2008年12月20日

花はどこに行った。

271b7d9f.JPGリレハンメルオリンピックは、東京の先輩に家で、フィギアスケートを見ていた。

私は、大のフィギアスケートファンで、子供のときから、、こたつで、まだ、アイスダンスが、ソビエト連邦が、いつも優勝してたころから、見ていた。

短大の同室の先輩も、フィギアスケートファンで、今までのオリンピックや世界選手権のビデオまで、とってあるほどのフィギアすけーとファンの人だった。

たぶん、二人とも、短大を卒業してたから、東京に遊びにいってたとき、たまたま、フィギアの決勝があったのだろう。


そのリレハンメルオリンピックは、1回だけプロも出場が許されたオリンピックで、
カテリーナ・ヴィットが、出場していた。


カテリーナ・ヴィットといえば、カルガリーオリンピックの優勝の時のカルメンで優勝したのを思い出す。

その年のオリンピックにアメリカのデヴィ・トーマスも同じ曲のカルメンで出場、二人の女王のカルメン対決。最後まで、緊張してみていた。

そのオリンピックで、伊藤みどりが、高いジャンプで、観客を総立ちにしたのも思い出す。このオリンピックで、伊藤みどりは5位にもかかわらず、特別にエキシビションも演技した。
私が、思うに、このオリンピックのフリーが伊藤みどりの最高一番だと思っている。


そして、この88年のカルガリーオリンピックが、最高レベルが高いオリンピックだったと思う。


その6年後の冬季オリンピックがリレハンメルオリンピックだ。

選手を引退したビットが、なぜ、そのオリンピックにでたのか。それは、
84年のサラエボオリンピックでも、ヴィットは、初めての金メダルをとっていた。
そのサラエボが、ユーゴスラビア紛争中だったから。

平和の訴えのために出場したのだ。

ビットの演技は、やはりすばらしかった。もちろん、ジャンプなどは、少なかったが、でも、それを超える演技力。さすがだった。

ビットは、6位だった。でも、すがすがしかった。

私も先輩も前にはなかったビットの目じりに小じわを見て笑って、そして、そのフリーの演技に涙した。

6位だということに、納得せず、そのオリンピックが、面白くなく、カルガリーオリンピックのビデオをすぐに、見出した。


ビットのそのときのフリーの曲が、反戦歌の『花はどこに行った』だった。


芸術点対技術点の対決ビットと伊藤みどり。

リレハンメルに、伊藤みどりもでたら、どうだっただろうか?
そんな、想像もしたのもなつかしい。

あのころのフィギアスケートに乾杯。



GRACE MARKET











gracemarket123 at 13:42│Comments(2)TrackBack(0)この記事をクリップ!

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この記事へのコメント

1. Posted by たかきち   2008年12月20日 20:52
でも最近の伊藤みどりは軽く痛いよな?

残念な事に。。。
2. Posted by はー   2008年12月21日 11:08
たかきち

なんのやけくそなんやろなー?

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