病院家庭医を目指して ~野望達成への道~

地域密着型病院で活躍する家庭医を目指し、札幌市内で働いてるDr_kentaです。 病院外来でのプライマリケア、内科急性期病棟の老年・緩和ケア、リハビリテーション栄養を中心に、医学教育や院内システム改善などにも関心を持ちながらいろいろやっている日常を記録していきます。ちなみに「病院家庭医」という正式な呼称はありません(造語です)。 また医師による記載ですが、医学的な内容を自分や身の回りの方に適用していいかどうかは直接診察のうえでの判断が必要です。記載内容を試して発生したいかなる不利益も責任は負い兼ねますのでご了承ください。

出会い・別れ

きれいなお花をもらいました♪

先日、患者さんからお花をいただきましたよ

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金品を受け取るのは一般的によろしくなとされていますし、原則受け取っていませんよ。

でもふだん手入れしている花壇の花を切って持ってきてくれたらしいので「もらえません」と返すわけにもいかず、単純に「嬉しい♪」という気持ちも大きいのでいただきました。

しばらく外来診察室にいい香りがただよって、心なしか気持ち穏やかに診察に集中できた気がします。



まあ、でも、確かに、なにかお礼の品をもらってしまったら、その患者さんにより良くしてあげたいという気持ちは、どうしても芽生えてしまいますね。

その事自体は悪くないとは思うんですが、他の患者さんとの間で扱いに差が出てしまったり、そのことが広まって「あの先生には金品を用意しないとちゃんと見てくれない」という噂になってしまって、心からではなくやむなく持ってくる人が出たりとかは不健全ですよね。

https://www.google.co.jp/search?ei=YQQaW-roGoH88AWf0pWAAg&q=%E3%83%97%E3%83%AD%E3%83%95%E3%82%A7%E3%83%83%E3%82%B7%E3%83%A7%E3%83%8A%E3%83%AA%E3%82%BA%E3%83%A0%E3%80%80%E5%8C%BB%E5%B8%AB%E3%80%80%E9%87%91%E5%93%81%E6%8E%88%E5%8F%97&oq=%E3%83%97%E3%83%AD%E3%83%95%E3%82%A7%E3%83%83%E3%82%B7%E3%83%A7%E3%83%8A%E3%83%AA%E3%82%BA%E3%83%A0%E3%80%80%E5%8C%BB%E5%B8%AB%E3%80%80%E9%87%91%E5%93%81%E6%8E%88%E5%8F%97&gs_l=psy-ab.3...2306.4946.0.5519.19.19.0.0.0.0.157.2037.6j13.19.0....0...1c.1j4.64.psy-ab..3.6.671...0j0i4k1j0i4i30k1j0i30k1j33i160k1.0._OYiiBeL7VI


食べ物もってきてしまって絶対に断れない流れの場合とかは「外来のみんなでいただきますね」とかして個人として患者さんからは受け取らない対応にしてましたが、生花は初めてだったので結構うろたえてしまいました。未熟でした。

それくらい、まともにプロフェッショナリズムの教育を受け、そういう分化で育った若手医師は「患者さんから何かをもらう」ことについてはいろいろ考え、気を使ったりもしますので、何もしなくて良いのですよということを改めてお伝えしたいです。

「当院では金品はうけとっておりません」という張り紙一枚あれば良いというものでもないんですよね。難しや



田舎はまた別かなという気もしますが

手作りの木製リモコンラックとか、魚介類の詰め合わせとか、手作りのケーキやお手製チーズとか、手間隙や普段の生活や仕事が漂ってくるものがおおくて味わい深かったですねぇ…



あ、ちなみに頂いた花は、さすがに外来や病棟に飾るわけにも行かず(誰が世話すんの問題とか、感染症ガーとかの問題がね)、家に持ち帰って花瓶にさして毎日の英気を養わせてもらっておりますm(_ _)m



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岡山の家庭医療学センターから、こんな辺鄙な当院へ見学者がきてくれました

先日、当院に見学者が来ていました。


家庭医療の業界ではかなり有名な、「家族志向のプライマリケアといえばここでしょう!」の岡山家庭医療センター(通称FPCO)の専攻医(後期研修医)3年目の先生でした。
http://www.fpcokayama.com/


向こうは、研修期間中に外部の研修施設等を見学しにいける権利があり、そこで見聞を広めて成長してもらったり、帰ってきたら報告会もして新たな風を取り入れたりしているみたいです。

うちでも、それやりたいな、と思いました。

後期研修ではなくその後のフェローとしては、在宅専門医の研修プログラムでも「外部の施設を見学する」というのが条件に入ってたりしますね。


見学申し込みがきた当初、「なんでわざわざうちなんだろう。北海道出身者っぽくないし、個人的な知り合いでもFacebookつながりでもないし・・・。うちの後輩が外部研修でFPCO行ったからそのつながりかな?とおもって聞いてみたら後輩も面識は無いと言っているし・・・」で謎だったので、来て早々に「なんでうちきたの?」と聞いてみました

どうやら、「病床を持って働く家庭医療」に関心があるからだそうでした。

有床診療所での地域家庭医なのか、中小病院の病院家庭医なのかはこだわってはいないとのことでしたが、確かに僻地であれば有床診療所のニーズはあるだろうし(採算が取れるかどうかとかはまた別問題として)、都市部でも病院家庭医の有用性は自分が実感しているところです。

ところが、家庭医療後期研修プログラムとかを実施している医療施設はたくさんできましたけど、有床診療所ベースでガッツリやっているところはすくなく、病院家庭医で売り出しているところはもっと無いんですよね(道内だと何個か浮かびますけど)


で、その人が所属施設の先輩に「なんかいいとこないっすかね?」と聞いたら、うちをご紹介頂いたようです。

先輩は、学会の活動とかで私と面識あった人のようです。

ありがたや・・・


プライマリ・ケア連合学会で、卒後6~7年目くらいに若手医師部会などで、その後は委員会等でお仕事させてもらい、その時にたくさんの全国の同士や先輩と知り合うことができて、それ自体が自分にとって大きな刺激であり成長のきっかけでした

それから数年たって、後輩たちが「病院での家庭医療」を検討した時にそうやって知りあった人たちが「あ、じゃあ札幌いってごらん」と紹介してくれるようになってきたんだなと思うとなんだか嬉しいです。



また、久しぶりに受け入れた「今後の初期・後期研修先を探しにきました!」という人ではなく「ここでの研修制度や医療展開を見て学ばせて貰いに来ました!」という人だったという意味でも、とても良い刺激でした。

以前、長崎から来ていただいた先生が同じ目的で、日常的な診療や研修指導を見ながら多くの感想や気付きや指摘をいただき、もちろん向こうの先生にとって得るものはあったとは思いますが、それ以上に自分の普段やっていることへの気づき・振り返りとなったのを思い出します。


今回も、病棟や外来の患者層や診療スタイル、初期・後期研修医への指導現場とその方法論・理論、病床や組織管理の会議・カンファなどを見ていただき、またできるだけ時間をとって雑談の形で臨床・教育・管理・地域などについて多くの質問もしていただき、多くの気づきを得ることができました。

また、普段その先生が疑問に思っていることや悩みながら実践されていることからにじみ出てくる質問が多いため、「みんなこういう悩みを持ってやっているんだな」と思えたり、「あの有名研修施設でもこういう苦労はあるんだな」と思えて少し気が楽になったり、

普段なんとなく流していたり、いろいろ理由をつけて仕方ないと片付けていたつもりになっていたことに対して、「やっぱりちゃんとしたいな」と思い直すきっかけをくれたり、向こうでやっている取り組みや工夫を教えてもらうことで取り入れられそうなものがいくつも見つかったりもしました。



とりあえずは、3年の後期研修に乗っかっている人が3日から1週間くらい外部見学行ける仕組みはパクりたいなと思います。

たぶん、交通・宿泊費の負担とか、うち以外をローテしている時のその院所の所属医師や管理者の意向とか、クリアすべき課題は色いろあるんだろうけど、頑張ればきっとなんとかなるでしょう。

見学に行ってもらう場所や目的を、うちの総合診療グループや法人全体の成長戦略とすり合わせながら、そして見学してもらったものの報告方法と採用の仕方などを磨いていけば、十分に意義のある投資になると思いますし。


あとは、願わくは、研修終了後にうちにきてくれたら、ほんと嬉しいなぁと思いました。一応控えめにはお伝えもしてみました(*ノω・*)テヘ

人柄とか関心領域とかはとても良いと思うし、ディスカッションの中でにじみ出てくる知識や経験値はやはりちゃんとしたものだなというのも伝わってきました

うちの戦略としても、もう少し外来や在宅に力を入れつつ地域ケアに本格的に関われるスタッフクラスの人員強化はしたいところなので、組織ニーズともマッチしそうです。

また、家庭医療をベースに在宅とリハを深めるフェローシップは前から準備していたんだけど、そういうのにも関心はかなり持ってくれていたので、念願の「用意していた研修の箱物にフィットする教え子」の到来かもしれませぬ。


いろいろやりながら、発信し、つながっていくと、想像もしていない出会いがちょいちょいやってきますね。

ありがたいことです。

ありがたや~




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誕生日でした。だからといって何も変わりませんけど、何かは変わっていくのでしょう

誕生日を迎えました。

札幌に戻ってきてからは、初めての「仕事をしてない誕生日」を過ごせました。

年休を取れるくらい、院内の内科スタッフが増えて、仕事も任せられるようになったおかげかなと思います。ありがとう。


 
また、お誕生日のメッセージをいただいた皆様、ありがとうございますm(_ _)m

Facebookでは60件くらい、それ以外にもメールやLINEやその他もろもろでたくさんのメッセージを頂きました。


単純に数の問題ではないですが、たくさんいただくと嬉しいですね。

誕生日はいつも夏休み中で、お誕生会なるものと縁がなかったので、なんだかふわふわした気持ちになります。

また、花束の写真や、最初に知り合った時のエピソードを添えてくれる方などいて、心温まりました。

そういうのを気軽にできる側の人になりたいなぁと思いました。



昔から老けてたのであまり見た目の変化はないですし、「まだ30代か~」という気もします。

35超えてからは、「何歳なの?」と聞かれても即答できないくらい年齢への興味が薄れてしまっているので、あんまり実感はないですね。


まあ、毎年「今年は激動の年だ!」と思えるような経験をさせてもらえる環境に身を置かせてもらえていて、中身は目まぐるしく成長しているつもりです。

節目ごとに過去のブログ記事をよんだり、研修目標を振り返ったり、最近だとFacebookが勝手に◯年前の投稿を出してくれたりするのでそれを見て昔を懐かしんだりしますが、それをみると「ああ、確かに成長しているな」とは感じますね。

