最近、患者さんの病気以外の部分、とりわけ生活・暮らしに関する話題が、医療現場のカンファ等で取り上げられる機会が増えてきた気がします。



自分が意図して話題を振っているわけではないんですが(完全に偶然ではないですけども)、院内の総合医同士での診断・治療方針相談するカンファでも、他職種でのカンファでも、普段総合医が出入りしていない部門でも、同時多発的に起きています

「いやー、あの人のあの問題なんだけどね、病気や治療の話じゃないのに忙しい中で申し訳ないんだけどさ、ちょっと相談していいっすか? あ、いいの?じゃあ言うけどさ・・・」みたいな感じで、誰かが自発的に話題に持ってくるんですよね。


もともとそういうのに関心が深い人が集まり、(医師の教育ではいままで全然強調されてきてないのが残念ですけど)現場での実践や教育の中でさらに知識と経験が蓄積されていくので、そういうのに関心を持って活動する人が多い組織ではあります。

無産者診療所とかから発展してきた組織ですからね。
民医連綱領(PDFリンク




ただ、最近の若手教育でほとんど触れてないような気がします。

病院が超急性期になってそれどころでなかったり、そういうのに関心がなくて「病気だけ診ていたいからその科を選ぶ」という医師が増えたとかあるのかもしれません。

実際はどこの科の指導医も、みんな昔から普通に取り組んできていて、関心もあるはずだなんだけど、そろそろ引退気味な世代になってきていて教育に影響力持ちにくくなったりとかもあるのかな。



他科がそういう状況でも「総合診療医の教育ならもっと踏み込んで学んでるんじゃない?」という期待を持ちたいところですが、これも本院の方でそれを学ぶのは非常に困難なようです。

在院日数短縮のプレッシャーが大きくてそれどころではないみたいですし、そもそも救急・院内急性期特化型大規模病院は「一期一会」が原則なので頑張って介入したからってその成果実感できるまで付き合えないですしね。

実際、総合診療の専攻医や指導医が月1回集まって振り返りや学習を行う場である「二木会」でも、健康の社会的決定要因(Social determinants of health:SDH)についての学習機会はほぼありません。
急性期の指導医がそういうのに関心がなかったり、民医連的な活動にアンチだったりとかもあるのかもしれません



個人的には「せっかくこういう組織で働いているし、まちづくりに関心があるぜ-みたいな人が総合診療グループに増えてきたタイミングなのに、ちょっとそういうの残念だよなぁ…」と思っていたんですよね。

たまに関心がある人いても、その人が個人で盛り上がってやっているだけで、他職種が追いつかなかったり、組織内でノウハウ共有して相互に高めあうみたいなところにいかなかったり。
(他の人がやっていなくて地域や住民のためになる活動は、おそらく先日書いた在宅診療と似たような「気持ちよさ」があるせいで、無意識に独り占めしてしまうのかもしれません)



そんな中、全日本民医連総合診療若手医師部会を作って、その人達でなんかやりたいねと話していたら必然的にSDHの話題になり、全国学会でそのワークショップやって。

それを道内でもやりたいと思って身内に声かけたら何人か参加してくれて。

そしてそのメンバーがちょうど今うちの病院に複数いるんですよね。


そんな流れがあって、総合診療の医師側には(当院内限定で法人全体に波及できていませんが)少しSDH熱的なムーブメント的ななにかが動きつつある背景はあるんですよね


そして、それと同時多発的に、今色んな人達が色んなことを好き勝手にやりはじめているのです。

看護師主任会でそういうのを調べる活動をしながら「この病院の看護師って何するべきなのか」を考えてる活動が起きたり

ソーシャルワーカーの医療福祉課で、ちょっとこれは!という事例に対して入れ込みつつ、かつ一人相撲で終わらずに地域の関係部門と連絡とり合ったり、それに医者を巻き込んで半強制的くらいの勢いでカンファの場が設定され、それが他の会議や委員会でも報告されつつあったり

全国や事務の方でも、そういうのの地域の現状や外来患者の現状を調べる研究に協力する体制をとってくれて、今熱い研究が進行してたり


と、ほんとにあちこちで関連したイベントが起きつつあります。

そして、そういった情報が入ってくる立場に幸いいられるので、それらの自然発生的な流れを邪魔せずに、煽ったりプレッシャーかけない範囲で支援したりこっそり見守ったりしながら、あわよくばそれらのベクトルを揃え、言いところを共有・共振しあいながら増幅して、大きなうねりにして地域に還元したり、更にあわよくば学術の場に殴り込みかけたり出来たらいいなぁと思ったりしています。




……ん?

