2011年09月

日光キャンプ

9月最後の3連休に日光へキャンプに行ってきました。

石巻のボランティアでつながった4人。

温泉に浸かったり、ハイキングをしたり、童心に帰って遊んだ3日間。

川霧温泉 川沿いにある温泉 あいにく台風で川は濁流
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夜はSさんの30歳のお祝い
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そして定番のBBQ
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&あら汁 これが絶品
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2日目はハイキングで秘湯澤温泉へ 
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途中で寄った大笹牧場で記念撮影
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いよいよ澤温泉到着 趣のある佇まい
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最後の夜はにしんとさんまの焼き魚
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自然にどっぷり浸かって心身ともリフレッシュ!

私は3日目早朝から渡良瀬遊水地ハーフマラソンに参加の為、キャンプから抜け出しました。
最後まで居られなかったのはちょっぴり残念。




悲しきアフガンの美しい人々 

私はツイッターでフォトジャーナリストの佐藤慧さんが紹介していてこの本を知った。

アフガニスタンと言われても旧ソ連の侵攻、アメリカによるタリバン・アルカイダへの攻撃くらいしか知らなかった。

「悲しきアフガンの美しい人々」を読んで、アフガニスタンの叫びを聞いた気がする。

筆者の白川徹がはじめにでこんな事を書いている。

ただ、人間が人間として生きていこうとして生きていけない社会がある。その残酷な事実をそのまま知ってほしい。そして、その悲しみを感じてほしい。「アフガン人である」「アメリカ人である」「日本人である」などということは関係ない。それが小説やマンガの中ではなく、痛みを伴う現実に起きているということを知ってほしいのだ。


アフガニスタンは19世紀に入ってから英国との戦争に始まり、ソ連の侵攻、アメリカによるタリバン・アルカイダへの攻撃と外国からの侵略に苦しめられた。

「外国人は出て行ってくれ」

という叫びに祖国を外国人によって蹂躪され続けているアフガンの気持ちが現れている。

片手に銃を持ち、片手にシャベルを持って復興支援という。

そんな支援を誰が信じることができるか。


この本には新聞やテレビでは伝えられないアフガニスタンの人々の真実の声がある。

世界から忘れられた国、未来も決して明るさが見えない国。

そんな状況の中で必死に生きている人々。


この本を読むことでアメリカなど大国が平和とか救援などと言いながら、実は他国を利用して自国の平和や安全を図っていることがよくわかる。

小国の国民には生きる権利はないのだろうか。

人としての尊厳、夢、希望。

これらを望むことは許されないのか。

初の北アルプス 表銀座コース(燕岳〜槍ヶ岳)

ついに憧れの槍ヶ岳へ登ってきました。北アルプス自体初めての挑戦です。

今回登ったのは燕岳から槍ヶ岳までの表銀座と呼ばれているコースです。

新宿から深夜バスで中房温泉へ。ここで今回同伴者のHさんと合流。今まで単独行しかしたことのなかったので初めての同伴者と山行です。

中房温泉は、台風の影響で雨。

皆で小屋の軒下でレインウェアを着たり、朝食を取っている。
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準備が整いいよいよ出発。

まずは燕岳を目指し4時間続く登り。

登り始めてわかったのはH さんの健脚ぶりでした。特に登りはカモシカみたいにスイスイと登って行く。
同じペースは諦めて勝手に好きなペースで登ってもらった。

雨の中、黙々と登っているといくらゴアテックスとは言ってもレインウェアの中は汗だく。

2時間程で合戦小屋へ到着。ベンチで休んで水分補給。汗が冷えて体が冷えるので早々に出発。
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更に1時間弱で燕山荘に到着。標準タイムが4時間のところ3時間で到着。
今回はHさんの健脚に乗せられ全コース標準タイムの3分の2のタイムで歩いた。初めての北アルプスであり得ない。

ザックを小屋に預け、燕岳を目指す。
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30分で山頂に到着。
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360度真っ白、ガスって何も見えない。


燕山荘に戻って昼食。雨で濡れて風は冷たく、温かいコーヒーが体に染み入るようにおいしかった。

燕山荘からは今日の宿、大天井(おてんしょう)ヒュッテを目指す。

稜線に出ると比較的平坦な道となり、快調に歩を進めた。

しかし、相変わらず展望は、雨のため視界不良。
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ずっと下を向いて歩いていた為か燕山荘から大天井ヒュッテまでの記憶が殆どない。

こんな所を歩いたらしい。
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午後2時頃大天井ヒュッテに到着。今日はキャンセルが相次ぎ、宿泊客は少ないとのこと。

山小屋で30分休み、気力を振り絞って小雨の中、大天井岳を目指す。
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30分程で山頂に到着。
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やっぱり360度何も見えません。

山小屋に戻って17時に夕食。トンカツがおいしかった。

しばらく談話室で他の宿泊客と話していたが、眠くなり18時過ぎに就寝。(あり得ないでしょ)


翌朝5時に朝食。

今日は快晴、いよいよ槍ヶ岳へ!