良い方向の変化かどうかや、成功しているかどうかなどはよく分かりませんが、よくも悪くも当時の想像を大きく超えて、当時だったらありえないと思えることを普通にやっている今の自分に気が付くと、成長はしているのだろうなとは思います。


日々の日常が大きなイベントというわけではないけど、毎日少しずつ前に進めば(時に数日や数週歩を休めたとしても)大きな目で振り返ればある程度は前に進んでいて、これを続けていけばいつかはどこかにたどり着くんだろうと思いました。

一方で、「10年ちょいかけてまだここか・・・」という思いもあるので、当面は「無理をしすぎず、少しずつでも良いので長く続けていけること」を意識したいと思います。

面倒になると切れてほおり投げたくなるタチなので。



今年こそは正真正銘、未曾有の激動の年だとはおもいますけど、支えてくれる人や共鳴してくれる人がたくさんいるなぁと思えるようになったので、大丈夫だろうともおもいます。

来週からも、かわらずちょいちょい仕掛けていきますので、どうぞよろしくお願いします(* ̄ー ̄)ニヤリ


今後はコスパ考えて、少ない労力で大きなことを成し遂げたいなぁと思います。

45歳くらいまでには、もすこしワークライフバランスを整えたいですし、でもやりたいことはまだほんとに山のようにありますし。

 


そんなことを考えながら、休日の日直で外来診察や病棟のちょっとした対応をしながら、あいまで内科専門医更新のセルフトレーニング問題を少しずつといたり、日医の医療安全推進者講習のテキスト読んだりしてます。

原稿も、2週後締め切りのがあるんですが、どうもアウトプットする気持ちにならないので、明日以降平日に少しずつまとめようかと思います。


でわ! 


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新入医師歓迎会に参加してきましたよ!初々しいですなぁ(*´ω`*)

新入医師歓迎会というものに参加してきましたよ

マッチングで(国家試験に受かれば)うちで働くことが決まった人たちを、試験勉強がほんとシャレにならなくなる時期の前に来てもらって、盛大に祝って、合格祈願のお守りも渡して、一応勤務規定のこととかの説明もあって、あとはひたすら飲んで騒ぐ会です。

残念ながら、自分は明日静岡でやる、中小病院での総合診療や地域医療に関する講演があり、その準備も終わっとらんので一次会で帰ります…



一昨日にこの懇親会の日程を聞いて、研修説明プレゼンを昨日依頼されたというサプライズスケジュールでしたが、締め切りのいくつかと約束のいくつかを反故にする不義理を働いてまで参加しましたよー

それくらい大切なイベントということです


来年度入ってくる人たちの緊張感や意気込みやその他諸々の雰囲気が伝わってくるのは、すでに若手とは呼んでもらえなくなって久しいおっさんにはいいものですね

若いエキス、ウマー!!的な?


あと、久しぶりに会う、過去にうちをローテしてくれた研修医たちとちょいちょい喋れたり、遠方の先生方や他職種の方と挨拶できたり、その隙間に良からぬ陰謀の打ち合わせを滑り込ませたりと楽しめました♪



さ、とりあえずはビールの酔いを、医学の粋を集めた裏ワザでふっ飛ばして、あと2時間くらいで明日の発表資料くらいは完成させたいところですー

あとは、明日の移動時間で、締め切りすぎてしまった原稿を一気に書きたおして、帰りの移動時間で来週の介護法人向け大講演の素案まとめるくらいまで行きたいものです

崖っぷちから落ち始めてからがホントの勝負ですよ



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第3回北海道プライマリ・ケアフォーラムで、多くの経験・出会い・気付きを得ました。素敵な会でしたねー

11月28日(土)午後は、第3回北海道プライマリ・ケアフォーラムでした。


事前にアップした、フォーラムの事前配布チラシや関連webページとか載せた記事はこちら


前日夜に法人内の総合診療グループ会議と懇親会、当日午前は二木会(総合後期研修医の振り返りと学習の会)で小グループの司会、そして午後にこのフォーラムにフル参加で一部講師もして懇親会まで参加してからの別の飲み会へ参加して、久しぶりにみっちりいろんな人とふれあい続ける一日でした。

人付き合いしてると疲れる外面気にしいなので、2-3時間何かしたら1時間位1人になりたい人ですが、昨日は最後まで楽しく過ごせて良かったです。



フォーラム内では、特別企画「専門医をとったらどうなるの?~病院総合医のキャリアプラン」という企画に声をかけてもらいました。


最初に地方都市大規模病院の10年目総合医、次に100床のうちで働いている11年目病院家庭医な自分、次に僻地基幹型大病院の12年目の総合医が、順に15分ずつ自分のこれまでのキャリアについてプレゼンし、残り30分でフロアとのフリーディスカッションという流れでした。

せっかく「病院総合医」にフォーカスされたイベントだったのに、新専門医制度や診療所家庭医・病院総合医の違いについての基礎レクチャー的なところがなく、また想像を超えて参加者数がかなり多くかつ学生の比率が高かったので、自分はそういう総論的なところを少し厚めに話すことにして、結果持ち時間を5分オーバーしてしまいました。すいません・・・


プレゼン終わったあとのフリーディスカッションでは次々質問がでてきて、その多くは我々中堅総合医が昔感じたものであり、その後多くの学生からぶつけられてきたCommon questionばかりで、それに対して3者3様の答え方で幅を持って考え方を提示できたのはとても良かったと思います。


終わったあとにプレゼンター3人でしばらく盛り上がっていて来年か再来年くらいに「病院総合医(病院家庭医)」に焦点をあてて、今回のイベントを拡張した形で後志地方の病院で開催するイベントをやることに決まりました!

ちょうどあの地域は厚生連や北海道家庭医療センターや勤医協や渓仁会系などいろんな基盤から総合医がバラバラと集まってきていて「いま一番熱い道内の僻地医療地域」になってるので、開催地として後志というのはとてもよさ気な感じです。

内容的には、今回のイベント的なプレゼン&ディスカッションを酒飲みつつガッツリやったり、「病院総合医ならではの、他では聞けないマニアックだけど超有用なレクチャー」とか、規模別(有床診療所~中小病院~大病院)の総合病棟症例を持ち寄ってのケースカンファレンスとかいろいろやったら面白いんでないかなと思います。

乞うご期待!!



フォーラム全体としても盛況だったようで、会場に収まらないくらいの大勢の参加がありました。

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(フォーラムのFacebookページにあった写真をお借りしました。クローズドページですが、人の顔移ってないので許してやってくださいな)


ワークショップ3列×2個と、基調講演もそれぞれ個性的でとても面白かったです。


自分が参加者として参加したワークショップは「訪問診療 × 診断推論」のワークショップで、学生込みの小グループで火曜日夕方16時の患者宅のセッティングで、かつ心理社会的背景や地域性なども考慮しながらどう診断を詰めてマネジメントしていくかを考えていくとってもアツいワークショップでした。

自分が旭川・札幌で年3回シリーズでやってる症候論学習会と似ていて(あれも、診療所セッティングとか、JRの車内セッティングとかの制限付きでやっていてなかなか好評です)、こういうのを面白いと思う学生がこんなにたくさんいるんだなぁと嬉しくなりました。


基調講演では、大野先生のバラエティーに飛んだキャリアを、魅力的な語り口で、スライドは写真だけで文字なしのトーク形式で、医師キャリアと言うよりは一人の人の人生を聞いているようでとても面白く、終わったあとのフロアからの質問も盛り上がっていていい講演だったと思います。




懇親会は1時間で抜けちゃいましたが、多くの人と交流出来て、とても濃密で刺激的な時間になりました。


自分がしゃべったワークショップに参加してくれた学生数名から、アツく切実な質問攻めをうけて嬉しくなったり

公衆衛生の視点から地域医療をやりたいけどどうだろうか?と思っている学生を、うちの研修医から紹介してもらって「家庭医療×公衆衛生」について意見交換したり

産業医活動を病院にいる家庭医がやる意義について質問くれて、それに答える中で自分の中でもイメージが湧いてきたり

理学療法士の教授の先生からご挨拶頂いて、今後の家庭医向けリハビリ教育プログラム開発と評価に関する研究のコラボに誘っていただけたり(道内のリハ有力者のH先生や、リハ栄養のW先生や、家庭医×リハ医で今海外にいるS先生たちから私のことを推薦していただいていたようで、向こうから声かけていただけました)

子育てしながらもしっかり家庭医療研修する「ゆったりしっかり後期研修プログラム~彩~」に関心をもってくれたママさん医師数名の方々とご挨拶して見学に来てくれることになったり
(彩を紹介しているポスターへのリンクはこれ→http://www.satsubyo.com/common/pdf/irodori.pdf


などなど、多くの出会いや発見や、今後の具体的なプロジェクトや研究や人材確保・育成に繋がりそうなことがあり、それを求めて参加したわけではないですが多くの収穫を得ることができました

いろいろ考えながら実地で活動をしつつ、それを言語化して常に意識し、あちこちに発表したりしていると、それを見聞きした人や、そういう人に紹介されて、段々と自分が共感できる・一緒に働けそうな人たちとのつながりができていくのはすごいことだなぁとおもいます。

一定のコンセプトをもって「移動しないで」一つの土地・病院で地道に活動をすることの意義、普段の当たり前の実践の延長上に自然と多くのものがつながっていって地域全体をカバーする地域医療が実現していくんだろうなぁという実感を再度強く持つことができて良かったです。



一晩明けてみて、完全に燃え尽きて何もできないかと思っていたけど意外と元気で、家のことや溜まっていた雑用をこなしつつものんびりと休日を満喫できて良い感じでした。

明日からは研修医のローテなどで少し医師体制がきつくなり、また来週は毎日夜に会議・カンファ等のイベントが重なり、外部講演や執筆の締め切りもこの2週くらいでラッシュがやってきますが、焦らず、浮足立たず、一つ一つ丁寧にあたって、今後に繋がっていく何かしら意義のある出来事にしていければと思います。


でわ!!