脱線しすぎたな。

今日の記事は、実際にカンファで上がったネタを幾つかあげて、「面白くないっすか?」と振るところまでのつもりで気軽に書き始めたんですけど、気がついたら前フリの部分が長くなりすぎて時間立ってしまいました。

まあ、それくらい、意外と自分の中でも盛り上がっていたようです。




というわけで、具体的な例を(個人情報が同定できない程度に脚色しながら)3つくらい挙げてみます。

こういうのを、マルキアファーバビヒャミ病が~とか第5因子インヒビターがーみたいなRare diseaseの話していたり、長期抗菌薬投与が必要な患者で静脈ルート潰れたり副作用で投与困難になった場合の二の手・三の手についてエビデンスとエキスパートオピニオンかき集めて検討していたりする場で、ふいに「ところで、あの冷蔵庫の件なんすけどね・・・」と同じテンションで扱われるのが面白いなぁと思うのです。

ごった煮って面白いですよね。



■事例1

冷蔵庫が家になくて、食材の貯蔵も料理の作りおきもできず、糖尿病が悪化して入院した人。


普通なら、医学的な問題ではないとして即退院になるか、少なくとも医師のカンファレンスのメイン話題にはならずMSWへとなりそうなネタです。

にも関わらず、SDHワークショップしたメンツだけでなく初期研修医も食いついて、あれこれ調べたり、具体的な対応策について意見がでてきたりしたのはわりと嬉しい瞬間でした。



買えばいいじゃん!
➡お金ないのか?収入源は?額は?使い道は?保護課はそんなとこまで制限すんのか?まさか!?


 冷蔵庫っていくらするんだ?
➡一人暮らし始めたての若手から即答、やすいじゃん!いやいま医師目線では安いかもしれんけど


体力ないから買いに行けないんじゃない?
➡Amazonで買えますよ。いやいやクレジットカード手にいれるにも社会的信用ってもんがあってね。ギフトカード?コンビニ弁当の宅配が安くてそこそこらしいよ


へんに保護費をギフトカードに変えてWebで買い物するスキルみにつけたらやばくないか?
→まえに、食事指導の内容が、普段の貧困な食事より華々しすぎてグルメに目覚めさせてしまい、一度覚えさせた楽しみを制限させられる地獄に苦しむ人もいたし

ていうか冷蔵庫があれば解決するのか?
➡おまえは冷蔵庫さえあればヘルシーに自炊できるのか?俺は無理だ


そもそも冷蔵庫は北海道ならいらないのか?
➡夏はいるよね。食生活次第か?


そもそものそもそもで、冷蔵庫なしで長年生活して糖尿病を完成させる人生はどんな流れなのか?生まれついての境遇なのか、後天的なのか、なにかイベントがあるのか?

→うーむ・・・

とか




■事例2

ぼろーい家に住んでいて、古い木造でホコリも多く、冬はすきま風も入ってくる(北海道の冬の外気ですよ!)環境で住んでいて、気温が下がり始めたら途端に気道症状が悪化して連日受診になった人が、「入院したらピタッと発作がとまった!なんじゃこりゃ!?」な事例


その道のプロが、適切な薬をどれだけ体内にぶち込んでもぜんっぜんよくならず、でも外的な環境をかえたらピタッと良くなってしまった状況について、「さあ、鑑別診断は?やるべきことは?」的な話題になりました。


医学的には、気管支喘息や過敏性肺臓炎等の病態で、環境抗原暴露の問題とか気温・湿度の影響とかで分析されて終わりなんですが、問題はその後どうするかですよね。

また、クリニカルパール的に言えば「Polypharmacyをみたら、薬剤相互作用や副作用だけでなく、アドヒアランス(ちゃんと指示通り服用しているかとか)を考慮せよ」とはよくいいますが、「最大限の治療をしても病態が改善しない”治療抵抗性なんちゃら”のときには、疾病の性質や、アドヒアランスなどの患者要因だけでなく、患者を取り巻く環境にも着目せよ」ともいえますが、着目はアホでも出来るので(だって入院しただけで改善するわけですから)、着目した先ですよね。


したら、引っ越ししたらよくね?
→いやいや、引っ越しだって金かかるんだよ
→この人収入は? 持ち家?生活保護? 活きるか死ぬかのレベル何だから引越し費用くらいなんとかならないのか?

