある。

実際、いまのままのペースで打ち続けた場合、バティスタの今季本塁打数は63本となるが、90年代後半以降、60本塁打以上打った打者(マーク・マグワイア、サミー・ソーサ、バリー・ボンズ)、そして2年連続で50本以上打った打者(マグワイア、ソーサ、ケン・グリフィーJr、A−ロッド)は、グリフィーを除いて、みな、ステロイドを使っていたことが判明している。

バティスタと同様、「貧打」でならした選手が突然本塁打を打ちまくった前例としてはソーサの名がすぐに思いつくが、ソーサの場合は「痩身からキン肉マンへ」と、打棒の変わりようと肉体の変わりようがパラレルだった。

バティスタの場合、少なくとも「キン肉マン」体型には変わっていないので「薬は使っていない」と信じたいのだが、90年代後半以降、ステロイドの効果の凄まじさをイヤと言うほど見せつけられてきただけに、無条件にバティスタの変身を信じることはむずかしい(「too good to be true」という疑念が常について回るのである)。

ステロイドの最大の害は、「ファンが純粋に選手の活躍に酔い、楽しむことができなくなってしまった」ことにあると断言してよいだろう。

(5月15日、姉妹サイト「CTBNL (Column To Be Named Later)」を更新、「ボトックスと『アジア目手術』」をアップしました。なお、講演・原稿等のご依頼は本サイトのコメント機能をご利用下さい)

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ロイヤルズのプロスペクトと元プロスペクト

前回は、ア中地区の「下克上」について論じたが、同地区でインディアンスに次いで2位(5.5ゲーム差)と、予想外に頑張っているのが開幕前は最下位候補だったロイヤルズだ(以下、数字は5月10日現在)。

ロイヤルズのマイナーに有望若手選手(プロスペクト)がゴロゴロ転がっていることは以前に紹介したが、5月6日、その中の一人、エリック・ホスマー(21歳、一塁手)がメジャー・デビューを果たした。

2008年ドラフト1巡目3位指名。今季開幕前の「『ベースボール・アメリカ』(以下、BA)誌プロスペクト・ランキング」で8位にリストされた超有望プロスペクトである。今季は3AでOPS11割0分7厘と猛打を振るい、開幕わずかひと月でメジャー昇格を射止めた。

ここまで4試合に出場、12打数3安打(OPS7割7分1厘)とまずまずの活躍をしているが、果たしてメジャーで通用するかどうか、保証の限りでないだけに興味のあるところである。

というのも、これまで、3A(あるいは日本)では大活躍したのにメジャーでは大した活躍はできなかったという選手は、数え上げたらきりがないほどいるからである。

たとえば、今季のロイヤルズにも「期待を裏切った元プロスペクト」が二人いるのだが、その一人がアレックス・ゴードン(27歳、左翼手)だ(もう一人は、ブレーブスの「元プロスペクト」だったジェフ・フランコーア(27歳、通算OPS7割4分2厘)。今季、OPS9割2分8厘と猛打を振るっている)。

ゴードンは2005年のドラフト1巡目2位指名。「BA誌プロスペクト・ランキング」で2006年13位、2007年2位にランクされたほどの超有望プロスペクトだった(将来の「大器」と期待されたのである)。

2007年開幕シリーズでメジャー・デビューを果たしたときの対戦相手はレッドソックス。同年、ボストンのファンが、日本から来た「超有望プロスペクト」松坂大輔の活躍を期待したのと同じように、カンザス・シティのファンはゴードンの活躍を期待したのである。

しかし、デビュー後5年になるというのに、メジャーでのOPSが8割を超えたシーズンはなく(ここまで通算OPSは7割4分3厘)、2009年からは怪我をしたこともあって、メジャーとマイナーの間を行ったり来たりするようになってしまった。期待を裏切り続けた挙げ句、いつしか「プロスペクト」扱いされることもなくなってしまったのである。