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年度前半終わって、来年度のことを考えると頭や胃が痛くなるだけでなく心も切なくなり始めます。気が早いと言われるかもしれんけど

来年度の人事について、そろそろ本格的に頭を悩ませ始めています。


外来の医師体制については今年度後半期もいろいろ調整すべきことがあり頭の痛い問題ですが、ある程度予測できることではある(誰がいついる、いついないが事前にわかるから、あとはその組み合わせと、足りない時にどうやってカバーするかの捻出だけだから)ので、時間見つけてガッツリ詰めてしまおうと思います。



でも、来年度のことは不確定要素が多くて、考えてもまだ結論をだせないので、もやもやと知力と感情を削っていかれますね。


来年うちに来たい!!と言ってくれる人が現れ始めたので嬉しいんですが、そのことで来年度の病棟や外来や在宅やその他諸々の配置と、現在進行中の色んなプロジェクトをどう割り振っていくかなどを考えると「ああ、あれをやる人も足りない、これを担う人もどうなるんだろう・・・」といろいろな不安が頭をもたげます。

「あの人はあと数年あっちであれしてから来たいというから来年度無理に来てもらうのは悪いし」とか、「この人はあと◯ヶ月で、この人は今年度末にいなくなるけど、この人は誠実に交渉したら残ってくれるんじゃないか。でもそうやってこの人の人生設計を歪めてしまうのはな・・・」とか、「あの人はだいぶ前にうちに興味があると言ってくれていたけどどのレベルの興味なんだろう。あっちの人は人づてに関心があると聞いているけどそれを元にこっちから連絡するのもどんなもんか・・・」とか、「理想的には、あの人とこの人がきて、この仕事を担いつつ、その人のあの能力や関心を活かしてこんな感じで発展して、かつこんな感じで予想をいい意味で裏切ってまた新しい展開が出たらすげーな」と唐突にミラクルな想像をしてしまったりでもやもやします。


内科の人材の大半を研修医やパートなど期間限定の採用の人に頼っている現場の人間としては、毎年こういうのはとても申告な問題です。

これからはじわじわと研修終了後の人が増える(だろうという希望的観測な)見込みなのでだんだん楽になっていくとは思いますけどね。



あと、単にうちの医師体制の問題だけでなく、ちょいちょい会って話したりしていることで元気をもらえていた人たちが来年度いなくなったら、また1つ、2つと心の支えがなくなっていきそうなのもまた切ない。

「専門医の試験合格したら来年度は道外にでようとおもう」と言っていた人から「ごうかくしたよー」というLINEが届いて嬉しくて喜ぶ一方で落胆したり、すでに院外に出てしまったけどたまに一緒に飲むような人が来年度はもっと遠くなって気軽には会えなくなることが決まったり、それ以外にもいろいろと寂しくなる見込みは増えるばかりでなんだかなぁという気持ちになりますねー。。。



まあでも、普段はそういうことはぐっと押し込みつつ(時に必要そうならにじませながら)、相談された時にはその人の希望や考えていることをできるだけきちんと聞きながらどうするのがベストなのかを一生懸命考えているつもりなので、たまにはこうやってあさっての方向に吐き出してもいいんじゃないかなと思います。

さみしいぞー(「・ω・)「ガオー




 

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新年度! 始まりましたね!! 新しい季節はやっぱりいいもんです゚(゚´ω`゚)゚。ピー

今日から新年度体制に完全に切り替わりました。

うちの法人は1日ではなく第一月曜区切りなので、今日が新年度初日なのです。


内科・総合診療科の病棟担当医は、去年いた4名が徐々にいなくなって先週金曜日で全滅(全員いなくなった)状態でしたが、新しい人は2週前から一人、先週の4月1日からもう一人きて、今日から更に2名きて全員揃いました!


それぞれまだ不慣れで大変そうにはしているものの、きちんと初期研修をしてきた感じが伝わってきて判断力、相談スキル、多職種コミュニケーションなどまずは無難な滑り出しだったかなと思います。

初期研修医も、他科ですが産婦人科・小児科に1名ずつ、昨年度内科ローテ経験のある人たちがきて懐かしさがあって嬉しかったです。


いろいろ相談に乗ったりフォローしたりオリエンテーションしたりで、今日は久しぶりに院内歩行1万歩を早々に達成し、PHSコールも30件越えて履歴が埋まり、でもそんな中でも病棟担当患者12名の業務は17時にはギリギリ終わり、昼と夕方の後期研修導入レクチャー(中小病院の救急外来対応の独特さについてと、老年医学を踏まえての往診のポイントの2つ)も終えました。

この間、重篤で毎日気を張り詰めて見ていた患者がヤマを脱したこともあり、やっと一段落した感じです。

それでも10名以上の超虚弱・超高齢者を担当していると、なんやかんやとマイナートラブルは起きますが、全員の詳細を先週1週間で把握しきれたのでなんとか楽しくやれるようにはなりました。



このあとは医局の机を移動をします。

今までの医局の奥のほうだと研修医が相談に来づらいし、当直室のど真ん前なので遅くまで残業しづらかったんですが、春の異動で研修医たちがアクセスしやすい真ん中編の列の一番窓側のいい席があいたので、これから2日位に分けて荷物を移動する予定です。

これを機に、古いものを捨てたり、読まなくなったテキストを捨てるか研修医に上げるかして、少しスリムになるよていです。


模様替えや引っ越しはけっこう好きなので、これも気分転換には良さそう。

どうせ疲れたのでデスクワークする気になれないし、体動かしたほうがきっといいことあるでしょう。


その他にも、先週の多忙の隙間を縫って、自宅の自室、自宅の洗面所や風呂場やトイレ、医局の机の引き出し、自宅・職場のPC・タブレットの中身などの整理をして心機一転リフレッシュできたので、これからしばらくは気分よく仕事と生活楽しめそうです♪

 

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今日も送別会、Facebookでも卒業・異動報告。。。この時期は微妙な気持ちになりますね。残る側だっていろいろ思うことはあるもんです

この時期はわりと苦手です。


毎週のように送別会があって体力・睡眠時間・アルコール負荷・体重増加が辛いというのもありますが、送る側として旅立つ人をみているのは寂しい物があります。

その人がいなくなって、業務が大変になるとか、普通に会えなくなって寂しいとかあるけど、おめでたい咳だとは思うので恨みつらみなどではなく晴れやかにいい感じに送り出さねばならんですしね。


初期~後期研修医のときは送り出され続けていた側だったので、当時の指導医や他職種の方々は同じような気持ちになっていたのかなと今更ながら気が付きます。

気づかないうちに失礼なことや逆なでする言動してなかったなかなとおもったり。


Facebookでも、自分と世代の近い人が、なんだか立派なところのいい感じのポジションについてたり、大学院卒業して箔がついていたり、そういうのがほしいわけではないけど、純粋に「ああ、いいなー」と思ってしまいます。

なんとなく、「区切り」とか「前に進む感じ」が羨ましいのではとおもったり。


一方で、上の方の立場の人(うちの管理者クラスの人たちとか、病院総合医として自分の2~3歩先を行く全国のロールモデル的な人たちとか)と話をしていると、華々しく転勤したり資格身につけたりとか、派手なカンファやイベントで瞬間最大風速的に研修医人気を高めて人を集めたりすることよりは、地道に診療を続けながら街全体の医療的アウトカムを高めるために泥臭く立ち向かうことのほうが価値があるんだろうな(価値観は様々なんですが、自分が深く共感できるものとしてという意味で)とおもったりします。

自分は、地味で継続的でぱっとみ代わり映えしないような毎日が苦手なので特に辛いのかもしれませんが、ちょっと考えてみればそういうのが好きで好きでしょうがなくて好んで泥沼に体を沈める人はいないと思うので、そう思うと自分の先をいく上の人達はこの苦悩を自分の何倍もの年月耐えながら、それでもやりがいを見出して輝いたり確かな成果をだし、そしてそれは下の人や周りの人に伝わって確実に何か「自分がそこにいた証」のようなものが残っていっているような気がします。

そういうのは自分がやりたいことで、歯車とっかえて終わりみたいな感じでなく、死んだりいなくなった後も自分がそこにいた名残とか垢とか沈殿物みたいなものが残り、できればいい方向でしばらく余韻が残るようなあり方をしたいと思うのです。


というわけで、今日も病棟の送別会で旅立つ人を眺めながら、地味に来年度のことを考えてモヤモヤっとしようと思います。

送別会19時からで少し時間あるんですが、そんな感じで集中してデスクワークしたり英語読む気分にはならないし、早めにススキノに出てゼロ次会!という気分でもないので、日本語の医学雑誌パラパラ眺めて時間潰そうと思います。


明日は日直なので、その合間で仕事も進むでしょう。

では、また来週。。。
 

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釧路にいた頃の自分やみんなと、今の自分が交わることで見えたもの

今日は、総合診療グループのイベントで釧路に来てました。


釧路にいたのはもう4年も前で、ブログを書き始めた頃であり、家庭医療に目覚めた状態で「病院から地域を良くすること」を真剣に考え始めた年であり、世の中や日常にたいして今以上にやりがいと不満が渦巻いていた時期であり、とにかく臨床が、医療が、というか人生が楽しくて仕方なかった医師としての青春時代でした。

さすがに4年も経って誰も覚えてないよね…とか、自分の中でだけ思い出が美化されていて誰にも歓迎されないよねとか思っていてあんまり期待せずに、というかかなりテンション落ちながら空路で釧路たんちょう空港におりたった分けです。


でも、そーでもなくて

当時一緒に働いてた看護師さんたち始めいろんな職種の人たちは今も素敵なままで、しかも自分を覚えててくれていて、先週まで一緒にいた感じで声かけてくれたり、何度もこっちをチラ見してて帰りがけに挨拶にきてくれたり

