最近、いろいろな本を献本いただくことがあります。
光栄なことです。ありがたや<(_ _)>
 

以下は、くれる人への批判でなく、自分の残念な性質への嘆きです。

過去に献本していただいた方は、これを読んで気を悪くされないようお願いします。完全に自分に向かっての分析です。 



自分の性根が律儀なのか貧乏性なのかわかりませんが、「あげたんだから紹介しろや!」とは一言も書いてないのに、かってにいろいろ考えて重たくとってしまいがちです。
 
裏の値段を見て「あ、割といい値段のもの貰ってしまった」と気づいてしまったり、

筆者への恩義を思い出してしまったり

逆に知らない先生の場合だと「なぜ俺に!?」と不思議になり、フェイスブックとかサーチして妙に親近感持ってしまったり

編集社の方々の並々ならぬ努力を想像してしまったりして「紹介せねば!!」と思ってしまうんですよね。


さらに、自分の薄っぺらい紹介に乗せられて買った人が「読んでみてがっかりした~散財させられた~」と感じてしまったら、それはそれで気まずいとも思ってしまうんですよね。
ああ、自分めんどい。

なので、「紹介する前にちゃんと読まなきゃ」とまで思ってしまうため、気がつくと「タダで貰えてラッキー♪」だったはずの本を読むために夜が更けていってしまうのです。


さらにいえば、「この本をあいつに読んでもらおう」と誰かしらのセレクションがかかって送られてくるので、たいていの場合、自分の関心のツボをついています。

ので、「恩義とかそういうのを脇においといても、普通に読みたい!」と思ってしまうのも困ったものです。
この好奇心と呼んだらいいのかよくわからない習性が、最も自分でコントロールがうまくできない、一番扱いづらい自分の修正かもしれません。



「献本してくれるな!」ではないですし(正直すごく嬉しいです)、逆に「大歓迎だぜ!」という結論でもないのですが、そんなことを考えながら読んでいます。

元気なら明日か明後日にでもさっさと紹介して重荷を下ろしたいところです。



こういうめんどい思考を、自力で修正してさっぱりさせる方法で何かおすすめあるでしょうか?

瞑想とかですかね?




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