朝食後朝日に照らされる槍ヶ岳を見に展望台へ登った。

赤く染まった槍ヶ岳
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山小屋に戻り、身支度をして6時30分出発。

今日は昨日と打って変って快晴。

稜線からははるか彼方に槍ヶ岳が見える。今日はあそこに登るんだと思うと力が漲る。
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他にもこんな景色が
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西岳は先を急ぐ為山頂には上らず、麓を通過。

西岳近くから槍ヶ岳を望む
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遭難者を捜索しているのかヘリが東鎌尾根辺りを飛んでいた。
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東鎌尾根から望む槍ヶ岳。
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ヒュッテ大槍を過ぎ、もうすぐ槍ヶ岳山荘
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11時に槍ヶ岳山荘に到着。

槍ヶ岳は下から見上げると殆ど絶壁を登っているように見える。
槍ヶ岳に登る人達
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槍ヶ岳に挑む前に昼食を摂って腹ごしらえ。

いよいよ出発。

列を成して登る人達。見上げると垂直に見える壁をよじ登っている。
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30分程でついに頂上へ!
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頂上から見下ろす槍ヶ岳山荘
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今日歩いてきた山々
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山小屋に戻ってきて休んでいると突然ヘリが飛んできてヘリポートへ着陸
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けが人を乗せ
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飛び立っていった
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翌朝は5時から朝食。
朝食を済ませたところで朝日が昇りはじめた。

八ヶ岳方面
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槍ヶ岳と朝日
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6時に上高地に向け出発。
今日は下って帰るのみ。
ちょっぴり寂しい。

殺生ヒュッテあたりから望む
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天狗原までは小石の敷き詰められた道が続く。

秋の気配。天狗原は少し色づき始めた
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緑の中を気持ちよく下っていくと、槍沢あたりから沢沿いの道となり最高の気分。

横尾山荘からは林道となる。

昼食を食べた徳沢園
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いよいよ上高地
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明神橋
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河童橋に到着。

アルペンホテルで日帰り入浴500円

今回北アルプスは初めて、3000メートル級の山も初めて、同伴者が居たのも初めて。

いろんな初めてづくし。

憧れの槍ヶ岳に登れたのは最高の思い出。

初日の雨の中の登山は苦行にも似た厳しさがあったが、2日目、3日目は快晴の中、絶景を楽しみながら歩くことができた。

そして、自然の美しさだけでなく、山を歩くことの危険も知った。

西岳から槍ヶ岳に向かう東鎌尾根は長い下りの梯子や、切り立った岩を登ったり、一歩間違えば滑落して死ぬか大怪我を負うようなコースだった。

危険を伴うからこそ、また面白いという山の魅力を知ってしまった。

今回の登山は八ヶ岳で目覚めた登山熱を更に熱くする登山となった。


木の屋石巻水産 希望の缶詰

今日はパシフィコ横浜で木の屋石巻水産の缶詰の販売を手伝ってきました。

木の屋の缶詰70万個は津波に飲み込まれましたが、奇跡的にその多くは工場の瓦礫の下に埋もれていました。
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木の屋の従業員やボランティアが瓦礫の中から缶詰を探し出し、1個1個洗って再生しました。

津波で貼ってあったラベルは無くなり、缶に印字された品名や記号も消えてしまっています。


震災直後で食べるものが無い時には木の屋の缶詰を食べ、被災者は元気を取り戻しました。



そして石巻復興の資金を自分達の手で集めようと、社員が再生した缶詰を全国各地で販売しています。

その一環で今日はパシフィコ横浜での販売となりました。

また、今日は販売している目の前の大ホールで木村副社長の講演があります。


販売する缶詰は3缶1セットで1,000円。

何とラベルも印字も消えているので中身は開けてからのお楽しみ。

でも中身はどれをとっても美味しいのは間違いなし。

金華さばを使ったさば味噌やさば水煮など。震災前からテレビなどで取り上げられていました。

かれいの縁側醤油煮込みは総理大臣賞を受賞しています。
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大ホールに出入りする人へ皆で大声で購入を呼びかけました。