で、当時のこととか最近のこととかをふつーに話せて、そういうことがいちいち嬉しくて



そんななかで、「いやー、ちょっとけんた、げんきしてたー?」て聞かれることが多くて、ただの挨拶でしかないんだけども、そんな大好きな人たちに言われてみて「うぁー、元気って言えんのかな?おれ…」てなやんでしまって

現実の時間としてはたぶんほんの一瞬で、でも「元気ですよ!」て即答できないのがすごくイヤ、というか悔しくて、当時の自分みたいに好き勝手してない自分て何なんだろうて思ったり



でも、一方で、この数年、特にこの数カ月でたくさんの嫌なこと、辛いこと、耐えきれないこと、考えるのも嫌なこと、向き合う気力すらわかないことに遭遇して、もうやってらんねーよて何回も思って、でもそれでも誰かに強制されたり自分をだましだましごまかすわけでもなく投げ出さずに取り組んできたことで、やっと見えてきた、掴みかけてきたことがあって、元気かって聞かれたら即答できないけど、あの人たちに「けんた、ちゃんとやってんの?」て聞かれたら「うん」て答えるなーっていう気がする


単に楽しいとか、好きとか、自分らしいとか、目の前の人の役に立つとか感謝されるとかだけでなくて

自分が尊敬する上の人たちは、すごくステキなのに現場レベルで見るとかっこよくない堅苦しかったり回りくどかったりする正論を無理して吐いてるように見えて、「なんで!?」て憤ることも多々あったけど、この間吸い続けた苦い汁や渋い汁や酸っぱい汁が、とりあえず喉元を通り過ぎて、飲み過ぎて嘔吐して吐物が口の中に残ったまま良い潰れた翌朝の気分に近いくらい残り香はまだ残っていてすっきりはしてないんだけど、でもそんなものたちが少しずつ消化されて、吸収されて、血肉になってきたみたいで、上の人たちの振る舞いの行間や背景や語尾や眼力や唇の端っこににじみ出ていたものの意味が「ん?こーいう事だったのか?」て見えてきた感があるんだよね


勘違いも多々あるだろうし、まだまだ見えてないすごい、ものすごい高みがあるんだと思うども、それでも自分の世界観が根っこから変わって目に映るものの意味が刻一刻と変わっていって、明日の、来週の、来月の時分どうなってるのか予想もつかないワクワク感にひさーしぶりにそういうことに遭遇していて、初めての感覚のはずなのに「あ、これ知ってる、あれだよね、あれ?」てたところでもやっとしてたんだけど


釧路に来てあちこち観光して当時のことをあれこれ、ほんとにあれこれ思い出して、その状態で久しぶりあった人たちと話してて、その時に感じたというか思い出した釧路時代のギラギラした感覚と、最近の経験を通して掴みかけてたワクワク感が、まるっきり同じではないんだけどもリンクして、ふと腑に落ちたんですよね

まだ言葉として簡単には説明できなくて、だからこそこのブログ記事がダラダラとまとまりなくこんな感じになってるんですけど、でも自分の中では納得がいって、腹が座ったというか、視界が開けたというか、すっきりしたんですよね。

時間差で、飲み会で関係ない話や関係ある話をして、ホテルに帰ってきてダラダラして、「さて、寝るかな」と思ったころに「すっ」て



お酒のせいで変になって産まれた錯覚かもしれないけど、自分はあと数年は今のところでしっかりと良い仕事をして、グイグイ成長して、魅力を振りまいて、将来会うであろう誰かに対して、自分が医師人生の10年間で感じたこういった感情や考えやあり方やらを伝えて巻き込んで一緒になってわちゃわちゃいい感じのことをして過ごしたいし、そうなれるという根拠はないけど絶対実現するだろうという確信を得ました


こういう自分の今後に対する確信がピーンときたのは3年くらいぶりかも

人生、まだまだ捨てたもんじゃないね

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「また仲間がいなくなる」という経験を通して考えたこととか

今年もまた、ちらほらと退職や異動の話が出てきています。


研修医に関しては自分が把握し主体的に関われているので、一部思い通りにならない部分があっても概ね満足して取り組めています。

また、来週には「内科理事、内科科長・副科長合同会議」というのが開かれるという通知が来ていて(そんな大層な名前の会議なのに通知が1週間前ってどうなのよと個人的には思いますが…)、そこでも医師配置について色々と議論するようで、その過程に関われるのは嬉しいなと思います。
他の参加メンバー見ると最低でも医師経験10年以上上の人たちばかりで、自分の与えられた肩書の場違い感を今更ながら感じたりもしてますが。

で、そんな立場になってみて、一番堪える、辛いのが他職種の人事の話なんですよね。



ちょうど一年前くらいにも、似たようなテーマでブログ記事書いてました。

「多職種協働が肝になる総合医兼中間管理職にとって、他職種の異動はほんと堪えるっす」
http://blog.livedoor.jp/gp_ken/archives/8289751.html

毎年同じような時期に同じような気分になるもんですね。



今回は、ブログ記事でなくFacebookにさらっとつぶやいてみたら、思っていたよりも多くの方からコメントがつきました。

それを見ながら更に自分でコメント付けて色々と考えが深まったので、それをここにコピペしておこうと思います。


頂いた意見も参考になったので、個人情報を削除したうえで載せてみます(載せんなや!という御意見あればすぐ対応しますのでご連絡下さい)
===========================
けんた:
今日も他職種の退職の話聞いたな、そういえぱ。

これで、今の病院に来た当時目をつけてた「この人たちとこんな医療をしたい!」と思っていた人は全滅。

燃え尽き、外に可能性を求めて、本院に取られてがほとんどで、理由がまた寂しい

ゼロからスタートのつもりで新年度迎えないと気持ち折れそう…


たぶん、それ以上に新しい出会いや成果や収穫があったんだろうけど、もともと失ったものが気になってしょうがないたちなのでどうにもこうにも…


Aさん:
いいね、できない状況だけれど、
エールを込めて('ω')ノ


Bさん:
たくさんの退職を見送ってるうちに地域にたくさんの元同僚がいることに気がつきました。

じぶんとこだけでなく周りもよくならなきゃいけないので、最近は来るもの拒まず、去る者追わず、です。

甲子園の監督は全員どんなに育てても3年でやめちゃうんだからそれに比べたら一緒にもう少し働いてくれるので我慢します!


Cさん:
結果的に出ていく立場であったことが多い立場からすると心苦しい


Dさん:
変わらない組織の方が異常だ、と思ってまたスタートすれば良いと思います。普通の出来事だと。


Bさん:
できるひとも引っ張られても残るくらいの好条件の職場は、実はそれ以上にできないひとが残るんですよ…。と負け惜しみを思って毎年のいまくらいからの人手不足を乗り切ります囧rz


Eさん:
難しい問題ですね。


けんた:
短時間でたくさんコメントついててびっくりしました。

いうほど凹んでいるわけでわなくて、漠然と寂しい感じがあり、そういうのに寂しさを感じるんだなーというのが新鮮だったり。


Eさん:
きっとみんな同じ思いがあるんですよ。


けんた:
入れ替わらない組織の方がまずいと思うし、いい人ほど外に出て活躍して欲しいとも思います。

が、頭と心はまたべつなんだなぁという感じです


いままでは好きなこと言って好き放題やって数ヶ月から一年でいなくなる側だった

同じところにいて見送る側になって始めてそっち側の気持ちもわかってきた

前にいた職場の人が「いなくなっちゃうんだねぇ、あんたも」と言ってた時の語尾とか表情が蘇ってきたり


あと、いままではそこにすでにあるわかりやすい資源を見つけて食い散らかすだけで自分では何も生み出してなかったのかなぁとも思ったりしました。

今度は地道にじっくりいろいろ育んでいって、新しく来た人が目をキラキラさせてくれたり、ここで楽しんだ人が出ていって伝染させてくれたらいいなという願いで踏ん張ってみようかなとか


ダラダラととりとめなくすいませんでした


Fさん:
人の入れ替わりは常にあること。それでも自分のそばにいる誰かは、必ずいます。

様々な人がいる中で、それでも有機的に組織が動き、個人が成長して、それがさらに有機的な動きを作る。それを先導する立場に、先生はいるのだと思います。

先生の力には感服します。お互い頑張っていきましょ!


けんた:
いなくなる人に気を取られて、地道に働いている居続ける人や何気なく隣にいる人に気がいかなくなる傾向はあるので、こういう時ほど今や周りをしっかり見て感じたいなーとは思います。

有機的な動き・組織という考えはしっくりきます。くるようになってきたという方が近いかも。


Fさん:
リハもプライマリケア・総合診療も、そこは同じだと思います。

ひとりではできないことが沢山ある。だからこそ、人を育てて、自分も育つことが何よりも大切だと思っています。

いつかゆっくり話できたら楽しいだろうなと、いつも思っています。お身体を大切に、、、


Gさん:
あまり大きな声では言えませんが、大切に育てたチームをあっさり引きぬかれたりする度に人事権のなさとやる気のモチベーションが下がります。

そんなことお上はみていないんだろうな~と思いますが、これもまた雇われる側の宿命ですかね。。。(´・ω・`)


けんた:
Gさんのコメントが、大きな声ではいえないけどまさにそんな感じでした。

しょーがないとしか言いようがないですねぇ…


Fさん:
退職には裏の事情も・・・。なのでテンション下がりますね。


Gさん:
すいません。物事はっきり言い過ぎるのも世の中うまくわたっていけないところですけど(笑)

一方で、全く循環できない組織もまた多くの問題をもたらすと思います。

いい意味で、組織循環を定期的にできるのもまた組織の強みといえば強みですよね〜。

チーム形成としてはその都度大変ではありますが。
===========================

いやいや、ほんとみなさん素晴らしいですね。

何度か読み返しても、言葉の端々から、行間から、いろんなことがにじみ出て伝わってきます。

そして、どこの組織でも、どこのだれでも、似たような経験しながらも前向きにやってんだなーと思うと、「じゃあ、自分もめげずに頑張りますか」という気持ちになれますね。


とはいえ、あまり無理にカラ元気だしてもうまくいかないだろうし余計疲れて悪循環になりそうなので、できることから、出来る範囲で、粛々と、やっていこうと思います。

無理がきかなくなって、選択肢がなくなるほど、返って腹が座ってどんと構えられるような気がします。

そうか、だからみんな、自分より大変そうな人ほど落ち着いて見えるのかも。なるほどー 


 