ていうか、部屋掃除したらよくね?
→家に他人あげたくないんだって。いやいやもうそんな次元じゃないでしょ。でも判断力のある成人がダメって言ってるのに押し入っていいのか?ダメでしょ。でも帰ったら悪化するよ。
→ていうか、他人が単発で掃除して解決するレベルなのか?掃除しきれないくらい建物自体やばいかもしれないし、一度きれいにしても本人が変わらなかったら1ヵげつ持たずにもとに戻るよね。

隙間風はなんとかならんの?
→木造家屋の隙間にテープ貼ったくらいで風がしのげるのか?
→春になったらいいんじゃない? いやいや北海道の冬長いからあと4ヶ月位あるさ

てか、なんでこんなに症状完成するまでこんな環境で住んでたんだろね?
→まあこの辺の住所だと、生活環境悪い人は多いよね。まえにうちの専攻医が往診にいって「家はどこですか?え!?これですか?人がすめるんですか、ここ?入り口という概念は?」みたいな話もあったし。
→ていうか、こんな状態になったから始めて話題になったんじゃない?

もういろいろ気になるから家見に行こうか?(冗談半分で)
→いくか!私行くわ(専攻医からも、病棟看護師からも、別の会議で外来看護師からも次々と)
じゃあ若手の研修のために、看護師の新人さんとかもいくか(更に冗談ぎみに)
→いいねー、じゃあ君が行くか
→いついく?誰が行く?よし、あとで相談しよう。

みたいな。


薬剤選択とか患者指導よりも外側の話ばっかりですけど、結果的に患者の疾患コントロールは「最適な診断でベストな治療薬を選択し続けてきた」ときよりも全然良くなっているので、医師としても大事なところですよね。

もちろん、小児科とかアレルギー科とかでは、気道過敏性の関わる疾患のケアで環境因子をクリアするために徹底的な評価と指導を行うことは常識と思います(と信じたい)ですが、「じゃあ、そういう洗練されたクリニックの専門医にかかっていたら患者予後がよかったか」というとそうではないですよね。

だって、指導を守って実行するだけの理解力、実行力、意志の力、お金などがないと難しいので、「そういう資源を持ち合わせていないまま長年そういう生活をして固まってしまった人」をどうしていくのかとかは、むしろ自分たちの領分(パイを奪い合うとか、排他的にやるという意味ではなくて、得意とする領域的な意味です)だと思うのです。



■事例3

尿臭を漂わせながら、家が寒い・家がないという理由で、暖を取りに病院に来てしまう人達。

一昔前なら、そういう人達は時間外の駅の構内とか、スーパーの裏とか、色んな所で暖を取り、集まって情報交換をして、ときに炊き出しなどのボランティアや行政の支援もあったんですよね(そういうのに参加していろいろと目を見開いた経験も何度もありました)

ただ、最近は色々うるさいので、駅の構内からは締め出されるようになって久しいですし、流石に悪臭があるとスーパーなども締め出さざるをえないし、だからといって警察や消防が相手にしてくれるわけでもないし、となると医療機関がわりと候補に残るんだと思うんですよね。

我々もそういう困窮した人のために何かしたいけど、他の患者さんたちから悪臭のクレームがでたら放置するわけにも行かないし、でも今の効率化や老朽化の結果そういう人がいくらでもいていいような無駄なスペースや、相手ができる余剰人員が豊富にあるわけでもないし。

どうしたもんかと・・・


そんな事例でも色んな話がいろんな職種から出るんですよね。

前にいた職場では、そういう人たちに対してこんな活動をしてたんですよ!と興奮気味に語り始めたり

でもなかなかうまくいかないよねと落ち込んだり

でもね、正直ズボンが尿で濡れたまま今の冬場外歩いたら凍って凍傷になるからね。ホームレスの不清潔な陰部や下肢が凍傷になって感染起こしたら助けられないから割りと一大事何だよとか(自分のズボンが凍った経験があるかのように語っていて、この人の人生はどんな苦難に満ちていたんだろうと勘ぐってしまったり)

ボランティアとか呼べば解決なのか?ボランティアって何の?とか

行政に任せればいいのか?行政って誰だよ、どこのだよ? いやいや意外とすでに担当部門の人がけっこう動いていて、すごいいい人なんだよね。でもいい人なのに解決しないのはなんでかな?

