一番車が好きだったころに乗っていました。
トヨタ ST-205 セリカGT-FOUR WRC
セリカGT-FOURのWRC参戦限定車で当時でも希少車でした。
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エンジン、吸排気系、冷却系、制動系、足回り、
電子制御系、補器類、ボディの補強までやり込んでいて
フルブースト全開走行はサーキット向け、
私が所有した愛車の中で1、2を争うほど
ポテンシャルの高い車両でした。
当時のターボ等の過給器や吸排気系による性能向上を規制する法律は
今に比べると緩かったのかなと思います。
排ガス規制等をクリアしていれば問題なさそうでした。
画像の通り外観に関してイカツイですがほぼメーカー純正のまま、
最低地上高も法令順守していましたので
陸運局持込での車検で引っかかる不正改造も行っていない、
おてんとうさまの下で堂々としていられる
走る、止まる、曲がるの性能向上を追求した車両でした。

さて、以前はもう少しマシな画像もあったのですが、
震災直後の大雨でPCが水浸しになってしまい、
データをかなり失いました。
それで記事の再アップは諦めていました。
が、気まぐれでバックアップしていたハードディスクを最近見つけ、
そこから画像が少し拾えたため、今回、再掲載しています。
ただ当時記事に使ったであろう画像は探せなかったため、
記事も加筆修正しながらありあわせの画像で取り繕います。
この画像も熱害対策も施していましたが撮影時点では
まあまあ見苦しく劣化していますがご了承ください。
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そんな思い入れの強い愛車でしたが、
ふとしたときに制御用のサブコンピューターの
プログラムが消えてしまうというトラブルが発生し、
普段お世話になっているショップが遠かったこと、
近隣にある対応可能なお店を紹介いただいたことで
今回、初めてお世話になるお店で再セッティングを依頼しました。

すると、預けていたショップの担当者が私の車で事故を起こしたと、
警察署の方から唐突な電話連絡があり、
状況も理解できぬまま急いで署へ向かい説明を受けました。
連絡を受けたのは事故から1~2日くらい経過後だったと思います。
この記事を書いたのは事故からずいぶん経過後でしたので、
その後の経緯の詳細な時系列は忘れていますが、
概ね以下の通りでした。
こちらから問い合わせの連絡するまで預けたショップからは
事故の報告も謝罪もなく、事故を知ったのは
先の警察からの電話連絡ででした。
警察から事情を聴いたあと、すぐにショップへ電話しましたが、
「今後の事も私ども1スタッフからは詳しく話せない」とか、
客の車を預かって事故まで起こしたとは思えない店側の対応に
呆れ、怒りを覚えたのは今も忘れません。
らちのあかない電話応対くださったスタッフから
私の愛車はショップではなく既に解体屋に持ち込まれているということと、
今後もショップに残っているスタッフでは説明ができないと言うこと、
事故を起こした当事者(経営者)はケガで入院しているものの、
面会はできる状態だと言うことを
どうにか聞き出すことが出来ました。

教えてもらった解体屋の場所は遠くなかったので、
まずは車両を確認に行きましたが、
絶句しました。
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右奥に駆け付けた際に乗ってきた私のデルソルが
見切れています。(今まで気づきませんでした)
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警察の説明でもショップへの電話聞き取りでも
事故の重大さを十分には伝えてもらえて無く
「修理に何カ月もかかるんだろうな…」
くらいを想像しながら見に来た私は
愛車の無残な変わり様にいろんな意味でショックでした。
加えて運転者はこの状況で本当に無事だったの?
とにわかには信じられなかったと同時に
何とも言えない複雑な気持ちになったのを思い出します。