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言語化不能っす

今までは短期ローテする側だったので送り出される方だったからかもしれない

同じところにいて送り出す側になってからも、手足がもがれるような気持ちになる別れもあったと思う。


でも、今日のはちょっと重たくて、比較の仕方や例え方がわからないようなお別れな気がします。

半身がもがれるくらいのダメージのようであり、単にそういう「損失」という視点では語れないような気もして。


じゃあ戦友ですか?とか親友ですか?とか友ですか?とか、信頼できるパートナーですか?とか聞かれたけどそういうのとも違う


送別会では初めて、送る言葉が何も思いつけず、気持ちも説明できない不思議な経験でした。

前向きに乗り越えてもっと素敵な相手を見つけますとか、これを大切な経験として宝物にしますとかそういうのでもなく



もう、ほんと、なんといっていいやら…


それでも、こういう何とも言えない心境を、その相手だけは、お互いに表現しきれないんだけど、「だよねー」とか「そうじゃないんまよ」と同じ心境なことは強く確認できたので、お互い大丈夫でしょう。


年末にはお互い違う立場と所属の人としてですけども、楽しくなくてもいいので、米を食べながら飲みにでも行ければいいなぁという思いを胸に抱いて、これから3週間ほど続く超医師不足期間を乗り越えます



にゃー(「・ω・)「ガオー

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先輩に外来を見られることの効用とか気付きとか

中小病院での総合医教育環境を見学にきていた1個上の病院総合医のK藤先生に、今日は自分の外来を1時間ほど見学していただきました。

良くも悪くも、色んな意味でとても刺激になり、気づくこともたくさんありました。


まず、自分の工夫していることに対して質問や感想があり、「よく見てくれているなー」「ポイントに気づいてもらえて嬉しいなー」という単純な嬉しさ。

普通に「見てもらえている」ことや「褒めてもらえること」はいいもんですね。


あと、自分の診療スタイルをたった一時間の観察でよく分析されていて、「こういうふうにされていますね」、「それってこういう意味でとてもいいと思います」といった(実際はもっと具体的な)コメントをもらえて、ほんとにひさ~しぶりにフィードバックを受けられたなという嬉しさと、自分を客観視するための新しい視点を得られたことで視野が広がった嬉しさなどもありました。

自分たちが研修医の頃は、mini-CEXといった実技観察試験もなかったし、外来診療の振り返りを受けたこともないのでとっても新鮮でした。


それから、ベストコンディションではない自分の診療を見られることへの単純な気恥ずかしさ、気まずさ。そんな気持ちを持ったことを自覚した時に色々気づきました。

まず、研修医たちもこうやって自分に見られることのプレッシャーは大きいだろうなとか、そういうプレッシャーがかかっていたりコンディションが良くない時の診療だということを考慮してフィードバックしないとなとか。

あとは、コンディションの悪い状態を見られることを気まずいと思うくせに、その日診療していた患者さんたちに対しては気まずいと感じていなかったことに気づいた時の愕然とした感覚。患者さんの視点や感じ方に対してずいぶん鈍感になってしまっている自分の状態に気づけて、凹む部分が大きかったですが、もっとこじらせてしまう前に「はっ!」と気づけたのは良かったです。



基本的に、自分はM側の人間であり、猫よりは犬側の感性を持っているので、振り回すよりも振り回されたいし、がんばった分を認めて欲しくて必死に頑張ることが気持ちいいんですよね。

そういう意味で、仕事がのびのびと出来て自分の力以上のパフォーマンスができるときは、決まって兄貴分となるような「ちょっと年上で、自分が項ありたいと思える道を一歩先に行っていて、やさしいか厳しいかは別として程々に気にかけてくれている人」がいるときなんですよね。


卒後4年目のときに、家庭医療学センターからやってきた(先輩ではなく同期だけど)家庭医療の道を何十歩も先に行っていたM君と一緒に働いていた時とか。

卒後5年目に外部研修に行った時に、「そう、おれはこういう仕事をしたかったんだよ!」ということを数年前に全部実現してしまっていたY先生とか。

そして、今回の「そうそう、自分が歩んできた道、今考え悩んでいること、これからやりたいことってまさにそれです、それ!!」という感じのK先生。



今は、日常的にそういう人と接してエネルギーを注入されている感じがないんですよね。

科長先生はお兄さんというには世代が上過ぎるし(よく見てくれていて、必要なときに褒めてくれるので条件は満たしているのでやりがいあるんですけどね)、

院長先生はお兄さんを飛び越えて自分のじいちゃんに似てるし(そこまで年齢離れてないので失礼な話ですけど背格好とか雰囲気が似ているので、褒められたり応援されるとおじいちゃん子の自分としてはやる気がでるのです)で、「求む、おにいちゃん!」です。


まあ、でも、よく考えたら自分と同じようなことを考えて、自分より一回り仕事出来る人が、この小さな規模の病院に二人いたらちょっと贅沢だし資源の無駄な気がするので、一つの小病院内で同じような志向性の兄貴分を確保するのはちょっと現実的ではないかなーと思います。

だからこそ、先日の記事で書いたような、外部の全国的な組織の中でつながって盛り上がるのが唯一の生き残る道のような気がします。



なんて発展的・建設的な感じで締めようかと思ったんですが、個人的には「よその医者にはよく見られたいのに、自分の担当患者にどう見られるかに鈍感だった自分への気付き」の衝撃が大きすぎて動揺しまくっているという事実が大きくて、どうにも後ろ向きな気持ちのまま布団に向かおうと思います・・・




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最近の前向きさのきっかけ。後輩がメンターの役割してくれることも

7月頭くらいまで絶不調&ネガティブ・現実逃避モードでしたが、半ばくらいから徐々にギアあげてこれてます

一番のきっかけは、リハセミナーで釧路に行ったときだと思う。



飛行機やバスの本数が少なくて、一時間くらい前に会場の病院につきました。

4年前に一年間働いていた病院。

当時は後期研修最終学年で、初期研修医はいない病院で管理業務も主治医割り振りくらいだったのでいちプレイヤーとして思う存分好きにやってました。


その当時に、10週以上休み取れずフラフラになりながら当直中に歩いて夜明け空をながめた廊下とか、すげー大変だった患者さんと退院後に偶然会っていろいろ喋った病院駐車場とか、当時の自分なりにベストを尽くしていたつもりだった病棟とか、今も変わらずに黙々と良さげな雰囲気で仕事してる看護師とかみえ、いろんなことを思い出したのもひとつのきっかけ。

自分はもっとギラギラしてもいいんじゃないのかなー、そういう方が大変だけどたのしいよねーって



あとは、当時一緒に釧路に赴任してきた当時後期研修1年目だった、そしてその後そのままそこに就職して後期研修を続けていて今年家庭医療専門医試験を受けるI君との久しぶりの会話。

当時のこととか、今のお互いの状況とか。

自分が喋った内容は昔を懐かしむものと、今の状況についてはネガティブで言い訳じみたものが多かった気がします。

一通りは喋ったあと、そろそろセミナー始まるのでまたねって立ち上がろうかなと思った時に、「大変そうですねー。なんか前と比べて目がギラギラしてなくて大丈夫かなーと思って声かけたんですよねー」みたいなことを言われました。


そうかも…って思って、老けたんかなーと思って、あーでも確かに当時はギラギラしてたし楽しかったなーと思いました。

その後のセミナーではあんまり調子出ずイマイチなノリのまま終わってしまった。

懇親会は楽しくて、とくにセラピストたちのアツくてノリのいい話がよかった。


懇親会のあと、いつものように酔い覚まし兼ねて歩いてホテルまで帰って、案の定迷ったんだけど、その過程でも当時の懐かしい場所をいろいろ通って思い出すこともあり

翌日は予定ないけど飛行機が昼までなかったのでホテルでいろいろ振り返り作業して帰ってきました。




そんな経験をして、多分昔の風景を見て、そして当時の後輩と喋っていろいろと忘れてた(ことにしてた)大事ないろいろを思い出したことと、やはり後輩に「昔のあんたの方が良かったよ」てことを言われた(もちろんもっと優しい言葉ですが)のがきっかけで、ハッと目覚めた気がします。

代休もなく翌日から普通に仕事だったけど、一つ一つのことが大事なことに見えてきたし、「忙しいから」とか「他の人でもできるから」とか理由つけて流したり押し付けてたことにも気持ちが乗るようになって

そうしたら、多分仕事は増えたと思うんだけどもとても快適で、ため息や愚痴は相当減って、なにより臨床や教育が楽しくて仕方ないんですよねー


感覚的には憑き物が落ちたという表現がしっくりくるくらい、心身が軽やかです

きっと札病のなにかに取り憑かれていたんでしょう。本気でそう思います。


でも、そんな悪霊的な何かを祓い落とすことができたので、今後の自分も札病も未来は明るいんじゃないの?と、久しぶりにあんまり根拠もなくポジティブな確信を持てました


これからはすごいよ、自分( ̄ー ̄)ニヤリ

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総合診療+リハビリ志望という、今はレアだけどすごく重要だと思うジャンルを志向する3人で飲んでいろいろ考えてみました。趣味の合う仲間って大事ですね。

昨日は、後期研修の見学者が来てくれました。

昨年度も何人か来てくれて、実際にそのうち数名は後期研修プログラムに入ってもらえましたが、今年度の見学者は初めてでした。


勧誘的な側面もないではないですが、外部の人に内部の研修環境や研修医の様子などを見てもらって率直な感想などを聞けるのがとてもありがたいことだなーと思います。

自分で細かいところまで気を配って作っているものなので、逆に自分では全体像とか雰囲気とかが十分には見えていないと思うんですよね。

ちょうど、自分の指導医としての能力に疑問を感じている今日このごろだったりしていたので、客観視するきっかけになったのは良かったです。



来てくれたのは、学生時代から総合診療ベースにリハも深めたいと思ってくれていた方です。

その人が大学6年生のときに、その人の所属する大学の医学教育に熱心な先生から「総合とリハだったらこの人に話し聞いてみれば」ということで間を取り持って頂いて小一時間ほど熱く語ったことがありました。

