慢性胃炎の診断がつき、ピロリ検査をされて、「除菌お願いします」と入ってくる患者が最近急増しています。


慢性胃炎患者に対するピロリ除菌が保険適応になったのが大きな理由だと思います。

日本ヘリコバクター学会からパンフレットがでていて、そこにも「慢性胃炎や萎縮性胃炎に対しては胃がんを予防する目的でピロリ菌の治療が強く勧められます」と書いてあります。
http://www.jshr.jp/pdf/info/topics/jshr_pylori02.pdf




ちょうど昨日の医局会議でも、ある医師から「健診で慢性胃炎が見つかったら全員にピロリ検査と除菌を勧めるようにしているが、システムの問題もあり結果通知書では全員に推奨のメッセージがとどいていないようだ。医療機関として必要な検査治療を提供できないのは問題である」という趣旨の発言がありました。

たしかにシステムの問題で必要なことができていないとすれば問題ですが、そもそも「全員にピロリ検査して除菌することが有益なのか?」は疑問視しており、自分のなかではもやっとしていました。

確かに、「胃癌を起こした患者では、前がん病変とも考えられる慢性胃炎・萎縮性胃炎が進んでいても癌抑制効果がある」というのは文献付きで聞いたことがありますが、それを発展させて「胃癌の既往がない患者でも、慢性胃炎さえあればピロリ除菌で癌が予防できる」というのはよく聞くものの根拠は見つけられた試しがありませんでした。

普通に考えると、慢性胃炎があってもピロリ除菌で癌が減るなら、「ピロリ感染→慢性胃炎→癌」という流れ以外に「ピロリ感染→癌」のダイレクトな流れもあるかもしれず、「ピロリ除菌をすると慢性胃炎がよくなるから癌がでなくなる」とか「慢性胃炎だからピロリ除菌で癌を予防」というのは論理の流れがよくわからない気がします。
(ごちゃごちゃしてすいません)


また、昨日の研修外来でも「ピロリ陽性患者の除菌」目的の患者があたったため、その場では研修医に一般論のみ教えた上で患者と相談して方針を決めてもらい、診療後の宿題として「慢性胃炎+ピロリ陽性患者における胃癌予防効果」のエビデンスを調べてもらうことにしました。



そんな流れもあって、自分でも気になっていろいろ調べてみました。



今日の午前中に、昨日外来で一緒に見た研修医と一緒にUpToDate・Dynamedをみてみました。

効率のよい根拠の調べ方を学んでもらうチュートリアルも兼ねて、多少面倒で時間かかっても研修医とは一緒に調べたほうがいいかなと思っています。



ですが、「慢性胃炎に対するピロリ除菌効果」で有意な結果を提示している、質の高い研究は見つけられませんでしたΣ(゚д゚lll)ガーン


あったのは、「胃がん治療後の患者に除菌すると胃癌発生が3分の1に減る」という、最近良く引用されている「胃癌”二次予防”」についての論文が唯一目立っていました。
Effect of eradication of Helicobacter pylori on incidence of metachronous gastric carcinoma after endoscopic resection of early gastric cancer: an open-label, randomised controlled trial.
Lancet. 2008 Aug 2;372(9636):392-7. doi: 10.1016/S0140-6736(08)61159-9.


この論文の結果自体は文句なさそうですよね。

自分も、早期胃癌EMR後の患者が紹介先から戻ってきたら「ピロリ除菌もしましたか?除菌成功の判定のための受診予約もされてますか?」と積極的に確認しています。

うちと連携がある病院で除菌しないで返すところはないみたいなのでたいていは取り越し苦労で終わりますが、たまに入院中に主治医とトラブル起こして途中で退院してきた人とかがいて、そういう人ではこっちでフォローアップしっかりするうえで大事な注意点かなと思います



他には中国の研究がいくつかありましたが、慢性胃炎があるようなハイリスク患者でも胃癌の一時予防効果を証明できたものはなく(患者数が少ないなどの問題もあり有意差でていない)、胃癌発生だけでは有意差がないけど慢性胃炎などまで含めた複合アウトカムにすると有意差がでるという微妙なものだけでした(慢性胃炎の判定は主観も入るし、一番知りたい癌の発生率に差がない時点でこの複合アウトカムに意義があるとは思えない)。



「海外と日本はちげーんだよ」というのは、特に消化器領域では強調されることではあるので、今回は珍しく医中誌も調べてみましたが、意見とかシンポジウム報告とかはあってもまともな研究は見当たらず。

5分位しかみてないので、根性入れてやったらいろいろ出てくるんでしょうが、今回はこれ以上突っ込まず。



Googleで日本語情報を調べてみると、日本語で書かれた、日本の消化器内科医による意見は見られますが、やはり明確な根拠が提示されていなかったり、根拠となる論文の拡大解釈(二次予防の論文を一次予防に勝手に流用)とかがほとんどでした。
 
 

比較的しっかり根拠付けて書いてあるページの参考文献を幾つか見ていくと、上記のLancetの二次予防論文のほかに、これも同じく日本発でしかも一次予防の論文を1コ見つけられました。
The effect of eradicating helicobacter pylori on the development of gastric cancer in patients with peptic ulcer disease.
Am J Gastroenterol. 2005 May;100(5):1037-42.

