2007年11月22日
BBM93-A14 桑田真澄
BBM93サンヨーオールスターゲーム 桑田真澄(A14)

ジャイアンツの桑田真澄投手です。
桑田投手の思い出で一番心に強く残っているのが、桑田投手2年目のシーズン、札幌円山球場だったのでおそらく7月頃だったと思います。その円山球場での対広島戦で、自らの3ランホームランとタイムリーヒットでチームの全4得点をたたき出した上でプロ初完封勝利を挙げるという、まさに「桑田VS広島」のような試合です。
PL学園時代、清原とKKコンビとしてクリーンアップを打ち、清原に次ぐ甲子園通算歴代2位の6本塁打を放っただけあって、まさに投げてよし、打ってよしの大選手でした。
しかし、1995年。対阪神戦での湯舟の放った三塁線沿いの小フライをダイビングキャッチした際に、右肘の靱帯を断裂!!苦しいリハビリを乗り越え、カムバックしたものの、以前のような切れのある速球は戻ってはきませんでした。
桑田投手なら「投手で200勝、打者で2000本安打」を達成するのも夢ではないと、本気で思ったこともあります。それほど「野球選手」として全てに優れていた選手ではないでしょうか。

これは、2007年にメジャー挑戦を決断する前に桑田投手から頂いた、直筆サインボールです。「巨人軍」と書いていただいた貴重なものです。
渡米後も、まるでそれまでの桑田投手の野球人生を象徴するかのように不幸なアクシデントに見舞われましたが、そのたびに這い上がる姿を見せてくれました。
今もまた、メジャー復帰を目指してリハビリ中ですが、桑田投手自身が納得するまで、夢を追い続けて頑張ってほしいと思います。
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ジャイアンツの桑田真澄投手です。
桑田投手の思い出で一番心に強く残っているのが、桑田投手2年目のシーズン、札幌円山球場だったのでおそらく7月頃だったと思います。その円山球場での対広島戦で、自らの3ランホームランとタイムリーヒットでチームの全4得点をたたき出した上でプロ初完封勝利を挙げるという、まさに「桑田VS広島」のような試合です。
PL学園時代、清原とKKコンビとしてクリーンアップを打ち、清原に次ぐ甲子園通算歴代2位の6本塁打を放っただけあって、まさに投げてよし、打ってよしの大選手でした。
しかし、1995年。対阪神戦での湯舟の放った三塁線沿いの小フライをダイビングキャッチした際に、右肘の靱帯を断裂!!苦しいリハビリを乗り越え、カムバックしたものの、以前のような切れのある速球は戻ってはきませんでした。
桑田投手なら「投手で200勝、打者で2000本安打」を達成するのも夢ではないと、本気で思ったこともあります。それほど「野球選手」として全てに優れていた選手ではないでしょうか。

これは、2007年にメジャー挑戦を決断する前に桑田投手から頂いた、直筆サインボールです。「巨人軍」と書いていただいた貴重なものです。
渡米後も、まるでそれまでの桑田投手の野球人生を象徴するかのように不幸なアクシデントに見舞われましたが、そのたびに這い上がる姿を見せてくれました。
今もまた、メジャー復帰を目指してリハビリ中ですが、桑田投手自身が納得するまで、夢を追い続けて頑張ってほしいと思います。
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