そして、多くの方から「がんばって」という声を掛けていただきました。

段々とテンションが高まり、ボランティア皆が大声で呼びかけ、売り切るぞという熱気でムンムンしていました。

おかげ様で喉をやられたようです。


木村副社長の講演が終わってからは、大ホールから出てくる人が続々と購入していただき、今日用意していた3,500の缶詰は15:00過ぎには完売しました。

こんなにあった缶詰が(これでも一部です)
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無くなりました。
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売り切れました。ご購入いただいた皆様ありがとうございました!
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私も1セット(3缶)購入し、3缶をボランティア全員にプレゼントされ、1缶をジャンケンで勝ってゲット。

今日は合計7缶入手し、夕食に早速1缶開けました。
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中身はさば味噌にでした。
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本当美味しいです。汁はごはんに掛けて食べましたがこれがまた旨い!


今日はたった1日それも5時間ほどのボランティアでしたが、購入された方の暖かい励ましや完売したことの達成感、缶詰が沢山入手できた喜び。充実した1日を送れました。

まとめ役の鈴木さん、まっすん、そして佐藤さん、その他スタッフの皆様、いろいろと準備が大変だったと思いますが、ありがとございました。



木の屋に関するサイトを集めました。

特にオススメは三陸海産再生プロジェクト 夢と希望の水産業です。感動すること間違いないです。


木の屋 希望の缶詰 
http://kibounowa.jp/seisan-kinoya.html

希望の環 東日本大震災で被災した生産者を商品販売、情報提供を通じて小売店、消費者、その他の支援者に支援の環を広げていくプロジェクトです。
http://www.kibounowa.jp/

三陸海産再生プロジェクト 
http://www.sanriku-pj.org/

三陸海産再生プロジェクト 夢と希望の水産業 木の屋木村副社長の思いが書かれています。感動しました。
http://www.sanriku-pj.org/files/sanrikupj.pdf

木の屋カフェ 下北沢で木の屋の味を楽しめます。
http://ja-jp.facebook.com/kinoyaishinomaki?sk=app_217225671631342






42キロへの挑戦

いよいよマラソンシーズンが近づいて来た。

年内の目標は11月3日に開催される湘南国際マラソンでキロ6分で走りきること。

時間に直すと4時間12分。

前回の湘南国際マラソンの記録がネットで4時間55分。

30キロ過ぎから膝を痛めて歩いたので、それがなければ4時間40-45分くらいだった。

それを大幅に短縮するのが今年の目標。



今日は長距離に体を慣らすため42キロに挑戦した。

コースは
保土ヶ谷⇒臨港パーク⇒新港パーク⇒赤レンガ倉庫⇒山下公園

臨港パーク⇔山下公園を5往復(往復6キロx5)
保土ヶ谷⇔臨港パーク(往復12キロ)

ウェストポーチにはペットボトル、ウィダーインゼリー、毎日果実(固形食)を入れ、スタート前にはアミノバイタルプロを飲み、本番さながらの準備を行った。

朝6:00スタート、既に陽は高く昇っていて、気温も上昇してきている。

厳しいランになりそうな予感がした。

走り始めは体が重く(いつもだけど)5キロ過ぎまで続いた。一汗かいた後は体も軽くなり、気持ちよく走れるようになった。

18キロまでは大体6分10秒ペースでラップを刻んだ。

ここで最初の栄養補給ウィダーインゼリーを1/3飲み込んだ。

あとは5キロおきに1/3ずつ飲み、無くなったところで毎日果実を食べた。

後半に固形食は喉を通らない。ゼリー系がいい。

20キロ過ぎた辺りから急にペースダウン。

この辺りから体が水分を求める。

日差しが暑い。

買ったばかりのCW−Xのロングタイツが暑い。

本番に慣れようと履いたが、まだこの季節には早すぎたか。

何とか30キロまで来た。

ここからは更に2段落ちくらいにスピードダウン。

喉が渇く。

ここから6キロごとに500のペットボトルを1本空けた。

1キロ毎のラップを計算しようとするが、割り算ができない。

頭が全く働かなくなった。

臨港パークを出て自宅までラスト6キロ。

足を引きずるように走る。(殆どスピード出ていない)


ようやくゴーーーーーーール!

記録は4時間41分。


めちゃショック!


4時間20分位で走りきれると思ってた。

こんなにトレーニングしたのに、前回の記録と変わらないとは・・・。

落ち込んだ。


今回は暑さで体力を消耗したのが記録の悪い原因であることは間違いない。

筋肉や持久力は前回と比較にならないくらい力が付いてきたのは実感できた。

しかし筋力がまだまだ弱いことも判明した。

大会まで残り50日余り、弱点を強化して目標を達成したい。





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