生まれ育った東京を離れたのは、古都の大学に入学したときのことだった。

 以後、約40年、私にとって、東京は「住む」街ではなく「訪れる」街になったのだが、「大都会」としての東京に気押されるようになったのは、東京を離れて10年ほどが経った頃のことだったろうか? 人の数の多さに圧倒されたり、昔知っていたはずの街を歩いていて道に迷うようになったり、自分が「田舎者」になってしまったことを自覚するようになったのである。

 「田舎者」の自覚は、米国に移り住んだ後、さらに強くなった。成田で飛行機を降りた後、成田エクスプレスで東京駅に出るというパターンが多いのだが、たとえば、日本に帰り着いた直後、乗り換えのために東京駅構内を歩く度に、人の数の多さと、歩く人の足の速さに「恐怖」を覚えるようになってしまったのである。

 昨年、ごく近しい家族が大阪は北梅田に転居。私が日本を訪れる際の主滞在地も、東京ではなく、大阪に変わった。しかし、滞在地が変わったとはいっても、「田舎者」の私が、大都会でどぎまぎすることに変わりはなかった。

 しかも、私は学生時代から梅田界隈(特に地下街)が苦手で、京都から訪れる度に、決まって道に迷ったものだった。昨年、数十年ぶりに訪れた際も、案の定迷うことになってしまったのだが、地下街は新しい通路が増えた分、迷路としての難度が増していたし、「それでは」と地上に出ても、細い路地は著しく見通しが悪いので東西南北の見当がまったくつかず、迷路であることに変わりはなかった。

 今回の訪日に当たって、私は梅田地下街に闘いを挑み、これを制覇することを目標の一つとした。迷うことの「時間の無駄」もさることがながら、「還暦」を間近にした身に、長時間歩くことの苦痛が応えるようになったからである。あらかじめ地図を見て予習、万全の備えで梅田の「迷路」に挑戦したのである。

 JR、阪急、阪神の三駅に加えて、地下鉄も梅田(御堂筋線)、東梅田(谷町線)、西梅田(四つ橋線)の三駅があるので、梅田には六つの異なる駅(JR北新地駅も含めれば七駅)が存在する勘定である。田舎者にとってはこれらの駅の間を移動して乗り換えるという「二点間の移動」だけでも容易でないのだが、目的地を数カ所回って所用を果たす場合、迷路の中の複数数点を結んで移動しなければならないだけにその難度は増大する。

 これまで何度も迷った経験と、地図の研究でわかったのは、「梅田地下街は、中心をまっすぐ南北に移動することができない」という事実である。御堂筋線のホームが地下街を遮断する形で中央部を縦断しているため、たとえば、谷町線東梅田駅から、JR大阪駅の北側にあるヨドバシカメラに行こうとしても、まっすぐ南北に歩くことができないのである。私の場合、迂回路をあれこれ試しているうちに、どこをどう経巡ったかわからないまま迷路で「遭難」するということを繰り返したのだった。

 「梅田を迷わずに歩く」という目標達成のために、今回、私が立てた戦略の第一は「地上の大きな道を歩く」というものだったが、これはあえなく失敗した。歩行者が横断できない交差点が多数存在するため、思った通りに移動できなかったのである。横断のために道路を大きく迂回したり、歩道橋の上り下りを繰り返したりした上、望む商品が百貨店で見つからなかったこともあって、長々と歩き続けなければならない羽目に陥ってしまった。

 さらに、道路が横断できなかったために、到着時に地下鉄駅から地上に出たのと同じ地点から地下に入ることができず、道路の反対側から目星をつけて地下に潜ったところ目標とする地下鉄駅に辿り着くことができないまま迷路にはまりこんでしまった。当初の計画では、1時間くらいで所用をすべてこなすはずだったのに、4時間歩きづめという悲惨な結果に終わったのだった。

 梅田地下街に再度の挑戦を試みたのは、10日後のことだったが、そのときの戦略は「地下街の表示を頭の中で地上の地図とランドマークに対応させ、東西南北の見当をつけながら歩く」というものだったが、いきなり、最初の目的地である銀行支店が見つからないという試練に出くわした。今までだったらここであれこれ試行錯誤を始めて迷路にはまり込んでいたのだろうが、「表示に気をつける」原則を徹底したおかげで、自分のいる場所が地下1階ではなく地下2階であることに気がついた。

 出発地点は地下1階。階段もエスカレーターも使わず平地を移動し続けたというのにいつの間にか地下2階に移動するという現象が起こるから梅田地下街は油断がならないのだが、階段を昇って地下1階に上がることで容易に目的とする銀行支店に到着した。以後、東西南北だけでなく、垂直方向のレベルにも注意を払って移動。一切、迷うことなく、しかも、回り道もすることなく、所用をすべてこなすことができたのだった。

 いつも必ず迷ってきた梅田地下街を迷わず最短距離で歩くことができたので、私は、これ以上はないほど、大きな満足感と達成感にひたった。と同時に、「地下街を迷わず歩くことができたことに感激するなんて、俺は、本当に田舎者になってしまったのだな」と、改めて自覚したのだった。

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