胃潰瘍や十二指腸潰瘍を治療した後の患者を追跡すると、十二指腸潰瘍患者では胃癌発生がゼロで、胃潰瘍患者ではピロリ除菌が失敗していた群の方が除菌成功した群と比べて有意に胃癌発生が多かったという結果です。


ピロリ除菌による潰瘍再発効果はすでに証明されていると言っていいと思いますが、潰瘍はあったけど胃癌はまだ起こしていない患者の胃癌予防効果は初めて見つけました。

脱落が多めで追跡期間の短い人もけっこういること、そもそも「除菌治療を行う群」と「行わない群」の比較(ITT)ではなく、「除菌治療をしてみた結果除菌成功した群と除菌失敗した群」の比較なのでその辺は突っ込みどころかもしれません。


また、同じ研究者が、この患者の背景を調べる追跡調査を出していて、そこでは治療失敗してピロリ感染が遷延した人、萎縮性胃炎が高度な人で胃癌発生率が高かったという結果が出ています。
Baseline gastric mucosal atrophy is a risk factor associated with the development of gastric cancer after Helicobacter pylori eradication therapy in patients with peptic ulcer diseases.

ピロリ感染や萎縮性胃炎が胃癌の発生素地であることはすでに知られていることであり、ピロリ除菌で胃癌が減るかどうかという疑問とは微妙にちがうのですが、ネット上でこれを引用している人は解釈をすり替えていて「だから萎縮性胃炎・慢性胃炎のある患者ではピロリ除菌をすべきだ」と書いてあってなんだかなーと思います。




実は、最初に提示した学会のパンフレットにも、早期胃癌の内視鏡的治療後(つまり癌が一度出てしまった患者が次に発生しないようにという二次予防)の欄には「ピロリ菌の除菌治療により、内視鏡治療後の異時性胃がんの発症を約3分の 1に抑制できることが報告されています」と具体的な数字(おそらく例の論文が根拠)で書いてありますが、慢性胃炎の欄は(おそらく意識的に)表現をぼやかして書いてあるんですよね。

「慢性萎縮性胃炎の大部分はピロリ菌が原因です。胃がんは、萎縮性胃炎から発生しやすいことが確認されています。また、ピロリ菌の除菌治療により、大部分の萎縮性胃炎の進行が止まり、萎縮が改善します。このため、慢性胃炎や萎縮性胃炎に対しては胃がんを予防する目的でピロリ菌の治療が強く勧められます」

と、具体的な数字や根拠がなく、しかも少し話が飛んでいます。



わかりにくいと思うので説明を追加してみますが、

「Aピロリ→B慢性萎縮性胃炎」や、「B萎縮性胃炎→C胃癌」の関係は確認済。

「Aピロリ除菌でB萎縮性胃炎も改善する」も事実として述べている。

しかし、そこからいきなり「だからピロリ除菌(A除去)→胃癌予防(C減少)」とすっ飛ばされています。


「A=BかつB=CならA=Cである」は、数学とか論理的思考では使えますが、

人間の体は単純ではないので「A=BかつB=Cだけど、A≠C」というケースはたくさんあります。


「心筋梗塞後の不整脈は致死的になることもあるので、不整脈の治療をしたら心筋梗塞患者の死亡率が減ると思ったら逆に死亡率が増えた」というCAST study
は医学部の公衆衛生などの授業で習った人も多いんじゃないでしょうか?

私とEBMとの衝撃的な出会いだったので、薬理学教授のドヤ顔含めて鮮明に覚えています。


A→B、B→C、C→Dと個々の関係をつなげて、だからA→→→Dとダイレクトに結論付けることは、人間を対象とした医学では間違っていることが多いですが、特に日本の医師ではこういう推論を頼りすぎる人が多いと言うのを聞いたことがあります。

確かに、自分もEBMを学ぶまではそういう傾向がありました。

でも、AがまわりまわってCを起こす場合に、「じゃあAを治療したらCが減って良くなる」かどうかは、「実際にAという治療をする群、しない群に分けて、Cが減るかどうかを比較する」RCTでの研究して見ないとわからないんですよね。



つまり、わかっている人はわかっているけど、そこはうまくごまかしてピロリ検査や除菌を増やしたいというニオイがそこはかとなく漂ってきます。

陰謀論??



