12月13日、去就が注目されていたクリフ・リーがフィリーズ復帰で合意、MLB関係者とファンを驚愕させた。

前回も述べたように、獲得にもっとも熱心だったヤンキースとレンジャース以外に「サプライズ・チーム」が動いているという噂がないわけではなかった。それが、蓋を開けてみたら一番熱心とされていた2チームが振られて、昨オフ、冷たくリーをマリナーズに放出したフィリーズへの復帰が決まったのだから、当地のファンが驚いたのも無理はなかった。

しかも、フィリーズと合意した期間5年・総額1億2000万ドルは、ヤンキースがオファーした「6年・1億3200万ドル、プラス7年目はプレーヤー・オプションで1600万ドル」の総額1億4800万ドルより2800万ドルも少なかった。23億円以上も高い金額を提示したヤンキースを振ってフィリーズを選んだことに、フィリーズ・ファンが快哉を叫んだのは言うまでもない(ちなみに、レンジャースが提示した条件は6年・1億3800万ドル、プラス7年目は条件付きオプションだったが、「支払いは後年」の後払い部分が多かったという)。

しかし、喜んだのはフィリーズ・ファンだけではない。FAとなった選手が、まるで「金の亡者」になったかのように、一番高い額をオファーしたチームに動く例をイヤというほど見せつけられてきただけに、振られたヤンキースとレンジャースのファンは例外として、野球ファンは皆一様に喜んでいるのである。

ではなぜリーは提示金額の一番低かったフィリーズを選んだかだが、それは、2009年に在籍したときの経験で、本人も家族もフィリーズとフィラデルフィアの街が気に入っていたからに他ならない。それが、「キャリアをフィリーズで終えてもいい」と思っていたにもかかわらず、昨オフ、突然マリナーズに放出されてしまったのである。

フィリーズが放出に踏み切った理由はリー側が満足する条件で長期契約を結ぶことは不可能と判断したからと言われているが、リーにしてみれば「あなたのことを好いていたのに、他の男と娶せるなんて・・・。お金のことならもっと相談してくれたらよかったのに・・・」と、フィリーズに未練を残しながらマリナーズに移ったのである。

今回の交渉についても、熱心に動いていたヤンキースとレンジャースを尻目に、フィリーズに「よりを戻したい」と秋波を送ったのはリーの側だったといわれている。ヤンキースは「金の力を見せつければ俺の方になびくはずだ」と自信満々だったかもしれないが、フィリーズが好きで好きでたまらなかったリーにしてみれば、「スケベ爺」がどんなに分厚い札束を見せつけようとも、初めから見向く気などなかったようなのである。

それにしても今回の交渉過程、初めのうちは提示額を聞くことすら拒否するなど、リーの側のヤンキースに対する冷たさが目立った。昨年のリーグ選手権第3戦(リーが敵地でヤンキースを8回無失点に抑えた試合)、スタンドで応援していたクリステン夫人に対し、ヤンキース・ファンが心ない野次を浴びせ続けた事件があったが、リー側がヤンキースに対して冷たくなったのはこの事件がきっかけだったとも言われている。

この説の真偽はともかくとして、リーが家族をとりわけ大切とする選手であることは衆知の事実である。というのも、リーは、プロ入り2年目のシングルA時代、長男のジャクソン君(当時4ヶ月)が白血病と診断される体験をしているからである。

医師の説明によると「助かる可能性は30%」。まだ赤ん坊の長男が抗癌剤の投与を受けて苦しむ姿を見るだけでもつらかったのに、翌年白血病が再発、放射線治療、幹細胞移植を受けなければならなかった。幸い、白血病は完治。ジャクソン君(9歳)は元気な男の子に育ったが、リーにしてみれば、長男を病気で失いかけた体験をしているだけに、家族がとりわけ大切なのである。

「移籍先に選ぶなら家族がハッピーに暮らせるとわかっている街のチーム」ということが最優先条件であったなら、夫人が不愉快な思いをさせられたニューヨークが移籍先として最初に除外されたとしても何の不思議もない。

さらに言うならば、子供をなくしかけた体験をしているリーにとって、「幸せは金で買えない」ということがよくわかっていたからこそ、2800万ドルも低い金額を提示したチームに何の迷いもなく復帰することができたのではないだろうか。

(12月12日、姉妹サイト「CTBNL (Column To Be Named Later)」を更新、「バラク・オバマ 隠れたばこで占う再選の目」をアップしました。なお、講演・原稿等のご依頼は本サイトのコメント機能をご利用下さい)

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