2018.4.19
弘前に桜を見に来たけど全然咲いてないので、この日はレンタサイクルで弘前公園周りの寺社仏閣をぶらぶらしました。
しかし何ですな・・昔はレンタサイクルがあるだけで嬉しかったのですが、最近は電動じゃないと気落ちするというぜいたくな心持ちになってしまいました。

まずは禅林街に向かいましたが、途中にあった弘前天満宮に寄り道しました。
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この日はちょうど弘前公園の外濠のソメイヨシノの開花宣言が出ましたが、ここのしだれ桜も少しだけ開花していました。この神社は下との標高差が10mくらいあって、柵の向こうは崖に近い感じです。
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狛犬ならぬ狛うさぎ?
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そしてこの鳥居の向こうにある堤防の様なものは何かと思ったら、この後訪問した長勝寺を中心とする寺院街の土塁でした。
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こちらは禅林街の黒門です。各写真の説明はガイドマップ等から抜粋しております。
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黒門を抜けるとさざえ堂があったので驚きました。天明・天保の大飢饉で亡くなられた人々の供養塔として、弘前の豪商中田嘉兵衛が天保10年(1839年)が寄進したということです。東北地方にはさざえ堂が二つありますが、もう一つは会津若松です。


個人的には結構な数のさざえ堂を訪問しています。
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小さいながらもその色合いも相まって存在感たっぷりです。
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この禅林街は2代藩主信枚が、弘前城の南西(裏鬼門の方角)の砦として1610年に津軽一円の主要寺院をこの地に集めたということで、曹洞宗三十三ヵ寺が連なっています。
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突き当たりというか曲がり角にあった長勝寺・・津軽家の菩提寺で当初鰺ヶ沢に建立されたが、弘前城築城と同時に南西の守りとしてここに移転しました。
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この門は寛永6年(1629年)に二代藩主信枚により建立されたもので、文化6年(1809年)の大修理で花頭窓を設け仁王像を置くなど、形式上の変更がなされました。
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元和元年といえば大坂夏の陣があった年、着々と徳川家が地固めをしていた頃ですね。
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振り返ると山門の空間から見える景色が素晴らしい。
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緩やかな坂の両脇には杉並木が並んでいます。
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宗徳寺 こちらも立派な山門である。
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宗徳寺はこの山門の先の庭が素晴らしいという事なのですが、この時は知らずに門の所で引き返してしまいました。
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続く
誓願寺にあったのはこの個性的な山門です。こちらも弘前城築城の際、城の西の守りとして約400年前に現在地に移されました。
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懸魚を鶴と亀の形に作る極めて珍しい形式で、日本にひとつだけの「こけら葺き重層四脚門」だそうです。
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江戸中期に建てられたというこの山門は俗に「鶴亀門」と呼ばれていて・・・ということで鶴
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そして亀・・確かに非常に珍しいです。
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こちらは弘前神明宮 この神社には申し訳ないが、すぐ近くの弘前八幡宮と間違っての訪問です。由緒が書かれているが・・とても読みにくい文体です。
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神社の入口に駐車場があったけど月極駐車場でした。でも「参拝以外の駐車はお断り」と書いてあって一体どっちなんでしょう。
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弘前城の北東にある住宅地の中にありますが、この神明宮の周りだけ森みたいになっています。
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  に続く
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今回の弘前への旅









 
 
終わり