米『外科学紀要(Annals of Surgery)』誌2011年12月号冒頭(第254巻845-849頁)に、「マサチューセッツ・ゼネラル・ホスピタル(MGH)におけるもっとも風変わりな患者について」と題する「症例報告」が「特別論文(Special Article)」として掲載された。

 実は、私が2002年まで12年間、研究者として務めていたのがこのMGH。今年創設200年目、押しも押されもせぬハーバード系臨床病院の老舗である。

 さて、この論文が報告する患者だが、ここ60年ほど、毎年12月になるとMGHを受診するということを繰り返してきた。以下、今回掲載された特別論文の病歴を引用する。

 「患者は450歳。臍周囲の腹痛・足掌の火傷・頭蓋凍傷の三徴を呈してMGHに入院となった」

 「450歳の患者?」と聞いて首をひねっておられる読者のために、以下、患者が誰であるかのヒントを占めそう。

1)誰もが知っている

2)非常に「気前がいい」

3)白い髪と白い髭

4)恰幅のよい体型

5)赤い服を着、クリスマス・イブになると、トナカイが牽く空中橇で世界を一周

 そう、患者はあのサンタ・クロース。なぜ、毎年、12月になるとMGHの救急外来を受診、緊急入院することを繰り返してきたかというと、60年前のある12月の夜、研修医達がサンタ・クロースを架空患者に見立てたことが始まりだった。当時のMGHでは、救急外来を受け持つのは研修医達の任務であったのだが、クリスマスで患者が少なく普段より手が空いたときに、「座興」で始められたという。

 いつもは忙しくこき使われる研修医達。今でこそ、「週80時間を超えて研修医を働かせてはならない」という規則が厳しく適用されるようになったが、米国の教育病院で、研修医達が何日も眠れないほどこきつかわれる慣習があったことは、よく知られている。特に、外科医の場合、「研修医時代、手術介助中、鉤引き(鉤という道具を引っ張って術野を広げる操作)をしながら居眠りをした」という体験を持つ人は多い。

 サンタ・クロースを架空患者とする「遊び」は、厳しい研修でストレス・疲労がたまる研修医達の「ガス抜き」の意味があったようなのだが、その後、毎年12月になるとサンタを患者と見たてる遊びが繰り返されるようになり、MGHの「伝統」として定着するようになった。

 MGHの外科では毎週病院の大講堂で「症例検討会」が行われるのだが、いつしか、毎年クリスマスシーズンの検討会には、サンタの架空症例が呈示されるようになった。ちなみに、この症例検討会では討議の対象とされる患者本人が立ち会うしきたりがあり、サンタ役の医師が患者としてベッドに横たわったまま出席したり、サンタの人形が人工呼吸器につながれて出席したりすることが行われるようになったのだった。

 さて、症例報告で紹介される病歴・病状だが、サンタにちなんだユーモアをちりばめることが決まりである。症例発表の役を担う1年目の研修医達は、サンタの毎年の主症状を、もっともらしく「でっちあげ」なければならないのである。たとえば、冒頭に上げた「臍周囲の腹痛・足掌の火傷・頭蓋凍傷の三徴」は、「煙突内を移動中太りすぎのお腹がつかえて身動きが取れなくなったために、足の裏は暖炉で燃える薪のせいでやけど、頭は寒風で凍傷」という可哀想な目に遭ったという設定で生じた症状だったのである。

 始めは外科系だけで始まったこの「遊び」。いつしか、病院全体が参加する恒例行事となった。毎年、サンタが救急外来を受診する度に各科専門医にコンサルトが要請されるようになり、コンサルトを依頼された専門医は、カルテにユーモアたっぷりの所見を書く義務を負うようになったのである(たとえばCT(クリスマス・ツリー)画像の読影を依頼された放射線医が「心臓から善意があふれ出ていることは明か」などと所見を書くなど、サンタのコンサルトを依頼された専門医達は創意工夫をこらした「返事」を書くようになったのである)。

 また、医師だけでなく、看護・検査部門も協力。病院全体が総力を挙げてマジに入れ込む「行事」となったのだが、ある年の、サンタの細菌検査の培養結果報告は「歴史的傑作」とされているのでこちらをクリックしていただこう(ペトリ・ディッシュに、培養後、字が浮かび出るように細菌を植え付けたのだが、赤とか緑とか、クリスマスらしい色が出る細菌を使用したところに、専門家の技の妙がつくされている。ちなみに、「Ho Ho Ho」はサンタだけがする笑い声)。

 さて、今年も恒例のサンタ・クリスマス入院が行われたのだが、今年の症例検討会で明かされた主病名は「coalidocholithiasis (胆道石炭結石)」であったという。長年、煙突の出入りを繰り返してきた職業歴を考えれば、石炭の粉じん吸入が病因と関連しているであろうことは容易に想像されるのだが、なぜ、気道から吸入された石炭粉が胆道で結石を作ったのか、現代の医学では到底解明しようのない謎が、今年もサンタによって提示されたのだった。

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