その間、ロイヤルズは何もしなかったかというとそんなことはなく、背番号を「7」から「4」に変えたり(昔、メジャー・デビュー時まったく打てなかったミッキー・マントルに対し、ヤンキースが、再昇格時、その背番号を「6」から「7」に変えた故事がある)、守備位置を三塁から外野に変えてプレッシャーを減らしたりと、「プロスペクトがメジャーで花開く」ことを願ってありとあらゆる支援をしたのだが、ゴードンは期待にこたえることができなかったのである。

しかも、ゴードンの場合、マイナーでは2009年OPS10割0分9厘、2010年同10割1分8厘と、「行ったり来たり」した時期も猛打を振るい続けた。それなのに、メジャーに昇格すると、2009年OPS7割0分3厘、2010年同6割7分1厘と、からきし打てず、その落差は大きかった。「3A止まりの実力しかない選手なのか」と、見放されてもしかたがないようなパターンを繰り返したのである。

ところが、「元プロスペクト」となってしまったゴードンが、今季OPS8割4分3厘(4月に限ると9割8分0厘)と、突然打ち出したのだから、世の中何が起こるかわかったものではない。

日本の野球と違って、メジャーでは、どんな有望選手も、ルーキー・リーグから始まって、低レベル1A、高レベル1A、2A、3Aと、ゆっくり時間をかけて、階段を上らせながら育てるのが普通なのだが、それというのも、各レベルで微妙な力の差があり、その差に応じて「アジャスト(微調整)」することが必要となるからである(「アジャストする」こと自体を繰り返し学習させると言ってもよいだろう)。

ゴードンの場合、3Aレベルまでは順調にアジャストしてきた(あるいは、生来の実力に任せていれば何の工夫をしなくても打てたから何もアジャストする必要はなかった)のに、メジャーではアジャストすることができず、期待を裏切り続けたのだが、今季打っているのは、メジャー昇格5年目にして、ようやくアジャストすることに成功したからなのだろうか?

さらに、一般に、メジャーでは、猛打を振るう打者に対しては、投手も「打たれないように」とコース・配球・球種を変えてアジャストしてくるように、常にアジャストし続けなければならないのは投手も打者も変わらない。ゴードンの場合、(敵投手がアジャストしてきたからなのか)5月のOPSが5割1分9厘と大きく落ち込んでいるだけに、再度のアジャストに成功するかどうか、興味のあるところである。

そういえば、中村紀洋がドジャースにやってきたとき(2005年)、3AではOPS8割1分8厘とまずまずの成績を残してメジャー昇格を果たしたというのに、メジャーではOPS3割5分0厘とまったく打てず、17試合だけ出場した後、消えていったことがあった。中村の場合、「アジャストできなかった」というよりも、どんなに打てなくても頑固に「俺流」を貫くことにこだわったから、「始めからアジャストする気などなかった」のだろう。

(5月8日、姉妹サイト「CTBNL (Column To Be Named Later)」を更新、「ビン・ラディン殺害を巡って」をアップしました。なお、講演・原稿等のご依頼は本サイトのコメント機能をご利用下さい)

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ア・リーグ中地区の「下克上」

ア・リーグ中地区に下克上が起こっている。

開幕前の予想は、「ツインズ、ホワイトソックス、タイガースの3強による優勝争い、インディアンス、ロイヤルズの2弱による最下位争い」ということで衆目が一致していた。

ところが、5月3日時点で「2弱」だったはずのインディアンスとロイヤルズが1位、2位。「3強」になるはずだったタイガース、ツインズ、ホワイトソックスが、首位から8ゲーム以上離されて最下位争いを演じているのである。

<5月3日時点の順位(右端はゲーム差)>
1位 インディアンス   —
2位 ロイヤルズ    4.5
3位 タイガース    8
4位 ツインズ     10
5位 ホワイトソックス 10.5

20勝8敗と、メジャー・ベストの成績で首位を快走するインディアンス。チームOPS7割8分7厘はヤンキースに次いでリーグ2位。マット・ラポルタ(26歳、OPS8割6分2厘)、アスドゥルーバル・カブレラ(25歳、同8割0分7厘)と若手の進境も著しいのだが、マイナーリーグ契約で獲得した三塁手ジャック・ハナハンがOPS8割3分7厘と予想外の大活躍。チーム躍進に貢献している。