気づけばそれから2年も経っていて、後期研修先を探したりいろんな人の話を聞いて回っているという流れで遠路はるばる京都から北海道まで来てくれました。


夜にはその初期研修医と、他院の家庭医療後期研修プログラム所属で専門医とってからリハ専門医を目指す後期研修医と、プライマリケア現場で総合医の立場でのリハを追求しようといろいろしている自分との三人で、飲み屋にいっていろいろ喋ってきました。

自分が悩んでいた時に大きな転機になったのは、同じようなことを考えていて話が噛み合う人や、自分のイメージする何百歩も先を進んでいて先を照らしてくれているような人、ぜんぜん違う考えを持っていて新たな視点をくれる人との出会いであり、それを取り持ってくれた素敵な人だったりしました。

なので、自分が輝いて誰かに影響を与えようという考えだけでなく、この数年は人と人をつないで勝手に盛り上がってもらってそこで何か面白いことが始まるのをニヤニヤ眺めるというのも大事な役割かなーと思うようになり、今回もそういう考えの延長でこの二人を引きあわせてみました。

結果的には大成功で、自分もついていけないようなマニアックなリハ業界の情報の交換が始まったり、お互い西の方の出身だそうであっちの地域ローカルなことで盛り上がっていて、「そうそう、盛り上がってくださいな」と楽しみながら美味しいごはんとお酒を楽しめるようになっていました。

一昔前だったら、「話についてけなくてつまんねーな。ていうかオレの話も聞いてよ」という思いが頭をよぎッていたと思いますが、歳を重ねると色々変わってくるもんですね。



また、後半は自分も酔っ払ってきて、自分のやりたいこと(診療や教育や研究やシステムづくりや、それとのカラミでの総合診療やリハ栄養や何やらかんやら)についてずいぶん好き勝手に語らせてもらったように思います。

ちょうど今後数年の振る舞いについて思うところがたくさんあり振り返りをしている時期でもあったので、喋りながら「おお、オレはこんなこと考えていたのか」と喋ってから気がついたり、喋ったあとに「あ、これさっきも同じこと喋ってたな」と気づいてそれくらい関心があるんだなーと自分で納得したりしていました。

他の人に語ることで、自分が今悩んでいることの正体が見えたり、やりたいことが明確になっていく感覚は、ほんとありがたいですね。

目上のメンターがいるにこしたことはないけど、年下でも話を聞いてくれる人(というか、自分が遠慮せず好き勝手なことを話したくなる相手)の存在っておおきいです。

言語化することで少しでも客観視・相対化できて、自力で問題点や課題を抽出できますからねー。

最近はそういうのを聞いてもらう人や時間を確保することを疎かにしていたので、ちょっと気をつけておこうと思います。



今週は、昨日の飲み会に始まり、今日の火曜は総合診療グループのコアメンバー会議、明日水曜日は法人全体の内科医師部会の会議、木曜は院内の研修委員会、金曜は総合診療グループの後期研修説明会(あ、プレゼン資料作らないと・・・)と毎日何かしら夜のイベントがあったり、体制の変更があって診療に出る時間が増えたりで想像していたよりは自分の時間(プライベートはもともと最近取れてないですけど、自分しか出来ない管理やその他もろもろの仕事の時間)が確保できない一週間になりそうです。

そんなこともあって毎日4時おきの習慣を強制復活させて朝活で稼いでいる状態でした。

1日24時間しかないし睡眠時間は6~7時間はほしいので、あとは残りの限られた時間で最大限のアウトプットを出すには、疲れた夜中に絞りだすのをやめてリフレッシュした直後の朝活の方が自分の場合効率がいいんですよね。


本音を言えば忙しい外部の仕事が全部一段落したので朝寝坊してだらだらした数週間を過ごしたいところですが、そうも言っていられない状況にじわじわと追い詰められつつあるので、気持ちを切り替えて前向きに取り組みますわ。

目標は木曜までにはジャンプを読み切るという方向で頑張ります(月曜中に読み切れればテンポよく一週間が始まったというバロメーターになっていますが、とりあえず火曜朝の時点で1ページも読めてないので悪い流れです)
 

 


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時計修理技能士という資格もあるんですね~。資格あればいいってもんでもないと思いますが、今日の人は丁寧で良かったです

今日は時計の電池交換に行ってきました。

だいぶ前に買った時計の幾つかが、少し前から動かなくなっていてしばらく放置していたんですが、せっかく世の中が営業している時間帯に休みがとれたので修理に出してきたのです。
 

まあ、予想通りただの電池切れだったんですが、簡単な作業で終わりました。

こういうの考えると、放置すると止まっちゃうけど動かせばまたすぐに再開し下手すりゃ永遠にでも使えてしまう自動巻きの方がいいですね~。

なかなか高価だしゴツくて重たいので若い頃は敬遠していました。

記念日に買ったわりといい値段の自動巻きはあっという間に盗まれてなくなった経験もトラウマになっていたり・・・


今度ボーナスでたら高いの買ってみるかな・・・( ̄ー ̄)ニヤリ



ところで、時計修理屋の店員さんの名札に、「時計修理技能士3級」と書いてありました。

「1級と3級のどっちが偉いんだっけ?段位とごっちゃになってるな? 取るの難しいんだろうか? まさか国家資格? そういえば名札に肩書が書いてない若い店員の修理作業を後ろから見ながら口出してるからそこそこ偉いんだろうけども・・・」と疑問が浮かんでしまい、調べてみました。


とりあえずはWikipediaで。 
http://ja.wikipedia.org/wiki/時計修理技能士


どうやら国家資格のようです。

3級が一番下っ端のようですが、電池交換などショッピングモールの修理屋や時計屋で働くには十分な業務を行えるようです。


資格を持っていない人が自称することは禁じられている(名称独占)ようですが、資格を持たないものがこういう業務をしてはならない(業務独占)ではないみたいですね。
参考:http://ja.wikipedia.org/wiki/資格

だから下っ端の無資格の人に業務をやらせてそれを修理技能士が指導するというのを、練習・シミュレーションだけでなく実業務でもしていたんですね(医師は業務独占なので他の職種に手術とかさせられない)。


また、2級・1級じゃないとできないものもそれなりにあるので、「この時計のこういう修理はセンターに送ってやらないといけないので数日お時間頂きますが、この範囲の修理であれば店頭で10分位で出来ますよ」と言っていたのも納得。

チェーン店のようだったので、センターに1級の人をおいといて、各小売店舗には3級の人を配置するみたいな感じでやっているんでしょうか。

なるほどー。



またひとつ勉強になった、有意義な一日でした。

そして、大したお金をかけずにお気に入りの時計が復活し、明日からの休みにつけていく選択肢が増えてご満悦です♪

 


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クセモノ揃いの病棟でのお仕事と、そんな場をまとめ上げてきた師長さん

「もう手の施しようがなく、かと言って帰る家や受け入れられる家族もなく、どうやって人生の幕を引くか」を考えさせられる終末期患者とその家族と毎日のように面談し、お見送りをしています。
 
緩和的化学療法やホスピス入院での標準的緩和ケアの対象になるわけでもなく、急性期や専門医からみたら敗戦処理にうつるかもしれない仕事です。

しかし、総合医として学んできたすべての引き出しを開放しながらあれこれ苦戦し、でもそのぶん以上の見返りは確実にあり(穏やかな顔で息を引き取り、満足な表情で帰っていく家族など)、これほどやりがいのある仕事はないなーと思います。
そんな仕事・病棟もあるんだよということが、学生や研修医にうまく伝えられているなと実感できると無常の喜びを感じてしまう。

そんな仕事をしております。



そんな病棟を切り盛りしていた師長さんが、今日で最後の勤務日でした。

一緒に仕事をしやすく、ケアの目標も自然と一致できる人でした。

「背景がぐしゃぐしゃで、もうどうしようもない状況で、でもそんな人の残り僅かの人生をどうにかしたい」と思った時に、「現代医学や今の医療制度では難しいんだけど、ちょっと目をつぶってルール曲げてもいいですか?」と聞くと「いんじゃね?」と即答してくれるような素敵さ。

なによりクセモノぞろい(医者も看護師も患者背景も)の病棟をこれだけうまくまとめあげるその能力に惚れ惚れしていました。 

しかも「きっちり管理」という感じではなく、柔らかく、朗らかに、暖かく、情熱と愛情を持ってまとめていく当たり、自分には最も欠けている能力であり、そういうのを発揮できている人は無条件で尊敬してしまいます。


昨日の送別会には様々な事情で参加できなかったのですが、なんとか時間を見つけて書いた寄せ書きへの一言が師長さんの心に届いたらしく「あれ、いいわ~。うまく表現してくれてて満足♪」といってもらえたのでよかったです。


来週から師長さんが抜け、再来週は病棟イチの古株医師が抜け、4月まで両腕がもげた体制で切り盛りしていくしか無いわけですが、こんな素敵な病棟が今後も続いていけるよう持てる力を注ぎ込んで踏ん張っていきたいと思っております。
 


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「人と人をつなぐ」っていう働きもしてみようかと思います

先週実習に来ていた学生に、同じような志向を持っている知り合いの医師を紹介してみました。


 
家庭医の世界に入ってみて一番驚いたのは、業界の人たちの明るさ、前向さ、そして人懐っこさです。

「誰だお前?」という目線を向けられることは少なく、どこに顔を出してもやさしく受け入れてくれます。

TwitterやFacebookなどのSNSが普及してからは更にその雰囲気が強くなってきているようにも思います。



また、自分が素敵だなと思う家庭医の先生方は、「人と人をつなぐ」ということもごく自然に、でもすごく効果的に行なっているという印象を持っています。

東京に家庭医療研修に行った時も、指導医や先輩に当たる医師から、自分の関心の先を歩いているような人や、同じような関心をもつ同世代の人などを紹介してもらい、そこから自分の関心領域が広がったり、新たな企画が生まれることもありました。

