こんにちは フォーマルハウトです。

久しぶりの雨でしのぎ易くなりました。エアコンは昨日から使っていません。

さて、「そもそも」の話をしておきましょう。

私は大学を卒業して、何故に、広島のマツダに就職したのか? 
それは、いつかは故郷に帰り父の事業を継承するつもりが、ボンヤリとあったからです。いきなり父の会社に就職するのではなく、まずは武者修行がしたかった。縁もゆかりもない土地で一人で生計を立てる。経済的な自立と、精神的な自律をモットーに、自動車製造・販売の仕事を全般的を経験したかった。勿論、マツダの入社面接では、そんな内心は語らず、就職(=就社)のつもりでおりました。

1983年に入社した当時の世の中は55歳が定年。マツダで定年まで働いてから、練馬に帰り父の仕事をすれば良いと思っていました。と言うよりも、当時の父と一緒に同じ家で暮らすなんて御免でした。
それ故、30年以上は東京を離れ、父が老齢でパワーダウンした頃を見計らって練馬に帰れば良い、と決めたのです。

父は何でも自分の手柄にして、大きく見せようとするタイプ。私はそれが我慢ならなかったのでしょう。
でも、一から会社を興して事業を大きくするには自分を大きく見せてアッピールするしかなかった
のでしょう。わかっちゃいるけれど、話が大袈裟で調子のよい奴で好きになれません。

就職面接を自動車業界に絞り、私は日産とスズキの内定を貰いどちらにすべきか悩んでおりました。
巨大組織の日産だと会社全体が見える仕事は少ない。一方、スズキならば面白そうな仕事がやれそうだが軽自動車は日本市場ばかりでつまらない。やっぱり日産にしよう、と決意しかけた時の事だった。

父から「お前が日産に内定が取れたのは俺の会社が協力部品会社だからだ」とまるで、父のコネで私の入社が決まったかのような話をする始末。「購買本部長にゴルフ場で挨拶しておいてやる」などと、
余計な話をする。このまま、もしも日産に入社したら、自宅通勤だろうから、経済的自立も精神的自律もユルユルになってしまう。

俺の人生が父に弄ばれてしまう。そんな危機感から、東京から一番遠い会社で、父の顔を見なくて済むのならば良いだろう、と思い、私はマツダのOBに電話をかけました。「内定を頂けないならば日産に入社を決めます」と伝え、マツダの内定を半ば強引にもぎ取りました。大好きだった彼女とも別れなければならず(彼女も働いて自立するのが夢で、卒業してすぐ結婚は、奨学金の返済もあって無理。彼女は東京で就職。そして離別。)、辛い思いもしましたが、今は昔の物語です。

ここで教訓ですが・・・
自分自身が強い意志を持たずにいると、人生はあらぬ方向に流されてしまいます
私は中央大学の法学部を卒業しましたが、本当は自然科学系を専攻したかった。もっと強い意志があれば高校3年間塾通いでもして、その分野の大学を受験すれば良かった。これは私の人生の中で大きな後悔ですね。それ故、現在高校生の娘には色々な選択肢を持たせ、大学ではなく、学部を選び受験することを勧めております。

と言うのも、私は高校は都立に行くつもりでした。が、たまたま受験した中央大学杉並高校に合格。
親からはそ中大杉並への入学を強く勧められました。意志薄弱の私は、自分の適性や将来の事などは何も考えずに中大杉並に入学。

そして、たまたま、成績が良かったので、大学は看板学部の法学部法律学科でも推薦OKとなった。
私は中大には自然科学系がないけれど、理工学部の数学科であれば面白そうだと思っていましたが、
親の勧めで法学部法律学科に進学。意志薄弱だったからだ。

しかしながら法曹の道には興味が最後まで持てずにいた。それ故、真剣に学業に励んだ覚えが無い。
意志薄弱ながらも、与えられた課題はこなす真面目な性格で、テスト対策の勉強だけはしていいた。
結果、たまたま学業の成績は良かった。もしかしたら、自動車各社から私が内定を簡単に頂けたのは、
比較的偏差値の高い法学部で成績が良かったからかもしれない。

後に、マツダに入社して米国へ赴任する際、就労ビザを作成する必要があったが、大学の成績が優良だったので色々と都合よく申請理由が書けた。たまたま成績が良かっただけである。


話を元に戻しますが、学生時代は、意志薄弱で、たまたまの人生を生きていた私ですが、

 ①縁もゆかりもないマツダで武者修行。経済的自立と精神的自律を確立する
 ②そしてマツダの55歳の定年に合わせて、故郷に帰り父の事業を継ぐ

ということだけは、何となく決めておりました。


04高校1年の娘は県立の受験校に通う。
陸上部の部活と学校と塾の勉強の両立は大変だけど、自分の意思で決めさせている。大学選びの前に、自分の適性や将来像を持って学部を選び、大学受験のチャレンジをしてもらいたい。好きなポピュラー音楽の楽譜を購入し、気分転換にPianoを弾いている。まあ、何になるのかは分からないが、なるようになるだろう。



つづく