あと、二次予防の結果を一次予防に流用するのはめちゃくちゃ慎重に(というか普通はしない)という点も重要ですね。

二次予防は、すでにその病気が出てしまった人が、更に同じ病気にならないように予防すること。

一次予防は、まだその病気にかかっていない人が、将来もその病気にかからないように予防すること。


当然後者の方が地域の総患者数を減らすという意味で重要ですが、一次予防の対象となる患者は発症率が低いため研究しようとすると膨大な研究参加者数が必要になってしまいます。

そこで、とりあえずは発症率の高い二次予防患者を対象とした研究がされることは多いです(一度発生した人は、その病気が発生する素地がいろいろ集まっているので明らかに再発率が高く、少ない参加者数でも統計解析し易いから)。


胃癌が3分の1に減るという論文を出した研究チームの先生も、少ない患者数で解析するために二次予防の患者群で研究したと、消化器病学会ホームページに書いていますね。
http://www.jsge.or.jp/citizen/2010/hokkaido.html

【2. ピロリ菌除菌による胃癌予防の試み】のニ段落目
「これまでの研究をベースに新たな前向き研究の方向性を検討したところ、症例数が少なく、観察期間も短く済む臨床試験としては、胃癌発生率の最も高いEMRを施行された後の早期胃癌患者を対象とするしかないという結論が得られました」

とある部分です。

これ自体は適切な判断と思いますが、それをいつの間にか一次予防に理論を飛躍させるのはダメなんだと思います。




そんなことを調べた上で、Googleの検索キーワードを工夫すると、EBMで有名な「The SPELL」のページにダイレクトな答えが乗っていました(というか載ってるだろうなと思って最後まで見ない努力をしてました)。

The SPELL なんごろく_消化器「ヘリコバクターピロリ菌除菌による胃癌予防(項目新設2010/6/24,最終更新2013/3/15)」
http://spell.umin.jp/nangoroku/nangoroku_gastroenterology.html


UpToDateに引用された論文も紹介しながら説明されており、UpToDateしっかり読んだあとだとなおさら説得力がありました。
 
結論としては「胃癌が診断された患者の”二次予防”としての効果は確立されているが、慢性胃炎に対しての除菌治療で癌が経るというエビデンスはない」ということです。

これを日本では拡大解釈され、学会等の圧力で慢性胃炎にも適応が広がったという背景があるようです。

このサイトに書いてあるから鵜呑みにするのはまた微妙な態度だと思いますが、自分が疑問を持ち自分なりに調べて行った結果たどり着いた結論と一致していたのでちょっと自信付きました♪




というわけで、今回の文献検索を踏まえた上での、今後の私のスタンスは

ピロリ除菌のメリット・デメリットを説明したうえで、それでも希望する人には止めない。

しかし、慢性胃炎とピロリ感染の証拠があるからといって、全例に強制的にとか積極的には勧めない。

というこれまでの態度を継続する方針です。


前立腺がん検診を始めとした多くのがん検診と同じですね。

「これをやったら貴方は100%幸せなので絶対やるべきだ」 といえるものって案外少ないものです。






※いちおう医者以外も読んでいると思うので補足します。

胃カメラ、ピロリ検査、ピロリ除菌がムダとか有害と言っているわけではありません。
今まで胃癌になったことない人への検査治療が確実に胃癌予防に有効といえる証拠はまだないというだけで、今後証拠が出るかもしれないし出ないかもしれません。

なので現時点では保留・中腰の上記のようなスタンスを取ります。


しかし、証拠が出るまでのあいだも多くの患者と出会い、中にはこういった検査を受ける人もいるのでそれなりの「現時点での暫定的な見解」は必要です。

そういう時に、こちらから適切にリスク・ベネフィットについて提示し、患者の価値観や事情を踏まえながら患者と議論し、その上でお互い納得行く方針を決められるように、できるだけ正確な知識をもち、自分なりのスタンス(ある程度幅のあるもの)を持っておきたいという態度が重要だと思っています。
 

そのためのお勉強なので、これを見て「じゃあ、オレは検査も治療もしないわ!キャンセルキャンセル!!」と個別・自身の医療判断に直結させず、かかりつけ医としっかりご相談頂ければと思います。

 


長くなりましたが、以上です。


日常診療の中に、そして研修医など若手の素朴な疑問の中に、学びの種は豊富に転がっていますね。

今日もとても勉強になって良かったです(*´ω`*)
 


    シェア     このエントリをはてなブックマークに登録