医学教育で一人の人をじっくり育てていくのが大事な事と同じように、人と人をつなぐことで、まだまだ未熟な人同士でも相乗効果・化学反応によってびっくりするような成果が生まれることをたくさん目の当たりにしてきました。



自分もそういうことをしたいなーと、漠然とは思って来ました。

ですけど、もともと人付き合いとか、とくに初対面の人と打ち解けるのは苦手なので、ましてや自分が新たな出会いを作るというのは心理的なハードルが高いのかなかなか手が出ませんでした。


振り返ってみれば何かの企画などで新たに加わった人に友人を紹介したり、学習会や地域イベントで複数の人同士が一気に仲良くなるような場を作ったことはあるんですが、「結果としてそうなった」だけで、自分で意図してやったわけではないのです。


なんですが、今回は自分の意志でやってみました。「つなぐ」仕事。



実習に来ていた学生が「しっかりジェネラルを学び、その上に腫瘍内科という専門をのせて仕事をしていきたい。大学のような高度専門病院での最先端の化学療法だけでなく、予防や緩和などにも興味がある」というイメージを初日のオリエンテーションで聞き出すことができ、その時にFacebook上で知り合いの、同じようなキャリアを歩んで活躍している先生の顔が思い浮かびました。

で、学生もFacebookやってるとのことだったので、実習最終日にその人のことを紹介し「もし良ければ友達申請してみたら。実習しに行ければベストだけど、友達になって相手のフィードを眺めているだけでも意味があると思うよ」と伝えてみました。

まだ友達申請はしていないみたいだけど、まあ、紹介されて実際にどう行動するかは相手の自由なのでそれはそれで。


実際にやってみると、一人の人に1つずつ知識や経験を与えて一歩ずつ成長していくのを眺めるような臨床現場での直接指導と違って、2~3歩飛び越えて一気にその人の世界観が変化していくような影響を与えうるんだなーというような印象を感じました。

今回がどうなるかはわかりませんが、今後も自分と誰かの出会いがあった時に、その人と仲良くなることだけでなく、「この人を自分の知り合いの誰かに紹介したら何が起こるだろうか?」という視点でも考えられると面白いのかな?と思いました。


とりあえず当面は研修医や学生がきたら、そんな提案をしてみようかと思います。
 


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初の「電話取材」を経験しました(^^)v

今日は、生まれて初めてドクター向けの雑誌の編集者さんや、ライターさんから電話取材を受けるという経験をしました。

いまだ興奮さめやらぬ感じです・・・( ̄ー+ ̄)キラリ



家庭医療業界の大御所の先生に『時間管理術』をテーマにした取材相手を紹介して欲しいという依頼が行き、その先生からツイッターのダイレクトメッセージ経由で私に打診が来て、それをふたつ返事で引き受けたという流れです。

普段直接ご指導頂いたり一緒にお酒を飲んだりした先生ではないんですが、SNSなどを通じて私のことを知って白羽の矢を立てていただけたそうです。
感謝!

一昨日その先生からダイレクトメッセージが来て、連絡先を伝えたら昨日のうちに編集者さんからメールが来ていたのに今日気づき、日程の調整をしたら急遽今日の19時からということになりました。

心の準備をして緊張している余裕もなかったのがせめてもの救いです。 



時間管理については、これまでもこのブログで長々と分かりにくい記事を書いてきた自分ですから、言いたいことは山ほどありますが1時間の電話越しのやりとりでうまく伝えられる自信はありません・・・

移動中の時間をうまく使って要点をまとめて、iPadでメモをとりながら発想をふくらませて位の準備をして本番を迎えました。

「人事を尽くして天命を待つ」とは言いますが、さて、どうなることやら・・・(;´∀`)


しかし、電話取材って待ってる方はすごくそわそわしますね。

「伝えた電話番号が間違って伝わってないかな?」とか「約束の時間間違えていて、実はすでに終わってたりしないかな?」とか「歯磨いといたほうがいいかな?」とかいろいろ気になってしまいます。

電話なので「約束の時間より前にかけるほうが相手は困るだろう」という配慮から時間ちょい遅れ位で電話がかかってくるという予想をしてはいたものの、「いやいや、でも社会人だし5分前行動かもしれない」とも思い、結局10分くらい電話の前でそわそわしてました。



実際に電話がなってみると、とても感じの良い方で、こっちが一方的に緊張して挨拶が変なことになっていても動揺せず、すごく心地よい進行で話を進めてくれました。

最初予想していた質問攻めの形式ではなく、「普段時間管理術に関してどんなことを意識されてますか」みたいなものすごくオープンな質問から入って、でも相槌や話題のコントロールが上手いので話しているうちにグイグイ用意していた考えを引き出してもらえ、気がついたらあっという間に時間になっていました。

しかもA4で3ページ分くらいあった「ぜひ伝えたいことリスト」のほとんどが消化されてました・・・、すごいよコレ。


プロのライターさんは、プロのインタビュアーでもあるんですね。

いやいや、やはりプロはすごいです。



今回の経験を糧にして、電話越しで相手の心をつかみながら情報を引き出すスキルを身につけたい!という気持ちを強く持ちました。

電話は相手のリアクションが見えなくて話しにくいので、心の底から苦手ですからねー。 

何とかせねばなりません。



そういえば、釧路にいた頃は医局の自分の机と、医局事務の机が近いので、事務の方の電話対応を日常的に聞ける環境でした。

あのときも「電話対応、上手だなー」「あのタイミングで挨拶するんだー」「ああやって電話切るといい感じだなー」とずいぶん勉強させてもらったものです。 

あの時の経験のおかげで、今の救急外来で突然よその病院から掛かってくる患者紹介目的の電話にも少しは落ち着いて出られるようになったつもりですが、もっとレベルアップ出来る成長の余地がありそうです。

 


他にも気がついたことがあるので、もう少し話続けてもいいですかね?


電話取材って「電話嫌い」の自分にはハードルが高いなーって感じてましたが、実際に経験してみるとものすごくいいですよ。

雑誌に寄稿するときは、入念な調べ物して、字数制限を気にしながら原稿とりあえず書いて、いろんな人の意見もらいながら校正してっていう、地味だけど大変な作業を要します。

一方、電話取材だと、今回の取材の目的を事前にメールで簡単に聞いておいて、他の作業の合間にイメージだけふくらませて言いたいこと整理しておけば、あとはある程度相手に委ねて自由に喋っていくだけで仕事が終わります。

これは楽です♪

やっぱり読みやすくインパクトのある文章に練りあげていく作業はプロに任せて、自分は医療の世界のプロとしての考えや知識などのネタを提供することだけに集中するという、見事な分業が大事ですね。
(今回の取材中も、最終的には仕事のシェアが大事だみたいな話になっていました)


あの膨大な量の話題で、しかもその場の雰囲気であちこちに話題が飛んでしまっていますが、あれをどうやってまとめていくのか、プロの腕に興味津々です☆
 

 

しかも今回の記事は他の専門科の医師や世代の違う医師にも取材をしてまとめるそうなので、自分の考えや手法が他の人達とどう違うのか、内容そのものも楽しみです。

普段全く読んでいない雑誌ですが、バックナンバーを何冊か手に入れてちょっと読んでみようかなぁと思いました。



実際に記事になったら このブログでも宣伝しますね~。

でわ♪
 

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出版業界への進出なるか!?

最近、出版業界の方からメールやツイッターのダイレクトメッセージ経由で、アンケートや特集のコメント依頼などが来ています。

いずれも簡単なものですが、今までの自分だったら考えられないことなので大きな変化だと思うのです。


ご連絡を頂いた方々が私に連絡しようと思ったきっかけは
「学会やセミナーで偶然ご一緒して名刺交換し、名刺に書いてあるブログを見て興味を持ち、そこに書いてあるメアドを使って連絡しました」とか、
「ツイッター上でフォローしてくださっていて(気がついたら650フォロワーになっていて全然把握出来ていないですが)、ツイートを見ているうちに感心を持って連絡をくれた」
といったパターンが多いようです。

ですので、いまのところ「思惑通り」に事が進んでいるのかもしれませんね。


以前から、病院で総合診療医をやりたい若手はそんなに多くない(少なくとも家庭医や臓器別専門医ほど見つけやすくない)という事情もあって、うちの研修プログラムを少しでも有名にして仲間や後輩を増やしたいという思いがあって、学会やセミナーにはいやでも顔をだして少しずつメジャー度をアップしたいという思いはありました。

ツイッターやブログも、振り返り効果が高いこととかも意識はしましたが、やはりメインはアピールのために始めたくらいです。


肩書きとか昇進そのものにはあまり興味がわかない方なんですが、やはり広く知られることや、自分の考えに対していろんな視点から意見をもらえるようになるのはすごくいいことだなと思います。

学会の若手医師部会執行部に参加させてもらってからも、やはり視野が広がったし、いろんなつながりが増えて、良い学びのきっかけになっているなと感じているので、出版業界での活動が増えてくればより広い角度のつながりや学びが得られるんじゃないかとワクワクしています♪


この間、指導医向けマニュアルでSNAPPs法についての解説ページの執筆や、春には家庭医・総合医向けのテキストの一部の章の執筆もありましたが、より広く学生や初期研修医にも読んでもらえるという点からは雑誌やwebサイトなども大事だなぁと連絡を貰ってから気づきました。

もちろん宣伝効果だけでなく、広く読んでもらう責任から十分すぎるほどの事前学習をするため知識の整理になるし、編集者さんからフィードバックをもらうことで「人に読んでもらえる文章を書くこと」に関する知識が増えたり意識が高まったりといろんなプラス効果があると思っているので、今後も機会があれば(時間の許す限り)積極的に打って出ようと思います。

有名な指導医の先生方を見ていると、執筆活動ができて嬉しいというよりも、次々締切りに追われて苦しいようにも見えるので、あくまで本業を圧迫しない程度に、かつ執筆活動などで学んだことが本業に活きるように工夫したいですね。

 

