夏休み明けてからの勤務も、もう少しで1週間終わりそうです。

体感的には、「ずいぶん長いな」と感じます。
今までは疲弊した頭で無為に過ごしていて、日々の考えがたりず、感動や気付きも少なくてただただ毎日流れていたんだなぁと思います。

あと、「寝れば疲れが取れる」という当たり前のことに、新鮮さも感じますね。
今まで何だったんだとおもうくらい。
同じ睡眠時間でもベースラインの疲労蓄積度によって睡眠効率が変わるのか、もしかしたら飲酒量がおおかったのか(あんまり変わってない気もしますが)、単に疲れすぎて睡眠が深くて睡眠時無呼吸が出ていて睡眠の質が悪かったのかもしれません。

まあ、何にしても健康的な体に戻れてよかったです。
まだ可逆的でした。



あと、今週から、久しぶりに外来振り返りをはじめました。自分のね。

最近は忙しすぎて、というよりは、外来終了後は疲れすぎてそんな気力がわかず、外来から上がってきたら急ぎのデスクワークをなんとかこなして、気がついたら夜22時過ぎてて溜息ついてみたいな感じでした。

夏休み明けて頭が回る状態だと、外来を半日とか一日やっても脳が疲れ切るほどには疲弊せず、余力をもって上がってこれます。
(単にお盆ウィークで外来患者数が少ないから。かもしれませんが)

また、夏休み終盤で溜まっていたデスクワークを結構処理できたことや、振り返りをして今の立ち位置と当面のやるべきことにメリハリがついたことで、毎日のスキマ時間で「あ、いま15分あるならあれやっちゃおう」と時間を効率よく使えるおかげで、診療終了後の夜にやるべき残務が劇的に減った気がします。


それで、個別の事例をいっこいっこ書き出して「できたこと、できなかったこと、気付きや成長、Next step」みたいに丁寧にはやっていませんが、1日分をざっと眺め直して、どんな症例がいて、どんな気付きや学びが合ったかを全体として振り返ってみました。


月曜午前は、今年度から人手不足で始めた一般外来(内科全般の外来)。
お盆休みなので数は少なく、そこまで馴染みの患者や複雑過ぎて疲弊する患者もおらず、スラスラと進みました。

月曜午後は、総合外来。複雑度が高い事例を中心に、一般外来より予約枠を少し長くして診ている外来で、7年半ずっとやっています。
数年前まではとにかく濃くて疲弊度が高くて、「全身全霊を持ってとりくみ、すべてを消耗して上がってくる」という感じでした。
今でも、いわゆる「大物」に該当するような、かなり困難度の高い事例もいますが、それ以上に「長い年月を経て徐々に良い方向に向かってきたことを実感できる事例」や「多くの困難を乗り越えて卒業できた事例」の比率が高くなってきています。

複数科にまたがってそれぞれ重たい疾患をもっているおかげで、処方重複や、急変時受け入れ困難、家族の受診付き添いや途切れのない連日の介護での疲弊などがあった症例でも、各科・病院と連絡をとって重複処方を減らしたり副作用を伝えて減らしてもらったり、感染症などどの科も取らない病気で入院したときに一気に問題を整理したり、老年・介護面もどこの科もこだわらないのでそっちを固めて負荷をとったり、家族の方も一緒に診療するようにして不眠不安や疼痛のケアをしつつ慢性疾患の内服も単純化して負荷へらしたりしているうちに、嘘のようにシンプルな症例になり、予約してから長年待っていた特養があいて、入所後の本人の同様や家族の生活パターン変化のフォローもしてようやく一段落した事例とか。
親をずっと見ていたらそのうち付き添いの息子も一緒にかかるようになって介護面の介入がぐっと進んだり、逆に勤労世代の子供を夜間診療や土曜日に見ていたのをきっかけに総合外来についてくるようになり、気づいたらその親と子供もくっついてきて3世代ずっと診ているうちに家族志向ケアが進んで全体的に病的な家族関係を少し緩めたら身体症状が取れて受診理由がなくなってしまったり。
夫婦関係のストレスから始まった受診から、そのうち離婚騒動が発生して親子も巻き込んで話が大きくなった問題の身体症状や不眠不安の対応をしつつ経過を見守り、ようやく諸々落ち着いた頃には老年医学的問題もでてきてそちらにケアをシフトしてきた複数の事例とか。

総合診療をちゃんとやって、「がんばれたな。報われたな」と感じるには、やはり年単位が必要だなぁと改めて思いました。
だからといって、後期研修のときからローテなしの外来固定にこだわりすぎても研修の多様性が犠牲になるかもしれませんが、可能な範囲でローテしちゃっても外来枠残してかよってもらったり、せめて後期研修終わったら年単位で固定外来持ってもらえるような配慮はしたいなと思います。

火曜午前も、今年度から始めた一般外来ですが、「午後はいろいろあってこれなかったの」という総合外来かかりつけ患者が一気に流れ込んでしまって、余り時間の取れない総合外来みたいになってきています。
それでも、上記のように長らく診ていた患者であれば短時間でも見れる程度には、全体像の把握と長期見通しもできているので一応なんとかはなります。
その中で、「週頭の月曜は仕事休めないけど火曜なら・・・」という勤労世代が割と目立ってきて、引退後の高齢者世代とは、内服の用法をかえたり、生活指導の重点の置き方を変えたりが楽しいですね。

木曜午前は、昨年までいた糖尿病に特化して診ていた医師や、とにかく数をみてくれて患者の希望に応じて薬を足すタイプの医師が抜けた穴を埋めるために入った一般外来で、他の医師が数年診た事例を一手に引き受けているのでいろいろと発見が多くて新鮮です。
だいたい2~3回診察を重ねて、患者側が総合医というものを理解し始め、自分との距離感も見えてくると「あの先生はこの問題しか対応してくれなかったけど、総合医の先生ならこれもいいですか?」と問題リストが1-2回の診療で3倍くらいに膨れ上がったり、「そもそもこの薬って、この検査ってさ・・・」とこれまでの診療に対する疑問を一気に拭き上げてきたり、「先生にこういう相談していいのかわかんないけど」と心理社会面の相談が始まってその結果慢性疾患の診療も質が跳ね上がったりという事例がとても多いです。
まあやりがいはあってもよいのですが、やはりかかりつけは総合医にしておいて、稀に発生する専門性の高い疾患が出た場合に(かつ心理社会的に複雑すぎず専門医受診することで複雑さが高まらない条件に合致すれば)短期間紹介するというパターンのほうが効率的なんだろうなと思ったりしました。
認知症があることを認識しつつ一切診療上は考慮せず、糖尿病や高血圧の薬を増やし続けている事例をみたりすると(要するに薬を飲めてないからデータが悪化してるんだけど)、特に高齢者では単一疾患に特化した外来診療では限界も多いなぁと思ってしまったりします。


そんなこんなを感じながら、「自分の、総合医としての、病院外来での、役割は?」とか「今後自分が伸ばすべき能力はなんだろうか?」というのを日々考え、発見し、実践し、また考えるというのを繰り返しています。

夏休みに振り返りをして「もっと勉強しなきゃ!」と思っていましたが、日常に戻ってみれば何のことはなくて、「ただ日々診療を真面目にして、ちょっとだけ振り返る時間をとれば、そこには無限の学びの源泉がある」ということに気づけてよかったです。


しばらくは、外来振り返り続けてみます。


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