松坂大輔がトミー・ジョン手術(正式名称は尺側側副靭帯再建術)を受けることになった。

成功率は85-90%と非常に高いものの、失敗の可能性がないわけではないのだから、松坂が「不安」を表明するのも無理はない。また、復帰までの期間は手術後1年から1年半(平均14ヶ月)とされているので、たとえ手術が成功しても、復帰のペースが遅いほうにぶれることになった場合、来季終了までに間に合わない可能性もある。その場合、松坂の契約は来季で満了するので、レッドソックスのユニフォームを着てマウンドに立つ機会は、もう二度とやってこないかも知れないのである。

また、仮に順調にリハビリが進んで来季後半の復帰を果たした場合も、実働期間はごく短期になることは間違いないので、ここまでの成績をレッドソックスにおける「全成績」としてまとめたとしても、それほど大きな誤差とはならない勘定である。

今回は、現時点での通算成績が契約期間中の全成績に近似するとの仮定の下に、レッドソックスが松坂にした「1億ドル」投資の収支決算を考えてみよう。

まず、投資の内訳であるが、2006年のシーズン終了後、レッドソックスは、松坂との交渉権を獲得するために、「5111万ドル」(当時のレートで約55億円)という巨額のポスティング・フィーを払って、日米野球ファンの度肝を抜いた。その後、スコット・ボラスとのすったもんだの交渉の末、契約期間6年・総額5200万ドルで合意。レッドソックスは、メジャーで1球も投げたことのない投手に、総額1億ドルを超える投資をするという「大ばくち」に打って出たのだった。

さて、その大ばくちの結果はどうなったのか、以下、その「決算報告書」を示す。

<松坂大輔 通算成績(決算報告書)>
勝敗   49勝30敗
防御率  4.25
WHIP 1.397
WAR  10.4
WAR(勝利貢献度)については、以前に詳しく説明した)

以上の成績を基にレッドソックスが松坂に投資した1億ドルの「投資効率」を見てみよう。

まず、「勝ち星1勝当たりの投資額」を計算すると、これは、「1勝当たり230万ドル」となる。比較の対象としてピンとキリを上げるが、ピンのMLB最高年俸投手C・C・サバシア(2010年、21勝7敗、年俸2300万ドル)は「1勝当たり110万ドル」。一方、キリは現在ヤンキースの2Aで投げる井川慶(2007-11年、通算2勝4敗、年俸総額2000万ドル)で「1勝当たり2200万ドル」(ポスティング・フィー込み)。サバシアに比べると投資は半分ほどしか回収できなかったけれども、井川と比べれば約10倍の効率で回収したことになる。

以上、勝ち星当たりの投資額で見たとき、比較の基準をどこに置くかで評価がまちまちになるのだが、最近、選手の金銭的価値を考える際によく使われる指標が「WARを基に計算して払うべき年俸額」である(この数字は、セイバーメトリクス・データサイトFanGraphs で公表されている)。

大雑把にいうと、「WAR1当たり約400万ドル」として選手の価値を算定するのだが、松坂の場合、通算WARは10.4なので、払うべき年俸総額は「4400万ドル」となる。ちなみに、井川(2007—11年)は「マイナス80万ドル」となるが、井川の場合、勝利貢献度はマイナスの数字(勝利ではなく敗北に貢献)なので、5年・総額2000万ドルの年俸をもらうのではなく、逆に「球団に80万ドル払いなさい」という計算結果となるのである。

というわけで、WARに基づいて計算する限り、レッドソックスは1億300万ドルの投資に対して4400万ドルの見返りしか得られなかったから「大損」したといってよいだろう。

ただ、ここで私が指摘したいのは、松坂がもらっている年俸は6年総額で「5200万ドル」にしかならないので、給料をもらっている選手の言い分としては、「投資額にほぼ見合う働きをした」と胸を張っても、非難されるいわれはないという事実である。かりに、来季後半順調に復帰すれば、WARをさらに上積みすることも可能なので、年俸だけを見て判断すれば、「収支トントン」で終わりそうなのである。

というわけで、レッドソックスの松坂に対する収支決算をまとめると、「ポスティング・フィーの分を丸損する結果となった」とまとめてよいのである。

さらに、ここであえて付け加えるが、今回の「松坂手術」という事態を受けて、当地では、「日本から来る先発投手は、メジャーで通用したとしても長持ちしない。活躍しても3年までで、後は故障者リスト入りを繰り返して下り坂となる」という認識が定着しつつある。

「次ぎに日本からポスティングでメジャーに来るのはダルビッシュ有」といわれているが、松坂の収支決算に対する反省、そして、「日本人投手は故障しやすい」という認識が定着しつつあることを考えたとき、「ポスティング・フィーも、契約条件も、松坂並みとなることはまずない」とみてよいのではないだろうか?

(6月5日、姉妹サイト「CTBNL (Column To Be Named Later)」を更新、「『Dr Death』の死」をアップしました。なお、講演・原稿等のご依頼は本サイトのコメント機能をご利用下さい)

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