さらに、ここ2,3年、故障続きだったトラビス・ハフナー(同9割5分9厘)、グラディ・サイズモア(同10割5分8厘)が復活、本来の打棒を振るうようになった。一方、主砲の秋信守(同6割9分7厘)、カルロス・サンタナ(同7割1分0厘)はまだ調子が出ていない。今後、二人が調子を取り戻した場合、チームとしてあのヤンキースを凌ぐ可能性さえあるのだから恐ろしい。

一方被OPS6割5分6厘はリーグ2位と投手陣も堅調。OPS(被OPS)で見たとき、投打ともリーグ2位なのだから、勝ちまくっているのも当然だろう(チームの勝率とOPSが非常に強く相関することは以前に論じた)。

投で進境著しいのは、ジャスティン・マスターソン(26歳、5勝0敗、防御率2.25、WHIP1.15)と、ジョシュ・トムリン(26歳、4勝0敗、防御率2.45、WHIP0.91)の二人。

マスターソンは、昨季、6勝13敗、防御率4.70、WHIP1.50と振るわなかったものの、相手が古巣のレッドソックス(2009年シーズン途中にトレード)となると、2勝0敗、防御率0.64、WHIP0.857と押さえ込み、力のほどを見せつけていた。今季は「フォームとかに気をとらわれず、キャッチャーのミットだけ見て投げている」のが奏功しているという。また、エース、ファウスト・カルモナ(27歳)は、開幕戦こそ、3回10失点と打ち込まれて心配させたが、以後、防御率2.94、WHIP1.04と調子を取り戻した。

と、投打とも若手が力を伸ばしてきているだけに、今後ますます強くなる可能性がないわけではないのだが、開幕時の先発投手二人(カルロス・カラスコ、ミッチ・タルボット)がすでにDL入り。1シーズンを戦いきる「層の厚み」には欠けるだけに、不安がないわけではない。

ところで、投打とも好調なインディアンスにとって、現時点で最大の問題は、メジャー最強の戦績を残しているというのに観客動員が伸び悩んでいること。1試合平均観客数1万4275人はメジャー最下位。ファンは、まだその強さを信じていないようなのである。

1995年から2001年まで、7年の間に6回地区優勝を遂げた時代、インディアンスは455試合連続「売り切れ」のメジャー記録を作るほど、高い人気を誇っていた。しかし、以後年俸減らしのためにスター選手を放出してチームを解体(チーム首脳は、「解体」と言わずに、「再建」と呼ぶのがMLBの慣例となっている)、人気は大きく落ち込んだ。

その後「再建」に成功、2007年にはリーグ選手権に出場するほど強くなったものの、C・C・サバシア、クリフ・リーを放出するなどして再び解体のサイクルに入って今季にいたっている。

はたして、4月に見せた強さが本物で、ア・中地区に下克上が成立するのかどうか。ファンが球場に戻ってくるか否かは、その一点にかかっていると言ってよいだろう。

(5月1日、姉妹サイト「CTBNL (Column To Be Named Later)」を更新、「セックス・コラムニストの『It Gets Better』」をアップしました。なお、講演・原稿等のご依頼は本サイトのコメント機能をご利用下さい)

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自己紹介
1954年、東京生まれ、京都大学医学部卒業。1990年よりボストンに居住、ハーバード大学医学部助教授を経て文筆業に転身。『医学界新聞』(医学書院)で医療コラムを20年近く連載する一方で、週刊文春に6年間『大リーグファン養成コラム』を連載するなど、野球評論も手がけた。2014年、震災復興支援を目的に、日本の臨床に復帰したものの・・・。2016年11月より川崎協同病院内科。

著書:『アメリカ医療の光と影』、『市場原理が医療を亡ぼす』(ともに医学書院)、『レッドソックス・ネーションへようこそ』(ぴあ)他。

訳書:『医者が心をひらくとき』(医学書院)、『インフォームド・コンセント』(学会出版センター)
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