ということで色んな人を集めてカンファすることになってるの。集めれば解決するのか?しないのか?とか

そもそも、尿失禁しなければよくない?でもね治療に乗らないのよ。なんで?病識?治療費?なんだろね。

尿失禁しても凍らなければいいんじゃない?え、また住み替えってこと?うーん。


とか。






今回ははからずも、金銭面、住居面、そして冬の北海道というローカルな問題点などが比較的共通した事例たちでした。

きっと季節や地域が異なればまた様々な問題があるのでしょう。



病気の原因の原因の原因を遡ると、たいていは共通の社会的健康決定要因にたどり着くと言われているので、多彩な事例を上げても共通点が絞られるというのはある意味当然かもしれません。


Wikipediaの健康の社会的決定要因のページを読むとイメージできるかもしれません
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%81%A5%E5%BA%B7%E3%81%AE%E7%A4%BE%E4%BC%9A%E7%9A%84%E6%B1%BA%E5%AE%9A%E8%A6%81%E5%9B%A0

ここにある、Solid facts「健康の社会的決定要因として、しっかりとした根拠のある事実」というのがあり、今回の事例たちはその中でこの辺が合致しているかなと思います。

社会格差(みなさん、社会的地位が高いとはいえません)

ストレス(まあ、ありますよね。聞けば聞くほどいろいろでてきます)

幼少期(まあ、聞けば年取ってから急にという人もいますが、たいていはむか~しの小さな頃からという事例も多く抗いきれない大きいなる流れとか運命を感じてしまうことも度々)

社会的排除(排除されてますね、地域コミュニティからも、スーパーや駅からも)

労働・失業(まあ、みんな仕事はないですね。昔働いていたが景気の影響でとかもあるし、働く意欲はあっても経歴やスキルや今の見た目・健康状態のせいで再就職が絶望的だったり)

社会的支援(その辺にたくさんある!という状況ではなく、とくにうちの区は札幌市内でも全然ない方です)

薬物依存(アルコールが絡んでいることは日常茶飯事ですが、当地域はアルコール支援の数やそこにつなげるためのネットワークもまだまだまだまだです)

食品(多くの場合ではマックスバリューの割引狙いとかならまだよく、お金がないと安いものしかかえず、そういうもので食いつなごう=お腹いっぱいになろうとするとたいていは不健康な高糖質・高脂質なものになり、お金がなくて食べるものに困るのに肥満で糖尿病とか普通です。贅沢病じゃないんですよ)

交通(当院の近くに住んでいればふらっと来て我々が気づけますが、地下鉄・バスがない地域に住んでいる人や、川向うのひとたち(豊平川を挟んで経済状況やアクセスにだいぶ差があります)がどうなっているかとかはまだ未知の領域です)


・・・・・・・ほぼ当てはまるんですよね。

Solid factsは一つだけではなく、多重に連鎖・重複しているんだなぁと思います。




長々と書いた割に結論やメッセージがある内容ではなく、ここで突然におわります。

当直明けで眠いのです。



が、そういうことに関心を持つ人達が、強制されずに自発的に同時多発的に動き始め、それが科長・副院長である自分の耳にちゃんと入るようになった(経営的なメリットのない活動だから管理者にバレたら怒られるという認識でなく、我々の組織の活動として重要なんだから協力してよ的な認識になってきている)とかがとても「アツいな!みんな!!」と思ったので、寝てしまう前に書きだしてしまいました。

あ、あと、民医連的な教育を特に受けてこなかった自分が(他の地域はわかりませんが、うちの法人は若手にそういうの押し付けないという意味では自由で良い環境ですが、それでいいのかとも思いますけど)、家庭医療学や地域医療の勉強をした結果こういうのが面白いと思うようになり、結果的に昔からそういう活動をしてきた他職種ベテラン層や、最初からそういうのに興味あったけど大病院では恐ろしくて言い出せなかったみたいな人達とシンクロしていく感じが面白いなぁと思ったりしています。



不適切な表現があれば修正していきますので、ご指摘下さい。


あ、あと忘れてましたけど、うちの院長初め、民医連のエネルギッシュなおじさんたちやとんがった若手たちで翻訳した健康格差の本のリンクも載せておきますね

増刷続いているそうです

健康格差
マイケル・マーモット
日本評論社
2017-08-25





でわ!!



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