ここ2週間ほど、当地では英国発のスキャンダルがビッグ・ニュースとなっている。

英国発のスキャンダルとは「メディア王」ルパート・マードック(80歳)率いるニューズ・コーポレーション社傘下のタブロイド紙、「ニューズ・オブ・ザ・ワールド」が引き起こした「電話ハッキング」事件(日本では「盗聴」事件と呼ばれているようだが、電話での会話をリアル・タイムに「盗聴(ワイアタップ)」したのではなく、ボイスメールに「ハッキング」して「留守録メッセージ」に不正アクセスしたので、当地では「電話ハッキング」事件の呼称が使われている)。

ワールド紙が「取材」のために電話ハッキングをしていることが露見したのは、それほど新しいことではなく、6年前の2005年。王室、俳優、政治家等のボイスメールにアクセスして情報を「違法」に入手していたのだが、被害者が「メディアとは持ちつ持たれつの関係にある有名人」ということもあって、国民の大きな怒りを呼ぶほどのスキャンダルとはならなかった。

しかも、マードックが率いるニューズ・コーポレーション社は世界第二位の規模を誇るメディア王国(ちなみに一位はABC・TV、ESPN等を傘下に納めるディズニー社)。マードックは、オーストラリアの一地方紙から身を起こした後、強引な手法で次々と傘下企業を増やしてきたのだが、英国では、ワールド紙だけでなく、「タイムズ」・「サン」の主要紙も傘下に置くなどして、メディアの「帝王」として君臨してきた。「マードックの支持を得られない政治家は首相になれない」と言われるほど、政界への影響力も大きかったし、ハッキング事件の捜査が早々と打ち切られたのも、警察がマードックの威光を恐れたからだといわれてきた。

警察の捜査終結後、マードック傘下のメディアがハッキング事件を「オールド・ニューズ」として無視してきたのとは対照的に、しつこく追及を続けたのが「ガーディアン」紙。今月初め、ワールド紙が2002年に起きた誘拐殺人事件の被害者ミリー・ダウラーさん(当時13歳)のボイスメールをハッキングしていた事実を暴露、世論の流れを一変させた。

しかも、ワールド紙は、ミリーさんのボイスメールにただ不正アクセスしただけでなく、家族や友人が新しいメッセージを残せるようにと古いメッセージを削除していた(新しいメッセージが残されれば、記事にできるネタが増えるからである)。すでにミリーさんは殺されていたにもかかわらず、両親に、「メッセージが削除されたのだから娘は生きている」とする「誤った」希望を抱かせたのだった。

ワールド紙のハッキングの対象が、有名人だけでなく一般人、それも、悲惨な犯罪の被害者にも及んでいたことに英国民の怒りが爆発した。しかも、ミリーさんに続いて、テロ事件の被害者やアフガン戦死者もハッキングの対象となっていたことが報道されるに及んで、マードック及びニューズ・コーポレーション社に対する反感・嫌悪感が頂点に達したのだった。

デイビッド・キャメロン首相始め、これまでマードックに媚びてきた政治家達も、手のひらを返したようにニューズ・コーポレーション社批判を展開。7月19日には、マードック及び次男のジェイムズ(ニューズ・コーポレーション社の英子会社経営責任者)が英下院メディア委員会の公聴会に証人喚問される事態となったのだった。

マードック父子が議員達の厳しい質問に身を縮めながら「ハッキングの事実は知らされていなかった」と言い訳に終始して「男を下げた」のとは対照的に、夫を救うために身を挺する勇気を示して「女を上げた」のがマードック夫人のウェンディさん(42歳)。公聴会中、マードックの顔面にパイ(実はシェービング・クリーム)を投げつけようと近寄ってきた「暴漢」に対し、夫の背後に座っていたウェンディさんが飛びかかり、その顔面に強烈な右フックを食らわせたのである。

身を挺して夫を暴漢から守った夫人の快挙に、世界中のメディアが感嘆、公聴会そのものを押しのけて、その日のトップニュースにのし上がった。マードック夫人には、すぐさま「タイガー・ワイフ」なるニックネームが献上されるようになったが、子どもをスパルタ教育する恐ろしい中国系の母親「タイガー・マザー」のパロディであったのは言うまでもない。

さて、「タイガー・ワイフ」のウェンディ・マードック。ボトムからトップへと上り詰めた経歴は夫のそれと比較しても遜色ないほど、劇的である。中国生まれのウェンディが人生の階段を上り始めるきっかけとなったのは18歳のときに米国人の実業家夫婦と知り合ったこと。夫婦に留学ビザの保証人となってもらうことで、米国への留学を果たしたのである。

渡米2年後若くして結婚するのだが、夫となったのはビザの保証人となった30歳年上の実業家(言葉は悪いが恩人夫妻のご主人を「寝取った」のである)。そして、「米国人の配偶者」という資格を利用して米永住権(いわゆる「グリーンカード」)を取得するのだが、夫とは2年後に離婚(夫によると実際に夫婦としての関係が続いたのはわずか数ヶ月。結婚後まもなく、ウェンディは同年代の男性との婚外交渉を始めたという)。

カリフォルニア大学ノースリッジ校を卒業した後、イェール大学経営学部大学院修了(MBA取得)。37歳年上のマードックと知り合ったのは1997年、彼が所有する香港のテレビ局で働いていた時のことだった。2年後、マードック夫人(3代目)の座に納まるのだが、二人が正式に夫婦となったのは、マードック(当時68歳)が2番目の夫人(今回、公聴会に喚問されたジェイムズの母親)と離婚してわずか17日後のことだった。

というわけで、ウェンディ・マードックは、非常に野心的であるだけでなく、はるかに年上の男性を配偶者から奪い取って我が物とすることができる「特殊技能」の持ち主のようなのである。「跡取り」視されてきたジェイムズが今回のスキャンダルで失脚するようなことになった場合、マードックの子ども達を押しのけて「後継者」となる可能性もないわけではないだけに、その資質には特別の関心を払わざるをえない。

もし、晴れて「メディア王」の後継者となった場合(あるいは、後継者争いに参加することになった場合)、夫にひけを取らないほどの「凄まじい野心」、配偶者を獲得する際に発揮した「特殊技能」、そして、その「強烈な右フック」が、またどこかで物を言うことになるのだろうか。

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