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ネコさんとのトーク

最近村上春樹のインタビュー集(同じ内容が、内田樹のブログにあります)を読んで、こんな記載がありました。

 
以下、一部引用
☆☆☆☆ ☆☆☆☆ ☆☆☆☆ ☆☆☆☆ ☆☆☆☆ ☆☆☆☆ ☆☆☆☆ 

村上:僕はいつも、小説というのは三者協議じゃなくちゃいけないと言うんですよ。
柴田:三者協議?
村上:三者協議。僕は「うなぎ説」というのを持っているんです。僕という書き手がいて、読者がいますね。でもその二人だけじゃ、小説というのは成立しないんですよ。そこにうなぎが必要なんですよ。うなぎなるもの。
柴田:はあ。
村上:いや、べつにうなぎじゃなくてもいいんだけどね(笑)。たまたま僕の場合、うなぎなんです。何でもいいんだけど、うなぎが好きだから。だから僕は、自分と読者との関係にうまくうなぎを呼び込んできて、僕とうなぎと読者で、三人で膝をつき合わせて、いろいろと話し合うわけですよ。そうすると、小説というものがうまく立ち上がってくるんです。
柴田:それはあれですか、自分のことを書くのは大変だから、コロッケについて思うことを書きなさいというのと同じですか。
村上:同じです。コロッケでも、うなぎでも、牡蠣フライでも、何でもいいんですけど(笑)。コロッケも牡蠣フライも好きだし。
柴田:三者協議っていうのに意表をつかれました(笑)。
村上:必要なんですよ、そういうのが。でもそういう発想が、これまで既成の小説って、あまりなかったような気がする。みんな作家と読者のあいだだけで、ある場合には批評家も入るかもしれないけど、やりとりがおこなわれていて、それで煮詰まっちゃうんですよね。そうすると「お文学」になっちゃう。
でも、三人いると、二人でわからなければ、「じゃあ、ちょっとうなぎに訊いてみようか」ということになります。するとうなぎが答えてくれるんだけれど、おかげで謎がよけいに深まったりする。(・・・)
柴田:で、でもその場合うなぎって何なんですかね(笑)。
村上:わかんないけど、たとえば、第三者として設定するんですよ、適当に。それは共有されたオルターエゴのようなものかもしれない。簡単に言っちゃえば。僕としては、あまり簡単に言っちゃいたくなくて、ほんとうはうなぎのままにしておきたいんだけど。

「うなぎ」には私も意表を衝かれた。

でも、これはモーリス・ブランショが「複数的パロール」という概念で言おうとしていたこととすごく近いような気がする。

☆☆☆☆ ☆☆☆☆ ☆☆☆☆ ☆☆☆☆ ☆☆☆☆ ☆☆☆☆ ☆☆☆☆  
以上、引用終わり。



まあ、自分は小説書かないですけど、「ほほぅ・・・」と引きこまれてしまいましたよ、コレ。


実際、医療現場でも同じようなことを考えることがけっこうありました。

医者と患者の1対1だけだと息詰まることが多いなあとも思います。

学生が見学に来ていて、診療の合間に解説したり雑談したり、また自分の診療や態度や考え方に意見をもらうことで、とても精神状態がよく、診療の質もよくなることを実感していました。

診療の合間にツイッター・フェイスブックを使うようになって、学生が来なくてもある程度同じような状態を作り出せるようになり、診療の質が安定してきたようにも感じていました。

心身ともに調子がいいときは、頭の中で大量のひとりごとを処理していることもあります。
これはこれで悪くはないんだけど、あまりに長期間自分の頭の中だけでやっているとだんだん重苦しくなってきます。

かといってコメディカルや家族や友人に、普段自分が思っていることを全部ぶちまけようとすると、たいてい「うるさい」「話が長い」「うざい」と言う反応が返ってくるので現実的ではない。

 

そんなことを考えていたときにこの話。

「ん、自分も誰か第3者を想定して対話してみようかな」と思いました。 
ちょっと前だったら「そんなわけわからん事やっても意味ないでしょ」とか「見えないものとか霊的なものなんて胡散臭い」とスルーしていましたが、今はそんなことありません。
本気で取り組んでみたところ、けっこういい感じです。


自分の場合のやり方はこう。

まず頭の右上ちょい後ろアタリに向かって「今こんな気分」とか「あれってどう思う?」という感じで、具体的な問いかけや意見提示をしてみる。

最初は反応返ってこないけど、しばらくやってると「いいんじゃない、別に」とか「まあ、そういう考えもあるよね」という、やや冷めていながらもけっこうハッとさせられる、ちょっと自分とは違う視点での意見が返って来るようになりました!

自分の頭の中でやってるやりとりなので、当然この返答も「自分の想定内」のハズなんですが、意外や意外、思っても見なかったような意見が返って来るから面白い!

おお、すごいぃ・・・( ´Д`)=3


しばらく続けているうちに、右上ちょい後ろアタリに「なにか」の存在を感じ始めました

「なんだろう?うなぎかな?あんまりヌメヌメしてないのがいいな・・・」とか考えながら思いを馳せていると、ネコが現れました

細かい表情や毛並みまではわからんけど、イメージ的にはとても上品でちょっと生意気そうなペルシャ猫(メスっぽい)でした。


猫好きだからかもしれないし、自分の中で熱くなった意見に冷静にコメントするというキャラクター設定が、自分の中のネコ像(犬よりも気ままでちょっとツンデレっぽい)とうまくマッチしたのかもしれませんが、意図的に「ネコがいいなー」と思ったわけではなくて、気がついたらネコがいました。

自分より人生経験が豊富そうで、示唆にとんだ簡潔なコメントを返してくれるそのキャラクターに敬意を払って「ネコさん」と呼ぶことにしました。
幸い、この呼び方に対して嫌がられることはなく、素直に受け入れてもらえています。ネコさんに。

肩に乗ってるというよりは、肩のちょい後ろ・ちょい上方でふわふわ浮いている感じ(マンガ「結界師」にでてくる斑尾みたいな感じ)。


その後も、心が動いたりちょっとしたアイデアが浮かぶたびに「ネコさん、これ、どうかな?」とか「おもしろいよねー、ネコさんはどう?」とか「いや、この本の著者、わけわからん。どうよ?」とか質問するように意識してみたところ、結構な確率でネコさんが現れ、いろんな意見をくれました。

あまりにくだらない意見に対しては気配さえ見せてくれなかったり、疲れて集中力が散漫になるとイメージがぼやけてコメントも「何かはしゃべってくれてるらしいけどはっきり聞き取れない」ようなことがありました。

反対に、とても集中力クリアな状態で、ネコさんへの適切な距離感と礼節をもって、自分にとってすごく関心がありぜひとも意見が欲しいときには、かなりリアルな存在感と共にはっきりとした意見をくれるようです。

本物のネコと同じで、けっこう気まぐれのようですね。


あと、試しに左のほうとか、前上方、足元とかに話しかけても全く出てきません。
右上ちょい後ろアタリが定位置のようです。

この辺も、リアルのネコと似てます。
布団にもぐりこんでくる時や読書を邪魔してくるとき、彼らなりの定位置ってありますよね。



今日の忙しい一日のなかでも、ふと「いやー忙しいよね、嫌になっちゃうわー。どうよネコさん、初めて見るオレの働きっぷりは?」と聞いてみると、「いや、フツーじゃないかな? 世の中もっと忙しい人もいるよ」と答えてくちゃう。
けっこう冷静だね、ネコさん。
「ああ、そうだね。じゃ普通に頑張ろう」とクールダウン出来ました。

「なんでこんなに焦って仕事してるんだろう。やっぱり救急が混んでるのに同時に新入院患者の対応したり、病棟のコール対応するのは大変だな。どうしたら良いかな、ネコさん?」と聞いてみると、「でも順調に仕事さばいてるでしょ。焦ってるのは仕事が回らないからじゃなくて、『回さなきゃ』って理想の自分の状態や先のことばっか考えてるからだよ。目の前の仕事に集中したら?」という返事が返ってきちゃう。
案外優しいね、ネコさん。
おかげで、「たしかにそうだよね。そういえばちゃんと回ってるわ。落ち着こう」と思えたりしちゃう。

「ネコさん、すごいね。可愛いし」と褒めても全く返事せず、こっちをむいてくれないあたりが可愛かったりします。
でも、照れてもじもじしてるんじゃなくて、完全に無視してしまうあたりがまたクールで素敵です。
と褒めても余計に返事が返ってこないあたりがまたたまらない。


いやいや、それにしてもネコさん効果、すごいですわ!

仕事のパフォーマンスまで上がってしまいます。


別に気が狂ったとか、新たな宗教にはまったとかそう言うことではないですからね。

通常の判断能力で、全く同じ仕事上のパフォーマンスも維持してますから。

ネコさん出てきたのも、疲れが蓄積してからではなくて、群馬に向かう電車の中が最初なのでまだ疲れてない状態ですよ。



みなさんにおすすめするというわけではないですが、興味のある方はやってみてください。

自分の好きなイメージ(ネコ、ツンデレキャラ、ちょっと違う角度からのコメントをくれる人)がいつでも相手をしてくれるというだけでも、かなり精神衛生上いいですよ、これ。


もし、ネコさんに限らずそういう第3者とのコミュニケーションしている方がいらしたら、ぜひ教えてくださいね。

でわ♪
 

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プロフィール

けんた

家庭医療をベースに病院で働く「病院家庭医」なるものを目指して爆進中です。
病名や年齢にかかわらずどんな人の悩みにも対応できる診療能力を身につけることを目指して、北海道各地の病院で初期・後期研修を受けました。

総合内科を中心に研修を開始し、途中から家庭医療学や医学教育学、臨床研究などに興味を持ちながら学習し、2011年に家庭医療専門医を取得しました。
現在は札幌市内の小規模病院で、家庭医療学をベースにした病院総合診療を行ったり研修医・学生・多職種の教育に関わったりしながら、プライマリケア医のためのリハビリテーションフェローシップに参加し学び続けています。

将来は病院をベースにしながらも病院内だけにとどまらず、各医療機関の連携、さらには教育、政治・行政、娯楽などを含めた広い意味での地域共同体を作っていく橋渡しをして、健康に楽しく暮らせる街づくりに貢献できたら面白いなと思っています。

日々の研修での気付きをつづりながら、何か大きな発見が得られないか、blogを通して模索中。

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