その後お店に再度確認したところ、
やはり運転者(経営者)は面会が可能、
話は本人へということでしたので、
見舞い半分、詳しい事情を聴きたい気持ち半分で病室を訪ねました。
この時に、改めて事故の補償交渉の難しさを感じました。
すでに交渉担当の弁護士と打ち合わせ済だったのでしょうか、
うかつに謝罪をしてはいけないと言われていたのでしょうか、
大怪我しているとの理由でその場では軽い謝罪のみ、
事故当時の記憶がないとの理由で、
十分な事故発生の状況の説明も受けられませんでした。
警察で受けた説明で事故の原因の詳細ははっきりしないと
被害者であるはずの私への説明にしては不十分では?
何か秘密にしていることでもあるの?
と警察の説明に若干疑念を持った理由が
この記憶がないという説明で少しだけ理解できました。
警察対応の現場での事故処理時には
事故を起こした当事者は救急搬送されて、
搬送後の病院での聞き取り調査においても
本人も記憶がなく説明ができない、ということで
事故の状況を十分に把握していなかったと推察しました。
※今ならドラレコ映像等の証拠が残せたりするので
結果は違ったかもしれないですが、
当時はまだそういったものは普及していませんでした。
この段階で事故の原因の詳細を知ることは
簡単ではなさそう、無理かもと感じました。
※帰宅後に落ち着いて考えてみて
もし立件して捜査機関に委ねれば・・・とかも思いましたが、
真相究明より早期の補償を再優先に考えていて
当時の私はこれ以上望みませんでした。
事故車の状況から真相は何となく察してはいました。

病室での話に戻ります。
その後、簡単に今後の事を話しましたが、
「保険には入っているので補償はできるが
その範囲は、車の現在の残存価値までで、
アフターパーツ等の補償は内装外装含め一切補償できない」
とのことでした。
病室での話です。
事故当時の記憶がない状況であっても
補償交渉の筋道を伝える意思はしっかりされていました。

仮に、私が事故に関わる直接の当事者であったならば
杓子定規的な補償交渉でも多少は理解できますが、
今回の事故は前提が全然違います。
客の愛車を預かって、その車両で恐らく無茶な運転を
しかもサーキットとかでなく一般道で事故につながる
かなりの速度超過を伴う運転をしたと思われる事故です。
その事故の当事者の言葉とは思えない無責任さに
過去に経験したことの無い感情が生まれました。

何度でも言いたいです。
そもそも私はこの事故には一切かかわっておらず
愛車を預けて壊された単なる財産を奪われた被害者のはずです。
こういう時、身銭を切ってでも可能な限りの補償をするのが
人として、車のドレスアップやチューンナップを
生業とする店舗の経営者としての誠意ある対応ではないかと思い、
私なりの譲歩もしつつ踏み込んだ話までしましたが、
一切聞き入れられませんでした。
車関係を生業にされていても車好きの客の気持ちには
寄り添ってくれないんだ…
怒りよりも落胆しました。
車好きスタンスはビジネス愛車精神だったのですか?
そう思わざるを得ませんでした。

「保証したいがお金がない、
後は弁護士と相談してください」

で、この病室での短い話し合い以降は当事者とは一切対応いただけず
以降は先方の代理人弁護士の法律をたてにした交渉術に
泣く泣く残存価格で示談しました。
私が提示された以上の条件での示談を望むなら
裁判所に調停を申し込んでくれれば
対応はするがみたいな話だったかなと思います。
うろ覚えです。

当時は法律のことも良くわからなかったので
不本意ながらも先方の提示額で示談しましたが、
あとあと色々聞いてみると
私も弁護士さんに依頼して交渉に臨めば
もうちょっと納得のいく示談が出来たのかもしれません。
私の契約していた保険が共済だったからか?
普通の自動車保険会社でも同じスタンスなのかはわかりませんが、
共済としては事故の当事者に該当しない私の代理人になれないと
保険会社の後ろ盾が得られなかったことも
相当痛かったかと思います。
無策だったと振り返りますが、今となっては昔の話です。
当時疲弊しまくった心も、
時間が癒してくれたので今は話題にしない限りは忘れていますが
あらためて文字にするとちょっと思い出して悔しくなります。
ただ、その後の熊本地震で被災したダメージに比べれば
だいぶ小さいダメージだったと思えます。
不幸中の幸いはその事故で犠牲者が誰も出なかったことでした。


※過去記事への加筆修正をした再掲載記事です。